ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

鳥と人―とくにニワトリへ感謝をこめて  

鳥と人―とくにニワトリへ感謝をこめて
小松左京
【左京節度】★★★☆

鳥と人
鳥と人―とくにニワトリへ感謝をこめて


ニワトリ 愛を独り占めにした鳥」以前に、実は同様の観点で
ニワトリと人間社会を論じた本がある。
本書である。

1992年初版であり、内容的には古くなってしまった-というか、
「ニワトリ 愛を独り占めにした鳥」によってUPDATEされた。

よって「ニワトリ 愛を-」を読めば必要な知識はおおむね入るが、
興味がある方は読んでおいてもよいだろう。

なお「鳥と」とあるが、基本的に小松氏は家禽が念頭にある。
よって他に取り上げられるのは
鵜飼のウ、ウズラ、ガチョウやアヒルである。

ウについても結構語られているが、
この時点ではカワウは激減していたことを考えると、
現在の状況とは隔世の感がある。

後半1/3は野鳥というより「飛ぶ存在」に対する人間のロマンを語っており、
前半2/3とかなり毛色が異なる。
全章を通じて小松節の語り口となっており、人によっては読みがたいかもしれない。


【目次】
1 ニワトリと人
・果てしなくあやふやな鳥たち
・卵が先!驚異のニワトリデータ
・ニワトリに会いに行く
2 働く鳥、身辺の鳥
3 鳥と地球
・3D〈i〉L in BSとは何か
・鳥よ、人よ
・そして、地球よ

【メモ】
p12
・卵の値段は、終戦直後から昭50年代後半まで、ほとんど変わっていない。

p29
・(1993の時点から)20年ほど前は標準卵1個の重さは58gぐらいで、1kg約18個だったが、
現在では卵1個がだいぶ大きくなり、1個61-64gなので、1kg約15-6個になる。

p31
・年間消費量260万t420億個、海外輸入分4万6,000tを含む。
ほとんど液卵、冷凍卵、乾燥卵、殻付きき受精卵やワクチン用の特殊なもので1,000t足らず

液卵:中の黄身、白身だけにしたもの。殺菌し-3~-4℃で凍結させるか、4℃程度のチルド。
アメリカの場合は、かなりの部分は乾燥工場にまわされる

p35
自動割卵機:16~17個/秒に割る能力

p41
野生種のニワトリが家禽化されたのは、東南アジアから南アジアで、
最初は食用・採卵卵ではなく、闘鶏のためだったらしい。

p44
1965年 ブロイラー数 1,827.9万羽:飼育戸数2.0万戸
1970年 ブロイラー数 5,374.2万羽:飼育戸数1.8万戸
1975年 ブロイラー数 8,765.9万羽:飼育戸数1.2万戸

1990年 ブロイラー数 13,862.9万羽:飼育戸数0.5万戸
一つのエポックは1970年頃、

p52
比較的早く、明治の半ば頃に養鶏業が成立したのが愛知県、「海部鶏」と呼ばれた名古屋種

p53
名古屋市内には、日本唯一の「初生雛鑑別士」の養成所がある。
この養成所の母体である「社団法人全日本初生雛鑑別協会」の本部は東京だが、
実地に養成しているのは名古屋市内。

初生雛の雌雄を生殖突起で鑑別する方法:
大正13年、増井清氏をリーダーとする農林畜産試験所研究班によって発見。
外国では機械による鑑別法も開発されたが、
肉眼による鑑別の効率は日本が最高で、99.5%以上を誇る。

p62
養鶏業も、1950-1960年代のアメリカの「ブロイラー革命」の影響を大きく受けた。
大規模、集中管理、環境制御型の養鶏方式
日本では1965-70年代に急増し、「卵価の奇蹟」を実現する

このブロイラー革命のあおりを受け、名古屋種は減少。
ブロイラーが5-60日で飼育・出荷するのに対して、名古屋は130日以上の日数を要する。

p91
ケンタッキーフライドチキンの指定どおりの品種を使うとなると、
受精卵は全て、輸入するか、国内の原種農場から種鶏を購入しなければならない。

KFC用:生後1ヶ月半足らず、1.6kgで出荷。

p99
日本:主に黒潮圏:闘鶏が伝来
平安期:10世紀末の東宮鶏場の八十番鶏合せ
11世紀の花山院、同後半の東仙洞御所の鶏合せなどの記録が残っているという。

p146
ガチョウ:ヨーロッパはハイイロガン、アジア系はサカツラガンから家禽化された
アヒル:マガモ
家禽化は古代エジプト、ペルシャ、中国など

アヒルもガチョウも戦前は都市近郊や水田地帯に多かった。
アヒルとウナギ:大阪では「ひる、まむし」と呼ばれていた

p150
ウズラ
少なくとも室町時代には飼われだし、鳴き声を競うのが流行った
江戸期:大名諸侯の間の「鶉合せ」、名鳥には高額の値
卵用となったのは明治期以後

p154

「昔は日本の海岸部でも内陸部でも、もっと多く見られたらしいことは、
日本各地に、「鵜殿」とか「鵜渡路」「鵜飼川」などの古地名がたくさんあることでもわかるが、
これも最近では、あまり見かけられなくなった鳥である。」

鵜飼
昔は淀川、多摩川、相模川、日野川、吉野川、九頭竜川などでも行なわれていたという。
日本書紀では神武記に出てくるのだから、相当古い。
(書紀三巻、神武天皇即位前紀戌午年八月の項)
吉野川で簗漁をしている者にその名を問い、これが「阿太鵜養部」(あだのうかいべ)の始祖だと記している。

鵜養部は、718年の「令集解」に出ている、宮内省大膳職に属する品部(ともべ)
特別の能力を持った直属集団

p166
世阿弥、「鵜飼」鵜の段
「面白の有様や、底にも見ゆる篝火に、驚く魚を追いまわし、潜(かず)きあげ掬いあげ、
隙(ひま)なく魚を食ふ時は、罪も報いも後の世も、忘れ果てて面白や」
仏教における殺生戒さえ無効にする、「素朴で無邪気な人間」の「業」そのもののを指摘した。

p173
ウを使った原始的な河漁=「遂鵜(おいう)」、西日本や諏訪湖で行なわれていたという
飼いならしたウを数十羽も河に追い込み、魚の群を追いたて、待ち受けた網でとる

p177
瀬戸内海・豊島の近くの海域に、アビが渡ってくる。
「鳥持網代」、アビがイカナゴを追い、イカナゴの騒ぎを察知したタイやクロダイが集まるのを、
漁師がイカナゴを生き得にして釣り上げる

p234
ナウル共和国 ソロモン諸島の北、日付変更線の西、周囲19km、面積22平方km
オーストラリアの信託統治領だったが1968年に独立、独立時の人口は6,000人ちょっと
膨大なリン鉱石によって富んでいる

かつて、日本の信託統治領だったカロリン諸島のアンガウル島、
ナウルと同じ隆起サンゴ礁の島、周囲8km、
日本の統治領になってから大々的なリン採掘、戦後アメリカの統治領となっても日本の肥料会社による採掘が続き、
リン鉱床の発見から約50年経過した1955年に枯渇した

両島のリン:
海鳥の糞が何十万年の間に堆積し、サンゴ礁の炭酸カルシウムと反応してリン灰石になったもの
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