ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

日本の街道ハンドブック―「旅ゆけば心たのしき」街道小事典  

日本の街道ハンドブック―「旅ゆけば心たのしき」街道小事典
竹内 誠



時々、プリティラヴ博士氏(Dr.プリティラヴ-愛妻に恋する博士の日常-)が、大阪周辺の旧街道や道標を紹介されている(例えばこれ)。
香川県坂出市生まれ・育ちの僕としては、旧い道といえば「遍路道」である。
ただ、東讃方向に行くと「長尾街道」「志度街道」という言葉が生きていて、
「街道」が現在も生きていることを実感する。

でも、そもそも「街道」って何だ?
そん茫漠とした疑問を抱いていたら、本書が目についた。

本書で言う街道は、江戸時代に整備された大街道(道幅六間≒11m)と小街道(三間≒5.5m)。
全国に広がるこれらの約100の街道について、それぞれの来歴、概要をコンパクトに紹介している。

東海道や北陸道というメジャーな街道はもとより、
旅行したことがある地の街道、
自分の人生では縁も所縁もない地の街道まで、
古人が利用した「道」の存在を知ることは、何となくワクワクする。

また本書によって、自分の住む地の街道を明確に認識できたことも、収穫の一つ。
香川県で収録されているのは、下記のとおり。

・丸亀街道    丸亀-琴平
・高松街道    高松-滝宮-琴平
・高松(丸亀)街道 高松-国分-坂出-宇多津-丸亀
・多度津街道   多度津-善通寺-琴平
・志度街道    大阪峠-白鳥-三本松-津田-志度-高松
・長尾街道    三本松-長尾-高松
・讃岐街道    丸亀-観音寺-川之江-西条-小松

先述の長尾街道・志度街道という呼び方・道は、自動車で往来する今でもよく使う。
しかし、高松街道や高松(丸亀)街道って、あまり言わないような気がする。
高松街道(高松-坂出-丸亀)と讃岐街道(丸亀-小松)が国道11号として整備され、
その呼び名(国道11号)と概念(高松-松山の道)が定着したためかと思うが、
詳しいことは知らない。
ただ、道をどう認識するか、ということが影響しているような気がする。
こうした視点が得られただけでも、本書を読んだ価値はあったと思う。

また、本書p208では、「讃岐の道は金比羅に通じる」という言葉が紹介されている。
香川県の土着民でありながら、実はこの言葉を聴いたことが無かったのだけれど、
なるほど旧街道の構造を見ると、香川では他藩に通じるか、琴平に至るかの2パターンしかない。
かつての金比羅山の影響力の凄さを感じた。

現在住んでいる滝宮は、やはり高松-琴平の「高松街道」の重要な町である。
今後は「街道」という意識をもって、旧い道を通ってみようと思う。

【メモ】
p8
徳川幕府は治世の初めから、東海道など五街道の整備を急いだ。
大街道では道幅六間(約11m)、小街道は三間と定め、担当の大名に銘じて畳の厚さに砂利・小石を敷き詰めさせた。

p207
高松街道
 綾川町滝宮は、仁和2年(886)、讃岐国司に任じられた菅原道真が政務をとった官舎があったところと言われる。延喜3年(903)道真が没し、天暦2年(948)に空澄(くうちょう)が滝宮天満宮を建立、
室町時代の細川氏、江戸時代の生駒氏・松平氏と、讃岐の守護等に損じられ、滝宮は門前町として栄えた。また、金比羅参りの宿泊地としてもにぎわった。
高松街道(高松-滝宮-琴平)は阿波、東讃から金比羅参りをする人々に利用された。

p208
「讃岐の道は金比羅に通じる」


【目次】
旅行けば心たのしき―街道風俗事情
江戸からみちのくへ
江戸から常総・武甲へ
江戸から京へ
北国と結ぶ
古都のある道
京から西へ
四国路
九州路
海上の道
主な歴史資料展示施設
索引
関連記事
 このエントリーをはてなブックマークに追加

category: 歴史

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://birdbookreading.blog.fc2.com/tb.php/380-0084ef78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

中の人

アクセス

RSSリンクの表示

最新記事

カレンダー

アクセスランキング

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム