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ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

遺骨収骨事業の現実「骨が語る兵士の最期 (筑摩選書)」  

骨が語る兵士の最期 (筑摩選書)
楢崎 修一郎



本書では、先の大戦による海外での戦没者は310万人(一般市民も含む、硫黄島・沖縄も含む)。
一方、遺骨収集事業が始まって以来、収骨されたのは約127万人分。
まだ約113万人の遺骨が、海外に遺されている。

本書は、その遺骨収集事業に鑑定人として同行している人類学者による、現場の記録である。

遺骨収集事業といえば、実は2010年、厚生労働省が委託した民間事業者による杜撰な収集活動も指摘されており、
問題となっている(DIAMOND ONLINE フィリピン人の遺骨が大量混入? 国が民間に丸投げする「戦没者 遺骨収集事業」の実態 )。

遺骨収集事業の成果を「数」で積み上げようとした結果だろうが、
遺骨収集の目的は「数」で測るべきものではない。

ただ、遺骨収集の困難性が正しく伝わっていない中では、
どうしても「なぜこんなに遅々としているのか」という批判が発生する。

それがプレッシャーとなり、「とにかく数を出さなければ」というスタンスになっているだろうことは、推測できる。

本来、遺骨収集の困難性をきちんと説明するのも国の仕事なのだが、
本書はその代わりとなるものだ。

現地に行くまでに要する日数。
収骨する現場は、交通手段が整った大きな島だけではない。
現地のボートを手配し、島から島へ渡らなければならないケースも多い。

そして、収骨の許可。
当該国の許可だけでなく、現地の島の統括者の許可、
有力者や古老の許可、土地所有者の許可。それらの全ては、日本では得られない。
現地で対話を進めるしかないことも多い。

収骨の困難さ。
島内には整備された道があるわけではない。
また最期の地は、洞窟、海岸など様々である。
現地での聴取を踏まえ乍ら、発掘すべき場所を特定しなければなない。

鑑定と焼骨。
前出のNPOでは鑑定も出来ていなかったが、
人類学の観点による骨・歯等の違い、埋葬方式の違い等により、
相当の鑑定は可能である。

当然であるが、日本人戦没者のみを持ち帰り、決してアメリカ兵や現地の人々を持ち帰ってはならない。
P049


そして鑑定書を徹夜して書きあげ、地元政府に提出する。
その上で、やっと焼骨し、持ち帰ることができるのだ。

これらの事業を、短期間・少人数で行わざるを得ないのが、日本の遺骨収集事業だ。
これだけ困難な事業であることを認識してれば、
例えそれが一体であっても、手続きと礼を尽くして収骨した成果として認められるべきである。

本来であれば、こうしたチームを増強して「数」に繋げるべきである。
ところが、こうした努力を省力化することで数を出そうとすると、前出のような過ちに繋がっていく。

冒頭に示されているとおり、まだまだ海外に残る遺骨は多い。
そして本書に示されているとおり、
今もなお野ざらしのままとなっている遺骨もあれば、
時の流れにより回収不可能となった遺骨もある。

様々な社会的課題は山積しているものの、少なくとも過去の償いの一つとして、
収骨事業も「正しく早く」行うべきだろう。
本書著者のような人々が居なくなれば、多くの遺骨は、決して戻ることが出来なくなってしまう。

【目次】
第1章 幻のペリリュー島調査
第2章 骨を読む
第3章 撃墜された攻撃機―ツバル共和国ヌイ環礁
第4章 玉砕の島々
第5章 飢餓に苦しんだ島々
第6章 終戦後も戦闘が行われた島―樺太
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category: 戦争

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