ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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美保関のかなたへ―日本海軍特秘遭難事件  

美保関のかなたへ―日本海軍特秘遭難事件
五十嵐 邁



野鳥関係で、1990年代後半、島根県美保関によく通った。

米子の海岸線を走り、境港を越え、美保湾沿いに岬の先端へ。
斜面をあがると、少し開けた駐車場に出て、白い美保関灯台があった。
訪れたのは、いつも春。だから、気持ち良い風と、新緑と、爽やかな空気の記憶ばかりある。

その美保関の沖で、かつて日本海軍史上最大の事故が発生していたなんて、全く知らなかった。


ワシントン海軍軍縮条約により、保有艦艇を制限された日本海軍は、そのハンディを訓練により補わんとして、激しい訓練を続けていた。

そして1927年8月24日、美保関沖で大規模な軍事演習を実施。

それは午後10時から、無灯火で、連合艦隊を甲乙に分けるというものだったが、訓練開始から間もなく、駆逐艦「蕨」に巡洋艦「神通」が激突。「蕨」は瞬く間に沈没し、巡洋艦「神通」は艦首を失う。

ウィキペディアに艦首を失った「神通」の写真があったが、その衝撃の大きさに驚く。
IJN_cruiser_Jintsu_damaged_in_1927
IJN cruiser Jintsu damaged in 1927" by 博義王(伏見宮) - 福井静夫『海軍艦艇史 2 巡洋艦コルベット・スループ』KKベストセラーズ、1980年。p308。. Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.


さらにこの混乱により、続いて駆逐艦「葦」に巡洋艦「那珂」が激突し、双方とも大破。
死亡者は、沈没した駆逐艦「蕨」では館長以下92名、駆逐艦「葦」では28名にのぼった。

この大事故を受け、演習は即刻中止。救援活動が行われるが、沈没した駆逐艦「蕨」での生存者は22名のみだった。

地元も協力する中、大規模な捜索活動を行うが、1人の死体も回収できない焦り。

9月1日には、壮大な海軍合同葬が行われる。

そして、巡洋艦「神通」の水城艦長の軍法会議が開始されるも、判決前日、水城艦長は自害。

この未曾有の事件にあって、海軍は、生存者は、そして遺族はどう考え、思い、行動していたのか。
それを著者は、精緻に描き出す。

驚くべきなのは、この著者が、沈没した駆逐艦「蕨」の五十嵐館長の息子その人であることだ。
事故当時は三歳。
本書では、著者が語り手であり、時にインタビュアーとして登場するが、その描く中に、
「遺族」である三歳当時の筆者自身の姿もあり、とても切ない。

以後、「美保関事件」と呼ばれるこの大事件。
軍備に頼れない、精神で勝つのだという精神論が台頭し始めた時期に発生した、未曾有の大事故。
その死を無駄にしてはならないという想いは、結局は以降の日本海軍の体質を、より精神論に傾かせたようだ。

ただ、そうした話とは関係なく、目の前の海で未曾有の大事故が発生したことが、当時の地元の人々を動かした。

その記憶は継承され、地元美保関では、海に沈んだ多くの犠牲者を悼み、40周年、50周年の式典が開催された。
そして80周年にあたる2005年には、本書も再版された。

太平洋戦争に向かう時代に発生した、海軍最大の事故の記録。

本書は、多くの人に読み継がれるべき一冊である。


なお、「美保関事件を知っていますか」という番組も、80周年時に放送されている。











最後になったが、本書の著者は蝶の研究者としても有名な方であり、
アゲハ蝶の白地図」という魅力的な探蝶記というか、旅行記がある。
この本も、いずれ紹介する予定である。








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category: 事件・事故

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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コメント

本の話,いつも興味深く読ませていただいています。
沈没した駆逐艦「蕨」の五十嵐艦長の息子その人があの有名な五十嵐邁さんだったとは驚きました。「美保関事件」がありこのような大きな犠牲があったこともきちんと知っておくべき事だと痛感しました。
ありがとうございました。

nitta245 #- | URL
2014/07/20 09:55 | edit

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