ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

約50年前、夢はサハラへ。「サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)」  

サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)
上温湯隆



僕もそれなりの年齢になったが、
まだ「自分はまだ、人生で為すべきこと、出来ることをしていない」という想いは、常にある。
こうした問いは、若者だけの特権ではない。

ただ若い頃は、こうした想いは、焦燥感に繋がっていたと思う。

自分は何が出来るのか。どんな人間に成り得るのか。

その焦燥感に真摯に向き合った若者の中には、世界へ向かう人も少なくない。
それを第三者が、したり顔で「自分探しの旅」と評するのは、やはりフェアではないと思う。
彼ら自身にとって、その旅はまさしく人生を決める旅なのだ。

サハラ。熱砂、ラクダ、キャラバン。

一歩間違えば命を落とす過酷な世界。
1970年代、一人の若者が自身の人生に真摯に向き合い、サハラに旅立った。
目標は、前人未到のサハラ横断。7000kmの旅だ。
サハラ砂漠を縦断するルートは過去からあるが、横断するルートはなく、
点在する村々を辿るしかない。
彼の前にはイギリス人が複数のラクダを用いてチャレンジしたが、途中で断念している。

夢は、国連で働き、サハラを舞台に活動すること。
そのために、誰よりも深く、「生のサハラ」を理解することが必要だった。

若者の名は、上温湯 隆。20歳。
これまでにも50ヵ国をヒッチハイクして旅してきた。
今回のサハラへもロンドンからヒッチハイクで入った。

1頭のヒトコブラクダを用いた、サハラ・単独横断。

サーハビー(アラビア語で「わが友よ」という意味らしい)と名付けたラクダと、
上温湯氏は旅立つ。

現在の第三者的視点から無謀な旅と思ってしまうが、
おそらく1970年代という時代、上温湯氏のような若者にとっては、
「無謀」とは「極めて困難」ということだったのではないか。
そして、それを成し遂げることによってのみ、自身の価値が決まるという焦り。

本書は上温湯氏が残した日記や、知人に宛てた手紙で構成される。
そこに刻まれているのは、人生に悩み、日本を憂い、
真っ直ぐに自身の人生を価値あるものにしようとする、
恐ろしく真っ直ぐな人物の葛藤の記録だ。

旅の始まりは、1974年1月25日。
渇きに苦しみ、泥水でも喜ぶ。
村についた時の安堵。だが、村で過ごす自身を許せない厳しさ。
人を疑い、優しさに感動する。

様々な思いを巡らせながら旅は進むが、6月1日、3000km程度を踏破した地点で、遂にサーハビーが衰弱死してしまう。
上温湯氏も一時は旅を断念するが、ナイジェリアのラゴスで過ごすうち、
やはり旅を完遂してこそ自分の人生が拓けるという想いに至り、
1975年4月21日、ラゴスを出発。
5月15日に、サーハビーが死んだ地から再出発する。

だがその旅は完遂されることなく、上温湯氏は道半ばで遺体となって発見される。
死因は、渇死。
状況から、水などを積んだラクダが逃げたのではないかと考えられた(初代サーハビーよりも気性が荒かったようだ)。

数年後、埋葬されていた彼の遺体は回収され、日本へ戻った。
その代わり、彼が没したマリのメナカ村には、彼を記憶するモニュメントが据えられた。
(残念ながら、2008年時点では損傷してしまったようだ。現在の状況は確認できなかった。)

上温湯氏は、志半ばで散った。
もちろん、遺された両親、そして為すべきだった仕事を考えれば、
命を失った旅について、諸手を上げて賞賛することはできない。

だが、上温湯氏の旅は、「死んでもいい」という旅ではなく、
彼自身の将来に向けて、欠かせないものだった。

彼の残した手記は、多くの人々を動かし、励ましている。
それは彼が死んだからではなく、彼が最後まで、彼らしく生きたからだろう。

多くの人が、日常の繰り替えしに埋没する人生を選択している。
でもその中で、少しでも自分らしく生きようと、もがいている人々がいる。
その想いに、年齢は関係ない。
そうし人々にとって、この本は、「とにかく自分に向き合え」と語りかけてくる。

時代の流れに消えていくのは惜しい一冊だ。


なお、マリのメナカ村にあるモニュメントについては、し~がる氏の
飛べ!世界へ!SEAGULL (ブログ2)
http://seagulljapan.blogspot.jp/2008/04/blog-post_15.html
で紹介されている。ぜひご覧いただきたい。


【目次】
サハラが俺を呼んでいる
 サハラ砂漠が呼ぶ
 アフリカ第一歩
 ヌアクショットへ急げ
 わが友、サーハビー
サハラ横断への挑戦
 サーハビー、さあ、出発だ!
 水はあと一滴しかない
 なぜ、旅を?
 “幻の都”トンブクツーへ着いた!
 孤立無援、もう一銭もない
 灼熱地獄、死の前進
 サーハビーが死んだ!
挫折そして再起へ
 旅は終わりだ、傷心と絶望の涙が…
 俺は本当にサハラに敗れたのか
 ラゴスの苦悩、再起の日々
 お母さん、長生きしてください
死への旅立ち
 俺は命あるかぎり、お前に挑む!
 サハラ砂漠に燃えつきた愛と死
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category: ノンフィクション

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災害下で伝えることの、苦しさ。「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」  

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙



日常では滞りなく受信・発信がなされるが、
未曽有の大災害の中では、情報をどう確保するかが、生死を左右する。
どこが安全なのか、どこに救助が来ているかという情報はもちろん、
発災時には、「何が起きているのか」といった基本的な情報すら、
一個人が掴むことは困難だ。

東日本大震災においては、ラジオが役に立ったという話があったが、
だが、着の身着のままで放り出されたり、
電気の確保すら困難な状況下では、ラジオも難しい。

日常的メディアで、(利用時に)電気を使わないもの。
そうすると「新聞」というのが真っ先に思いつくが、
誰もが被災者という状況であり、新聞社も記者も、例外ではない。
東日本大震災。
死者15,000人を超える大災害の中、地元の新聞が発行できなくても、それを咎める人はいなかっただろう。

だが、「情報を伝えること」を日々の使命として生きている河北新報社の人々は、
様々な苦難と葛藤の中、被災者の目線から、大震災を伝える新聞を発行し続けた。

僕らは「新聞」という成果物だけを見るが、
その一文字、写真、レイアウト、印刷。輸送に至るまで、
数多の人々が関わっている。

本書は、未曽有の大災害の最中、
被災者のための新聞を発行し続けた河北新聞社のドキュメンタリーである。

美談や成功譚ばかりではない。

自身や関係者も被災者・犠牲者である苦悩、
被災者のために、何を、どう伝えるかという苦悩。
「伝える」ことを優先する葛藤もあれば、「伝えたが救えなかった」苦しみもある。
それらも含めて、全てを記録したのが本書だ。

今後も大災害は起こる。
その中で、情報の断絶は必ず発生するし、地元紙が同様に新聞を発行できるとは限らない。
本書のとおり、「被災地で新聞を発行すること」は、とてつもない困難を伴うからだ。

そうであればこそ、本書は他と代え難い、貴重な記録である。

また、「伝えること」に真摯であるがゆえ、
東日本大震災を機に人生が変わってしまった人々も少なからずいる。
本書は、記者に限らず、「伝えること」を志向する人々―、
特に若い人々に、ぜひ読んでおいていただきたい。

【目次】
第1章 河北新報のいちばん長い日
第2章 気仙沼から届いた手書きの原稿
第3章 死者と犠牲者のあいだ
第4章 配達が大好きだったお父さんへ
第5章 窮乏するロジスティクス
第6章 福島原発のトラウマ
第7章 避難所からの発信
第8章 被災者に寄り添う
第9章 地元紙とは、報道とは
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category: 事件・事故

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人は、記憶で生きている。「記憶喪失になったぼくが見た世界 (朝日文庫)」  

記憶喪失になったぼくが見た世界 (朝日文庫)
坪倉優介



「記憶を失くす」というシチュエーションは、様々なフィクションで用いられている。
そのため、「記憶喪失になった者」の漠然としたイメージはあるが、
実はそれはかなり都合の良いイメージであったことを、痛感した。

本書は18歳の時に、バイク交通事故で記憶を失った美大生、坪倉優介氏の物語だ。

記憶喪失という現実は、極めて厳しい。
「過去の記憶が無い」というレベルではない。
目の前のモノが何かが分からない。モノの名前ではなく、それが「何か」が分からない。
文字も読めない。色も区別できない(色や音といった抽象的なモノを識別するには、やはり言語化が必要なのだ)。
食べる、という行為が分からない。辛い、甘いといった感覚すら忘れている。
朝は起き、夜は眠る「ものだ」という日常習慣が分からない。

まさしく赤ん坊のような状態だ。
だが、赤ん坊―乳幼児は、そうした「分からない」ということすら「分からない」。
自我すら形成中というのが、乳幼児が全てを受け入れ、驚くべきスピードで成長する秘密なのだろう。

たが著者坪倉氏の場合、自我だけは確立されている。
すなわち、「何も分からない」ということだけは「分かる」。
これがどんなに恐ろしい状態なのか。
本書を読むことでしか、それは理解できない(それでも、理解できるのは坪倉氏の苦しみの数%だろう)。

また、記憶喪失にあるとはいえ、外見は18歳の青年である。
そして大多数の知人は、本書を読む前の僕のように、本当の「記憶喪失」という状態が理解できない。
そのため、日常的な付き合いの中には、読んでいて辛くなるような誤解・悪意もある。

それでも坪倉氏は、新しい自分自身を生きるために「絵」に執着し、
そして着物の「染色」という世界に新しい人生を創り上げていく。

記憶喪失にある息子を大学に復学させたり、
ある程度日常生活に慣れたとはいえ、坪倉氏の希望にそって一人暮らしをさせるなど、
ご両親の接し方や対処については、賛否両論あると思う。

だが、記憶喪失という想像もできない世界に陥った息子に対し、
どのように接するべきか、そこに正解は無いだろう。
現に本書後半の文章を読むと、前半の記憶喪失が信じられないほどだし、
坪倉氏は染色家として、現在も活躍しているようだ。

「記憶喪失」という状態に、自身や周囲がなることは、本当に稀だろう。
だから本書が「役に立つ」「参考になる」というものでは、ない。

だが人間は、これほどまでに柔軟で強い存在なのだと、勇気づけられる一冊だ。

【目次】
第1章 ここはどこ?ぼくはだれ?―’89.6~’89.8
第2章 これから何がはじまるのだろう―’89.9~’90.3
第3章 むかしのぼくを探しにいこう―’90.4~’91.3
第4章 仲間はずれにならないために―’91.4~’92.3
第5章 あの事故のことはもう口に出さない―’92.4~’94.3
第6章 ぼくらはみんな生きている―’94.4~’01.5
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category: ノンフィクション

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「自分の旅」を楽しむヒント。「ニッポン旅みやげ」  

ニッポン旅みやげ
池内紀



著者はドイツ文学者。多くの訳書があるので、知らないうちにお世話になっていることも多いだろう。
だが本書はそうした文学話ではなく、
日本各地の旅の途中、ふと見つけた「話したくなるモノ」を積み上げた一冊。

40章で構成されているが、それはすなわち40の町の物語ということ。
それもガイドブックで語られるような名所旧跡ではなく、
その土地に生きる人々の記憶が刻み込まれたような建物等が紹介される。

視点としては、主に明治以降。

例えば三等郵便局や、「据置郵便貯金碑」。
ある店の床に残された鉤十字。
門構えにつけられた「誉之家」というプレート。
それぞれに、明治から昭和にかけて、日本の歩みが刻み込まれている。

これらを見つけた著者は、人々が何を思い、何を願ったのかに思いを馳せる。
著者と共に旅を楽しむようなつもりで、一日一章読むのもいいだろう。

一応アクセスも記載されているが、多く取り上げられているのは、小さな商店。
本書を手に訪ねるような人も少ないだろう。
むしろ本書を参考に、自身の旅を充実させていきたい。

それにしても、香川が無かったのが残念。
下記のうちに、ご自身の町があれば、ぜひ。

北海道・札幌市/宮城県・蔵王町平沢/神奈川県・横浜市/埼玉県・秩父市/長野県・軽井沢町
愛知県・有松/石川県・金沢市/京都府・中書島/兵庫県・福崎町/愛媛県・西条市/宮城県・石巻市
栃木県・黒磯/群馬県・桐生市/東京都・八王子市恩方/山梨県・長坂/新潟県・浦佐/奈良県・奈良市中
兵庫県・高砂市/山口県・下関市/鹿児島県・指宿/宮城県・白石市/茨城県・結城市/東京都・浅草・鷲神社
静岡県・静岡市丸子/山梨県・富士吉田市/愛知県・豊橋市/長野県・駒ヶ根市/滋賀県・水口町/三重県・関
北海道・名寄市/福島県・柳津/群馬県・川原湯/東京都・旧品川宿/山梨県・河口湖/長野県・須坂
新潟県・塩沢町/兵庫県・神戸市/鳥取県・若桜町/福岡県・香春町

【目次】
1 影法師たち
2 三等郵便局
3 祭礼指南
4 値切り方
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category: 旅行

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2017/7/15-7/22 買った本  

〈2017/7/15-7/22 買った本〉

最近ブックオフでの衝動買いが激しいので、Amazonの読みたい本リストが溜まる一方。
そこで、古本価格が下がっている本などをまとめて入手した(中には新刊もある)。
冷静に考えれば、バーチャルな積読がリアルな積読になったのだが、
まあ読みたい本が手元にあるのは良いことである。

レビュー出来るのはまだまだ先なので、例によってとりあえずのセレクトした理由と共に紹介。
立花隆の書評本でチェックしたためか、今回は宇宙関係が多い。

▼アポロ1号から始まった、月への有人探査ミッション。上下巻の大部な本だが、実際にアポロ計画に携わった多くの宇宙飛行士にインタビューした上で書かれたドキュメンタリー。これはじっくり読みたい。




▼こちらは日本人宇宙飛行士に関する本。
刊行当時も著者の独特の風貌で話題となり、なんだか便乗ブームだなあと感じて敬遠していたが、
かなり良い本との噂を聞く。なので、続編と共に購入。
そういえば、宇宙飛行士本人の本ってのは多いけど、家族の視点の本は少ないよね。




▼立花隆関連。「旧石器発掘ねつ造」事件はショッキングだったが、今から思えばSTAP細胞騒動の布石だったかのよう。この事件については詳しく知りたいが、かといって余り楽しい話題でもない。
手頃に状況を知るために、この本を選択。


▼日本書紀・古事記などにおける神々のモチーフや、各神話の歴史的な意味合い等に関する本は多い。
だが、そもそも日本書紀って、どのように成立したのか? 
その素朴な疑問を、当時の音韻学を踏まえて精査していく。
日本における丁寧な文献学の成果として、楽しみ。


▼暗号、古代文字というと必ず出てくるロゼッタストーン。その解読史をまとめたもの。
これは読んでおかなきゃな、という感じ。


▼ヒトラーは生きていてた!等のトンデモ話がある。
遺体を検視したソ連が隠蔽したのは、実はヒトラーではなかったためだ―等のストーリーが多いが、
実際のところ、検視状況はどうだったのか。本書が全てかどうかは知らないが、
歴史の事実をまずは知りたい。


▼1998年。自殺したいという女性に、ネット上で知り合った人物が青酸カリを送り、実際にそれで自殺。
送り主も女性の死を知り、自殺。
当時、ネットの闇的な雰囲気で語られていた印象があるが、実際の事件はどうだったのか。
独特な事件だっただけに、何が起こっていたのかを知りたい。


▼著者は、NHKのサイエンスZEROのコメンテーターも務める、科学ライター。
「仮説」というモノに焦点をあて、科学を論じる、よう。
ちょっとしたヒントが得られるかもとして購入。


▼奇書である。
「テロ爆弾」を軸に、その構造(といっても昭和前期のものだ)と歴史について、
テロ爆弾を造ったことがある人物ならではの視点による本。
面白いといったら不謹慎だが、こんな本があったんだなあ。


▼義手・義足を創っている会社について。もっと詳しく知りたい。


▼特に日本赤軍によるハイジャック史。現在からは想像もつかないが、かつては日本がテロ輸出国だった。


▼探検ものとして評価の高い一冊。いつか読もうと思っていたもの。


▼これもベストセラーとなった一冊。僕の通常のセレクションからは外れているが、
この本も、いつか読むだろうなと思っていた。


▼カミキリムシって良いよね。
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category: 雑記:日々のこと

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