ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)  

和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)
中野 三敏



江戸時代というと、テクノロジーが発達しているわけでもなく、
封建制度と身分制度のもと、庶民は生きるのに精一杯だったという印象がある。
しかし実際のところ、様々な制約はあったにせよ、
その制約の枠内での自由・安全・娯楽は、当時の世界でも屈指のものだったと思う。

その一端を垣間見せてくれるものが、和本である。

和本とは、版木で刷り、糸綴じされたもの。
伝統芸能を習っている方を除けば、時代劇ぐらいでしか見たことがないかもしれない。

僕の祖父が古本屋を営んでいた頃、店にいくつかの和本があった。
しかし祖父が死に、店を畳む際に一括して処分してしまった。
祖父の個人蔵の本も含め、どの本を手元に残すかは僕が判断できたのだが、ほぼ基本的に全て処分した。
惜しいことをしたと思うものの、やはり当時、古本屋一軒分の古本について、
20歳そこそこの若造が判断することは難しい。かといって、判断できるまで残し続けることも困難だった。
結局、有名どころの初版本は残しているが、その中に紛れて、いくつかの和本が残っていた。
それは最後に紹介しようと思う。

さて、本書は、江戸時代の和本のうち、特に珍しい(刊行数だけでなく、テーマの面からも)ものを
ピックアップして紹介するもの。
【目次】にあるとおり、江戸時代の出版文化がいかに幅広かったかが見えてくる。
いくつか紹介しよう。

まず、『諸色染手鑑』。
本書は衣類の染見本帖として刊行されたものだが、掲載されているのは「茶色染」のみ。
茶色なんて地味な、というのは現在の感覚で、当時、茶染は衣類の色目としては上品な好みとされ、本書では50種の色が紹介されている。
茶染のみ50種を掲載した、染色の見本帖。これが流通する社会というのは、すごい。

次に、辻番心得書『異扱要覧』。
これは武家屋敷の辻々の辻番の心得を書いたもの。
境目の行き倒れは足の方が引き受けるとか、
捨て子があった場合(3歳までは捨て子、4歳からは迷子だが、これに限らず、5~6歳でも歩けなかったり足が汚れていなかったら捨て子というべきである、ともある)には、生死の問題があるので「年番、月番の構(かまひ)なく、捨られ候屋敷にて早速取上げ養育いたし…」とまず助けることなどを規定している。
現在とは基本理念が全く異なるとはいえ、無法地帯ではない。
一つの完結・独立した社会システムが確立していることが実感できる。

また、これは刊行本ではないが、
請け負った造作を人に見せず、話さない事等を誓った「職人誓詞」。
「大工町 大工 久右衛門」が誓ったものだが、彼はいったい、どんな細工を密かに請け負ったのだろうか。

そして、これらの和本の刊行を知る基礎資料として、例えば『享保以後江戸出版書目』が紹介されている。

享保七年(1722)、幕府は出版統制・検閲強化を目的として、五箇条の法令を出した。
・第一条 儒書・仏教書・神道書・医学書・歌書の新刊書は許可するが、異説を交えた物は禁止。
・第二条 過去に出版された書籍のうち、好色本を絶版
・第三条 諸家の先祖について誤りを記し世の中に流布することの禁止等
・第四条 作者、版元の実名を奥付に記載することの義務化
・第五条 徳川家に関する書籍の出版禁止

こうした検閲体制が始まる一方、
「重板」(同一内容)、「類板」(類似内容)を禁止することにより、作者・版元の権利も明確化され、出版数は増大したという。

その版権認定の基礎資料として、記録を義務付けられたのが江戸では「割印張」、大阪では「差定張」や「開版御願張扣(ひかえ)」。
『享保以後江戸出版書目』では、享保中頃から文化まで、江戸の出版内容(署名、冊数、丁数、著者名、版元名、売り出し店名、届け出日、認可・不認可の有無を全て記載しているというのだから、史料価値としては高い。
こんな史料まで残っている日本。
「和本」の世界は、もっと注目されるべきだし、日本の知的共有財産として、より手軽に見られるようになってほしい。


ということで、最後に手元の和書から、数冊紹介したい。

◯鳩翁道話
江戸時代後期の学者、柴田鳩翁による石門心学(石田梅岩を開祖とする実践哲学)の教えを、養子の武修 (遊翁) が編纂したもの。天保6 (1835) 年に正編3巻、同7年に続編、同9年に続々編が刊行。各3巻で計9巻となり、江戸後期のベストセラー。1929年さらに拾遺が加えられている。
東洋文庫や岩波文庫で復刻もなされているようだ。
鳩翁道話

◯類題木葉集
芙蓉庵井左編、文久元年 (1861)刊行。俳諧の小本で、春夏秋冬の4冊。
類題木葉集

◯大工雛形等
綾歌町の大工が手元の資料一式を売却し、それを入荷したらしく、
大工の雛形関係も多い。
町家雛形のほか、武家の雛形、掲載していないが欄間のデザイン集や棚の雛形などもある。
江戸期から、こうした職人用ガイドブックが刊行され、明治にまで続いていたのには驚いた。
職人の世界は単なる口承だけではなく、こうした出版文化にも支えられていたようだ。
大工雛形 (1)

大工雛形 (2)

◯日本紀
日本書紀の別称。どちらが正式名称かについては、おおむね「日本書紀」の意見が多いようだが、反対論もあるようだ。本書では、「日本紀」に対して、「ヤマトフミ」とルビを振っている。
これは明治刊行。
日本紀

【目次】
・和本の海へ
(凡例)
・生き物
 (一)『霊象貢珍記』など
 (二)『養鼠玉のかけはし』など
・見立て生花
 (一)『挿花古実化』
 (二)『見立花のお江戸』
・通俗易占書
 (一)指紋占い『男女手紋三十二相』
 (二)宝くじ必勝法『富札買様秘伝』
・博奕
 (一)サイコロ博奕『博奕教止秘伝書』
 (二)花札『美よし野』
・見本帖
 (一)『小紋帖』(仮題)
 (二)『諸色染手鑑』
・言葉遊び
 (一)「鈍字画」「風流絵合せ」など
 (二)『連々呼式』
・戯作
 (一)色摺り戯作『遊子戯語』
 (二)赤本『松の後』
・遊里案内
 (一)遊女評判記『姿摸嗜茂草』
 (二)岡場所細見『おみなめし』など
・諸職
 (一)大工用語集『紙上蜃気』
 (二)『江戸好事職人尽』「職人誓詞」
・食餌
 (一)『和歌食物本草』
 (二)『便用謡』『臨時客応接』
・武家作法
 (一)「波智盃豆腐」
 (二)辻番心得書『異扱要覧』
・人名録
 (一)『家雅見種』
 (二)「諸家人名江戸方角分」
・印譜
 (一) 『一刀萬象』
 (二)『日本麦酒集』
・邦人法帖
 (一)『詩仏苦吟帖』
 (二)『三十六峰山陽外史遺墨』
・書画展観目録
 (一)『赤松居展観図録』
 (二)『南可亭書画展観目録 乙亥』
・画譜
 (一)『蒲桃画譜』
 (二)文晁『画学叢書』
・寿会詩集
 (一)歳旦詩集『三元彩毫』
 (二)『東都嘉慶花宴集稿』
・狂詩
 (一)『図惚先生詩集』
 (二)『一部詩集』
・わ印
 (一)『開巻斂咲』
 (二)『春窓秘事』
・写本
 (一)『牛渚唱和集』
 (二)『秘談抄』
・自筆稿本
 (一)「蒼海一滴集」
 (二)「淇園三筆」

附録
『國書總目録』の使い勝手
『享保以後江戸出版書目』
『国会図書館・目録』
『日本小説書目年表』
書目年表類のさまざま

作後贅言

書名索引
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コメント

 近く紹介したいと思いますが、別の本によると、文化5年(1808)には江戸に656軒の貸本屋があったそうです。
 さらに、販売店舗だけではなく、貸本や販売用の本を売り歩く商人も多数いたとか。
 今回紹介した手持ちの「大工用ガイドブック」のように、現代に劣らず、様々な層を対象とした出版文化があったようです。
 僕も含めてですが、ついつい自分の生きている時代こそ最も優れているという「時間中心主義」に陥っているなと感じるところです。

BIRD READER #- | URL
2015/02/18 21:29 | edit

 以前読んでいた本で、江戸時代は開墾が進み、検地がしっかりしていなかったので意外と税率は低く、また農家の半数かそれ以上は経済的にも豊かで、武家以外でも識字率も当時の欧州などと比しても意外と高かったそうです。農閑期には和算の問題を考え、回答を絵馬にして奉納するということもしていたとか。
 逆に誤解されているのは江戸は不法投棄等アリアリで、清潔&なんでもリサイクルなサステイナブル大都市ではなかったこと。薪炭等は利根川を超えて集まっていたらしいこと(モノの都市への、帰ることのない流入)、集めた下肥も江戸の町の周辺4里ほどの農地で使いつくしてしまう勘定になっていたこと。
 正しい歴史認識ってなんでしょうね?(笑)

M氏 #- | URL
2015/02/18 20:49 | edit

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