ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

なぜ日本のアオサギは陰鬱なのか。日本文化に潜む謎に迫る「幻像のアオサギが飛ぶよ 日本人・西欧人と鷺」  

幻像のアオサギが飛ぶよ 日本人・西欧人と鷺
佐原 雄二



水辺でぼーっと佇むアオサギ。
アオサギ201502
何も考えていないようで、たぶんやっぱり何も考えていない筈だ。

(こんな喰えもしないサイズのエイと格闘することもある。)。
アオサギとエイ.jpg
僕は動物と喋れるならば、真っ先にアオサギと話をしてみたいと思っている。

さて、アオサギは近年、全国各地で普通に見られるが、かって水域の汚染が酷かった時期はかなり減少していたようだ。

例えば香川県では、次のように文献記録が変遷している。
1960年代 「本県に多い、ため池で見られる」(岡内,1968)
      (ただ、「三豊郡高瀬町に多い、又大川郡引田町附近にも相当数見かけられる。」(同書)と局地性はあったようだ。)
1970年代 「大型の池で見られるが,個体数は少ない。 」(1975,香川県環境保健部)、
1980年代 「その数はそんなに多くない。今まで見た例では、公渕池(高松市)で二五羽の群れが最大である。」(山本,1984)
現在からすると、想像できないくらいの少なさである。

そのアオサギについて、僕は昔から観察会で用いているネタがある。
(本書からのパクリと言われると困っちゃうので、例えば「野鳥案内人のノート(2) ゴイサギ」(香川の野鳥を守る会,「こげら通信」2009年2月号所収)でも書いていることを念のため記しておく)。

まず、同じサギ類に「ゴイサギ」というやつがいる。漢字では「五位鷺」。
なぜ「五位」かというと、平家物語に次のような命名由来譚がある(「延喜聖代」)。

醍醐天皇が神泉苑へ行幸した時、池の水際に鷺がいたので、六位の者に「あの鳥を捕まえてこい」と命じた。捕まえられるわけがない、と思いながらも、帝の命令なので歩み寄ると、鷺は羽づくろいして飛び立ちそうである。そこで「帝の命令だぞ」と言うと、平伏して飛ばなかった。これを捕まえてお見せすると、「命令に従って捕まえられたことはあっぱれである。五位の位を授ける」として、鷺を五位にした。今日より以後、鷺の中の王であるという札を天皇自ら記し、首に付けて放した。


ただ、ゴイサギは夜行性だが、この話は日中である。何だか違和感がありはしないか。

そして江戸時代(延宝五年(1677))の「諸国百物語」の「靍の林、うぐめの化け物の事」(江戸怪談集〈下〉 (岩波文庫)岩波文庫)では、妖怪姑獲鳥の正体として殺された「大きなる五位鷺」の挿絵にアオサギが描かれている(このアオサギ、とても痛そうな顔をしている)。
諸国百物語

また、尾形光琳もアオサギの絵に「五位鷺」と記している (光琳鳥類写生帖 (双書美術の泉 56)、岩崎美術社)。
光琳

これらのことから、少なくとも江戸時代以前、生物種としてのアオサギとゴイサギ、それに対する「アオサギ」と「ゴイサギ」という名前は混同があったのではないか、と考えた。
そうすると、前出の平家物語の話は日中の出来事なので、この話に限っては、実はアオサギという種についての話ではないか、と考えられる、というネタだ。

この推測を補強するためには、アオサギに関する古文献を色々見なきゃなと思っていたのだが、当然のことながら放置していた。

さて、本書である。
野鳥の特定種をテーマとした本は時折り刊行されるが、多くは絶滅が危惧される種(例えば「二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ」(レビューはこちら))、または親しみやすいフクロウやスズメ(例えば「スズメの謎―身近な野鳥が減っている!?」(レビューはこちら)に関するものである。

よもや、アオサギなんていう極めてマイナーな種について一冊が成されるとは思いもかけなかった。

そしてその内容。
・日本と西洋におけるアオサギに対するイメージの差異、
・その根本原因として「穀霊」としてのサギ類から「妖怪」への変遷、
・鷺鉾を用いる滋賀県の「ケンケト祭」、そしてサギ類の「冠羽」の服飾品利用による乱獲史など、
幅広い分野に及ぶ力作である。

そして当然ながら、僕の上記の思いつきについても同様に注目されており、それどころか更に広範囲の文献が探索されている。
悔しいが、僕の着眼もあながち的外れでなかったと感じ、嬉しい限りである。
そこで当該ネタに関する部分を詳しく読んだ。

関連文献の一つとして、著者は「玉藻前物語」(1470年末の古写本)を紹介してくれている。

むかし、ゑんきの御かとの御事を、うけ給はるに、(中略)いけの、みきわに、あをさきの、いたりける□、六いをめして、かのさき、とりてまいれと、(中略)なんち、とりのなかのわうたるへしとて、五いになして、はなされにけり、それよりして、あをさきをは、五いと申とかや


なんと、こちらでははっきりと「あをさき(アオサギ)」を捕獲し、それを「五位鷺」と言うことになったと書いている!

著者は、生態面から「平家物語のゴイサギ」=ゴイサギ幼鳥説であるが(上記の玉藻前物語についても、「アオサギとゴイサギの混同の物語は何とも奥深いものだと言わねばなるまい。」とのみ記している)、僕はこの文献を踏まえて、やはり「平家物語のゴイサギ」= アオサギ説を取りたい。
どちらが正解かなんて分かる由もないが、面白いテーマである。

このように、身近なアオサギひとつにしても、これほど奥深く楽しめるのだと示してくれる本書。
野鳥好きでなくとも、お勧めである。
(特に僕としては、上記の「平家物語のゴイサギ」問題について取り上げていただいている点について、
著者の佐原氏に直接お礼が申し上げたい思いなのだが、残念ながらご連絡先がわからない。本ブログが誰かを解して伝わることを願う。)

なお、著者が滋賀県の「ケンケト祭」を知る契機となった本、
稲と鳥と太陽の道―日本文化の原点を追う」は、かなり昔の刊行ながら、
日本における稲作と鳥信仰の関係について極めて興味深い数々の事例紹介と考察がなされている。
(例えば、墓地の竿を立て、その上に鳥の模型を立てる習慣が、鳥取県や鹿児島県長島、長崎県島原半島、大分県海岸部、宇和島、対馬などにあること等も紹介されている。対馬では木製のツバメが立てられるという。ツバメは速く飛ぶため、あの世へも速くつれて行ってくれるだろうという考えからではないかとのことだが、日本人とツバメの関わりという点でも興味深い。)

【目次】
第1部 分裂するアオサギ像―日本と西欧
第2部 妖怪アオサギ―日本人にとってのサギ
第3部 羽根飾り問題とサギたち


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