ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

基準値のからくり  

基準値のからくり
村上 道夫,永井 孝志,小野 恭子,岸本 充生



原発事故、食品の安全性はもとより、豪雨や土砂災害等の予報など、
最近は基準値を超えた、超えていないという点が報道対象となることが多いように感じている。

そして、
「◯◯の基準値は△です、しかし本件では、それを超えていました」というニュースに接して、
そうか、超えていたのか、それは困ったなあと反応している自分がいる。

ある意味、思考停止である。

その理由は分かっている。
あまりにも専門的な「基準値」が溢れ、その基準値の適正さを理解できない。
(聞いたこともない薬品の基準値が0.1mg/kgと言われても、正しいかどうか判断しようがない。)

だから、発表された基準値は、とりあえず正しいものと受け入れる。
そして、それを超えているか否かの是非だけを、自分で行う(行っているようなつもりになっている)のだ。

本書は、そうした基準値が、どのような思想によって導かれているかを示すもの。

多くの実例があるが、「思想」と書いたとおり、どのような試験を実施し、どの結果を採用し、どう解釈して「基準値」とするか、は、客観的な科学のみによるものではなく、かなり「思想」が介入している、というのが如実にわかる。
いくつか事例を紹介したい。

まず、こんにゃくゼリーである。
喉の詰まらせるとして問題となったが、当時も今も、「餅の方がよっぽど危険だ」という主張は多い。

この点について、本書は明確に、「(客観的な)リスクの大きさと(社会的な)リスクの受容レベルは必ずしも一致しない。」と指摘する。

一億口あたりの窒息事故頻度でいえば、第1位の餅は6.8~7.6人、2位は飴類で1.0~2.7人
対して、こんにゃくゼリーは0.16~0.33人。
客観的な流通禁止基準を定めるなら、餅や飴も禁止である。

しかし、伝統食としての餅、日常的な嗜好品である飴に対する社会の受容レベル(寛容度)と大きく、
新しい食品であるこんにゃくゼリーに対しては低かった。
これが、こんにゃくゼリーに対する厳しい措置に繋がっている。

これをふまえると、いわゆる多くの中高年がこんにゃくゼリーの危険性を主張していた一方、
若年層ほど「餅の方が危険だ」という主張があった(ように僕は感じた)理由が推測できる。

中高年層ほど、餅・飴を食べない若年層は、むしろこんにゃくゼリーの方が日常的であった。
そのため、若年層と中高年では、餅・飴と、こんにゃくゼリーに対するリスクの受容レベルが、ほぼ逆転しているのだろう。


他の事例として、「調べていない」ものに対する基準値設定の問題。

作物残留試験が実施された農薬/作物の組み合わせでは、
残留農薬の基準値が定められている。

例えば、農薬フェンプロパトリンはリンゴ、イチゴ、ブドウに用いられるが、これらでは作物残留試験の結果から基準値は5mg/kgである。
ところが2006年から、作物残留試験が実施されていない場合は、一律、基準値0.01mg/kgが自動的に設定される。

そのため2007年、中国産キクラゲから、0.02mg/kgの残留が発見され、廃棄処分された。

リンゴ等では5mg/kgまで許容されるのに、なぜキクラゲでは0.02mg/kgでアウトなのか?
中国産だから、というジョークにならないジョークも考えられるが、同様の事例は日本産でも発生している。

2006年、河川から取れたシジミから0.12mg/kgのチオベンカルブ(水田農薬)の残留が見つかっとして、出荷規制、操業停止がなされた。
ところがチオベンカルブは毒性が判明している。その毒性から換算した基準値は本来は0.19/kgであり、これを踏まえればシジミは問題がないはずだ。
しかし、0.01mg/kgという基準値がシジミには適用され、それを超えていたことが問題となったのだ。

こうした事例を見ると、報道される基準値そのものに対して思考停止している状況は、やはり危険である。

また、携帯電話によるペースメーカーへの影響。
第2世代までは確かに15cm程度で影響があったが、安全を見越して「22cm」という距離指針が出された。
この「安全すぎる距離指針」に対して、鉄道会社はさらに「安全すぎる対応」を行い、現在の優先座席付近では電源を切るというアナウンスになった。

しかし第3世代方式では2cmを超えれば影響はない。もはや、「安全すぎる距離指針」も、「安全すぎる対応」も不要なのだ。

もちろんマナーの問題はあるとしても、「ペースメーカーに異常を及ぼすのに携帯を使うとは何事だ」と詰問する姿勢は、自身の思考停止を曝け出していることになりかねない。

(ちなみにざっと見ると、 ペースメーカーの装着者自身が携帯電話を用いる指針として、
 15cm離せばOK(フクダ電子)
 22cm離せばOK(ペースメーカーナビ)
 があった。 第2世代までの結果そのものを使うか、国による安全距離を用いるかの違いはあるが、 「電源を切れ」なんて勿論ない。)


最後に、農薬の急性毒性試験。

例えばネオニコチノイド系殺虫剤の一種イミダクロプリドは、3生物種(魚類、節足動物、藻類)の毒性試験から8.5mg/Lと基準値が定められている。

しかし、近年欧米で求められることがあるメソコスム試験(模擬生態系実験:多種類の生物がすむ水槽等での実験、食物連鎖も考慮)では、基準値は0.0006-0.0016mg/Lになるという。

また著者は、より多くの生物種を統計的に解析する「種の感受性分布」という手法により、ほとんどの種(通常95%)を保護できる数値として、イミダクロプリドは0.0043mg/L程度と導いている。

その差は、なぜか。

実は農薬の急性毒性試験で用いられている3種は、ブルーギル、オオミジンコ、緑藻である。

この3種が生態系を代表しているとして良いのか。
そもそも、日本の生態系への影響を調べるのに、外来種のブルーギルって何だ、という疑問が当然わく。



「基準値」は、便利だ。
だが、そのバックグラウンドを理解しなければ、一部の専門家の「思想」によって定められた基準値に対して、一喜一憂することになる。

全てを疑えと言うつもりは毛頭ないが、自分が興味がある分野、自分に影響がある分野の基準値については、きちんと確認しておく方が良い。


【目次】
第1章 消費期限と賞味期限――「おいしさ」の基準値の「おかしさ」
第2章 食文化と基準値――基準値やめますか? 日本人やめますか?
第3章 水道水の基準値――断水すべきか? それが問題だ
第4章 放射性物質の基準値―― 「暫定規制値」とは何だったのか
第5章 古典的な決め方の基準値―― 「リスクとは無関係」な基準値がある
第6章 大気汚染の基準値―― 「PM2・5」をめぐる舞台裏
第7章 原発事故「避難と除染」の基準値―― 「安全側」でさえあればいいのか?
第8章 生態系保全の基準値――人間の都合で決まる「何を守るか」
第9章 危険物からの距離の基準値―― 「電車内の携帯電話」から水素スタンドまで
第10章 交通安全の基準値――「年間4000人」は受け入れられるリスクか
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