ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

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ガウディの伝言  

ガウディの伝言
外尾 悦郎



「違いが分かる男」というフレーズのコーヒーのCMで、
初めて外尾悦郎という人の存在、あのサグラダ・ファミリアで日本人が働いているということを知った。
調べてみると、CMは2001年。もう12年前のことだった。

サグラダ・ファミリアという奇抜な建築があり、前世紀から建築が続き、たぶん僕が生きている間にはできないだろう、という程度の情報は知っていた。
しかし、その程度。

その後TVなどで、あの奇抜な姿は単なる「突飛なイメージ」ではなく、
ガウディという天才が生み出した、自然をモチーフとした見事な構造体であることを知った。
糸で物体を吊り下げ、それを逆さにすることで、重力を接着剤に使ってしまうという発想。
まるでコロンブスの卵のような、言われるとなるほどと思うのだけれど、決して自分では思いつかない発想。ガウディとは、そうした「建築の天才」だと思っていた。

それだけではなかった。
あのサグラダ・ファミリアは、構造・機能・象徴が極めて高い次元で一致し、しかもそれが設計図とかではなく、精神として受け継がれて建築されているという、奇跡的な建造物だったのだ。
ガウディとは、とんでもない人だった。

その建築に、日本から飛び込んだのが外尾悦郎氏。本書でもその経緯は語られているが、
極東の一日本人が、前世紀から建築が続くガウディの作品において、天使を彫るなんて、何と言う巡りあわせなんだろうか。

本当に奇跡的な運命の流れによって、こうしてガウディの精神と、サグラダ・ファミリアという建築物の意味を、日本語と日本的完成によって語ってくれる。これもまた奇跡的な一冊である。

時は流れて、現在はコンクリートでの建築が大部分となったという。

どおりで、時々見かけるサグラダ・ファミリアが、恐ろしい程建築が進んでいるわけだ。
このままで行くと、たぶん10数年後には、サグラダ・ファミリアが完成するらしい。
僕が子どもの頃のイメージとは、全く違う世界になっていた。

ただ、外尾氏も語られているが、コンクリートを使用するのはやむをえないとしても、
ただ「完成」のために、効率的に建築していくのがサグラダ・ファミリアとは思えない。

使える技術を使わず、だらだらと作り続けるのが良いとも思わないが、
サグラダ・ファミリアが完成したとき、僕たちは「人の寿命を超えて作り続けられる建築物」を失うことになる。

それが、精神的にどのような意味を持つのか。
更には、僕たちはサグラダ・ファミリアの完成に立ち会える次元に到達したのか。
そんな問題が、実は迫っているのではないだろうか。

もし、安易に完成させてしまったら、数世代に渡る人々の想いを踏みにじることになるのではないか。
そんな恐れが、読了後に沸きあがってきた。

【目次】
ガウディと職人たちとの対話
石に込められた知恵
天国に引っ張られている聖堂
人間は何も創造しない
ガウディの遺言―「ロザリオの間」を彫る
言の葉が伝えるもの―「石の聖書」を読む
ガウディを生んだ地中海
ライバルとパトロン
ガウディと共に育つ森―十九世紀末のバルセロナ
神に仕える建築家の誕生
孤独の塔、サグラダ・ファミリア
永遠に満たされていくもの

【メモ】
p44
サグラダ・ファミリアの建設現場で死亡事故は1件も起こっていない。
(昔は100mの高さまで木で足場を組み、滑車で石を吊り上げていた。)
職人が自ら考え、意欲的に働いてきた結果ではないか。

p45
建物の構造上最も無理が生じやすいのは水平と垂直が交わる部分。
そこに斜めの補強材を入れたりする。
ガウディは接合部分を放物線面などの曲面で繋げたり、柱を放射状に枝分かれさせたりしている。
というより、天井、柱と分けて考えていない。

p60
サグラダ・ファミリア(を初めとするガウディの作品)は、構造が彫刻を引き立て、彫刻が構造を補強している。
さらには、構造と機能と象徴が常に一つの問題として意識されている。

p68
サグラダ・ファミリアで最も重要な基礎数値は7.5mと17.5m。ひの比例数を縦糸、キリスト教の聖数である12を一つの完結とみる12進法+10進法を横糸としている。

7.5m
カタルーニャ地方での古い歩測法で、1歩を約75cmとする。

p80
ガウディは逆さ吊り実験等でカメラを活用していた。

p91
サグラダ・ファミリアは既存の建築様式に当てはまらない。
ゴシック建築では壁を支えるため、つっかえ棒の役割を果たすフライング・バットレス(控え壁)を必要としていたが、ガウディは逆さ吊り実験から重力を用いて構造的に解決し、厚い壁やフライング・バットレスをなくした。

また、同じ中心軸を持つ2つの6角形が互いに逆方向に回転しながら、交わったところに角を設けることで、6角→24角へのなめらかな柱を作った(二重螺旋構造)。
ギリシャ建築のパルテノン神殿の柱のような考え方を更に進めたもの。
「ゴシック建築の完成者であり、ギリシャ建築の完成者でもある。」

p104
アール・ヌーボーは自然の表面的な姿をモチーフにしているが、ガウディはその奥にある秩序、構造までも建築に活用した。

p144
サグラダ・ファミリアでは、原則として地上に近いところには両生類や爬虫類などの動物、高いところには鳥や天使が配置されている。

p160
ピカソ、ミロ、ダリの方が先に有名になったが、三人ともガウディの建築を見て育っている。
ピカソはパラウ・グエルのある周辺の町並みを描いているが、ガウディの建物だけ消している(極端に反発している)。

p224
今は町中に有るが、19世紀末の時点では、まだバルセロナ市ですらない。周りに建物が何もない、羊がいるようなサン・マルティン・ロベンサル村の一角。

p256
カタルーニャを代表する詩人ジョアン・マラガール「生まれつつある大聖堂」
「時と死に対する何という優越であろうか。
永遠に生きることの何という保証であろうか。」

p277
「人間にできる最大のことは、祈ることなのではないかという気がします。」

panta rhei 万物は流転する

p288
1980年代から、大部分を石ではなくコンクリートで作り始めた。
サグラダ・ファミリアの建築を継続するため、苦渋の選択。
しかしもコンクリートという便利な建材を使い始めたことで、建設に対する考え方がどんどん安易になりかねない。石で作ることを断念したからこそ、常により良いものを求めようとするガウディの精神を受け継ぐことが大切。

p289
サグラダ・ファミリアは2020年代の完成を目指すとしている。
そのことの是非はともかく、
それが「何のためなのか」という根本的な問いを見失ってはいけない。
「それは本当に多くの人を幸せにすることなのか。」

古代ローマ・ホラティウス
「carpe diem 今日を生きる」
明日のために生きるのではなく、今日できる最大限のことをしようとする。その上に、明日という日がやってくる。その積み重ねにより、自分たちも満たされていく。
サグラダ・ファミリアは、そういう風につくり続けるものであってほしい。
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