ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

四国遍路道 弘法大師伝説を巡る  

四国遍路道 弘法大師伝説を巡る
白木 利幸,溝縁 ひろし



四国と言えば、遍路である。

気候がよくなると、国道沿いを歩いている白装束のお遍路さんを結構見かける。
札所近くに行けば、お遍路さん満載のバスに遭遇することも珍しくない。
お遍路さんは、四国においては日常である。

さて、四国遍路という祈りの道の、その原点とされる弘法大師・空海。
実在の人物ながら、その宗教的大きさゆえ、様々な伝説も多い。

遍路道が張り巡らされている四国では、弘法大師の伝説も津々浦々にある。
それを紹介するのが本書。有りそうで無かったガイドブックである。


ところで、本書ではまず「遍路」の歴史について解説する。

弘法大師信仰が確立するのは鎌倉時代以降だが、それ以前から四国では、海岸をめぐる「辺路(へじ)」信仰があった。

 我らが修行せしやうは
 忍辱袈裟をば肩に架け
 また笈を負ひ
 衣はいつとなくしほたれて
 四国の辺路(へじ)をぞ常に踏む
(後白河法皇の「梁塵秘抄」巻第二の今様歌)


「今は昔、仏の道を行ける僧、三人伴ひて、四国の辺地(へじ)と云は、伊予讃岐阿波土佐の海辺の廻也。」
(「今昔物語集」巻第三十一、「通四国辺地僧、行不知所被打成馬語第十四」)


四国全土の海岸線(磯や崖)をめぐる修行。
これが空海の事績めぐり、補陀洛渡海の出発点である岬での修行、山岳信仰等々が混り、四国全体を廻る「遍路」となったらしい。
おおむね現在のような遍路コースが確立されたのは江戸時代であり、17世紀(元禄時代頃)に宥辨真念(ゆうべんしんねん、真念法師 ?-1691)が遍路用宿泊所を建てたり、要所に標石を建てたり(琴弾八幡宮参道にも真念建立の標石あり)、様々な案内書を刊行したことで、普及に拍車がかかったようだ。

それでも、明治の頃には普通の旅姿であったらしく、やっと昭和15年(1940)荒川とみ三著「遍路図絵」の挿絵で、母親に連れられた子が笈摺(=白衣の上に着る薄い袖無し)のようなものを着ているとのこと。

現在の遍路道・お遍路さんが確立したのは、そう遠い昔ではないと分かる。

ただ、こうした歴史的な変化はあるにしても、四国という地を巡礼して回るという形態の信仰が連綿と続き、日常的であるというのは、すごいことだ。

ただ、太平洋戦争の昭和20年には、ついに遍路は途絶えたという。

太平洋戦争末期の昭和二〇年。うちのそばに大きな遍路宿があって、宿帳が残っているんです。昭和二〇年は完全な空白。唯一、お巡りさんが、スパイや徴兵忌避の人間が遍路になってまぎれていないかを調べに来た。でも、そのころはお遍路さんは一人も来なかったそうです。これを知ったとき、ぼくは、ああ、あの戦争で日本は国の底をさらうようにして戦ったんだと思いました。底力なんてものじゃない、底の底をたたいて戦争をした。
(「すごい人のすごい話」(レビューはこちら)、早坂暁氏の話)



四国遍路が日常であること。それは、日本にとって非常に重要なことかもしれない。


さて、本書のテーマである弘法大師の様々な伝説である。

例えば大師手植えの樹。杖が樹になったとかの伝説だが、
本書で紹介されたのを数えてみると何と杉、松、柳等23種で、48本くらいある。植えすぎであろう。

この他、石を網で運んだり、穴をあけたり、驚きの連続である。
でも自分の土地の伝説だけは、僕でも何となく本当のような気がしたりして、
いやはや地元の無意識の信仰というのは根強いと思うしだいである。

その他、弘法大師の伝説の数々、本書でお楽しみいただきたい。

【目次】
序章 弘法大師伝説を読み解く
第1章 四国遍路元祖、衛門三郎伝説
第2章 弘法大師の超越した能力
第3章 弘法大師の恩恵と懲罰
第4章 遍路の発展と展開
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