ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

いまだ下山せず! (宝島SUGOI文庫)  

いまだ下山せず! (宝島SUGOI文庫)
泉 康子



1986年12月28日。「のらくろ岳友会」の3人は、以前から岳友会での登頂に失敗していた槍に登るため、中房温泉から合戦尾根に入る。この後、大天井岳を登り、途中の山荘・幕営泊を経て、12月31日は槍ヶ岳の山頂に立つ予定になっていた。

しかし、下山予定日の1月2日、そして予備日の1月4日を超えても、3人は下山しない。

3人が遭難したらしいとの一報が入り、「のらくろ岳友会」の有志は3人を救助するため、現地に向かう。

だが、現地は悪影響のため捜索は難航。時間は過ぎていき、3人が生きて下山できる日も、そして捜索隊が3人を生きたまま救助できるリミットも無情に過ぎてしまう。

捜索隊は、彼らの「遺体捜索」にシフトせざるを得なくなっていく…。

3人は、どこで遭難したのか。

この年末年始、「のらくろ岳友会」だけでなく、いくつかのパーティも近辺を登っていた。
しかし槍ヶ岳近辺は例年になく天気が変わりやすく、30日夜から元旦の朝まで激しい吹雪が襲っていた。
槍ヶ岳に向かう尾根筋の、どこで吹雪に遭遇したのかが、明暗を分ける。
タイミング良く槍ヶ岳に登頂成功したパーティもいくつかある。
また、登頂を断念し、下山したパーティも多い。

その中で、なぜ「のらくろ岳友会」の3人が消えたのか。

「のらくろ岳友会」の捜索チームは、遺体捜索ポイントを絞るため、
当時登山していた全国各地のパーティに聴き取り調査を行い、彼らの足取りを追っていく。

その結果、3人は最も危険な「冬の沢」を降り、雪崩に巻き込まれたと考えざるを得なくなっていく。


本書は、1987年に発生した槍ヶ岳での遭難について、
彼らの捜索にもメインで携わった岳友会のメンバーである著者が、遭難発生の一報からを辿ったドキュメントだ。

一般的なドキュメントと違うのは、本書は捜索隊という、直接関与した「当事者」の目線で綴られたものであること。
そこには山屋としての仲間意識、責任感もあれば、それでも山を愉しんでしまう性まで、正直に綴られている。

なお、結論から言えば、3人は一ノ沢を降ったことが明らかになるのだが、
冬の沢を降ることは、山屋としては非常識の範疇に入る行動だそうだ。

本書で綴られる仲間たちも、そして本書を読んだ方からも様々な意見・批判がある。

ただ、本書を、「彼らが軽率だったからだ」などと、安易に彼らに責を負わせることはできない要因があったことも見えてくる。

当時、吹雪を避けて一ノ沢を降ったのは、「のらくろ岳友会」だけでなく、他にも2パーティいた。
彼ら全員に共通していたのは、山行直前に出た専門誌を読んでいたこと。
そこには、冬山の「モデルコース」として、一ノ沢を降るルートが紹介されていた。

あるグループは、この記事と知人のアドバイスを踏まえて、
一ノ沢を降るコースをエスケープルートに設定している。そして実際、悪天候のために降っていた。

もちろん雑誌に「モデルコース」と掲載されていたからと言って、それを鵜呑みして良いというものでもない(それこそ軽率である)。
だが、悪天候の冬山という状況下で、選択肢の一つとする根拠にはなったのではないか。

いずれにしても、3人の死が死が無駄にならないことを願う。

【目次】
第1章 消えた三人
第2章 難解なパズル
第3章 槍への道
第4章 北アルプス証言地図
第5章 赤いヤッケが笑った
第6章 男たちの残像
第7章 常念入山
第8章 一ノ沢遡行
第9章 沢動く
第10章 雪溪の下に
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