ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

これほどの事件が、なぜ解決できなかったのか。「警察庁長官を撃った男」  

警察庁長官を撃った男
鹿島 圭介



1995年3月20日、地下鉄サリン事件発生。
それ以降は相当期間、上九一色村での強制捜査など、
それまで(少なくとも僕は)聞いたことがなかった「オウム真理教」が日常を覆い尽くす感があった。

その最中の3月30日に発生した、警察庁長官狙撃事件。
日本はこれからどうなるのか、という漠然とした恐怖と共に、
「オウムはとんでもない事をする団体だ」というイメージから、「またオウムがしでかした」と第一に感じた。

ただその後、様々なオウムの捜査が報告されるが、
どうも警察庁長官狙撃事件だけは、進捗が感じられない。
「元信者の警察官関与」という衝撃的なニュースのあとは、「嫌疑不十分で釈放」ということを聴く。
ところが数年後、また「元信者の警察官を捜査」というニュースが有ったかと思えば、また嫌疑不十分。

積極的に気にしてもいなかったので、「元警察官が狙撃したと確定したら警察のメンツに関わるため、一応は捜査するが、それで終わらせるつもりなのかな」、と感じていた。

その挙句が、2010年の公訴時効時の会見である。
簡単に言えば、「オウム真理教が犯人だと思うが、逮捕できなかった」という警察による釈明は、「疑わしきは罰せず」どころの話ではない。
いかなる事情があるにせよ、捜査・逮捕を行うべき警察が逮捕できない中で、一方的に「でもあいつが犯人だと思う」という見解を示すのは、異常であった。

この1点でも、警察庁長官狙撃事件における警察組織の紆余曲折さが現れていると感じられた。

だが、本書は、さらに別の事実を示す。

2002年11月、中村泰という初老の人物が、UFJ銀行での強盗・殺人未遂事件で逮捕された。

ところが逮捕後の捜査で、中村が多数の銃器を所持していることが判明。
本書で詳細に語られているが、およそ日本では想像できないような量・種類であった。
そこから、他の銃器による未解決事件との関連性を調べている中で、
中村と警察庁長官狙撃事件が繋がっていく。

本書は捜査の時系列を追いながら、中村の警察庁長官狙撃事件への関与を示す事実が、次々と明らかにされる。

狙撃事件では、コルト社製の38口径・8インチ銃身モデルに、殺傷力が高いホローポイント型のマグナム弾が使用されている。銃、弾丸ともに、日本はおろか、銃の本場アメリカでも流通量は少ない。
ところが中村は、この銃を買い、そして警察庁長官狙撃事件で使用された弾丸と同時期に製造された弾丸を所持していた。

また、狙撃事件前後に限り、近隣の貸金庫(銃等を保管していたと思われる)を頻繁に利用。
さらに中村の供述から、次のような事実も明かされる。
・狙撃事件の2日前に長官の公用車が変更された。
・狙撃事件の2日前にスーツ姿の2名が警察庁長官宅を訪れたこと
・現場に誰が置いたか不明な鉢植えがあったこと(中村によれば、中村の共犯者が隠れるために置いた)
・ある店の近くに盗まれた自転車が放置されていたこと(中村は、自身が逃走に使い、そこで捨てたと供述)
・現場に残された北朝鮮のバッジの位置
これらは、まだまだ一部に過ぎない。

中村は、ゲバラに憧れて若い頃から銃の訓練を行い、少数の仲間と共に、独立の武装団体「トクギ」の組織化を図る。
多くの銃器は、そのために準備したものの一部という。
そして警察庁長官狙撃事件は、「長官狙撃事件をオウムが起こしたと信じさせることで、オウムへの捜査が不十分な警察を刺激し、オウム真理教への捜査を徹底させ、日本を救う」ことが目的だったと語る。

中村への嫌疑は、公式には狙撃状況と供述が一致しないこと、
自白に信用性がないこと、とされている。

だが本書を読めば、中村にはハヤシという仲間がおり、狙撃事件時にも現場にいたことが判明している。

中村はハヤシを「売らない」ため、ハヤシの行動だけは曖昧に供述しているようだ。
そのため、おそらく数発はハヤシが撃っただろうが、それをも自分が撃ったと供述していることにより、
ほんの一部、自白と現場に齟齬が生じている。

だが、それだけで嫌疑不十分とするには、あまりにも様々な証拠が揃っている。
これを黙殺したのは、オウム真理教こそ真犯人として追い続けた警察上層部の意向だという。


もちろんオウム真理教同様、中村も裁判では「嫌疑不十分」となっている。
だから、中村のみを犯人扱いすることは、本来フェアではない。

だが中村は、一貫して「自分が撃った」と供述している。
また捜査の結果、様々な傍証も積み上げられている。

これを追究しきれなかったのは、捜査員の努力不足ではなく、
それを暗に阻んだ警察上層部の意思にある。

既に現時点では、真実は何かを明らかにする機会は失われてしまった。
本書が示すストーリーが真実か否かも、明らかにすることはできない。
法治国家において、これほど情けない状況は無い。

残念ながら、警察のメンツが真実の解明を阻むケースは、有るようだ。
組織として、判断ミスを問われることを避けたいことも理解できる。
だが例え判断ミスがあっても、まずは真実の解明を最優先してほしい。
何年かかろうが真犯人を見つけ出すこと。それこそが、究極的に一般人が警察に期待する役割だろう。

犯罪者が、その責を負わずにすむ事だけは、あってはならない。

なお、「殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」(レビューはこちら) で示された、北関東連続幼女誘拐殺人事件の進捗を聴くことは、まだない。

【目次】
プロローグ パイソンを買った男
公安捜査の大敗北
悪夢、再び
捜査線上に急浮上した男
謎に包まれた老スナイパー
取調室の攻防
そして、アメリカへ
動機
幻の男
「―神よ もう十分です…」
告発の行方
ゲバラになれなかった男
関連記事
 このエントリーをはてなブックマークに追加

category: 事件・事故

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://birdbookreading.blog.fc2.com/tb.php/711-cf1b8849
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

中の人

アクセス

RSSリンクの表示

最新記事

カレンダー

アクセスランキング

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム