ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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ニホンオオカミは生きている  

ニホンオオカミは生きている

【よかった度】★★★★




 先日、「見狼記~神獣ニホンオオカミ」という番組を観た。秩父においてニホンオオカミを探索し、1996年についにそれらしいイヌ科動物に出会い、撮影した八木博氏の活動を中心に、「神の使い」としてのニホンオオカミについてコンパクトにまとめた内容であった。これを見つつ、昔雑誌「シンラ」に連載していた「山根一眞の動物事件簿 狼」を思い出した。この連載は、ライデンにある標本を中心に、様々なニホンオオカミをめぐる問題を整理したものである。
 書庫を探したところ、スクラップが数回分残っていた。単行本になっているかと思い探索したが、残念ながら刊行されていないようである。ただその探索中出会ったのが本書である。

 本書の著者は、19歳の時に聞いた遠吠えを原体験に、ニホンオオカミ探索を定年後のライフワークと計画していた方である。ところが定年を目の前に調査を開始したところ、2000年に謎の「イヌ科動物」に出会う。
 本書は鮮明に撮影されたこの「イヌ科動物」がニホンオオカミか否か(及びそれを巡る騒動)を中心に、執筆時点における著者の到達点を示した本である。またおそらく現在、最もニホンオオカミの存否問題について明解に整理した書だと思う。その調査姿勢や検討内容は信頼に足る内容であり、安易な決め付けでこの「イヌ科動物」がニホンオオカミだと主張しているわけではない。フィールドワークの真撃な実施例としても示唆に富む内容であり、野生動物の調査に興味がある方全てに強く推薦したい。

 さてまず、本書の「謎のイヌ科動物」がニホンオオカミであるか否か、という問題はさておき、ニホンオオカミについてはいくつか問題がある。

 ①タイプ標本は複数の(おそらく別種を含む)個体からなっており、タイプ標本だけでは特徴がわからない。
 ②残存するいくつかの剥製・骨は、様々な性・齢が混在しているため、その特徴が種共通の特徴なのか特定の性・齢の特徴なのかわからない。
 ③頭骨での識別点は判明しているが、生体を外見で識別ができるか否かはわからない。

 わからないことだらけである。
 「ニホンオオカミは既にきちんとした研究があり、専門家が間違うはずは無い」と思いがちだが、結局のところ、詳細な研究前に絶滅した(とされている)ため、研究はストップしているのが現実と思われる。

 そこで、本書に戻る。
 著者は「謎のイヌ科動物」の明解な写真を撮影した(本書にカラー写真も多数収録されている)。この写真を元に、著者と動物学者の今泉吉典氏はニホンオオカミの資料を再精査し、ついに「生体の外見上の識別点」を見出し、この「謎のイヌ科動物」はニホンオオカミだ、という結論に至る。この検討過程は明解でかつ論拠も多く、単なる思いつきとは言うことはできない。
 そして、様々な写真・文献記録を踏まえて、今泉氏らがニホンオオカミの「生体の外見上の識別点」を見出したということは、ニホンオオカミの識別学は新しい段階に入った、ということを意味する。

 よって、これに対して、

 ニホンオオカミを「生体を外見で識別できるか否かはわからない」から、
 「この個体がニホンオオカミとは識別できない」、
 よって「この個体はニホンオオカミではない」

という、従来の反論は成立しない。
前提としているニホンオオカミを「生体を外見で識別できるか否かわからない」という、研究上の限界が突破されてしまったからである。よってこれに正しく対抗するには、今泉氏らの挙げる識別点はイヌにもあり、識別点にはならないということを論拠を示して反論するしかない。しかし本書執筆時点では、そのような反論はなされていないようである。

 現時点では、西田氏・今泉氏が提示した「ニホンオオカミの外見上の識別点」に、本書の「謎のイヌ科動物」が一致する以上、この個体はニホンオオカミである(もしくは極めてその可能性が高い)、と結論するのが当然と考える。
 将来ニホンオオカミが再発見された暁には(その日が来ることを願う)、本書は正しく整理された本であったと評価されると思われる。少なくとも本書によって、ニホンオオカミに関する理解が格段と進むことは疑いようがない。

 さて以下は、本書ではなく、ニホンオオカミの扱いに対する意見である。

 本書の「謎のイヌ科動物」はニホンオオカミか否か、ということの結論に関わらず(私は上記のとおりニホンオオカミと識別するしかないと考える)、西田氏の主張するとおり、やはり国レベルで丁寧な再調査が必要と思われる。

 現在のニホンオオカミの「絶滅」は、長期間信頼に足る目撃情報がないということにすぎない。
 そして、様々な目撃情報が「信頼に足る」ものではないと判断されたのは、前述のニホンオオカミを「生体を外見で識別できるか否かはわからない」という研究上の限界があったためである。
 これが突破された以上、西田氏や八木氏を初めとする様々な目撃情報は、控えめに言っても「信頼に足るか否かわからない」情報となる。
 であれば、日本の野生生物の保護管理上、やはり国は再調査する義務があると考えられる。

 クニマスは1940年に絶滅したとされていたが、2010年に再発見されたのは記憶に新しいところである。
 おそらくクニマスの打ち上げられた死体は数多くの人々が見ていただろうが、誰も外見では識別できなかったのだ。
 ウグイスの亜種ダイトウウグイスは、1984年の北大東島での記録を最後に絶滅したと考えられた。しかし2001年、沖縄本島でダイトウウグイスと区別できない個体群が見つかり、2008年に喜界島で再発見された。
 「絶滅した」と言うのは簡単だが、実は人間が識別できないだけ、ということは多々あるのである。
 そしてもしそれが生息していた場合、保護が手遅れになる可能性すらありうる。
 しかしニホンオオカミについては、八木氏や西田氏の写真情報があるにも関わらず、未だ「その写真の個体がニホンオオカミか否か」という論争で留まっている。放置しておいて良い問題ではない。

 なお、ニホンオオカミそのものについての研究も不十分、現在の生息状況の調査もなされていない不透明な状況において、大陸産のオオカミ等を導入しようとする計画は、残念ながらあまりに無邪気であり無責任なものと考えられる。


なお、同様に秩父でニホンオオカミ(の可能性が高いと鑑定されたイヌ科動物)を目撃した八木氏は、
現在も精力的に探索活動を続けている。
ニホンオオカミを探す会の井戸端会議
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