ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

失われた写本を最新技術で復元する、知の冒険物語「解読! アルキメデス写本」  

解読! アルキメデス写本
ウィリアム・ノエル,リヴィエル・ネッツ



現代人は、古代人より優れているのか。

つい「現代人の方が賢い」というイメージを持ちそうになるが、
実際のところ、少なくとも古代エジプト文明の黎明期である紀元前3000年以降、
たぶん賢さは変わっていない。

もちろん現代は、小学校で0の概念を習い、理解する。
だがそれをもって、0を知らなかった古代人よりも賢いとは言えない。

実際のところ、現代人が極めて若い頃から高度な知識を学ぶことが可能なのは、
「能力的に」可能なのではなく、「環境的に」可能だからだ。
すなわち、知識量の蓄積があるためである。
言い換えれば、現代人は「学ぶ」が、個人個人が「発見」しているのではない。

さて、知識の蓄積は、文字と記録媒体(紙など)の存在と、それを発見し、遺した人が過去にいた結果である。

そしてそれぞれの時代に発見できる「知」は、それまでの「知の蓄積」が出発点となる。

むしろ古代人は、「知の蓄積」においてハンデがあるのだ。
結局のところ、現代人も歴史的人物も脳の能力には差はなく、
本質的に在るのは個体間の差だけだろう。

とすれば、一般的な現代人よりも遥かに優れた知性が存在していても、不思議ではない。

そのような人物の一人が、アルキメデスである。

様々な定理と逸話により、少なくとも学校教育を受けた方は、
全てこの方のお世話になった(人によっては苦しめられた)だろう。

その天才的な頭脳は、古代ギリシャにおける工学・数学の限界を超越しており、
まさに現代の基礎となっている。

だが、アルキメデスが生きていたのは紀元前287年頃から、紀元前212年まで。
キリストが生まれる以前であり、その著述はほぼ全て失われている。
現在いくつかの論文が知られているが、原文そのものが残っている例はなく、
様々な写本や引用による窺い知れるのみだ。

正確に辿ろう。
アルキメデスの原文書は、パピルスに書かれ、木製の芯がある巻物だった。
これに数々の数学的命題を記載し、エラトステネスへ送っている。

エラトステネスへ送られた手紙は写本が造られたが、パピルスという素材、
その後幾多の戦争、そしてキリスト教の普及により、
「キリスト教の修養のための書物こそが残すべき文書」という価値変化から、
写本の多くは失われてしまう。

だがその後、コンスタンティノープルにおいて、「古典」を写本に移すという作業が行われた。
ここでアルキメデスの文書は、羊皮紙による冊子として写本化される。

この時点で筆記法も変化し、アルキメデスらが用いていた大文字法(全て大文字)から、
小文字法が生み出される。
そして写本後、大文字の原本は放棄され、あとには小文字の写本のみが残る。

こうしてアルキメデスの写本は9世紀から10世紀の時点で、3冊のみが残された。

これらはA写本、B写本、C写本と呼ばれている。
アルキメデスの各論文は、このどれかに(ものによっては重複して)記載されている。

このうちB写本は、ローマの北にある町ヴィテルボの教皇の図書館で1311年に確認されたきり、行方がわからない。
またA写本は、1564年に、ある人の蔵書として記載されたきり、行方不明だ。
この2冊からはさらに写本が作られており、ダ・ヴィンチやガリレオは、
これによりアルキメデスを理解している。
だが、A・B写本そのものは、失われている。

問題は、C写本だ。
これも失われたと思われていたが、1906年、
コンスタンティノープルに遺る174ページの羊皮紙の書物を調査したヨハン・ハイベアが、
その書物はパリンプセストであることに気づく。

パリンプセストとは、一度書かれた羊皮紙の文字を削り、薬品で消滅させ、再利用した文書だ。

そして、うっすらと残る旧文書が、実はC写本であることに気づいたのだ。
現存する、唯一の最も古いアルキメデス写本である。

このパリンプセスト文書は、1920年代に売却され、誰かの手を経て、
1998年10月29日、ニューヨークのクリスティーズで競売にかけられた。

このパリンプセストを匿名の大富豪が買い取る。
また個人のものとして失われてしまうのかと落胆するなか、
ウォルターズ美術館の写本担当者である著者が、展示のために一時的に借りられないかと(ダメ元で)提案する。

その結果、なんと匿名の大富豪「ミスター・B」はそれを了承。
それどころか、パリンプセストの保存・修復、失われた文字の復元、そして記載された内容の解読を託す。
資金は全て、ミスター・Bが提供する。

こうして、1000年前の書物、しかも削り取られた文字を再現するという、前代未曾有のプロジェクトがスタートする。
そこで得られる結果は、人類史上有数の天才、アルキメデスの失われた到達点である。
凡百の冒険小説では立ち向かえない、なんと魅力的なテーマだろう。

本書はその過程を辿る者だが、奇数章をウォルターズ美術館のウイリアム・ノエルが担当。
写本解読というプロジェクトを記していく。

一方偶数章は、ギリシャ数学の研究者であるリヴィエル・ネッツが担当。
こちらは解読された写本の内容をふまえながら、アルキメデスが到達していた数学について解説する。
そして、パリンプセストに記載されていた内容が、これまでの数学史・アルキメデス観を覆すものであることを示していく。

数学というと僕も含めて苦手な人も多いが、
アルキメデスは現代の数学的な記述方法自体が発明される前の人物だ。
だから、そこで用いられる武器は、図形と思考のみ。
三角形の面積とか、単純なレベルかなと思って読み進めていただいてよい。

そうすれば、図形と思考という極めて原始的な武器しかなかったにも関わらず、
アルキメデスが恐ろしく複雑な図形の体積を求め、
その過程で「実無限」の概念に肉薄し、
また組み合わせ論にも思い至るという、とんでもない天才であることを実感できるだろう。

一方、数学は無視して、本書を純粋な考古学的興味だけで読むことも可能だ。
何といっても、1000年前の羊皮紙写本。
中には全面が塗りたくられたページすらある。

どのような技法で、どのような苦労で、文字を再現するのか。
古代研究としても、本書は優れた(そして現在進行形の)冒険物語だ。

【目次】
アメリカのアルキメデス
シラクサのアルキメデス
大レースに挑む第1部 破壊から生き残れるか
視覚の科学
大レースに挑む第2部 写本がたどった数奇な運命
一九九九年に解読された『方法』―科学の素材
プロジェクト最大の危機
二〇〇一年に解き明かされた『方法』―ベールを脱いだ無限
デジタル化されたパリンプセスト
遊ぶアルキメデス―二〇〇三年の『ストマキオン』
古きものに新しき光を
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