ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

センダイウイルス物語―日本発の知と技  

センダイウイルス物語―日本発の知と技
永井 美之



感染症、ウイルス関連は興味深い分野だが、書店で本書を見つけた時は全く内容が想像できなかった。
センダイウイルスって何だ?
「日本発の知と技」って何だ?


まず、センダイウイルス。
このウイルスは、1952年(昭和27年)、東北大学附属病院で1新生児肺炎が流行し、7人のうち11人が死亡する事件が発生。
その原因ウイルスを特定する中で発見されたのが、このセンダイウイルス(HVJ)である。
センダイウイルスはパラミクソウイルス科であり、麻疹ウイルス、おたふく風邪ウイルス、ニワトリのニューカッスル病ウイルス(NDV)、イヌのジステンパーウイルス、ニパウイルスなどが仲間である。

ところがその後の研究で、このウイルス(HVJ)は、当時の実験用マウスにひろく潜伏していて、鼻に生理的食塩水を一滴たらすなどのわずかな刺激で目覚め、肺炎を引き起こすもの判明。
しかし一方で、新生児肺炎の原因かどうかは、結局不明のまま終わった。

このためセンダイウイルス自体は、特に大きな病原ということもなく、インフルエンザウイルスなどに比して圧倒的に知名度は低い。

ところが、1957年、日本の研究者により、センダイウイルスには細胞融合能力があり、多核巨細胞を出現させることが発見された。この細胞融合能力は、異種間の細胞でも融合させるため、以降の人工細胞融合の発展の礎となっている。


一方、その細胞融合能力や、センダイウイルスの溶血脳力、感染力などは、
卵で生育すると全ての能力を維持するが、
マウスのL細胞で増殖させると能力を失う、という事実も発見される。

すなわち、これらの能力の有無は、センダイウイルスの株ごとの遺伝子レベルでの差ではなく、
宿主(生息環境)依存性修飾であることが判明した。
ちなみにセンダイウイルスの場合、トリプシンの有無が活性化の鍵(活性酵素)となっているという。


こうした宿主依存性修飾という考え方は、インフルエンザウイルスなどの毒性研究にも寄与する。

通常、強毒株(全臓器を標的とする)と弱毒株(一部臓器を標的とする)の差は、
その臓器にウイルスのレセプター(受容体)があるかどうかで異なる、
言い換えれば、ウイルスのレセプターが違うと考えられている。
(なお、「強毒」という言葉よりも「高病原性」が正しいという話もあるが、とりあえず「強毒」・「弱毒」という言葉で続ける。)

しかし、センダイウイルスが示した宿主依存性修飾によれば、活性酵素(蛋白質分解酵素、プロテアーゼ)の有無によって、その臓器に対する毒性が活性化される。

実際、インフルエンザや鳥インフルエンザ弱毒株のプロテアーゼは、ニワトリの血液凝固第10因子だか、
第10因子はヒトの気道表面にも多く分布しており、そのためここでインフルエンザウイルスが活性化される。

一方強毒株は、その活性因子が体内の様々な臓器にあるプロテアーゼで活性化されるため、全身性=強毒なのだ。


また、麻疹ウイルスでも、宿主依存性修飾の考えは劇的な事実を明らかにした。
麻疹ウイルスは従来、エドモンストン株をベロ細胞で培養したもので研究されていた。
しかし実は、ベロ細胞で培養すると、麻疹本来の毒性が失われてしまい、そのウイルスはもう感染能力を失ってしまう。
すなわち、宿主依存性修飾により、毒性を失ってしまった株なのだ。
そしてその株では、CD46蛋白質をレセプターとして感染する。

一方、日本の研究者が発見したB95aと呼ばれる株は、本来の毒性を失っていない。
こちらの株はCD46蛋白質には結合せず、リンパ細胞のCD150という蛋白質をレセプターとする。

つまり、宿主依存性修飾により、ウイルスが感染する要となるレセプターも変わっていたのだ。
もしこのまま突き進んでいれば、全く異なる方向に研究が発展していた。


これらの細胞融合能力や宿主依存性修飾などは、現在のいわゆるウイルス学・ウイルス工学では基礎となるもののようだが、それが「センダイウイルス」なるものによって導かれたものとは、全く知らなかった。
そして、これらの研究は、おおむね日本人によるものなのである。
それが、「日本発の知と技」というサブタイトルに繋がっている。

内容はかなり専門的な部分もあるが、それでも理解できないような話ではない。
(むしろ、センダイウイルスの研究によって、ウイルスの毒性理解が格段に簡単に説明されるようになった。)

インフルエンザウイルス関係の本は多くある。
一方、センダイウイルスというなじみの薄いウイルスに関する本書は、残念ながら目立つ扱いは受けていない。
たが、読むべき価値が高い一冊である。

【目次】
1 細胞融合の発見―センダイウイルス表舞台へ
2 “からくり”を解き感染の普遍的原理へ
3 他にも続出、日本人の貢献
4 細胞から個体へ―ウイルス病原性のNDVパラダイム
5 ゲノム解読も日本が先導
6 ポストゲノムは逆遺伝学―リバースジェネティクス
7 麻疹(はしか)ウイルス学のパラダイムシフト
8 センダイウイルス工学の創出と事業化
9 もう一つの技術―センダイウイルスのエンベロープ工学
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