ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎  

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎
ダニエル T.マックス



1990年代後半から2000年代にかけては、新しい人畜感染症の時代の幕開けだったように感じる。

今年エボラが再流行しているが、1995年にザイールで起こった流行と、類似の感染症を描いた「アウトブレイク」(1995)という映画が、この病気の「爆発的な拡大」を想像させたものだ。

SARS(重症急性呼吸器症候群)。2002年に中国で発生し、確認されるまでの短期間に世界中に罹患者が移動したことから、空路で繋がった時代の危険性を実感させた。

そして、BSE。狂牛病とも呼ばれる牛海綿状脳症は、食の安全性を考えさせる契機ともなったし、
草食動物である牛に、牛の肉骨粉を食わせるという、経済優先の人間の営みを露見させた。
さらにBSEは、おそらくヒトにも感染する。
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)と呼ばれるものだ。

だが、BSEや変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は、エボラやSARSとは決定的に異なる点がある。
それは、いわゆる感染源となる病原体が、「プリオン」というタンパク質であることだ。

プリオンはウイルスや病原菌とは異なり、生命体(もしくはその境界線上の存在)ではない。
単なるアミノ酸が結合した高分子化合物である。

本書の舞台の一つは、アフリカのギアナ。
ここに住むフォレ族の間で蔓延していたクールー病は、無関係な人が突然発症し、痴呆症状と不随意運動を示し、やがて死に至る。
おそらく20世紀の初頭に村で発生したらしいが、50年後には村の半数が死に至るほど蔓延していた。
このクールー病の解明を通して、プリオン病という概念が見出され、理解されたのかというのが、本書の軸の一つである。


そして、「眠れない病」。
イタリアのある一族は、まるで呪われているかのように、50代頃を超えると眠れなくなる。
その症状を契機として、幻覚や頻脈、痴呆や全身の不随意運動などの症状を示し、
ついには死に至る。

誰もその病気の正体が分からなかたのだが、プリオンに対する理解が進む中で、
この症状が遺伝性のプリオン病であることが判明する。
その名は、FFI(致死性家族性不眠症)。

この一族がの「眠れない病」がプリオン病であると判明するまでの、
常に死と隣り合わせにあった一族の歴史が、本書のもう一つの軸である。

この二つの軸を中心として、プリオンとは何か、
そして狂牛病に対する初期のイギリスの対応の問題点などが、本書で明らかにされる。

ただ、プリオンやプリオン病は、不明なことばかりである。

例えば狂牛病(BSE)や、それがヒトに感染したといわれる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病だけでも、

なぜイギリスでBSEが発生したのか。
なぜ同じように肉牛を食って、感染する人としない人がいるのか。
なぜ若者が多く観戦するのか。
なぜBSEはイギリス南部に多いのに、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病は北部に多いのか。
なぜイギリスだけ継続して発生するのか。

など、多くの問題がある。

プリオン病が基本的に不治の病であることが相俟って、人類とプリオン病との闘いは、
始まったばかりと言えるだろう。

なお本書では、クールー病がおそらく(死者を弔う行為としての)食人によって蔓延したこと、
またプリオン病に罹りにくいプリオン遺伝子の組み合わせ(ヘテロ接合)が人類に有意に多いことから、
かつてまだ初期人類が少ない頃、食人の習慣によって一度プリオン病が蔓延し、
その結果、現在の人類では、罹りにくい遺伝子タイプが大多数を占めた、という仮説を提唱する。

この仮説はシンプルだが説得力があって、おそらくそうだったかもしれないと感じた。

ただ、なぜか日本人では、逆にプリオン病に罹りやすい遺伝子タイプ(ホモ接合)が多いという。
だとすれば、狂牛病対策をヒステリックなまでに徹底して行う現体制は、あながち不当なものではない。
この事実(日本人のプリオン病感染リスク)をもっと紹介しなければ、世界の趨勢に流されてしまい、
日本人のリスクが高まるだけだろう。


【目次】
第一部 闇の中の孤独
第1章 医師たちの孤独 1765年、ヴェネツィア
第2章 メリノ熱 1772年、ヴェネツィア
第3章 ピエトロ 1943年、ヴェネト州
第二部 闇を跳ね返す
第4章 強力な呪術 1943年、パプアニューギニア
第5章 ドクタ・アメリカ 1957年、パプアニューギニア
第6章 動物実験 1965年、メリーランド州べセスダ
第7章 「ボウ(お手上げだ)!」 1973年、ヴェネト州
第8章 化学者にとってうってつけの問題 1970年代後半~80年代前半、サンフランシスコ
第9章 収束 1983年、ヴェネト州
第三部 自然の反撃
第10章 地獄の黙牛録 1986年、イギリス
第11章 おいしい食品製品「オインキー」 1996年、イギリス
第12章 プリオンで説明できる世界 70年代から今日まで、全世界
第13章 ヒトはヒトを食べていたか 紀元前80万年、全世界
第14章 ついにアメリカにも? 現在、アメリカ
第四部 目覚めのときは来るのか?
第15章 致死性家族性不眠症の犠牲者たちのために 現在、ヴェネト州

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category: 医学

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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コメント

同感です。

最近は、狂牛病・プリオンや新型インフルエンザなど、危機が迫った時は入門書から専門書まで刊行されますが、喉元過ぎれば、ぱたっと出版が途絶えますね。「今どこまで解明されたのだろう」と思っても、情報が無くて困ります。
電子出版や再販制の問題において、常に「出版は文化である」と主張されていますが、正直なところ、出版社もリアルな本屋も、文化ではなく流行に軸足を置いているのでしょう。売れ行きを求めれば、やはり低きに流れるようです。
本当は仰る通り、様々な分野において継続的に最新の知見を盛り込んだ本が望まれます。研究的にエポックメイキングな出来事がなく、話題性に乏しいのかもしれませんが、こうした重要な問題については、情報があって困ることはないと思います。

BIRD READER #- | URL
2014/10/11 20:29 | edit

 狂牛病の問題は少々気になって見つけた範囲で5-6冊選んで読みましたが、日本での狂牛病発生ののち2001年頃に発行されたものばかりで、その後の研究の進展が市販図書では掴めなくなっています。それを上手く使ったプロモーションが福岡伸一氏の「プリオン説はほんとうか」(講談社ブルーパックス・2005)ですが、この1冊以降、福岡氏はほぼプリオン病には触れていません。私的に一番腑に落ちる解説がされていたのは「プリオン病の謎に挑む」(岩波書店・2003)でした。他、食品の安全性を書いた本の中で特定危険部位を何故排除すべきかを数ページで解説したものがあり(2000年代終盤くらい?もうずいぶん前なので忘れてしまいました・・・)、脳だけに異常プリオンが溜まる訳ではないことの理由が分かったことはありました。
 継続的にアドバンスしたことに説明した書籍を出す、と言うのは、宇宙論では当たり前のように行われていますが、社会問題になった割、狂牛病関連ではこうした行為・努力が表に出ないのはその研究者の怠慢か(人のことは言えないが)、或いは出版社の怠慢か商業に乗らないという事か?

M氏 #- | URL
2014/10/10 01:59 | edit

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