ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話  

日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話
東京大学史料編纂所



歴史にしても科学・生物にしても、つい学校で学んだことが事実であったり、
全てであったとつい思いがちだ(少なくとも僕は、どうしてもそうした刷り込みがある)。

だが歴史にしても、限られた史料をどう位置づけ、読み取るかによって解釈が変わるし、
新しい史料によって、それまでの歴史が文字通り書き換えられることもある。

そうした歴史の変遷は、地道な史料の検証・研究の積み重ねがなされ、
それが歴史学者(近年は気候学や生物学との学際的な関わりもある)による検証を経て、
新たな歴史認識に繋がっていく。

ところが残念ながら、
学生時代は、その時点で「正しいだろう」と共通認識が持たれた歴史しか学ばない。
そして卒業後は、新たな史料に基づく、最新の歴史(これも正しいだろう歴史にすぎないが)を知る機会は、なかなか無い。

本書は、そうした史料研究の最先端において把握された新しい「歴史」の断片について、
東京大学史料編纂所の42名の研究者が、それぞれ紹介するもの。

古代から幕末まで、百姓・商人から内裏までと、時代・階層ともに様々だ。

例えば、史料そのものの検証について。

ある毛利元就書状では、同じ内容であるのに、宛先が異なる写しが2通伝わっている。
詳細は省略するが、その来歴等を検証した結果、
原本を所持していたはずの家に伝わる写しの方が、宛先が改竄されていることが判明した。
通常、原本の存在に近い方がより正しい内容を伝えるとされているが、
この場合は当てはまらないわけだ。
史料検証の難しさ、というものを具体的に教えてくれる一編である。

また一方、日本にはかって、
手紙を「返す」という行為も少なからず存在したことを紹介する。
例えば江戸時代、ある家臣は、主君から送られた書状を全て返していたところ、主君から「今後は返さなくてもよく、破棄するよう」との指示を受けている。
また、ある公家は、頼まれた巻物を渡すにあたって、先日送った手紙を返してほしいとの指示をしている。

旧家に伝わる手紙群の中には、その家が発出したはずの手紙が残っていることがあり、
それは写しや控えとみなされている。
しかし、このように返された原本が存在するかもしれないという可能性は、史料の内容評価において重要な問題となるだろう。

この他、織田信長が本能寺の変で死亡する直前、その年の閏月の扱いについて、
朝廷が用いていた暦に対し、尾張で独自に作成した暦に従うよう指示した話では、
当時の暦の作成者・扱い等について、なかなか他書では見られない内容が紹介される。

本書の難といえば、いくつかテーマ分けされているとはいえ、さすがに42編もあると、
やや散漫となっている印象、また読書それぞれの指向に合わない話もある。
(例えば僕は、もっと「紙史料」の検証話が読みたかった。)

それでも、読んで楽しい一冊である。手軽に読める割に濃いテーマが多いので、
日本史好き(特に具体的な生活史に興味がある方)にはお勧めである。

【目次】
1 文書を読む、ということ
2 海を越えて
3 雲の上にも諸事ありき
4 武芸ばかりが道にはあらず
5 村の声、町の声を聞く
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