ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

ホモ・ファーベルの限界は、どこだ。「スーパーヒューマン誕生! 人間はSFを超える」  

スーパーヒューマン誕生! 人間はSFを超える
稲見 昌彦



想像力の限界が、技術の限界ではないかと思う時がある。
もちろん技術が発達すれば、自ずと想像できる世界は拡大する。そういう意味では、限界は無いのかもしれない。

しかし今この時においては、想像できる限界は確かにある。
その最先端は、現在の技術を踏まえていない想像だ。すなわちSFである。

量子力学が云々される前から、タイムマシンの発想は有った。
(念のため確認した。いろいろな発想はあるが、「タイムマシン」という発想を一般人のスタンダードとしたのは1895年のH・G・ウェルズの「タイム・マシン」だろう。一方、現代的な量子力学のスタートは1925年頃だ。)

そうすると、SFを射程距離として、現在との溝を埋めていくという進み方は、あながち間違いではない。

本書はSFのうち、特に人間の能力を拡大する人間拡張工学に関するもの。
人間拡張学とは、「機器や情報システムを用いて、人間がもともと持っている運動機能や感覚を拡張することで工学的にスーパーマンをつくりだすこと」だ。最も単純なイメージは、パワードスーツと呼ばれる類だろう。
といっても、単なる現時点の成果発表でない点が有り難い。

人間拡張工学という「考え方」について、いくつかのポイントがある。

まず、これまでの義手、義足といった、欠損部分の「補綴」との違い。
これは第1章で取り上げられており、特に義手・義足といったこれまでの「補綴」例から、
脳が道具を扱う時の働きや、人間が自身の体(その境界線)をどのように認識しているか、という点がポイントとなっている。
僕も今夏、左足親指を骨折し、しばらく杖を支えに使っていたが、その時体の先端は「杖の先」にあった。
こうしたイメージがいかに生じるか、人間拡張工学がこうした制御可能な身体を拡大させることであることが示される。
そして、「補綴」が補うことを主としているのに対し、より積極的に機能を拡張するモノが「人間拡張工学」だ。
(「メガネ」も当然視力低下という障害に対する補綴なのに、現実には障害とみなされず、単なる身体的特徴とみなされているという指摘は、補綴や人間拡張工学が一般化した例とも言えるし、ヒトの差別意識の境界とも言えそうだ。)


続く第2章では、そうした身体の拡張に先立ち、ヒトがどのように外部環境を認識しているかを問う。
五感を拡張する場合、人間に生来備わっている「感覚」にマッチしなければ違和感が生じ、スムーズな拡張にはなりえない。
昨今あるバーチャル・リアリティ、その一分野として、遠隔地のモノをあたかも目前のモノのように感じるテレイグジスタンス。
僕が僕の体を動かしているかのように、遠隔地のロボット(という言葉しか今は思いつかないが)を操作するには、
そのロボットが受ける様々なインプットを、僕が認識しなければならない。

興味深い例として、ヒトは自身の喋る声を聴きながら喋っているが、
自身の声が0.2秒遅れて聴こえると、聴く-喋るというメカニズムに何らかの齟齬をきたし、喋りにくくなるという(聴覚 遅延 フィードバック( Delayed Auditory Feedback)」 仮説)。

また、ピンク色(正確にはマゼンタ)の波長の光は物理世界には存在しない。
現実には、赤と紫の光の波長の両端を同時に見ることにより、頭の中でその色を重ねてピンクに見ている。
つまりピンク色は、私たちの頭の中にしか存在しない色なのである。

また、視覚においては、明るいほうが速く処理されて、暗いとより時間がかかる(プルフリッヒ効果)。
さらに音の方が光よりも遅く伝わるが、花火を見る場合、脳内で「同時」に感じるように補正されている。
(ただし発信源から40mを超えると補正はされない)。

こうした事実を踏まえると、「身体は脳と世界をシンク(同期)するためのインターフェイスである」という著者の見解、
すなわち「「客観的な物理世界 = 現実世界」 と、「 私たち自身が主観的に感じとる世界 = 現実感」は全く異なるもの」という認識は、恐らく正しい。
そしてその立場に立てば、人間拡張工学が、機能を闇雲に強化・拡大させるのではなく、
現実のヒトという生物の認知方法をベースにする必要があるということは明らかだ。

そして第三章では、これらの知見を踏まえて、
実際に人間が分身としてのロボットを操るようになった時を考察していく。
それによって生じる自己同一性への疑問など、今はまだ現実感はないが、
おそらく技術が加速すれば重要な問題となっていくだろう。

コンピューターの発達により、映像・音声等の処理速度・容量は恐ろしく増大している。
(そもそも昔は、CGで3D映像を造るなんて大事だった。レイトレーシング(もう、こんな言葉すら使わない…)1枚描くのにパソコンで何日もかかった(そして、途中でエラーで止まっていた)。)

一方、ドローンを始めとして無人機も発達している。

これが融合したのがテレイグジスタンスであるのだから、
おそらく僕らが日常で接するようになる日も、そう遠くはない。
その日に向かって、現在の到達点を知ることは極めて重要だ。


【目次】
序 章 SFから人間拡張工学を考える

第1章 人間の身体は拡張する
1 拡張身体とは何か?――「補綴」から「拡張」へ
2 どこまでが拡張身体なのか?――脳と道具の間にあるもの
3 どこまでが身体なのか?――曖昧な身体の境界線を探る

第2章 インターフェイスとしての身体
1 現実世界はひとつなのか?――五感がつくる現実感
2 新たな現実はつくれるのか?――感覚と情報がつくるバーチャル・リアリティ
3 人間は離れた場所に実在できるのか?――脱身体としてのテレイグジスタンス

第3章 ポスト身体社会を考える
1 ロボットはなぜヒト型なのか?――分身ロボットとヒューマノイド
2 他人の身体を生きられるのか?――分身から変身へ
3 身体は融け合うことができるのか?――融身体・合体からポスト身体社会へ
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