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山本美香最終講義 ザ・ミッション: 戦場からの問い  

山本美香最終講義 ザ・ミッション: 戦場からの問い
山本 美香




p288「同僚としての山本美香」藤原亮司
「帰国後、私はある男性に『なぜ彼女はシリアのような危険な場所に行ったのか』と問われた。
しかし、ではなぜシリアが危険な場所だとその人は知ったのか。
山本が撃たれたから、危険だと知ったのではないか。ジャーナリストが行かなければ、世界の別の場所に暮らす人には伝わらないことがあるはずだ。」

確かに、僕も山本氏自身の死によって、シリアが危険な場所であると知った。
しかし、山本氏はなぜあの時点でシリアに入り、何を伝えようとしていたのか。正直言って、報道当時そうした疑問すら思い浮かばないほど、僕は無関心でもあった。

その後、シリアの混迷ぶりが様々なメディアで報道されるようになり、「ああこういう状況だったんだ」と知ることになる。

災害・紛争が甚だしく、しかし大多数の日本人の生活に直結していなければ、
メディアへの露出も少ない。
シリア報道が増加したことも、やはり山本美香氏の死によって日本と無縁ではなくなり、
そこからフォローしていく流れが生じたのだろう。

しかし山本氏の死によって、日本は新しい「知られざる紛争」に着目し、伝えてくれるジャーナリストを失った。
むしろ、危険を避ける方向に舵をきっているようにも感じられる。
もちろん山本氏の死は確かに残念であり、様々な検証がなされるべきだが、
ビデオジャーナリズムや災害・紛争報道を委縮させる原因にしてはならない。


山本氏は、ビデオジャーナリズムのパイオニアでもあり、
現代的な災害・紛争ジャーナリズムの先駆けでもあった。

そのため、現場体験者ならではの多くの技術、心がけ、そして課題を持っていた。
これらは日本のいわゆる記者クラブとは大きく異なるものであり、
得難い教訓である。
それを礎にすることによってこそ、日本のジャーナリズムも多角的に発展していくのではないだろうか。


以前紹介した「山本美香という生き方(レビューはこちら)では、一部に「中継されなかったバグダッド」が丸々収録されているものの、基本的に山本美香氏を知る人物による記述だった。

一方山本氏は、早稲田大学でジャーナリズム研究セミナーの講師を行っていた。
そこでは一人のパイオニアとして、後に続くだろう若者へ、なぜ戦場・災害ジャーナリストとして活動しているか、どのような葛藤と考えがあるのかを説明していた。

本書はその講義を、そのまま採録したものである。

もう山本氏の抗議を聞くことはできないが、ジャーナリストを目指す方、ジャーナリズムの問題を考えている方は、ぜひ一度読んでおくと良いと思う。


【目次】
早稲田大学Jスクール・2012年度講義 戦争とジャーナリズム
第1回 4月24日(火曜日)
私の仕事――現場から伝える
ビデオジャーナリストとして
アフガニスタンでの経験
災害報道――雲仙普賢岳の取材で
東日本大震災で
学生たちとの対話――震災報道をめぐって
学生への課題提示
第2回 5月8日(火曜日)
フリーランスになって――戦場取材へ
アフガニスタンで学んだこと
テレビとフリーランス
イラク戦争=バグダッドでの取材
学生との対話――取材のために戦場に残るか
第3回 5月15日(火曜日)
ジャーナリストの立ち位置
戦争報道のあり方
自衛隊のイラク派遣とジャーナリズム

早稲田大学政治経済学部 朝日新聞提携講座 5月16日(水)
メディアの世界――メディアと戦争
テレビという媒体だけでなく
紛争地を取材する
ビデオジャーナリストとして
フリーランスとして
テレビ・メディアから見た戦争
現場を継続的に取材することの大切さ
学生の質問に答える
講義後の学生さんへのメッセージ(5月21日)

【メモ】
p104
「今とにかく何もかもが委縮していって、本当に事なかれ主義ですよね。何もしなければ何も起きない、何の落ち度も生まれない。その考え方はかなり末期症状に近い。でも報道の現場の人に聞けば、そんなことばかり思っているわけではなくて、やはり行きたいという人もいるし、自分は向いてないのでやりたくないという人もいる。」

p107
「ずっとやっていて思うのは裾野が広がらないことです。もっと広がってもいいはずなのに全然広がらないのは、それだけでは成り立っていかない部分があるのが現実だと思います。」

p209
サマーワの取材:
自衛隊が報道機関に自粛してくれと言ってきたことに対して、記者クラブを通じて、報道のルールを防衛省とかと取り決めをした。自衛隊の安否に関わることはしないようにした。
しかし、隊員の安全かかるかどうかは誰がどうチェックするのかがあやふやな一方で、事前にチェックする項目を入れてしまった。それは検閲になっていく。

「客観性とは別に、やはり中立でなければいけません。それなのに防衛省のルールに従う、要するにその傘下に入ってしまったということは、メディアとしてはあってはならないことでした。」

p212
イラク大使館でビザを申請しに行くと、「日本人に対しては出さないでくれという要請があった」と言われている。
外務省がイラク大使館に対して、日本人のビザ発給をしないよう要請していた。
イラク大使館では、各国のメディアにはフリーでも何でもビザを出していたが、こうした要請には驚いていた。
イラク大使館が従ったの、復興支援で日本を重視していたから。

p248
1996年頃、フリーランスのジャーナリストが取材したものがTVで流れ出し、署名性の強いものが放送されるようになった。

p263
「紛争の現場で何が起きているのか伝えることで、その国の状況が、世界が少しでも良くなればいい、そう思っています。伝え、報道することで社会を変えることができる、私はそれを信じています。」

p288「同僚としての山本美香」藤原亮司
「帰国後、私はある男性に『なぜ彼女はシリアのような危険な場所に行ったのか』と問われた。しかし、ではなぜシリアが危険な場所だとその人は知ったのか。山本が撃たれたから、危険だと知ったのではないか。ジャーナリストが行かなければ、世界の別の場所に暮らす人には伝わらないことがあるはずだ。」


(レビューはこちら)
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