ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

富士山噴火の歴史: 万葉集から現代まで  

富士山噴火の歴史: 万葉集から現代まで
都司 嘉宣



富士山がいつ噴火するか、というテーマも興味があるが、
それよりも、本書のように
「文献記録を丁寧に探り、そこから事実を探し出す」という手法に強く共感して読んだ。

著者は、様々古文書資料を丹念に調べ、その中から富士の噴火にまつわる記述を探していく。
その記述は、もちろん「噴火した」というダイレクトなものもあるのだけれど、
「富士の噴煙」の例えが、和歌の技法としていつ用いられているかという観点からも、
その和歌が作られた時代の富士の状況を辿っている。
(実際、様々な資料と照らし合わせると、実際に富士に噴煙があがっている時のみ、「富士の煙」という比喩が用いられているようである。)

こうした観点からの調査技法は、今後ますます価値を高めていくだろう。
今は無理だが、いつか様々な古文書資料の本文検索が可能になれば、
いろいろな研究は飛躍的に進むのではないだろうか。

本書は新聞連載を加筆修正して収録しており、全55話。
1話当たりは短く、また学術的な記述でもないので、
著者の「調査」を追体験する感じで、手軽に読むことができる。

さて、著者は
次のように語っている。
p28
「火山の噴出物による農作物の被害の有無など、当時の統治者にとって必要な情報は記録されるが、経済上、統治上の利害に無関係な事項は記録に残りにくかったと考えられる。
 例えば(被害を及ぼさない程度の)噴煙の有無の確認については、正史は不適切な資料になる。」
本書では富士の噴火だが、僕が関わっている野鳥の世界でも同じ状況がある。
珍しい鳥は記録され、当たり前の鳥は記録されない。
少ない鳥ほど数えられ、多い鳥は個体数なんて気にもされない。

それどころか、最近は手軽にデジカメ撮影できるため、自分のための記録はするけれども、
共有化するための文献化はほとんどなされない状況にある。

行政や保護団体が保護しないとか、レッドデータブックの信憑性が云々とも言われるけれども、
保護の基礎となる個体数や分布状況のデータは、一朝一夕に集まるものではない。

丁寧な記録は、今は役に立たないけれども、
「現在」のデータは、
10年後、20年後、100年後には入手不可能なのだ。
生き物の分布にしても、社会情勢にしても、
現在を記録するのは、現在に生きる人間の義務と思って、少しでも記録を残していきたいものである。


【メモ】

p212
「合目」は距離や高度差を等分したものではなく、宗教的な伝統に由来する。それ故に、後世の勝手な都合で合目を変更・追加することは慎むべき。
 従来の合目だと、その間隔は約4-50分の登り歩行時間になっている。
 しかし現在の「新○合目」は、そうした配慮が一切ない。
→富士の「○合目」ってニュースで聴くたび不思議だったが、そうだったのか。

p219
「万葉集の時代以来、途中何度の中断をはさみながらも連綿と続いてきた富士頂上の噴煙記事は一八二七年をもって最後となる」

ただし、
p229
(遠くから確認できるほどではないにせよ、)大正時代まで噴煙を上げていた。

→自分が現在見ている姿が、過去もそうだったと思い込むのは危険と実感。
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