ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

昆虫を手掛かりとした考古学は、風景を再現する。「ムシの考古学」  

ムシの考古学
森 勇一



道鏡、銅鐸、石器、土器、人骨。
考古学といえば、もちろん人間の遺物の発掘がスタートであり、中心だろう。
だが、今よりももっと人間の生活と環境が密接に結びついていた時代であればこそ、
当時の人々の営みを考えるうえでは、その環境の復元こそ重要である。

そこで地層中の樹木や花粉などが、その環境復元の手掛かりとされていたことは知っていたが、
「昆虫」もその材料の一つになるとは、思っていなかった。

だが考えてみれば、昆虫標本が示す通り、
昆虫の外骨格は状況さえよければ相当な年数が保存可能である。
それこそ恐竜時代以前の昆虫化石が発掘されていることから見れば、
日本で人類が活動し始めた以降の昆虫遺物が在ることは、妥当だ。

ただ問題は、日本の(ここ数万年の)気候は、極めて速やかに有機物を分解する状態にあること。
人が耕した田であっても、数年放置すれば樹木が茂る。
かと思えば氾濫でも攪乱され、地震、津波、噴火も多い。

だから考古学的な遺跡から昆虫遺物を見いだせるものの多くは、破片にすぎない。
しかも、生体であっても識別が困難な昆虫である。
破片から種を特定するなんて、恐ろしく大変な作業である。

だが、その成果がここにある。

著者は高校教師、異動によって愛知県埋蔵文化財センターでも5年間勤務して事がある。
大学等の研究者ではないが、
実のところ、高校教師が、特殊な切り口による極めてマニアックな研究を続けている場合は多い。

本書もその好例であり、自身による発掘の他、各地から識別依頼された試料の検討結果がまとめられている。

取り上げられている遺跡は国内50箇所以上、さらにアンコールワットや中国にも及び、
時代も旧石器時代から近世までに至る。

それぞれの地で発見された昆虫の欠片。
それを電子顕微鏡などで精査し、種を特定する。
その結果浮かび上がる、新たな事実。

ごく標準的な事例として、イネクイハムシやイネクロカメムシなどの水田に棲む昆虫、
「水田指標昆虫」の検出。これによって、発掘している地が水田であったという事実が補強される。
中には佐賀県樫原(かしのきばる) 湿原のように、ボーリング調査の結果、
地下3.5mの地点にイネクイハムシ等が見いだされた事例がある。このポイントでは同時水田雑草の種子なども見いだされ、湿原が中世には水田化されていたことが判明した。

また、名古屋城三の丸遺跡において、屋敷内に埋桶の調査。
直径1.1m、深さ3メートルで基盤層を堀り、内部に板材を配置して桶状にしたものだ。
従来これは「井戸」とされていきたが、調査の結果、内部からハエのサナギが大量に見いだされる。
そのハエはヒメイエバエ、たくあん漬けのぬかに特異的に発生する。
すなわちこの遺物は、「ぬか床」だったのだ。

さらに群馬県の萩原団地遺跡では、通常分離する昆虫の左右上翅や前胸背板が癒合したものが、
他の遺跡より突出して多いことに注目する。
同時に検出された軽石とあわせて、実は榛名-二ツ岳の軽石・火山灰の降灰により、
一斉に全滅した、しかもそれらの昆虫の発生時期から、降灰時期は6月上旬~9月中旬までと推測する。

この他にも多数の事例が紹介されており、あたかも推理小説を読むようである。

昆虫と考古学、一見縁遠いようだが、実は極めてポテンシャルの高い調査手法である。
なかなか類書はないが、幸いなことに続刊がある(「続・ムシの考古学」)。
昆虫好き、考古学好き、いずれの層も楽しめる一冊である。

【目次】
1 寒さにふるえた北の狩人
2 躍動する縄文人
3 悪臭漂う弥生ムラ
4 火山灰に埋もれた田んぼ
5 古代‐地方都市の賑わい
6 中世農民のフロンティア魂
7 信長の米倉
8 大名屋敷の台所
9 アンコール文明と長江文明を探る
10 ミエゾウがいたころの昆虫化石
11 水辺と湿地の環境学


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