ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

時代の制約の中で、時代を超越した偉大な科学者。「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」  

解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯
ウェンディ ムーア



現代に生きていることは、極めて幸運と思っている。
もちろん様々な不幸も問題もある。将来の不安も尽きない。
それでも、いわゆる科学的な思考方法は確立し、
その成果を(全世界がその恩恵を受けているとは言えないにしても)活かすことが是とされる時代だ。

長い人類を見れば、科学的(客観的と言っても良い)思考よりも、宗教的思考が尊重される時代の方が圧倒的に長い。
(現代も多くの国・地域では、まだまだそうした伝統が残っているところがあるくらいだ。)

その端的な例が、医学である。

様々な病気や先天的異常は「神の罰」として「理解すべき」であり、その個人の肉体の内に根拠を求めるということは、神の介在を否定することになりかねない。
さらには、世界は神が造ったという理解に立てば、人類と動物を共通の土台に乗せて理解し、その生理学的機構を理解するということは、明らかに神を否定する行為だ。

そのため、様々な技術的発展を成し得た人類だったが、こと医学に対してはいわゆ伝統医学、薬草や「自然とヒトの対応」等をベースとした治療しか発展しなかった。

現在、科学的思考が最も重視される西洋医学にしても、それが「西洋医学」として成立しだしたのは、ごく最近である。

18世紀に至っても、人体の構造に関する基本的な知識もなく、治療法といえば瀉血くらい。
外科的な処置をする場合にも、もちろん麻酔はなく(アヘンや酒といったものはあったが)おろか、衛生的な観念もなく、汚れた手で患部をいじり、不衛生な環境で放置する。
「治療」といえば聞こえはいいが、実際のところは「昔から言われている処置をする」だけであり、その結果患者が治癒するか否かは運任せだった。

その状況を、劇的に転換させたのが本書で取り上げられる、解剖学者ジョン・ハンターである(1728年2月13日 - 1793年10月16日)。
18世紀のイギリス、前述のとおり未だ医学が未開の学問である時代、彼は数多くの遺体を自身で解剖し、生物としての人間を誰よりも理解した。

また、様々な動物も同様に解剖するとともに、生理学的な実験を行い、そのトライ&エラーの結果から、人間にも応用可能な医学的知識を蓄積。
とにかく外科的処置を行うことが当然だった時代において、実際の経験から、「手術は必要最小限に留めるべき」と判断。
内科的・外科的な処置を行ったものの、患者が死亡した場合には、その遺体を解剖し、死因を追及した。

どれも現代医学としては「当たり前」だが、医学者が遺体を自身で解剖するということすら稀有だった時代には、どれも常軌を逸した、非常に困難な行為だった。

事実、ジョン・ハンターを初めとした解剖学者は、定期的に解剖すべき遺体を入手するために、墓泥棒と連携した。

また、興味深い患者や先天的異常がある者が死亡した場合には、その遺体を入手すべく裏社会から手を回す。
屋敷には、夜な夜な遺体が運び込まれ、数時間後、切り刻まれた遺体の断片が運び出される…。

本書のタイトルでも「数奇」とされているし、他にジョン・ハンターを語る際も、「奇人」「変人」という言葉が用いられる。
この点だけを、現代社会から見れば明らかに「変人」である。
それどころか、「ジキルとハイド」のモデルとなったように、極めて異常な側面のある人間だったと思いかねない。

だが、現実は違う。
ジョン・ハンターは奇人でも異常者でもなく、極めて真っ当な科学者だったのだ。
ただ彼が生きた時代には、まだ科学そのものが存在せず、社会も科学を育むシステムではなかった。
その中で、科学的思考を実践するために、ジョン・ハンターは可能な手段を全て用いたに過ぎない。

ジョン・ハンターの科学的教えは、むしろアメリカで花開く。
また、その「自身で考えろ」という教えは、その弟子ジェンナーによる種痘にも結びつく。

実際のところ、ジョン・ハンターがいなければ、いわゆる「西洋医学」の発展は数十年以上遅れていただろう。
それほど、ジョン・ハンターが一代で成し得たことは、大きい。

だがその反時代性ゆえ、死語には対立する旧医学界や、その手柄を横取りしようとする義弟により、存在価値を抹消されてしまう。

しかし彼は、ダーウィンに先駆けること数十年、数多の動物を解剖することにより、多くの生物の関連性と歴史的な変遷にも気づいていた。
進化論という言葉はもちろん使っていないが、その概念は掴んでいたのだ。

「時代を超越した」とか、「時代に先駆けた」という形容詞を聴くことは多い。
だがジョン・ハンターこそは、その形容詞が最も相応しい人物である。

本書を奇人伝として避けることは、大きな損失だ。
これは、黎明期の、そして最初の科学者の偉大なる伝記である。

なお、ジョン・ハンターが収集した様々な解剖標本や動物標本は、現在もハンテリアン博物館として公開されている。
http://medicalmuseums.org/museum/hunterian-museum/
ダーウィンも何度も訪れたというそのコレクション、ぜひ見てみたいものである。

とは言え、ジョン・ハンターの「面白さ」を知るのも、悪くない。
様々な科学ネタと科学者ネタが満載の「決してマネしないでください。」でも、取り上げられている。

【目次】
御者の膝
死人の腕
墓泥棒の手
妊婦の子宮
教授の睾丸
トカゲの尻尾
煙突掃除夫の歯
乙女の青痣
外科医のペニス
カンガルーの頭蓋骨
電気魚の発電器官
司祭の首
巨人の骨
詩人の足
猿の頭蓋骨
解剖学者の心臓
関連記事
 このエントリーをはてなブックマークに追加

category: 医学

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://birdbookreading.blog.fc2.com/tb.php/737-3f503db3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

中の人

アクセス

RSSリンクの表示

最新記事

カレンダー

アクセスランキング

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム