ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

謎めいた魅力を持つ生物の、真の姿。「オウムガイの謎」  

オウムガイの謎
ピーター・D. ウォード



現生の巻貝とアンモナイトを見比べた時、真っ先に目に付くのが貝の巻き方である。
現生巻貝は螺旋状に山形になる(立体的に伸張する)のに対し、
アンモナイトは平面的に伸張する。

そして、この巻き方に類似するのが、オウムガイである。

ただ似てはいるが、アンモナイトではない。
また、オウムガイも「生きた化石」と呼ばれるくらい、古い時代からいるらしい。

いったいオウムガイって何なの、と長らく疑問を抱いていた。

本書は1995年刊行。今となっては20年以上前の本ではあるものの、
それまでのオウムガイ研究史を網羅した、これを読まなくては始まらないという一冊である。

そもそも、実はオウムガイ類が生まれたのは古生代。今から5億年くらい前である。
その後、オウムガイ類の祖先種からアンモナイト類が生まれた。
すなわち分類群としては、アンモナイトよりも古いのである。

そのアンモナイトとの共通なのは、殻の構造。
現生貝類では開口部から突端までが中空であり、軟体部はその全てのスペースを利用している。
一方オウムガイやアンモナイトでは、成長に従って隔壁が形成され、その中空部が幾つもの部屋で区切られる。
その中空部にはカメラル液とガスがあり、そのカメラル液の量を増減することよって浮力を調整する。

そしてこの浮力を調整するという能力により、実はオウムガイはかなり移動能力が高い。

実はオウムガイは日周的に海中を移動する。
著者がパラオで発信機をつけた個体は、日中は水深300~400mにいるが、夜間にはサンゴ礁づたいに水深60m程度まで上昇する。そして大好物のロブスターの脱皮殻を食べるのだ。

また、平面的な移動も大きく、別の研究者は標識調査によって、
1年足らずの間に150kmも移動した事例を確認した。またその移動力によって、数日間で何kmも移動することも少なくない。

本書で示されるこれらの事実には驚くが、本書の醍醐味はこれだけではない。

そもそも、オウムガイは謎だらけの生きものだった。
ヨーロッパから遠く離れた南太平洋を中心に生息するため、そもそも生きた個体をヨーロッパで見ることじたいが困難である。
だから、オウムガイがどのようにして浮くのか、
その殻にある隔室はどんな役割をするのか。
(実はヨーロッパには乾いた殻しか届かないため、そもそも隔室にカメラル液があるという事実すら把握できなかった。)
それを確かめるためには、南太平洋の島に行くしかない。

1894年、27歳で初めて南太平洋に向い、
初めて軟体部を詳しく調べたアーサー・ウィリー。

1960年、生きたオウムガイのX線写真を撮影し、カメラル液の存在を明らかにしたアンナ・ビダー。

1962年、隔室とそれをつなぐ連室細管の働きにより、浸透圧の変化によってカメラル液の量が増減することが浮力の鍵と解き明かしたエリック・デントンとジョン・ギルピン=ブラウン。

ニューカレドニアでオウムガイを研究できるヌメア水族館を創ったアーサー・マーティン。

1977年、極めて多数のオウムガイに標識を付し、その移動を把握したクロード・スピノサとブルース・ソンーンダズ。

そしてオウムガイの垂直移動を把握した著者。

こうした連綿とした研究史について、
それぞれの研究者の手記や当時者へのインタビューにより、極めて具体的に綴られていく。

オウムガイを求めて彷徨う日々。
工夫したワナ。それを設置する苦労、それでいて何度も失われるワナ。
サンゴ礁の真っただ中で故障する船のエンジン。
オウムガイを調査中に遭遇するサメ。
様々な苦労、挫折、人々の確執等々、
研究することの楽しさと苦しさが、この一冊に凝縮されている。

こうした長い研究により、オウムガイの浮力の謎は解明された。

また本書ではそれ以外にも様々なオウムガイの謎を解き明かしていく。

現生オウムガイは化石種のオウムガイとは異なること(だから種としては「生きた化石」ではない)、

世界のオウムガイは、少なくとも2つの生物地理学的グループ、
すなわち深海によって陸地から隔てられた島々に生息するオウムガイ(オウムガイ、パラオオウムガイ、オオベソオウムガイなど)と、
オーストラリアとニューギニアに生息するグループに分類されること。

というのも、オウムガイは高い移動力があるものの、
水深約360m以浅に長くいると浮力調整システムに支障をきたす一方、
水深600m以深だと殻が破壊される。
ところがオウムガイは、底が見えないところを長距離泳ぐことはできない(しない)ため、
ちょうど良い深さで続く海しか移動できないのである。

またその繁殖も、プランクトンのように海流で分布することはできず、
孵化時点で直径2.5cm程もある。
だから、幼体のうちに大きく分布を広げることもできないのだ。

これらの事実を踏まえたうえで、しかしオウムガイは種としては決して古くはない。
むしろ、現生オウムガイ類は種としては非常に新しく、むしろ種が拡散しつつある段階にあるという研究結果もある。

だが最終章、著者が調査に訪れたセブ島では、
サンゴ礁の破壊、土産物としてのオウムガイの乱獲、水質汚染等により、
かって大量に生息していたオウムガイは、ほぼ見られなくなっていた。

オウムガイと同時代に生きていることを喜び、そして次世代にもその喜びを味わってほしい。
その不思議な魅力的を伝える、素晴らしい一冊である。

【目次】
第1章 初期の航海
第2章 太平洋の大海原で
第3章 オウムガイの観察
第4章 オウムガイ類の浮力について
第5章 オウムガイの寿命
第6章 実証された成長率
第7章 浮力調節の役割
第8章 オウムガイの垂直移動
第9章 オウムガイは何種類いるのか
第10章 待望の受精卵
終章 一九八七年、フィリピン諸島
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