ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

西洋医学における、エポック・メーキングな疫学調査。「医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎」  

医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎
サンドラ ヘンペル



現代日本では、医学といえば西洋医学を指す。
漢方医学を「漢方」と略すことはあっても、西洋医学を「西洋」と略すことはない。
この言葉一つとっても、日本の西洋医学への信頼度の高さが伺える。

世界的に見れば、やはりその国の伝統医学のウェイトは高い。
例えば中国・台湾では漢方などの伝統医学者を「中医」、西洋医学者を「西医」と呼ぶようだ。
伝統医学を頭から否定する気もないし、
いずれが効くか―というのは論争は別の話なので、横に置く。

ただそれでも、やはり西洋医学の発展が、極めて多数の人々を救ったこと、
そして人類の叡智の重要な礎であり、また最先端であることには変わりはない。

その萌芽は、やはり18世紀。
解剖医のジョン・ハンターらが、実際の人間の体に即した医学を求めた時代だろう。
その話は、「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 」(レビューはこちら )に詳しい。

そして、ジョン・ハンターが拓いた医学が、「実際の人間に即した医学」であれば、
本書の主人公、ジョン・スノウは、「実際の現象に即した医学」を拓いた、と言って良い。

「疫学の父」と呼ばれるジョン・スノウは、1813年生まれ(1813年 3月15日~1858年6月16日)。
ジョン・ハンターが1728年生まれ・1793年没だから、時代的にはほぼ100年後に活躍したことになる。

しかし、ジョン・スノウが医学を学んだ時代は、
ジョン・ハンターによって解剖学を踏まえた医学の重要性は認められていたものの、
未だ系統だった医学教育はなく、解剖実習用の死体も(ジョン・ハンターの時代と同様)死刑囚か、盗むしかなかった。

だがそれでも、少しずつ近代医学は歩み始めている。
例えば麻酔だ。当時は頭を殴る・酒を飲ますといった麻酔(のようなもの)から、
エーテル麻酔、クロロホルム麻酔へと発展していく時代。
ジョン・スノウは麻酔投与法を研究し、女王の出産時の麻酔も担当するほどとなっていた。

一方、当時イギリスをたびたび襲った疫病があった。コレラである。
ジョン・スノウが生きた19世紀半ばは、まさにコレラが、初めて世界的なパンデミックとなった時代である。
当時の人々の衛生環境や栄養状態もあるためか、その症状は激烈を極めた。
強烈な吐き気と下痢。発症から数時間で、患者は脱水症状が進み、痙攣や体温低下、皮膚の乾燥による風貌の変容を経て、死に至る。

特に1854年8月、ブロード・ストリート一帯を襲ったコレラは激烈で、
通常の経過を辿る時間も惜しみ、人々の命を奪った。
10日間で死者は500人を超え、終焉した1月後には900人以上が死亡したという。

なぜこの一帯だけで、コレラが蔓延したのか。

コレラの伝染経路を研究していたジョン・スノウは、ブロードストリートの惨状を地図に落とし、
かねてから提唱していた「水」による経口感染の可能性を検証していく。

病気になったのは誰か。
そして、なぜその人が病気になったのか。

ジョン・スノウはついに感染経路と発端にあたる患者第一号(インデックス・ケース)を突き止め、水こそが感染源であると証明する。
もちろんこの説が、ただちに歓声をもつて受け入れられたわけではない。当時の主流だった瘴気説などからの反論もあった。
だが以降、様々な時期・場所でのコレラ感染が検証され、ついにスノウの説が認められていく。

そして「実際の現象に即した医学」は、やがて疫学として結実する。

疫学とは、本書ではこのような定義が引用されている。

健康にかかわる状態もしくは事象がある集団に起こる分布と決定要因を調査し、それを応用して健康上の問題をコントロールしようとする研究


現在からよみかえせば、ごく当たり前の学問だ。

だがその発端は、多数のコレラによる多数の犠牲者と、ジョン・スノウの努力があった。

本書は当時のイギリス医学界の現状を極めて具体的に再現し、その制約下でのスノウの偉業を明らかにする。
実のところ、スノウが活躍するのはほぼ後半の1/3のみ。
「医学探偵」というタイトルどおりというか、
まるで島田宗司氏による御手洗潔シリーズのような、思わせぶりな主役の活躍ぶりである。

そのため、やや通読には難儀するが、言い換えれば読み応えのある一冊。
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 」と併せて読めば、
医学の発展した時代に生まれて良かったと思うこと、間違いなしである。

【目次】
はるかな旅
国中が息を殺して
必死の探索
コレラ来襲!
外科医見習い
ロンドンでの修業
風変わりな人物
悲惨な状況
ひとすじの光
センセーション
大実験
疫病がこの家にも
壮大な構想
結果はクロ
ミドリムシと赤い綿花
評決
大団円
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