ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

戦後最大の(浅はかな)偽書は、多くの人を翻弄し続けている。「偽書「東日流外三郡誌」事件」  

偽書「東日流外三郡誌」事件
斉藤 光政



著者曰く。

「東日流外三郡誌」を見て、即座に「つがるそとさんぐんし」と読むことができた人は、ある意味で"マニア"である。


むむ、読めてしまった。まあ、だからこそ本書を読もうと思ったわけである。

中学生から高校まで、雑誌「ムー」を読んでいた。
超能力・霊・超古代等々、オカルティズム溢れる楽しい雑誌である。
その荒唐無稽さを、「またこんな(面白い)嘘を書いて」と思いながら、
でも「もしかしたら」と微かに思うところが、ロマンであり醍醐味である。

世知辛い世の中、人智を超えた不可思議な世界は、無いよりあった方が面白い。

アトランティス、ムー大陸、ポルターガイスト、インカ帝国、古代エジプト、UFO等々、様々なオカルト的テーマが溢れる雑誌「ムー」。
もろろん、こんな本が何の役に立つのか、と思う人も多いと思う。

だが振り返ってみると、多くのエンターテイメントは、これらをベースとして展開していることが多い。
学校・正しい社会では決して教えられない「元ネタ」を知ることができたという点で、雑誌「ムー」を若かりし頃に読んだのは、非常に有益な雑誌であったと感じている。

また同時に、雑誌「ムー」に掲載されるようなテーマや説であれば、それは「鵜呑みにすべき話ではない」ということでもある。

どこまでが正しい説で、どこからが創作か。どこに「嘘」が潜んでいるか。

いわば雑誌「ムー」は、自身の知識や判断力を試される雑誌でもあり、その「荒唐無稽さ」を「エンターテイメントとして楽しむ力」が要求される本でもある。

この雑誌に掲載された論を鵜呑みにすると、それこそトンデモないことになるのは明らかだ。

本書のテーマである、「東日流外三郡誌」。
1970年代に、青森県の和田喜八郎氏の自宅の「天井裏から落ちてきた」古文書である。
秋田孝季と喜八郎の先祖とにあたる和田長三郎吉次。
数百冊という膨大な量、日本史を書き換えるほどの古代史情報など、
雑誌「ムー」でも時折り取り上げられる有力テーマであった(最近は知らない)。

ただそれは、すなわち「東日流外三郡誌」は「警戒すべきもの」ということである。
それほど素晴らしい史料であるのに、なぜ「東日流外三郡誌」に書かれた史実がもっと普及しないのか。
それは、「何か問題がある」ということである。

当時はそこまでしか感じていなかったが、
いやはや、「東日流外三郡誌」の偽書問題が、これほど大規模な問題であったとは知らなかった。

「東日流外三郡誌」は和田氏が発見し、その写しを一時的に青森県の市浦村に提供。
市浦村はそのコピーを取り、「市浦村史 資料編」として刊行した。
公的機関が刊行したという事実が箔付けとなり、その記載を元にした歴史研究や「古物」の発見、
その「古物」を用いたいくつかの地域での祭事等、
様々な方面に影響を与える。

だが一方で、その実物を和田氏以外は誰も見ていないこと、次々と古文書が発見され続けることなどから、
偽書ではないかとの疑念が起こる。

本書は地元の東奥日報社の記者である著者が、ある民事裁判を契機に「東日流外三郡誌」問題に係り、その偽書派・真書派の戦いを取材し続けたレポートである。
ただし、真書派は何も証拠を出さず(原本を出せば解決するにも関わらず)、「真書だ」と主張するのみであるため、取材対象は偽書派が中心となる。

その結果示された偽書を示す証拠の多さには、あきれるほどだ。
・和田氏と古文書をであるはずの「東日流外三郡誌」字体の一致。
・「古文書」でありながら、近現代になって初めて創出された語句の使用。
・年代、階級など、当時の社会常識との不一致。
・一軒の住宅から、数十年にわたって、次々と「新史料」がでること。
・誰も原史料を見ていないこと。
・発見された住宅は、膨大な古文書を隠すような天井スペースがなく、
 梁などの構造も複数の長持ちを支えるようなものではないこと。
・「東日流外三郡誌」により発見された「古物」が、単なる土産物の遮光器土偶レプリカだったり、
 「人骨」として渡されたものが鯨化石であること。
・元ネタの本が複数特定されていること。

そして最終的に、発見者である和田氏の死去時にも原本は発見されず、
最大の真書派の中心であった古田武彦氏からも原本は提示されなかったこと。
(1度原本として提示されたものがあったが、それはかつて「写し」として提示されていたものだった。)

本書を読みながら、偽書派の主張のうち納得できるものに付箋をつけていたのだが、
いやもう付箋だらけになった。

和田氏がなぜ「東日流外三郡誌」という偽書を創作したのか。
虐げられた東北地方のプライド、様々な指摘があるが、
本書を読むと偽の古文書を巡り、相当の大金が動いていることが分かる。

・当初の「市浦村史 資料編」のための一時コピーのための提供で、数百万(1970年代である)。
・「東日流外三郡誌」関係の古物を譲り渡され、和田氏を中心に祭事を執り行ったいくつかの地域団体。
 (祭事の経費しか記載されていないが、もちろん和田氏への謝礼はあっだろう。)
・「東日流外三郡誌」に関係して発見されたという失われた史書「天皇記・国記」を入手するため、
 某新聞社支局記者が支払った(という噂)の数百万(もちろん入手できていない)。

そもそも和田氏は、単純な「偽古文書屋」としてスターとしたのではないか。
ところが、それを自治体が買い取ったため、その系列で量産化することになった。
それが「東日流外三郡誌」という一群の古文書ではないか。

本書著者はあまり突っ込んでいないが、当初の「市浦村史 資料編」への「東日流外三郡誌」の売り込み。
和田氏は駆け出しの郷土史家に過ぎず、むしろ他の郷土史家の後押し・協力もあったようだ。
もちろん、他の郷土史家も騙されたのか共犯的立場だったのかは不明だ。
だが、和田氏と共に「東日流外三郡誌」由来の神社を「創る」ことに関与している人もいたりと、
どうも当初はローカルに詐欺事件に過ぎなかったのではないか。

それが、「東日流外三郡誌」のような荒唐無稽さに免疫が無い層により善意の普及がなされ、いつしか「真書」として独り歩きする。
それを「偽書」として糺すために、本書に記録されたとおり、多くの人々の時間と労力が割かれることになった。

残念ながら、確信を持って「騙そう」とする人は確実に存在し、我々が出会う(出会っている)可能性は高い。
そして、さらに残念なことだが「自分だけは絶対に騙されない」という保証もない。

それを一定程度防御するには、自身の力で、より多く、広くを知っておくしかないのだが、それすら、「自分は十分知っている」という自己満足の場合もある。
どう理解し、生きていくかは本当に難しいものだが、まずは日々、それを意識することが重要だ。

【目次】
プロローグ
訴えられた謎の古文書
筆跡鑑定
偽書説
告発と告白
論争
御神体
聖地
増殖
奉納額
役小角と謎の竹筒
判決
背景
偽化石
寛政原本
エピローグ
あとがき
文庫版あとがきに代えて その後の『東日流外三郡誌』事件
解説 鎌田慧
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category: 歴史

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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コメント

コメントありがとうございます。

 「ムー」、いいですよねぇ。これほど荒唐無稽にロマンだけを語ってくれると、世界が謎と不思議に満ちて見えますね。今後も刊行し続けて欲しいものです。
 ただ「東日流外三郡誌」のように、ネタがネタではなくなったしまうと、正しい軌道に戻すのは多大な労力が必要ですね。本書はそれを実感させる、貴重なルポだと思います。
 貴ブログ「第二級活字中毒者の遊読記」、「先を越された‼
」とか、「この本があったか!」と、いつも楽しませていただいています。今後ともよろしくお願いします。

BIRD READER #aYDccP8M | URL
2016/12/19 19:15 | edit

こんにちは

つがるそとさんぐんし、私も読めてしまいました。
ムーです。
「こんなん嘘ばっかりじゃ」とクラスで吹聴しながら
家でこそっと熟読していたクチです。

こんな本があったのですね。
いずれ読んでみたいと思います。懐かしい。

ありがとうございました。

第二級活字虫 #xhP1KLso | URL
2016/12/18 19:05 | edit

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