ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

円空と木喰―微笑みの仏たち  

円空と木喰―微笑みの仏たち (ToBi selection)
小島 梯次



時折り、メディアで円空作の仏像が鳥取り上げられる。
単なる木端に刻まれた、独特の仏像。いや、もはや一般的な仏像ですらないような姿であり、
一見して「只者ではない」と感じる。
しかも、どうも日本中に沢山あるらしい。

でも、円空って何者だ?
そんな疑問がずっとあったのだが、運よく本書に巡り合った。

円空は、江戸時代前期の仏師。というより、修行僧。
寛永9年(1632年)から元禄8年(1695年8月24日)に没するまで、その60年余りの障害の間に、数千の仏像を各地に残した。現在までに発見されたものだけで約5000体以上、北海道から奈良県まであるという。
何より特徴は、その独特な仏像の風貌。
本書では「抽象性」と「面の構成」と記しているが、その仏像のインパクトは圧倒的である。
ただ、非常に簡略化されものというイメージがあったが、本書収録の諸仏像を見ると、
極めて優れた仏像の方が多い。
むしろ、どんな木端も仏像となす、という意識の現れと感じられた。

一方、本書で新たに知ったのが木喰。
こちらも1718年(享保3年)から1810年(文化7年)、江戸時代後期の修行僧である。
その生涯は約90年だが、なんと60歳を過ぎてから仏像を彫り始めている。
しかも80歳に彫った仏像に、初めて「心願日本千躰ノ内」と1000体を彫る願を立て、
90歳になって「日本二千ノ内ナリ」と2000体に目標を変更している。
なんとも驚嘆すべきバイタリティである。

さて、円空の仏像が「抽象性」と「面」だった。
一方木喰の仏像は、「だんごっ鼻」と「微笑」である。
かといって、迫力がないわけではなく、
僕はその不動明王像の写真に圧倒された。いやはや、すごいエネルギーであった。

円空、木喰とも、その親しみやすさゆえか、子どもたちが浮き木として遊んだとか、
ソリとして使ったから顔が削れたとかの像がある。
江戸時代に各地を旅し、仏像を残した僧。
その姿も面白いが、そうした僧がどんどん仏像を彫り、残していったとき、
地元の人々はどのように受け入れていったのだろうか。
想像するのも面白い。

さて、円空仏は香川県には無い。
だが木喰は、四国を二度訪れ、天明7年(1787)11月19日~25日、
天明8年(1788)2月11日~13日の二回、金刀比羅宮を参拝している。
その縁でか、高松市鬼無の円蔵寺と、坂出市加茂町の鴨神社に仏像(鴨神社のは神像)が残っている。

本書7pには、その鴨神社の神像が掲載されており、非常に嬉しいのだが、
「愛媛県」坂出市加茂町というキャプションとなっていたのは涙である。

【目次】
はじめに
序 二人の造仏聖
庶民が信じる神と仏
本願としての神仏造像
作像も開眼も一人で
第一部 円空──木端にまでも仏の慈悲を
 仏の功徳を国中に
 誕生
 開眼
 展開
コラム 円空の歌
第二部 木喰──満面の笑みにあふれる慈愛
 二千体造像への旅
 誕生
 開眼
 展開
コラム 木喰の歌
特集 円空と木喰の絵
終わりに 庶民信仰に息づく仏たち
感動をもたらす「微笑み」
巻末資料
 円空年譜/木喰年譜
 円空仏のおもな所在地
 木喰仏のおもな所在地
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category: 美術

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