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ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

稀代のストーリーテラーは、最期まで書くことを諦めなかった。「転移 (朝日文庫)」  

転移 (朝日文庫)
中島 梓



夜М先生がきて、いろいろ話があった。(略)
例の「あと1カ月単位のみでしか計画をたててはいけない」という話、「今度は残念ですが1週間、数日単位でしか考えない方がいいように思う という、つまりまあ「余命宣告」といってもあってないような状態になってまった(原文ママ)わけだ。(略)
だがこれからこそ書かなくてはならない。 (p300)


 ※2009年5月12日、昏睡状態になる5日前、逝去する14日前に綴られたもの。



グイン・サーガ」や「魔界水滸伝」など、縦横無尽な発想と膨大な執筆量で、私感では1980年代から2000年頃までの日本ファンタジー界を牽引していたのが、栗本薫氏。
学生の頃、本屋で物色していた際、(文庫本書下ろしなのに)「月刊グイン・サーガ」のような刊行ペースを目にし、
「今からグインに手を出すのは大変だな…」と思いつつ、とりあえずその「あとがき」だけを楽しんでいたのは、僕だけではあるまい。
そんな僕でも、「魔界水滸伝」は楽しんだものだ。
ファンタジー、伝奇小説、推理小説等々、様々なジャンルでの活躍ぶりは、まさしく「書くことが生きること」という感であった。

その栗本氏がすい臓ガン(当初は胆管ガンと思っていた)に罹り、手術により摘出、退院するまでの日々を綴ったのが前著「ガン病棟のピーターラビット (ポプラ文庫)」(レビューはこちら)である。
同書では割と死に対して達観しているような感もあったが、その後書きではガンが再発したことが報告され、
以降の日々は本書で綴られることになる。

よって本書は、再発が確認された後の2008年9月から、
2009年5月17日、昏睡状態に陥るその日に至るまでの、
作家・栗本薫氏の最期の言葉ということになる。

冒頭は、お馴染みの栗本節。グインの後書きを読んだことがある人なら、
懐かしく感じるドライブ感のある文章。こんな風に思ったことを、そのまま書くという文体は、
そういうば当時は栗本薫氏くらいだった。
(後に新井素子氏という上手が出現するが。)

ただ再発、しかも何もしなければ余命1年未満との宣告もなされており、
そこに綴られている生への想いは、強い。

そこから本書中盤までは、ガンとの一進一退の闘い。
とはいえ入院はせず抗ガン剤治療等であったため、
日々の生活は基本的にそのまま持続していく。

とはいえ、やはり体力や食欲は少しずつ落ち、不調の日々は増えていく。
記録魔でもあった栗本氏により、本書では栗本氏が食べていた食事やその量が細かく綴られているが、
その一方で不眠、下痢、嘔吐等の期間・回数が増加していく様も明確に綴られている。
その結果、栗本氏が情熱を傾けていたジャズライブ、
着物を着ての外出などは、少しずつ、生木を剥ぐように減少していく。

それでも栗本氏は今までの生活を維持することに注力する。

栗本薫氏はガンと闘いながら、
日々、グイン・サーガなど小説の執筆量を気にし、「今日は書けた」と喜び、
「昨日は全く書けなかった」の嘆く。

それなのに、栗本氏が自身が絶不調であっても、
母と息子の食事については、旬の食材を用い乍ら、丁寧に丁寧に作っている。

「書くこと」が作家・栗本薫氏の日常の根幹であるとすれば、
人間・今岡純代氏の日常の根幹は、「母に料理を作ること」であったのではないだろうか。

だがそれも、やがて出来なくなっていく。

2009年5月1日、5月2日と、鬱状態になりながらも、とりあえず日常を過ごす。
しかし日が飛び5月12日、5月7日に再入院した事実が綴られる。
しかも同日、主治医からは「1週間、数日単位でしか考えないほうがいいように思う」という、余命宣告も受けたと、
栗本薫氏はノートパソコンで綴っている。

だが、パソコンで綴ることも、その日で終わる。

5月15日、16日は、ノートに手書き。
文章・文字は乱れ、一部判読できない部分すらある。
だが、その文章は間違いなく「読み手」を意識した作家の記録だ。
ここでもまだ、作家・栗本薫は確実に生きている。

そして5月17日、ノートパソコンに1文字だけを綴ったまま、
栗本氏は昏睡状態に陥り、そのまま戻ることはなかった。

最期の最後まで「読者に向けて」書くことをやめなかった姿。
それは役者が舞台の上で死ぬような、
まさに「栗本薫」の真骨頂だろう。

それだけに、栗本薫氏の訃報に接した時よりも、
本書を読み終えた時の方が、喪失感は大きかった。

本書は僕と同様に、
栗本薫氏の作品を同時代に読み、そして中断してしまった人々に、
ぜひ読んでほしい。

僕らの世代の偉大な小説家「栗本薫」は、
最期の最後まで、書くことを諦めなかったのだ。

それにしても目の前の空が青いというのはなんとも気持ちがいい。そこに、さんさんたる光を浴びて、若芽の緑が輝いている、というのもたまらなく気持ちがいい。やっぱり、生きているのはいい。生きていたい、とあらためて思う。 (p216)



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