ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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「空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日」最高峰で、登山隊は破綻した。  

空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)
ジョン・クラカワー



1996年5月10日、エベレストに登頂するツアー旅行が遭難。同ツアーや他の公募隊も含め、8名の登山家が死亡した。
今に至るまで、エベレストの最悪の遭難事故の一つとして数えられている。

この事故は、「エベレスト 3D」として、2015年11月現在上映中だ(公式サイトはこちら)。山岳映画(特に遭難実話もの)は雪山の美しくかつ迫力ある映画が多いが、予告編を見た限り、本作も期待できそうである。
なお、映画の原作は「生還」(著者はベック・ウェザーズ。本書の著者であるジョン・クラカワーとは別の公募隊に参加し、この事故に遭遇した)。今回紹介する本とは、別の本である。

さて、こうした遭難記録を第三者が記載する場合、聞き手のレベルによっては、技術面での知識不足や聴き取りにおける誤解・不足によって、どこまで事実を正確に把握できているかという問題がある。
一方、当事者が書く場合、技術的な面は回避できるものの、自身の行動に関するものだけに、そこには当然主観も入るし、主張もある。それは当たり前のことだ。
そして何より、いずれにしても遭難した後から書かれるために、全ての問題点は後から振り返ることになる。

ところが本書の著者は、アウトドア雑誌の記者(というか、山岳専門のフリーライター)であり、まさに山岳ツアーの現状・課題を伝えるために、このツアーに参加していた。
すなわち、参加当初から「ツアー登山」という形態に着目し、当時のツアー主宰者やガイド、参加者を客観的に記録する意識を持っていたのである。その点で、他の当事者が書いた本とは一線を画している。

おかげで、ベーシックな登山の知識はもとより、ツアー登山の興隆、背景、登山者からの要請、今回のツアー主宰者のロブ・ホールや、同時期に競うように公募隊を進めたスコット・フィッシャーらがいかに優れたクライマーであったかなど、
エベレストに至る以前の状況が詳しく語られている。
その上で、今回のツアーにおいて潜在していた特殊要因(参加者の問題等)、発生した不測の事態、どのようなミスが誘発されたかが語られるために、この事故が単なる不運の連鎖だったのではないということが明確に伝わってくる。
山岳史上でも例の無い事故の記録者として、著者が参加していたことは、ある意味幸いだったのかもしれない。

ただ、著者が当事者ゆえの限界もある。
例えば、もう一人の当事者-本書ではかなり批判的に描かれているガイド、アナトリ・ブクレーエフも、
この事件を記録を刊行している(「デス・ゾーン8848M―エヴェレスト大量遭難の真実」)。
こちらは未読だが、本書でも語られているとおり、事実認識や判断の評価において、かなりの対立があるが、
著者が当事者であるだけに、譲れない部分もあるようだ。

もちろん、各自がとった行動においては、真実は一つのはずだ。
だが、その行動に至った判断については、当事者のバックボーン、思想、経験、現地の極限状態等々、様々な要因がある。
そして、デスゾーンとも呼ばれる8,000m以上の世界においては、ごくさ些細な判断が、結果的に生死を分ける判断ミスになりうる。
それを事後に、(当事者であったとしても)それぞれの立場から云々することの方が、的外れかもしれない。
(なお未見だが、「エベレスト 3D」は、こうした確執が生じている部分はうまく描写しているようだ。)

むしろ、こうした大量遭難という特殊事例、一生に一度という程の事態であっても、(もしかしたら、無意識のうちに改変しているのかもしれないが)人によって記憶が異なるというのが、単純な事実と思われる。
こうした山岳遭難に限らず、数多の事件・事故において原因探求や再発防止を行うためには、まずはその点をきちんと踏まえておくことが重要なのだろう。
幸いにも、この大量遭難事故を教訓として、エベレストのツアーは改善されているようだ。

なお、この大量遭難事件では、日本人クライマー(難波康子氏)も犠牲となっている。
日本人がいるかいないかで事件の軽重が決まるものでは当然ないが、注記しておく。

▼映画「エベレスト 3D」の原作となった、ベック・ウェザーズによる一冊。


▼ガイド、アナトリ・ブクレーエフによる一冊。


▼エベレストの初登頂を巡る謎については、こちらがお勧め。(レビューはこちら)

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category: 事件・事故

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