ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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黒人はなぜ足が速いのか―「走る遺伝子」の謎  

黒人はなぜ足が速いのか―「走る遺伝子」の謎 (新潮選書)
若原 正己



オリンピックとか世界陸上を見ると、短距離からマラソンまで、すなわち「走る」という競技においては、
黒人の活躍に圧倒される。

その国籍や出自まではあまり気にしていなかったが、本書著者によれば、
明らかに短距離走はカリブ海勢(出自としては西アフリカ勢)、中・長距離走は東アフリカ勢が強いという。

その理由は、なぜか。

タイトルにあるように、「黒人が足が速い」と単純化してしまうのは簡単だ。
だがあまりにも短絡的な決めつけは、その裏返しとして人種差別に繋がる懸念もがある。
実際、欧米では「黒人は天性のアスリートだ」というだけで問題になるという(運動能力が高い=野生的・動物的=野蛮・粗暴・劣等と連想するらしい)。
そこまで意識しない日本人が人種差別に無頓着なのか、欧米がナーバスすぎるのかはさておき、
人種間で遺伝上差がある、という考え方を推し進めていくことは、確かに危険な側面がある。

だが、それならば現にオリンピックや世界陸上で見る状況は、
単に彼らが個人的に優れ、個人的にトレーニングしたためと言って良いのか。
その「個人的に優れ」という点について、遺伝子面で追究したのが本書である。

結論から言うと、
遺伝子は蛋白質をコードするだけだが、その一部が変異することで、
運動面において、プラスに働く遺伝子はあるようだ。

例えば、αアクチニン3という瞬発力やパワーを発揮する、筋肉の収縮を支える遺伝子(ACTN3)には、
正常な遺伝子型R、変異型Xがある。

そうすると、RR、RX、XXの3タイプが有り得る。
RRはαアクチニン3が多いので瞬発力に優れ、XXはαアクチニンを持たないので瞬発力が劣る、という。

この他にも、様々な遺伝子が確認されているようだ。

短距離・瞬発力系の遺伝子はACTN3、マイナスタチン遺伝子、インスリン様成長因子遺伝子。
長距離・持久力系はACE遺伝子、エリスロポイエチン受容体遺伝子、HIF(低酸素誘導因子)遺伝子、ミトコンドリアのATP6遺伝子、AMPD1遺伝子。
その外にも、運動能力に関与している遺伝子の多型は100以上も知られているという。

だとすれば、運動能力に遺伝子が関与している(人種面での際は有り得る)としても、
結局、個人の遺伝子上の運動能力は100以上の組み合わせにより決定すること、
そしてトレーニングや学習機会などの環境要因を加算すれば、
実際のところ、単純に「黒人だから速い」といった人種的なレッテルには意味が無い、と考えられる。
運動能力を左右する遺伝子の有無は参考情報にはなるが、それで全てが決定されるわけではない。

本書は、そうした冷静な判断を行うための材料として、なかなか読みごたえがある一冊である。

ところで、本書の後半に、人種差別を助長する悪例として、ハーンスタイン&マレイの「ベル曲線」(正確には「ベルカーブ:アメリカ生活における知能と階級構造」)という本が紹介されている。
「ベル曲線」において、黒人が劣る非合理的な理由が挙げられており、「近年の黒人差別の『バイブル』と呼ぶべき一冊である」とまで記述している。
ところが、どうも他のレビュー、特に「ベル曲線」そのもののレビューを読んでみると、
「ベル曲線」という本が「黒人差別の『バイブル』」的内容である、というのは誤読であるようだ。
というか、むしろ本書の著者は「ベル曲線」そのものは読んでおらず、誤読した他者のレビューを鵜呑みにしている可能性が高い、と指摘されている。

この点については、僕自身は「ベル曲線」そのものを読んでいないため、判断は避ける。
ただ、こうした指摘がある以上、少なくともこの部分については鵜呑みにされないよう注意されたい。

こうした箇所があると、どうしても他の部分の信頼性も揺らぐのだが、
他に掲載された人類進化や遺伝子の話(鎌形赤血球症、アルコール耐性、乳糖耐性)を見ると、他の人類史の本(例えば「人類進化700万年の物語 私たちだけがなぜ生き残れたのか」(レビューはこちら)や「迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか」(レビューはこちら)と大きな相違はなさそうである。

【目次】
第1章 短距離はジャマイカ、長距離はエチオピア
第2章 走力と遺伝子
第3章 短距離・瞬発力系の遺伝子
第4章 長距離・持久力系の遺伝子
第5章 西アフリカと東アフリカ
第6章 人種とスポーツ
第7章 記録はどこまで伸びるか

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