ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

気になる科学 (調べて、悩んで、考える)  

気になる科学 (調べて、悩んで、考える)
元村有希子



本書は、現役新聞記者による科学ネタのエッセイ集である。

ただ、科学ネタをタイトルにしつつ、科学とは関係ない私的エッセイが混じっている。
よく見ると、個人的なブログ記事の集約版らしい。
ところが、「新聞記者」っていう肩書を使っているので、
書かれている内容の客観性・公平性・信憑性にかなり悩んだ。

これは「元村有希子」という一女性のブログなのか?
それとも「毎日新聞科学環境部デスク」のエッセイなのか?

その違和感は、読み進むにつれ増していく。

例えば、
「◯◯はどうなったのだろう」なんて書かれると、
記者なら調べて記事にしてよと思う。でもすぐ、いやこれ記事じゃないのかなんて思う。

また意見を述べられていても、
「それは社としての意見? 記者としての意見? 個人としての意見?」と悩む。
だから「私的な本」とみなして読んでいると、「取材日記」が掲載されているし、
あれやっぱり「記者」としての文章なのかなあと思うと、その内容は私的な日記である。

誰にでも仕事はある。また「公私混在」エッセイも多い。

しかし、何であれ、社会的肩書を用い刊行するのであれば、
社会的立場との線引きがどうなのか、明瞭にする必要があるだろう。

仮に、医者が、医学についてエッセイを書いたとする。
その内容が何であれ、「医学的に裏付けがあると誤解されるかもしれない」という意識は持つべきだし、
それを踏まえた記述がなされるべきだ。
それが肩書を使う上での社会的責任だと思う。

本書の著者は、「記者」であり、それを強調している。
(ご丁寧に背の著者名にまで肩書を記載している。あまりこんなの見ない。)

「報道」は、世の中の全てについて(理想だが)公平性・客観性を期待されている。
その肩書を用いるのであれば、やはり公平性・客観性、そして科学記者としての正確性と
取材力を期待されるだろう。
しかし本書からは、元がブログだからだろうが、「書きっ放し」という感が否めない。

書きっ放しが悪いとはいわない。
だが、それなら一個人の責任で書くべきで、
「毎日新聞科学環境部デスク」なんて肩書は不要だろう。

著者のファンという私的期待で読むのなら良いが、
科学的なエッセイを期待する方にはお勧めしない。

(本記事は最初は別の本のレビューに追記していましたが、
 やはり、きちんと書く方が良いと思ったため別記事にしました。)
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