ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

生物としてのクジラ研究の現状を客観的に伝える。「クジラの死体はかく語る」  

クジラの死体はかく語る
荻野 みちる



クジラの話となると、様々な主張が飛び交う。
ただ、その主張同士が噛み合い、議論として成立しているかというと、疑問である。
本書のAmazonレビューも、捕鯨推進か否かが不明だとか、
環境汚染に対する突っ込み不足とか、著者が何を言いたいのか分からないとか、否定的なものばかりである。
だが、何か腑に落ちない。

クジラについては、主張する際に様々な立脚点があると思う。
(以下は思いついただけであり、網羅でもない。それこそ欠けている視点もあるだろう。)

・伝統的な消費文化の範囲での捕鯨を認めるか否か。
・今後の商業的な捕鯨を認めるか否か。
・日本の調査捕鯨をどう評価するか。
・クジラが増加しているか否か(どの種が、という問題もある)。
・過去のアメリカ等の鯨油のための大規模捕鯨をどう総括するか。
・イルカやクジラは「賢い」から別格だという主張を認めるか。
・レジャー・ハンティングを認める姿勢との差はどう考えるのか。
・クジラを殺傷して研究する必要性をどこまで認めるか。

こうしたベーシックな立脚点を整理し、自身がどのような立場か、また相手がどのような立場かを整理すらしなければ、
それは議論ではなく、単なるヒステリックな叫びに過ぎないだろう。

さて、本書は捕鯨論ではなく、一民間研究者による、日本の鯨類研究の現状と問題点を指摘する本である。
(それなのに、「捕鯨を認めるか否か」という点からのみ読めば、当然「何が主張したいのか分からない」となるだろう。
それは誤読というか、言いがかりのようなものだ。)

著者は、鯨に獲りつかれ、一主婦の立場ながら国立科学博物館に出入りするようになり、
国内に漂着した鯨類の処理、解剖(及び解剖学的知見の研究)、標本化を行うようになった方である。
また同時に、写真による個体識別に取り組み、国内外の研究者と連携して様々な鯨類の個体プロファイルを構築している。
ただし、国立科学博物館の職員というわけではなく、民間人という立場であり、本書後半でも独自の道を進んでいる。
著者としての肩書も「海の哺乳類情報センター代表」となっているが、2016.6時点では特定非営利活動法人としてもホームページとしても確認できなかった。一個人の取組みなので、団体の看板は下ろしたのかも知れない。
その点から批判されやすいのかもしれないが、
だからといって本書の内容や著者の成果が否定されるものではない。

本書で指摘されている大きな点は、2005年時点までの日本の鯨類研究の問題だ。
今でこそ、深海研究の一環(「鯨類群集」という生態系の存在)として着目されているものの、
生物としての鯨類研究が日本で大きな成果を上げているとは、僕も聞いたことがない。
特に不思議なのは、調査捕鯨を行っているが、その科学的成果のアナウンスが一般向けには殆どんない(ように見える)ことだ。

そして本書で大きな問題として指摘されているのが、1999年前後の日本の状況。
海外研究者が日本にDNA分析機器を持ち込み、国内に流通している鯨肉を分析したところ、
調査捕鯨対象種以外の種が多数含まれているという事実が判明した。

既に国外ではDNAサンプリングが確立しているため、どの個体かまで特定できたという。

なぜ調査捕鯨対象種以外の種が流通しているのか。それを国外研究者が追究したが、
(少なくとも本書刊行時までに)日本政府や国内の研究者からの説明無かったという。

かなり大きな問題と思うが、(僕が見過ごしていただけかもしれないが)記憶にない。

調査捕鯨を推進している日本として、またそのマスコミ、研究者として、
そのような姿勢で良いのか-というのが、本書の指摘である。

もう一点、著者や国外研究者の研究により、多くの鯨類の肉にはPCBやドーモイ酸が含まれていることが判明した。
ドーモイ酸とは天然由来の貝毒の原因物質。記憶障害や脳障害、場合によっては死に至る場合もあるという。
この事実を、鯨由来食品が多く流通している日本では、適切に報道していないのではないか、という指摘がある。

さらにもう一点、軍事演習レベルのソナー実験では、それにより鯨類が耳や脳に障害を受け、死亡するという因果関係が認められている。これがアメリカでは問題となり、アメリカ沿岸でのソナー実験は禁止された。
だが本書刊行時点では、アジアと日本周辺では可能のまま、という。
日本周辺が可能となったのは、当時の日本人研究者による論文がなく、日本近海には鯨はいないという理屈が通ったから、という。
この点について、著者は科学者の怠慢として糾弾している。

これらの指摘が含まれている本書、どう読んでも「何が主張したいのか分からない」という読みにはならないだろう。
鯨類研究の状況を知る上にも、一読して損は無いと思う。

なおAmazonレビューでは、「クジラのPCBが天然起源であることを示す論文が、Science誌2005年2月11日号に発表された」のに、
その直後にクジラのPCB汚染を指摘する本書は「極めて悪質」という指摘がある。

気になってScience誌2005年2月11日号を検索。
日本語ダイジェスト(EurekAlert! 日本語)を発見した(PDFで読める)。
"Two Abundant Bioaccumulated Halogenated Compounds Are Natural Products"
 E.L. Teuten, L. Xu and C.M. Reddy at Woods Hole Oceanographic Institution in Woods Hole, MA

これを読むと、「クジラの脂肪中に2種類の、ヒト母乳に蓄積される難燃剤に類似した生化学的構造を有する化合物が発見された。当該化合物は、おそらく藻類あるいは海綿によって自然に生み出されたものと思われる。」という論文のようだ。
「ヒト母乳に蓄積される難燃剤に「類似した化合物」」と、ちょっと話が違う。

こうなると気になって仕方がないので、Scienceのオンラインに登録(無料)して原文にあたってみた。
もちろんスラスラ読めるはずもないが、どうも発見されたのはメトキシ化された(化学は良く分かんない)ポリ臭化ジフェニルエーテル、MeO-PBDE。少なくとも、PCBとは別物である(「PCBに匹敵する濃度で生物濃縮されている」という趣旨でPCBが出てくるようだ)。

一方、本書で指摘されてるのはPCB。それについては、国も調査結果を出している。
例えば「鯨由来食品のPCB・水銀の汚染実態調査結果について 平成15年1月16日」。
(本書では「シャチやミンククジラから高濃度」とされているが、こちらの調査結果ではそこまでではない。
様々事例があるという話かもしれない。それこそ、これらを総括的に分析するのが科学であり、公表するのが行政の仕事だろう。
Google検索でも平成14年前後の情報が上位に出てしまうが…。)

いずれにしても、
 「クジラのPCBが天然起源であることを示す論文が、Science誌2005年2月11日号に発表された」 のに刊行された本書は、「極めて悪質」だ
とするAmazonレビュー、意図的かどうかは知らないが、この方がむしろ「悪質な」ミスリードと思う。

もちろん、僕の読解が誤っている可能性もある。気になる人は、ぜひ原文にあたってほしい。
そしてこうした毀誉褒貶にこだわらず、自身のスタンスで本書を読んでいただきたい。

【目次】
1 クジラって、どんな生き物なの?
2 衝撃の幕開け…日本で売られているクジラ
3 クジラを解剖してわかること
4 新種クジラ、ツノシマクジラとの出会い
5 欧米諸国と日本
6 ここまで深刻となった海洋汚染
7 クジラよ永遠に
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category: 哺乳類

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