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筆跡鑑定入門──ニセ遺言書、文書偽造を見破るには  

筆跡鑑定入門──ニセ遺言書、文書偽造を見破るには
魚住和晃



まず、本書を読んだからといって、筆跡鑑定ができるようになるものではない。
本書は、「現在の筆跡鑑定をめぐる状況」入門である。

本書は大きく2つのパートに分けられる。
前半は、ケーススタディ。

一つは、一澤帆布遺言書事件。
遺言書の真偽をめぐる事案であり、著者による鑑定をふまえて、
当該遺言書は真正のものではない、という逆転勝訴となったもの。
事件の経緯はともかくとして、本書を読む限り、
著者の鑑定方法はかなり客観性が高く、批判に耐えうる手法・観点によるものと感じられる。


二つ目は、「狭山事件」である。

この事件は、1963年に埼玉県狭山市で発生した、高校1年生の少女が被害にあった強盗強姦殺人事件であり、事件当初に送付された脅迫状の筆跡が、被疑者Iの筆跡に一致するとして、有罪となったもの。
(いくらでも検索可能だが、本件は冤罪の可能性もあるため、本ブログでは伏字とした。
なお本ブログでは、過去に足利事件も取り上げているが、菅家氏が無罪であることを確定情報として扱うべきと判断して実名で記述した。)

狭山事件については筆跡鑑定だけでなく、その他の物証、被疑者の自供の変遷、部落差別問題など様々な要因も絡んでいるため、冤罪か否か、僕は意見するほどの知識がない。

このうち筆跡鑑定について、著者は、被疑者の識字能力が低く、逮捕後に写字教育を受け、脅迫状を見ながら書かされたので似て当然(だが細かく見れば明らかに異なっている)と主張し、冤罪説に立つ。

冤罪か否かについては、他の狭山事件関係の文献もふまえて、それぞれご判断いただきたいが、
少なくとも筆跡鑑定については、事件当時、きちんとた方法・基準でなされていないことが、
大きな混乱の原因であると理解できる。

なお、著者は筆跡鑑定の発展する可能性としてしか紹介していないが、
筆跡鑑定のために著者がスキャンしなおしてデジタル処理をしたところ、
「消されていた鉛筆の文字」が浮かび上がったということを紹介している。
著者は軽く扱っているが、これは内容によっては非常に重要な意味を持つのではないかと感じた。


さて、これらの事例を踏まえて、著者が主張する筆跡鑑定に対するスタンスは、次のようなものだ。

・筆跡鑑定は、非常に科学的に遅れており、鑑定者の質によって鑑定結果が変わりうる。
 しかし裁判所では、「科捜研OB」等の肩書、また無意味な統計等に惑わされ、
 誤った鑑定をそのまま鵜呑みにする事例も多い。

・科捜研(やOB)、安易な筆跡鑑定人は、1字1字の字形の類似を重視しがち。
 しかし、まず本人の筆順、筆圧、ハライ等の角度などの筆癖をきちんと把握し、
 それと比較する必要がある。
 
 1字1字の字形の類似を重視すると、偽造など、ある人の筆跡に似せた字などは、
 当然類似性が高く、誤認の可能性が高まる。

・現在の筆跡鑑定は鑑定人の姿勢、知識・経験等に左右される可能性が高いのに、
 証拠として重視されがち。
 筆跡鑑定を科学として確立するようなシステムが必要。

狭山事件はもう40年以上前の事件だが、
現在は指紋やDNAのように、筆跡鑑定もある程度の手法・評価基準があるものと思っていた。

しかし、現実は違うと筆者は指摘する。

その実例として、Nに対する脅迫状事件をあげている。
(本書では実名で記載されているし、ネットでも簡単に検索できるが、被疑者とされたMが起訴に至っていないことから、誤報・冤罪の可能性もあるため伏字とする。)

この事件では、Nへの脅迫状を、Mが書いたことが、科捜研OBの鑑定によって99%確実とマスコミで報道された。

しかし、実際は起訴すらされていない。
すなわち、筆跡鑑定結果が、実際は立件できるほどの説得力がなかったということだ。

それなら、「科捜研OBが99%確実と鑑定した」という報道は、いったい何だったのか。
マスコミも警察も、筆跡鑑定の限界や、「科捜研OB」という肩書に惑わされただけではないのだろうか。
この事件は冤罪とならなかったが、それでも被疑者と報道されたMの被害は相当なもののようだ。


曖昧な鑑定結果が、「科学的な鑑定」のように扱われ、それを基に起訴されない段階で報道される現状。
確かに筆跡鑑定は、もっと「科学」として確立していく必要があるだろう。

またその応用として、筆者は公証役場でのサインを取り上げる。

著者は、筆順や筆圧などが明瞭にならないサインペンは、非常に筆跡鑑定しにくいことを指摘し、
公証役場でのサインはより筆跡鑑定しやすいボールペンの方が適しているのではないか、と主張する。

確かに、遺言書などの重要書類の真正を証するため公証役場では、筆跡鑑定に発展する可能性は、
他の書類より格段に高いだろう。

であれば、筆跡鑑定により適した筆記具が良い、というのは当然である。
こうした配慮すらなされていないところに、現在の筆跡鑑定のレベルが現れているのではないだろうか。

最後に、本書では、他に毛筆の書の濃淡をデジタル化することで、筆の運び、
また真筆か搨模(とうも、原本の書の上に薄紙を置き、文字の輪郭を写し、裏から墨を塗って作成する)という模写かを鑑定する方法を紹介している。

これは筆跡鑑定とは直接関係はないものの、非常に面白い研究である。
これを応用すれば、肉筆の日本画の運筆なども見えてくるのではないだろうか。

著者は、「書聖 王羲之――その謎を解く」(レビューはこちら)の著者でもあり、書にも造詣が深い(というか、書家でもある)。

著者が主張する筆跡学、確かに科学的に発展させてほしい分野である。


【目次】
第1部 ドキュメント 筆跡鑑定
 一澤帆布遺言書事件
 狭山事件―「脅迫状」の怪
 筆跡鑑定がサスペンスに
第2部 筆跡鑑定のすすめ
 筆跡鑑定とは
 筆跡鑑定の地位向上にむけて
 コンピュータ機能の応用
 鑑定手順の原則とは何か
 筆跡鑑定のセンス
 待たれる筆跡学会の立ち上げ
第3部 対談 筆跡鑑定の課題と筆跡学の未来―もう、科捜研にはまかせられない




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