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ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

幕末から明治。たった一人で成し遂げた、日本初の国語辞典の編纂。「言葉の海へ (新潮文庫)」  

言葉の海へ (新潮文庫)
高田 宏



敷島や やまと言葉の海にして 拾ひし玉は みがかれにけり
                          後京極
 『言海』の終頁にかかげた歌である。書名の因るところであり、文彦の自負でもある。(p16)


辞書編纂といえば「舟を編む (光文社文庫)」が有名だが、
事実は小説よりも奇なり、とは正にこのこと。

本書は日本初の近代的辞書、「言海」を独力で編纂した大槻文彦の物語だ。

今、日本国内における「日本語」は、標準化・共通化されている。
もちろん日常的には方言や語彙力の差等もあり、完全なる一律化は無理である。
だが基本的に、標準的な日本語とはいかなる言語か問われれば、
学校で習う文法、そして辞書をもって回答することが可能だ。

だが振り返って明治維新直後は、国のかたちと同様、
標準的な日本語も暗中模索の状況だった。

しかしながら、英語をはじめとする西洋文化を吸収するためには、
英和辞典や英仏辞典が必須である。
だがそれらは、そもそも標準的な日本語が定まっていることが不可欠だ。

また、一国家として日本が対外交渉を進める中でも、
標準的な日本語が定まっていなければ、
諸外国も自国語の翻訳者を育成できず、日本との交渉や外交文書等の作成も困難になる。

すなわち、独立した言語を持つ集団と交渉するためには、「辞書」が不可欠なのだ。

そして放置していれば、キリスト教宣教師がまず布教地の辞書を作るように、
日本の言語が、外国によって標準化されかねない。
(「日葡辞書」が良い例だろう。)

そこで近代日本を確立するための必須条件として、
時の文部省報告課長である西村茂樹は、大槻文彦に日本語辞書の編纂を命じた。

その結果生み出されたのが、本書のテーマである「言海」である。
その編纂・刊行に要した年月は、約16年。
しかも当初は文部省の国家プロジェクトであったものが、
最終的には大槻文彦の自費出版という形となる。

だが、その刊行を祝う会には、伊藤博文、榎本武揚、勝海舟、陸羯南、谷干城ら、
錚々たるメンバーが列席している。
正に「言海」の出版は、国家としての偉業だったのだが、
それは「大槻文彦」という、
この偉業を成すことができる唯一無二の人物が存在していた奇跡があってこその成果だったのである。

大槻文彦は、解体新書を翻訳を行った前野良沢・杉田玄白を師とする仙台藩の医師、
大槻玄沢の孫である。
それゆえ、蘭学の家としての大槻家では、
オランダ語等の外国語を正しい日本語に訳すことが家業でもあった。
そして、当時の「正しい日本語」とは、和漢の古書古典を踏まえたうえでの言葉である。
そのため日本の諸文献だけでなく漢学の素養も必要であり、
大槻家以外の家では、そのスタートラインに立つことすら困難だっただろう。
そして大槻文彦は、そうした「洋学」を目的として、漢学を修めていったのである。

だが、時代は明治維新の最中。
大槻文彦はもとより、開国派の先鋒でもある父の大槻磐渓らは、時代に翻弄されていく。

本書は大槻文彦の生い立ち、明治維新という激動の時代における生、
仙台藩との関わり、
明治維新後の辞書編纂の艱難辛苦等々を、丁寧な調査を背景に、
丁寧かつ的確に描き出した、稀有の一冊である。

明治維新については坂本龍馬や新撰組が有名だが、
それが日本全国の諸藩において、いかに困難な時代であり、
人々にも苛烈であったか。

それを乗り越えた時、近代日本の成立に向けて、
いかなる人物が、それぞれの分野で奮闘したか。

本書は日本初の近代的辞書の編纂というテーマはもとより、
そうした明治維新前後の歴史書としても優れた一冊である。

これほど読み応えのある本が埋もれているのは、極めて残念。
辞書編纂だけでなく、広く明治維新に関心の在る方にも読んでいただきたい一冊である。

なお、現代の辞書編纂については、「辞書を編む (光文社新書)」(レビューはこちら)が面白い。

また、OED(Oxford English Dictionary)が初めて編纂されるときの、知られざるエピソードについては「博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話」(レビューはこちら)が詳しい。
こらもお勧めである。

【目次】
第1章 芝紅葉館明治二十四年初夏
第2章 洋学の血
第3章 父祖の地
第4章 戊辰の父と子
第5章 遂げずばやまじ
第6章 盤根錯節





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