ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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怨霊とは何か - 菅原道真・平将門・崇徳院 (中公新書)  

怨霊とは何か - 菅原道真・平将門・崇徳院 (中公新書)
山田 雄司



四国に住んでいると(もちろん地域の偏りはあるが)、白装束の「お遍路さん」は日常の風景だ。

そして、僕は生まれが香川県坂出市である。
坂出の遍路寺といえば、崇徳上皇の菩提寺である白峰寺。
だから崇徳上皇の存在は、子供の頃から日常の一部だった。

(例えば小学校の頃に遠足で行った、ところてんで(地元では)有名な「八十場(やそば)」の泉は、
崇徳上皇の遺体を荼毘に付す勅許を得るまでの間、そこに漬けて保存していたという伝説がある。)

現実の白峰寺は五色台の中腹に位置するため、普通は行く機会がないものの、
僕は野鳥の調査のために、白峰寺からの遍路道をよく歩く。お馴染みの場所だ。

そして県外はおろか、県内の他市町にも移住することなく、
現在住んでいるのは香川県綾川町。

歩いていく距離に滝宮天満宮がある。祭神は菅原道真公。

こうして見ると、本書で「三大怨霊」として取り上げられている
菅原道真、平将門、崇徳院のうち、お二人(というべきか、御二柱というべきか、何と書くべきか?)に非常に近しく生きていることに気づく。

僕自身の運命的なこともあるかもしれないが、おそらく、そういう人は香川には多いだろう。
むしろ香川は空海生まれの地でもあることだし、
やはり四国そのものが、何かしら彼岸の世界に縁があるのかもしれない、と思うところである。

さて、本書である。

本書はその「三大怨霊」とされるお三方について、
その人生と死、そして死後の事象から、いかに人々が彼らを「怨霊」と見做し、畏怖し、そして神として崇めていったかを辿るものである。

基本的には史料を踏まえた解釈が中心であり、「逆説の日本史〈2〉古代怨霊編 (小学館文庫)
」のような独創的な仮説にまでは踏み込んでいない。
その点やや「怨霊とは何か」というタイトルにこそ興味を持った人には物足りないかもしれない。

しかし、丁寧な史料検討は、このお三方について詳しく知りたい方には良い手引きとなるだろう。

例えば崇徳上皇については、
上皇が五部大乗経を書写したが、それを京都に安置するのが受け入れられなかったとのが恨みの発端という話があるが、この「五部大乗経」の存在を語る唯一の資料は「吉記」の寿永二年(1183)七月十六日条にある、崇徳院自筆の経は元性法印のもとにあるという噂を記す記事であることを示し、
崇徳院が無くなってから19年後に初めて経の話が出ていて不自然であり、当時、崇徳院の神祠建立が取りざたされていたものの未建立だったため、これを実現させる意図があったかとしている。

また、坂出市には上記の八十場等、様々な崇徳院の事跡があるが、
これらも「綾北問尋鈔」宝暦5年(1755)で、突然伝承や事跡が多くなっていることを指摘し、
著者の坂出市西庄の大庄屋である本條貴傳太が古老に伝承を訪ねてまとめ時に、真贋が入り混じったのだろうとしている。

坂出生まれだと、どうしても地元バイアスが強く、全ての伝説を「当たり前」として受け入れてしまうため、こうした客観的な指摘はとても嬉しい。

それにしても、本書が明らかにするように、実際にはこのお三方が超常の存在だったのではなく、
偶然と人々の期待(畏れ)が「怨霊」を作り出したのだろう。
そこに、「逆説の日本史」の指摘するような怨霊信仰メカニズムがあったかもしれないが、
信仰として数百年を経た現在、
もうお三方は、素直に日本人の意識の中で「超常の存在」と成った、と僕は思わざるを得ない。

思わなければ、滝宮で生活することも、坂出に里帰りすることもできないのである。

【目次】
第1章 霊魂とは何か
第2章 怨霊の誕生
第3章 善神へ転化した菅原道真
第4章 関東で猛威をふるう平将門
第5章 日本史上最大の怨霊・崇徳院
第6章 怨霊から霊魂文化へ
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