ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

トロイアの真実―アナトリアの発掘現場からシュリーマンの実像を踏査する   

トロイアの真実―アナトリアの発掘現場からシュリーマンの実像を踏査する
大村 幸弘,大村 次郷



トロイ戦争において、「トロイの木馬」によって滅んだと言われる都市、トロイ。
伝説上のものと思われていた都市「トロイ」を発掘した、シュリーマンの物語。
伝説を信じてトロイを発掘したというストーリーは、誰でも、いつのまにか覚えていると思う。
これほど馴染みがある物語になると、全く疑問を持っていなかった。

しかし、例えばシュリーマンの自伝「古代への情熱」。
僕はシュリーマンが書いたと思っていたが、まず、これは違う。
それどころか、「古代への情熱」という自伝は、シュリーマンがまとめたものですらない。
実は、「古代への情熱」の第1章は、シュリーマンが1880年に書いたトロイとされる地「ヒサルルック」の発掘報告書「イリオス」(Ilios,the City and Country of the Trojaons)の記述をそのまま転用したもの。
そして第二章から第七章は、彼の死後、伝記作家のアルフレッド・ブリュックナーが、シュリーマンの妻ソフィアの依頼で記したものである。

そして本書では、さらに、もう一つの事実を突きつける。
「シュリーマンが発掘した「ヒサルルック」を、トロイと断定する証拠は何もない。」
 (以下、本書に従って「トロイ」は「トロイア」と呼ぶ。)

僕も含め、たぶん多くの方は、次のように理解していると思う。
「シュリーマンは事業に成功した後、子どもの頃の夢をかなえるために考古学を学び、この地を「トロイア」と考えて発掘し、数々の証拠を示し、トロイアを発見した。」

ところが本書では、まずシュリーマンの考古学知識や発掘手法が、完全に素人のままだったことを示す。
・発掘許可も得ないままの着手。
・各時代が積み重なって埋まっているという層序の知識の欠如。
・現場を破壊する可能性の高い雨季の発掘着手。出土した遺物の記録の欠如。
例えばシュリーマンは、ヒサルルックで「プリアモスの財宝」と呼ぶ金製品を発掘しているが、記録がないから、それが一括して出土したのか、具体的にどの地点からどのように出土したのかすら、まったく分からないのだ。

そしてシュリーマンは、ヒサルルックを「トロイア」と思って発掘した。
しかし、それこそが落とし穴だった。
すなわちシュリーマンの中では既にヒサルルック=トロイアであり、それ以外の結論は無かったのだ。
その結果、青銅器時代の層に火災跡を発見したシュリーマンは、それこそトロイアが焼け落ちた結果であり、だからヒサルルックがトロイアである、と主張した。
そして当時(そして現在の)のヨーロッパにおいて、トロイア戦争=焼け落ちるトロイアというイメージは極めて強く、この論理によってヒサルルック=トロイアという認識が確立した。

ところが、まずその火災の時期は、前2000年後半頃といわれるトロイア戦争があったと言われる時期より1000年も古い、前期青銅器時代だったのだ。
この事実は、シュリーマンが晩年発掘を任せたデルプフェルトが指摘し、その結果シュリーマンとデルプフェルトは、その次の層(都市の破壊が顕著な時期)こそがトロイア戦争だと変更した。
そして現在に至るまで、その結論が通用している。

これだけならば、まあ仕方がないかと思う。
ところがヒサルルックを含むアナトリア(現トルコ)で発掘・調査する著者は、
さらに次のような事実を指摘する。

・アナトリアの多くの都市(すなわちヒッタイト帝国の多くの都市)が、後期青銅器時代に火災にあって終わっている。ヒサルルックの火災もこれと同時代である。
・ヒサルルックの破壊がトロイア戦争によるものとしたら、その戦争による遺物(遺体、青銅製の武器)が圧倒的に少ない。別の遺跡カマン・カレホユックでは、火災のあった層で人骨、青銅製の剣・槍先などの武器があり、しかも、建築遺構の内側と外側の人骨では、形質人類学的に差異があり、激しい武力の衝突があったと想像される。
・ヒサルルックがトロイアであるという考古学的な遺物はひとつもない。

すなわち、ヒサルルックがトロイアであるというのは、シュリーマンの思い込みに端を発した幻想にすぎないのだ。

ただ、著者はシュリーマンを批判するものではない。
夢を胸に、ヒサルルックの発掘を行ったシュリーマンの熱意、それは考古学者が見本とする姿であると、随所で称賛する。

だからこそ、安易にシュリーマンに追従して結論を出すことが、考古学者として許せない。

既にヒサルルックは、ほとんど掘り尽され、新たに発掘するような場所はないが、
著者はこれまでの発掘で排出された土砂を丁寧にフルイにかけることで、新しい発見があるのではないかと指摘する。

著者は、シュリーマンをはじめ、これまでの多くの考古学者が「トロイアと思い込んで」ヒサルルックを発掘したと冷静に分析する。その著者の主張は、極めて説得力がある。

アナトリアの西端、海を挟んでギリシアの南に位置するヒサルルック。
そこが「トロイア」かどうか。伝説のトロイ戦争はあったのか。
シュリーマンによって解明されたはずだったが、それが人類の壮大な「思い込み」であった可能性があるならば、それは、やはり検証されるべきだろう。

【目次】
シュリーマンと私
第1章 トロイア再考
第2章 層序を理解しない発掘
第3章 シュリーマンの世界
第4章 虚構に隠された真実
第5章 ヒサルルックの周辺踏査
第6章 ヒサルルックの発掘
第7章 シュリーマン以後の発掘
第8章 アナトリアの後期青銅器時代の終焉
第9章 コルフマンが追い求めていたもの
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