ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

人類は、もう引き返せない。「捕食者なき世界」  

捕食者なき世界
ウィリアム ソウルゼンバーグ



このご時世、生態系ピラミッドの図は、誰もが見た事があるだろう。

だが、あの図が示す意味をどう読むかは、なかなか難しいところだ。
何となく、植物などの一次生産者、それを喰う草食動物、さらに肉食動物と、
下位の生物の種数・個体数が、上位の生物の種数・個体数を決定していくと思いがちである(僕はそうだった)。

この場合、最上位の捕食者に積極的な生態系上の意味はなく、
いわば下位の生物群の多様性を象徴するシンボルにすぎなくなる。
「オオタカがいれば豊かな森」という程度のシンボルだ。
(だから、オオタカが確認されるケースが増せば、オオタカのシンボル性が低下し、積極的に守る必要は無いという論に陥る。)

だが、本書はその地域の生態系の最上位に位置する捕食者、すなわち「頂点捕食者(トップ・プレデター)」の存在が、
逆に下位の生物種の種数・個体数を決定づける要因となっているという認識を示す。

例えばロバート・ペインによるマッカウ湾での比較研究。
その磯での「頂点捕食者」(トップ・プレデター)は貝を捕食するヒトデだが、これを継続的に除去するという実験を行った結果、
ヒトデがいなくなった場所ではイガイが異常に増殖し、逆に生態系の多様性が失われた。

また、ウニを捕食するラッコがいなくなった場所では、ウニが増殖し、ジャイアント・ケルプの食害が増加。
その結果、当該海域の生物種が激減した。

こうした事例をいくつも重ねていくことで、本書は「頂点捕食者(トップ・プレデター)」が生態系ピラミッドの「結果」ではなく、
「要因」、それも決定的に重要な「要因」であることを証明していく。

生物多様性の重要性が課題となって久しいが、
本書が示す「頂点捕食者(トップ・プレデター)」は単なる生態系のシンボルではないという認識は、もっと普遍的な知識としていく必要があるだろう。

また、過去に比して荒れた環境であっても、その時代に育った人にとってはそれが基準となるという「シフティング・ベースライン・シンドローム(基準推移症候群)」。
環境保護教育が重要である現代、 学校教育で必ず教えるべき知識ではないだろうか。

例えば香川県では、僕が野鳥を見だした1990年代前半、ハッカチョウは丸亀市の一か所で繁殖しているのが「珍しい」事例であり、ソウシチョウはまだレオマワールドから逸出していなかった(これは伝聞ではなく、2004年9月の台風16号で当時のレオマワールドの野鳥展示施設が破損して大量に飼育個体が逃げた際、ソウシチョウ約100羽も逃げたことを確認している)。
だが今、香川県ではハッカチョウは各地で繁殖し、ソウシチョウも高松市南部から琴平山まで分布を拡大している。
そして現在の野鳥屋は、それが「普通」の状態と認識しているのだ。
こうした中で、外来種がいない環境の重要性を伝えるのは、非常に難しい。

なお、本書ではイエローストーンへのオオカミ再導入の成果が、かなり多くの紙面を割いて紹介されている。
これを踏まえてだろうが、日本へも増加したシカ対策として、オオカミ再導入を図っている団体がある。

僕は反対である。

第一に、日本で絶滅したとされるニホンオオカミと、大陸産オオカミの関係が不明瞭なこと。
再導入推進派は、両種は遺伝的に近いとか亜種関係とか言うが、
そもそもニホンオオカミに関する研究自体が全くといって良いほどなされておらず、そのような判定すらできない。
それでも、一応過去の研究ではニホンオオカミと大陸産オオカミは別種というコンセンサスに至っているが、
再導入推進派の中には、
「研究が全くなされていない」から当時のコンセンサスは信用できない、だから「同種の可能性が高い」という飛躍的な論法も見受けられる。
再導入ありきではなく、まずはニホンオオカミという種をきちんと研究することが重要だろう。
(実はニホンオオカミと「ヤマイヌ」の二種がいた、という説すらある。)

もう一点は、本ブログでは何度も繰り返しているが、
「ニホンオオカミが絶滅した」というのは、ニホンオオカミを「認識した記録」が途絶えたということに過ぎないこと。
上記のニホンオオカミの研究と重複するが、実はニホンオオカミは大陸産オオカミとは、全く異なる印象を受ける動物のようだ。
そのため、ニホンオオカミが身近だった世代が少なくなれば、急速に一般人がニホンオオカミを認識することは困難になる。
その結果目撃情報が途絶え、それが絶滅したという根拠となっている。
別に国が網羅的に調査した結果ではないのだ。

▼国立科学博物館に展示されているニホンオオカミの標本。剥製の出来が悪いとはいえ、いわゆるオオカミとは程遠い。
なお、前足前方に黒斑がある等、ニホンオオカミの特徴があるが、普通の人は知るはずもない。
ニホンオオカミ

そしてここが問題なのだが、そのような状況にありながら、
今も「イヌではない何か」に遭遇したという情報は途絶えることがない。
(最も客観性が高い記録として、「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら) がある。)

一度大陸産オオカミを導入すれば、こうした「ニホンオオカミが生き残っている可能性」を人為的に消滅させることになる。
イエローストーンのような地域ならともかく、日本のように人家が散在・隣接する森林において、
群れで行動する大形肉食獣を導入したらどうなるか。
日本各地のアライグマ、ヌートリア、沖縄のマングースなどの例を見れば、安易な外来種の導入が、いかに不可逆的な影響を及ぼすかは明らかである。

「捕食者なき世界」の恐ろしさは本書で明確だが、
かといって、世界各地で、安易に頂点捕食者を再導入できるはずもない。
だから「人類はもう引き返せない」とタイトルにつけた次第である。

【目次】
ハイイログマとの邂逅
ヒトデの腕
捕食と進化
ラッコが守る森
恐るべきハンター
生態系のメルトダウン
バンビの復讐
小さなモンスターたち
恐怖によるコントロール
ピューマが守る谷
アメリカ再野生化プロジェクト
孤独な捕食者
人は再び自然を愛せるか


また、このニホンオオカミを今も探索している人もいる。
心から、この方が何かを見つけることを期待している。
ニホンオオカミを探す会の井戸端会議

▼著者による別の生態系ドキュメント。レビューはこちら





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