ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

遺体―震災、津波の果てに  

遺体―震災、津波の果てに

石井 光太

遺体―震災、津波の果てに遺体―震災、津波の果てに
(2011/10)
石井 光太

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東日本大震災で多くの犠牲者が出た。
事故・災害の歴史からすれば、
こうした大規模な死にあっては、
犠牲者の収容、身元確認等々が、避けることのできない難題であることは容易に想像できる。

しかし、実際にはどうだったのか。
それをルポしたのが、本書である。

筆者は釜石を舞台に、
地震発生後から、最後の身元不明者の遺骨の安置までを、
多くの関係者にインタビューを重ね、それぞれの方の視点を中心に辿っていく。

語られるのは、まず民生委員の千葉氏の話。
そこから、遺体確認を担う医師会長の話となり、
次に医師会常務理事、歯科医師会長、消防団員、市職員、自衛隊…と、
何らかのかたちで繋がりを保っている。

多くの方は犠牲者でもある。
その方々が、遺体をめぐる諸問題(身元確認や火葬、供養など)に立ち向かう姿は、
心から感服するものである。

ただ、どうして釜石なんだろう? という疑問があった。

この点、後書きで筆者は、
釜石は町の半分が被災から免れたため、それらの方々が同じ市内の遺体と直面したこと、
そこに「故郷が死骸だらけとなったという事実を背負って生きていこうとする人間の姿があるのではないかと考えた」と説明している。

そうかもしれない。
ただ筆者の意図はともかく、釜石はそれでもある意味、地縁社会がうまく機能した「良いケース」なのかもしれない。
町全体が壊滅した地域では、全くの第三者が遺体と直面することになったはずだ。
そういう地域では、ここまでの連携は困難だったろう。


さて、本書を読みながら痛感したこと。
この遺体確認の苦労、遺族と検視者らのストレス、混乱は、
日航123便と同じではないか。

当時の遺体確認の状況は、次の書にくわしい。
墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便 (講談社プラスアルファ文庫)墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便 (講談社プラスアルファ文庫)
(2001/04/19)
飯塚 訓

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どうして、釜石でも地元の犠牲者である医師、歯科医師、看護師、職員らが、
ここまでの対応をしなくてはならないのか。

平時の検視・検歯が、一部の法医学者と地元医師のボランティア的貢献によって成立しているため、災害・事故時にもボランティア精神に依存せざるをえないのではないか。

本来であれば、もっと検視・検歯、すなわち司法解剖の専門人員が雇用されるべきであり、
有事にはその方々が中心となって動くべきだろう。
A県が被災したらB県が、C県が被災したらD県が…などという連携は、
言葉の上ではきれいだが、本質的な解決にはなっていない。


この問題については、
法医学者、死者と語る~解剖室で聴く 異状死体、最期の声~」(岩瀬博太郎)
で指摘されている。

P39
「つまり、司法解剖は、法医学教室職員の善意のみで成り立っているといえる。
 言い換えれば、日本には死因究明を生業として雇用されたプロが存在しないということだ。これはたいへん恐ろしいことで、司法解剖という社会基盤がいつ自然消滅するのかわからない状況にあるし、このような国は、ほかにはないと思う。」

この時にも記載したが、もう一度記しておきたい。

大事故、医療過誤、保険金詐欺、虐待などが日常的になっている今、
いつ被害者となるかわからない国民の権利を守るものとして、
法医学システムの充実は急務であるはずだ。


一刻もはやいシステム改善を望む。


【目次】
プロローグ 津波の果てに
第1章 廃校を安置所に
第2章 遺体捜索を命じられて
第3章 歯型という生きた証
第4章 土葬か、火葬か
エピローグ 二カ月後に


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category: 災害

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