ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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家康公の時計: 四百年を越えた奇跡  

家康公の時計: 四百年を越えた奇跡
落合 偉洲



家康が所有していた時計が非常に貴重なものであり、国宝指定を求める動きがある。
その程度のことは、ニュースで知っていた。

ただ最近、各地で町おこし的雰囲気で世界遺産指定だの国宝指定だのを求める運動が盛んであり、
本当にその価値があるのかな、という印象を持っていた。

本書は、その「家康公の時計」が潜在する価値に気付き、国宝にふさわしいと考えた著者が、
大英博物館のキュレーターを招聘して調査報告書を提出してもらうに至るまでの、再発見の記録である。

この時計の来歴、詳細な価値については、まさに本書を読み進めていく楽しみでもあるので、
詳細は記載しない。

ただ、僕は「なるほど、国宝にふさわしい」と感じるに至った。
こうした品が、独特の物語とともに日本に残っていること。
それはもっと、多くの日本人に知られるべきと思う。


さて、ではなぜ国宝指定されないのか。本書も単に「家康公の時計」はすごいんだよ、という本ではなく、
「なぜこれぼとの品が国宝指定されないのか」という問題提起の書でもある。

これについて、著者に対する文化庁の回答が記載されている。
国としての公式見解ではないだろうから、これをもって云々するのはフェアではないが、
少なくとも担当レベルでの見解とはいえるだろう。

本書によると、次のような理由だそうだ。

---------------------------------------
「家康公の時計」は、重要文化財に指定されている76種類191点のうちの1点だけなので、
これだけを取り出して国宝指定することはできない。
「家康公の時計」だけでなく、「家康公の遺品全て」を国宝指定するよう要望してはどうか。
---------------------------------------

これは、指定される品々の括り方が、指定の内容を束縛するというもので、全くの本末転倒である。
本来ならば、その品はどのレベル(国宝か重要文化財か)で指定すべきか、という問題があり、
その指定を適正化するためには、どの品々を一括りにするか、と考えるべきだろう。

確かに過去、時計の価値がわからなかった(調べる能力がなかった)ため、「家康公の遺品」という共通項しか認識できなかったときは、「76種類191点」という括りが正解だったかもしれない。

しかしこのうちの一つが突出した価値があるのならば、その突出した価値と共通項を持つもので括るべきであろう。本品でいえば、付属する革ケースを含むか否か、という程度の検討幅しかありえない。

今後どのように推移するかは見ものだが、「世論が高まったので再調査した結果、指定するに至った」という理由づけもあるだろう。本書がきっかけとなり、注目が集まることを期待したい。

それにしてもニホンオオカミといい、きちんと(綿密な)調査をしないで、一握りの有識者の見解だけで結論を出すのは、どうにかならないものか。


ところで本書冒頭で、久能山東照宮の建築にあたった大工の棟梁中井正清を、ガウディに匹敵する建築家と持ち上げているくだりがある。蛇足ながら、これには反対しておく。

棟梁中井正清の突出面は、工法に限ったものであり、それも天才とまで言い切るか否かも難しい(工夫・改良という範疇ともいえる)。
しかしガウディは、構造・機能・象徴を統一した建築家であり、明らかに異なる。

棟梁中井正清を評価することは良いが、ガウディを持ち出すのはやはり贔屓しすぎだろう。
もしそうなら、久能山東照宮≒サグラダ・ファミリア(世界遺産)となり、
今度は「久能山東照宮を世界遺産に」というフレーズになりかねない。

しかしこうした安易な権威の追求は、
「自分の推薦しているものの価値を客観的に評価できない」と言っているようなものである。

国宝指定を求めている「家康公の時計」が、現に国宝にふさわしい価値を有しているだけに、
こうした「贔屓の引き倒し」と見られるような言動は避けるほうが無難だと思う。
「家康公の時計も、同じように過大評価してるんだろ」と思われかねない。

よってもし本書を読む方がおられたら、あまり「はじめに」のガウディ云々は気にしないで読み進めていただきたい。
本書の価値は、それ以降にある。


ガウディや、サグラダ・ファミリアについて詳しく知りたい方はこちら(レビューはこちら)




【目次】
1 四百年前の外交史を語る証拠
2 「国宝」としての価値とは?
3 エバロの時計はスペイン国宝
4 大英博物館との交渉始まる
5 国宝の“夢”、砕かれる
6 英国と日本の深い関係
7 国宝指定を目指して
8 大英博物館の扉が開く
9 大英博物館による調査
10 時計に秘められた歴史の謎
11 「家康公の時計」を国宝に


【メモ】
p62
「久能山御道具之覚」に記された全てが「家康公の遺品」として重要文化財に認定されている。

p76
1584年にスペインのエル・エスコリアル宮殿が完成した当時、日本から天正遣欧少年使節団が訪れ、フェリペ二世と面会している。天正18年(1590)に帰国し、秀吉に時計を持ち帰っている。
この時計は失われているが、同じフェリペ二世が贈ったもののため、同じハンス・デ・エバロの製作だった可能性もある。

p78
スペインではフェリペ二世の父親カルロス一世の時代から、歴代の国王が時計を収集していた。
しかし内乱等で散逸し、現存する最古の機械式時計はエバロの時計。
なおエバロの時計は、エル・エスコリアル宮殿のフェリペ二世のものと久能山東照宮の家康公の時計と、スペイン人コレクターがもつ3つしかない。

p146
大英帝国は優秀な海軍力を有することで、世界に領土を広げた。
正確な時計は船舶になくてはならないものだったため、スイスなどから時計技術者を集め、ロンドンを時計の都にした。
大英博物館には、約8000個の時計を収蔵している。

p192
家康公の時計には、スペイン国王フェリペ二世お抱えの時計師ハンス・デ・エバロが1581年にマドリッドで製作し、セバスティアン・ビスカイノが、千葉県沖で座礁したスペイン船の乗組員を救援したことに対する感謝として家康に持参した、という歴史性がある。

p224
家康は、オランダとは慶長14年(1609)、イギリスとは軽重18年(1613)までに国交を樹立している。
いずれもプロテスタント国家であり、スペインと戦っていたため、日本の植民地化という覇権主義的な考えょ持つ余裕がなく、東南アジア貿易で利益を上げることが優先だった。
鎖国令は最初、スペイン・ポルトガルというカソリックを退去させるものだった。

p236
文化庁の見解(著者による)
「家康公の時計」は、重要文化財に指定されている76種類191点のうちの1点だけなので、
これだけを取り出して国宝指定することはできない。
「家康公の時計」だけでなく、「家康公の遺品全て」を国宝指定するよう要望してはどうか。

・調査にあたった
 大英博物館のキュレーター、デービッド・シンプソン氏
NYのメトロポリタン博物館時計収集部門を経て大英博物館、1995から時計部門の責任者であるキュレーター
英国時計学会、ロンドン古美術協会等所属、時計製造ギルド最高組合員、古物時計協会議長など。
H25年現在62歳。
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