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ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

科学の名のもとに為された、事実。「闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか」  

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか
NHK「フランケンシュタインの誘惑」制作



純粋な科学のみを取り出せば普遍的真理(これを科学の「原価値」と呼ばう)の探究という人間の行為だが、 それを利用する社会における使用形態(これを「社会的価値」と呼ばう) を考えれば、人間にとって善にも悪にもなる。「社会的価値」は科学の「原価値」とは無関係に人間の都合で決められることが多く、科学者も社会の一員であるからには無縁ではない。(p225)



本書は、2017年からBSで放送されたNHK「フランケンシュタインの誘惑」から、
5本を書籍化したもの。ただダイジェストではなく、きっちりと読み物として整理されているのが嬉しい。

番組は見ることができていないが、本書収録のテーマを見ても、
積極的に科学を悪用したケースもあれば、
まだ科学倫理が確立していなかった時代の話や、
意図せず人間の暗黒面を見出し、自らもそこに陥ったケースもある。

そのため、タイトルの「闇に魅入られた」に引きずられ、
科学を悪用した者の物語として理解しようとすると違和感があるだろう。

実際に収録タイトルを見てみよう。

【目次】
第1章 切り裂きハンター 死のコレクション
 外科医・解剖学者 ジョン・ハンター
第2章 “いのち"の優劣 ナチス 知られざる科学者
 人類遺伝学者 オトマール・フォン・フェアシュアー
第3章 脳を切る 悪魔の手術ロボトミー
 精神科医 ウォルター・フリーマン
第4章 汚れた金メダル 国家ドーピング計画
 医師 マンフレッド・ヒョップナー
第5章 人が悪魔に変わる時 史上最悪の心理学実験
 社会心理学者 フィリップ・ジンバルドー

第1章、解剖医ジョン・ハンターについては、「」(レビューはこちら)に詳しい。
解剖実績のために死体を盗掘したり売買したりとやりたい放題だが、
実際のところ、まだ医者が解剖を行うことすらタブーだった時代でもあり、
手段を選ばなかった時代の先駆者、というのが妥当なところ。

一方第2章の人類遺伝学者 オトマール・フォン・フェアシュアーは、明らかに「闇に魅入られた者」だ。
ダーウィンの遺伝学が発展する中、それを社会、人類にも適用し、
特に人為的手段によってヒトの進化を促そうとする優生学。
ホロコーストにつながるナチスの人種差別政策の根拠でもあるが、
フェアシュアーは、それを科学理論から補強し、推進した立場にある。
恐ろしいのは、直接的な関与が無かったことから、1985年以降までその存在が認識されることなかった。
本章では、その経緯だけでなく、現在の出生前診断に潜む問題にも触れる。
例えばカリフォルニア州では、医師が出生前診断を進めること自体は義務化されているという。
もちろん出生前診断の受けるか、結果をどう判断するかは個人の自由なのだが、
少なくとも「出生前診断を行わないことは無責任」という感覚にもつながりかねない。

第3章はロボトミーと、その創始者について。
ロボトミーという技術と悪評は聞いたことがあるが、
既に「過去の物語」であって、詳細を知る機会がなかった。
ロボトミーは現代の視点からすれば極めて粗雑・拙速な施術である。
だが精神科に「精神外科」という新しい観点を持ち込んだこと、
精神疾患を治療し得るとという「夢の治療」に対する期待が、
多くの医師・患者に追随させる結果を産んだ。
こうした状況は、これからも様々な病気に対して在り得るのではないか。

第4章はドーピングである。
現在もドーピングは非常に重大な問題だが、それを国威発揚のために国ぐるみで行い、
8歳以上の有力選手全てに薬物を投与したという東ドイツの「国家計画14・25」。
それを推進した医師 マンフレッド・ヒョップナーを中心とした物語である。
本章を読んだあと、昨今のロシアの問題を考えてみると、
これが決して過去の話ではないことに慄然とする。

第5章は社会心理学者 フィリップ・ジンバルドーによる、
「スタンフォード監獄実験」である。
特に資質に特徴のない一般人であっても、肩書きや地位があればその役割に合わせて行動する、
―すなわち、行動は個人の性格や考え方以上に状況に左右されるという事実を証明しようとした実験についてである。
この実験において、看守役はその状況に見事なまでに適合し、次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走を始める。そして実験の観察者であるジンバルドー自身も、観察者から「看守長」という立場にスライドし、
実験を中止することができなくなってしまった。

この実験自体は、第2~4章までのように、その施術や思想が多くの人々を犠牲にしたというものではない。
しかし、人という存在に潜むの暗黒面を明らかにしたことで、極めて重大な実験だろう。
また、その「成果」はイラク人捕虜虐待事件にも援用されたのではないかという懸念もあるようだ。

こうして読んで見ると、特に第2~4章は、科学が「実利面」を追求したことによる暴走であることに気付く。
この点について冒頭にも引用したが、本書に収録されている「あとがきにかえて 科学の「原価値」と「社会的価値」」(池内了)では、極めて的確かつ時宜を得た指摘をしている。

科学の「原価値」は何ものにも影響されずに普遍的真理を求めることにあるが、競争原理がそれを歪めている可能性がある。世界初の仕事を追究しているつもりなのだが、論文を早く書かねばならないという圧力が科学の内容を薄めるよう作用する。論文を次々出さねば竸争に負けてしまうと恐れ、中途半端な結果でも発表することになるからだ。さらに「社会的価値」と深く関係する「役に立つ」という商業論理が強まっており、科学の「原価値」を脇に追いやる勢いである。役に立たなければ科学的な「原価値」も無意味、ということになりかねないのた。つまり現在は、科学の「社会的価値」が科学の「原価値」を圧殺しかねない状況に追い込まれているのである。(p226)



日本の国家と社会が科学の「実益」を追求している現在、
本書に収録された様々な「闇」が、再び日本で繰り広げられる恐れは、極めて大きい。
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category: 医学

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