ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

支倉常長遣欧使節 もうひとつの遺産―その旅路と日本姓スペイン人たち  

支倉常長遣欧使節 もうひとつの遺産―その旅路と日本姓スペイン人たち
太田 尚樹



江戸時代初期の1613(慶長18)年、伊達政宗が支倉常長らをスペイン国王フェリペ3世とローマ教皇に派遣した。教科書でもさらりと触れられていた記憶がある。
その後江戸幕府は鎖国に舵をきったため、この遣欧使節は結果的に意義がなかった。

ただ鎖国という状況変化の中、この遣欧使節に関わった人々がどうなったのかというのは、
漠然と興味があった。

そこに現れたのが本書である。
タイトルからほぼ類推できるが、スペインに日本を意味する「ハポン」姓を持つ人々がいるという。
その人々は、この遣欧使節で、現地に残った武士の子孫である-という情報を得て、
筆者はハポン性が集中する町コリアを訪れたり、
当時の支倉遣欧使節の足取りを追及する。

本書を読む限り、その姓が存在すること、またハポン姓を持つ人の多くには蒙古斑があったこと、
またハポン性を持つ人々が数代を経てやっと教会に入れる「地元民」と認められたことなどから、
僕はおそらく事実なのだろうと思う。

その検証過程も面白いのだが、何より本書では、
今から400年前にスペインを訪れた日本人一行の足取り、興奮と失望、
そして現地に残ることを選択しただろう人々の生き様を、
様々な資料を駆使して辿っている。

遠い異国の地に残った日本人。
彼は現地に溶け込むよう努力し、
ついには400年後の子孫である現在のハポン姓の人たちに、
「勤勉や質素、忍耐力といった『素晴らしい血脈』を残してくれた」、
「ソモス・ハポネセス!(somos japoneses!)私たちはみんな日本人だよ!」と
言ってくれるようになった。

その素晴らしき日本人の存在を、僕らはもっと知り、誇りに思い、
そして見習うべきだと思う。

歴史は、本当に何が起こるかわからない。


【目次】
第1章 支倉使節団とは何か
第2章 使節団の足跡を訪ねて―月浦(石巻市)からローマまで
第3章 サムライの末裔伝説を追って
第4章 コリア・デル・リオ、二〇一二


【メモ】
P133
スペイン人の名前の構造
親の命名した名・洗礼名・第一姓(父の名字)・第二姓(母の名字)

スペインの町コリアでは、日本(ハポン)姓が約800人いる。

スペインにはハポンという地名はなく、日本を示す以外にハポンという言葉もない。
400年前頃まで遡ることができる。

P180
支倉遣欧使節には、名字を持つ武士のほか、名字を持たない身分の者もいた。
子どもに父親の姓がつかないと非嫡出子扱いとなるため、
日本(ハポン)姓を採用したのではないか。
地名を性にする例は多い。
また名字があった武士の子孫も、母系のため絶えたり、日本(ハポン)姓に統一していったのではないか。

P204
日本(ハポン)姓の多くは、赤ん坊の頃に蒙古斑が出る。
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