ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

二人の「思い付き」から、何を掴み取れるだろうか。 「虫眼とアニ眼」  

虫眼とアニ眼
養老 孟司,宮崎 駿



昆虫採集を通して日本の移ろいを実感している、解剖学者・養老氏。
異世界を描きながら、日本人の共通的な「懐かしさ」で魅せる、宮崎駿氏。
この二人を対談させるとは、なんと見事な「思いつき」か。

ただ、本書はその「思いつき」の結実に過ぎない。
両者ともに、ある程度達観している部分があるだけに、
本書は良質の放談の域を出ず、それがおそらく本書の全てである。

戦後、日本はいかなる道を歩んだのか。
「懐かしさ」とは、どのようなモノに感じるのか。
日本人の子どもの、また大人の感性を取り戻すには、いかなる道があるのか。

本書では様々な「思いつき」が語られている。

読み手それぞれが、それぞれの体験と立場によって、
二人の「思い付き」から何かを掴み取ることができるだろう。

例えば、日本人は有史以来、自然を破壊し続けていたが、
日本の自然がそれに耐えられるほど丈夫だった(相当年数が必要としても、復活できた)。
ところが、近年の大規模な土木工事による破壊は、さすがの日本の自然力でも回復困難なのだ、という指摘がある。

この点、多くの人も誤解しているだろう。
現状よりも戦前、戦前よりも江戸時代と、時代を遡るほどに緑豊かになるだろう、と。

だが、例えば香川県の琴平山に続く峰は「象頭山」という。
琴平街道から見た山容が象の頭のようだったからというが、現在の緑豊かな輪郭からはそう感じられない。
実は長い歴史では、当山も薪炭林として伐採され続けていたようだ。
(江戸時代の絵図を見れば、禿山のようにすら見える。)
その時代、もっと山容は鋭角な輪郭を示し、なるほど象のようだったのだろう。

一般的に里山は薪炭林であり、熱エネルギーも建材も全て木材が源だったのだから、
森林は持続可能な程度に伐採し続けられていた。
過去のほうがより緑豊かだったというのは幻想であり、
日本の森林の回復力が世界的に稀なほど強力だったのだ。

そうすると、現在行われる開発が、いかに不可逆的な破壊なのかが実感できる。

また、様々な事故・災害に際して、「人のせい」と追及すること。
自然災害に対してさえ、誰のせいかを追及すれば足りるという思考は、
極めて都会的な感覚だろうという指摘もある。

その他、本書には様々な指摘や思い付きが散りばめられているが、
もちろんその全てが正しいと立証されているものでもなく、
また無批判に受け入れる必要はない。
(おそらく両者とも、そういう受け入れ方を最も否定するだろう。)

だが、自身の信じる道を歩み続けた先達が示した手掛かりであることは、間違いない。
なかなか有りえない組み合わせによって生み出されたヒントを、
うまく今後に生かしたいものだ。

【目次】
養老さんと話して、ぼくが思ったこと(宮崎駿)
『もののけ姫』の向こうに見えるもの
 対談1 1997
 対談2 1998
『千と千尋の神隠し』をめぐって
 対談3 2001
見えない時代を生き抜く―宮崎アニメ私論(養老孟司)
関連記事
 このエントリーをはてなブックマークに追加

category: エッセイ

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://birdbookreading.blog.fc2.com/tb.php/719-b4db8168
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

中の人

アクセス

RSSリンクの表示

最新記事

カレンダー

アクセスランキング

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム