ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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人と芸術とアンドロイド― 私はなぜロボットを作るのか  

人と芸術とアンドロイド― 私はなぜロボットを作るのか
石黒浩



現在、日本ではソニーのアイボ(古いなあ)や、ホンダのアシモに代表される「ロボット」がある。
特に二足歩行ロボットとしては、やはりアシモのイメージが強い。

ただ、改めて考えると、現在のロボットは、家電・自動車・重工業企業などで研究されている。
頭脳という機能に着目すれば、家電・コンピュータ企業の範疇だし、
動きに着目すれば自動車・重工業企業のお家芸だろう。

これらの企業では、見た目のデザインは、商業的・工業的なデザインになる。
汎用性と商業性からすれば、当然の話だ。

だがそうすると、いつまで経っても見た目を
「人間と同じにする」という選択は、おそらくなされないだろう。

ところが映画やドラマで描かれる未来では、人間そっくりのアンドロイドが歩いている。

ここには大きな隔たりがある。

現在のロボットの直線的な延長上には、未来のアンドロイドは無いのだ。

そこを埋める研究が、本書の「ジェミノイド」である。

著者石黒氏は、動きや頭脳はさておき、
人間と見た目がそっくりなアンドロイド-「ジェミノイド」を製作している。

人間そっくりなアンドロイドに対して、人はどう反応するのか。
どこまで(というか、どの点が)似ていれば、人は「人間」と感じるのか。
特定の人物そっくりのアンドロイドを製作したら、そのモデルとなった人物は、どのように感じるのか。

これらの問いは、映画の世界-人間そっくりのアンドロイドが歩く世界では、
当然発生する課題である。

例えは古いが、
鉄人28号には、おそらく人間は、道具的な感情しか持ちえない。
しかし鉄腕アトムには、「感情移入」が有り得る。それはアトムの持つ感情・感性もあるが、
手塚治虫がアトムに人間らしい顔を与え、表情を描いているからだろう。

そして、アシモからアンドロイドに到達するには、まさにこれらの課題に挑まなくてはならない。

すなわち本研究は、現在の機械的機能・頭脳的機能の追求に特化しがちなロボット開発に対して、
見過ごしがちな、しかし不可欠な研究なのだ。

石黒氏はまた、ジェミノイドの頭脳を自律化させるのではなく、
遠隔操作で言葉を話すようにしている。いわば、立体的なテレビ電話だ。

そうすると、ジェミノイドの頭脳は、人間そのものとなる。
そのため対話する人は、ついジェミノイドを「人間のように」感じていく。

だとすれば、人間の本質とは何なのか? 石黒氏の研究は、そのような哲学的な問いにまで発展していく。

そうすると、逆に「人とは何か」を問いながらジェミノイドをデザインすることは、
芸術的な創造活動にもなりうる。
本書のタイトル、「人と芸術とアンドロイド」という言葉には、そのような視点も含まれている。

石黒氏のジェミノイドは、人間そっくりのロボットを作っている変わった研究というイメージしかなかったが、
本書のおかげで、この研究が極めて先見的にものであることを学んだ。

ジェミノイドのエッセンスを使った「ジェミノイド携帯」も、一見不思議に見えるが、
新世代のコミュニケーション、またはセラピーとして発展するかもしれない。

今後の研究に注目していきたい、そんな気持ちになる一冊である。

石黒氏のホームページはこちら。
Hiroshi Ishiguro Laboratories 

【目次】
プロローグ
第1章 アートの街のジェミノイド
 メディアアートの街/アルスエレクトロニカセンター
 ジェミノイドとは何か/カフェのジェミノイド/人々の反応
 人間とロボットは見分けられるか/ジェミノイドが街を行く
第2章 ジェミノイドを作ってわかったこと──人々の疑問に答える
「なぜ自分そっくりのアンドロイドを作ったのか?」
「ジェミノイドを見て自分自身はどう感じるのか?」
「人間についてどんな発見があったか?」
「自分の生活に影響があったか?」
「なぜアルスエレクトロニカにきたのか?」
「オーストリア人と日本人の反応は違うか?」
「ジェミノイドはいつ自立型になるのか?」
「ロボットと人間の区別がつかなくなる日はくるか?」
「ロボットはいつか人間と完全に同じになるか?」
「ジェミノイドは人間の進化か?」
「ロボットは人間のような権利をもつか?」
「ジェミノイドにはどのような利用方法があるか?」
「ジェミノイドは社会に悪影響を与えるか?」
「軍事利用を考えたことがあるか?」
「ジェミノイドは哲学にどのような影響を与えるか?」
「先生は気持ち悪い」
第3章 人間らしさを作り出す
 子供アンドロイドの開発/子供の型をとる/皮膚と内部メカを作る
 アンドロイドに子供を会わせる/研究室のアンドロイド
 女性アンドロイドを作る/人間らしい動きを作る/ロボットは芸術になる
 対話のできるロボット/目を変えると別人に
第4章 人間以上のロボット、最低限の人間
 自分自身がアンドロイドに/内部のメカニズム/皮膚を装着する
 ジェミノイドの死/アンドロイドは人間を超える
 女優になったアンドロイド/最低限の人間とは何か
 「ゆらぎ」と生体の動き/芸術とゆらぎ/学習するロボット
第5章 社会を変えるロボット・メディア
 進歩するメディア/人と関わるロボット「ロボビー」
 遠隔操作で人をつなぐ「ワカマル」/無口な人がおしゃべりに
 ロボットの体に適応する/病院で働く簡易ジェミノイド
 テレノイドとエルフォイド
第6章 「私」は人か、ロボットか
 『サロゲート』の世界/携帯電話の次にくるメディア/移行するアイデンティティ
 どちらが「私」なのか?/想像力を超える技術/更新される人間の定義
 ジェミノイドが引き出す人間の可能性
第7章 作ることと生きること
 鏡としての他人とロボット/分散する心/何かを作ることの意味
 「自分を知りたい」欲求の源/人間とロボットの性/役割と存在価値
 人を好きになること/裸の私はどこにいる?
第8章 融け合う芸術と技術
 目的を探りながら進む開発/同時進行する開発と人間理解
 ロボット研究は分野を超える/芸術家としてものを作る/日本人と芸術・技術
 芸術はどこから生まれるか/人間の情動と社会性
 新しいコンセプトを生み出すために

【メモ】
p37
「自分そっくりのアンドロイドがこの世に存在すると、モデル本人はどう感じるか」

p66
不気味の谷:
人間に近い見かけをもつものが人間と同じ動きをもたないと、非常に不気味に見えること。

p115
固定電話は家や部屋に付随した、「場所」を意識したもの。
携帯電話は「個人」を意識したもの。

p130
ジェミノイドの未来を語る上で無視できない映画
「サロゲート」。
著者も冒頭に取り上げられている。

技術開発:「人間の能力を機会に置き換え、人間が肉体的な制約を超越するための挑戦」

p143
人間らしい対話を可能とするためのに開発したジェミノイドは、
人間らしさの研究から、「人間の存在とは何か」という哲学的な問いにまで発展している。

p178
「技術は芸術から生まれ、芸術は自然から生まれる。」
自然の何が芸術を生み出すかといえば、「生命を生み出す力」。

p181
コンピュータの速度を10%早くするよりも、人がもっと長く使いたいと思うようなものを作ることこそ大事なのではないか?


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