ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

ワイルドな世界のハードな職業。「バウンティハンター(賞金稼ぎ)―日本人ただひとり、殺しのライセンスを持つ男」  

バウンティハンター(賞金稼ぎ)―日本人ただひとり、殺しのライセンスを持つ男
荒木 秀一




現代日本は、基本的には安全な社会だ。

ただし、本来、社会の安全を維持するという仕事は、その社会を構築する一人一人の義務であり、
そして、そのための「力」を持つのも、一人一人の権利として在るのだろう。
それを、どこまで行政(司法)に委ね、どこまで自身で担うのかという折り合いをつけるのが、
国と国民の関係の基礎と考える。

その点で日本は、やや社会システムの構築・維持を行政(及び司法)に丸投げしすぎている感が在る。
そのほぼ対極に位置するのがアメリカだ。

本書の著者は、アメリカにおける「バウンティ・ハンター」。
賞金稼ぎと訳されることもあるが、そのような無法者的な立ち位置ではない。

アメリカでは逮捕・勾留された際、逃亡や証拠隠滅の恐れがなければ、
その罪に応じた保釈金を支払えば、裁判までの期間、身柄の拘束が解かれる場合がある。
(その保釈金は、裁判で判決が出れば返還される。)

判決が出るまでは「被疑者」に過ぎないこと、
勾留の目的が捜査と証拠隠滅・逃亡の防止であることを考えれば、
その恐れが無い以上、相当額の保釈金を「身代わり」として勾留を解くというシステムは理解できる。

だが、誰もが法を犯す可能性がある一方(自動車等による過失傷害もそうだ)、
誰でも保釈金を支払える訳ではない。
そこで、保釈金(ベイルボンド)を貸すというビジネスが発生する(ベイルボンズ)。

ところが、もちろん裁判に出れば有罪・刑務所行きが見えている犯罪者が、
保釈金で自由になった後、ノコノコと戻る筈もない。高飛びである。

このまま逃げられれば、ベイルボンズは多額の損失が発生する。
一方司法としても、被疑者逃亡と言う事態に陥る。

そこで逃亡者を発見・連れ戻すのが、バウンティハンターだ。

州の集合体であるアメリカでは、警察ではなかなか他州の管轄に手を出せない。
しかしバウンティハンターは特定の州の職員ではなく、民間の有資格者だ。
そしてアメリカにおいては、市民こそが本来の権利・義務の担い手であることから、
バウンティハンターは警察やFBIよりも大きな権限を持っている。
捜査令状などなくても、どこでも踏み込むことが可能であり、
いかなる武器の使用も可能。
そして警察の鑑識等のネットワークの利用や、応援要請も可能である。

著者は、執筆時点において、日本人でただ一人のバウンティハンター。
本書はバウンティハンターとなった契機、駆け出し時代、
そして特筆すべきいくつかの事件で構成されている。

日本と全く異なる司法システム、しかもその中で或る意味「法を超える」立場であるバウンティハンターという職業について、その当時者の視点から語られる本は、恐らく今後も無いだろう。

また、こうした職業を選択したとおり、著者もかなり個性的な魅力に富んでいる。
安っぽいが、「ハードボイルド」という言葉が似つかわしい。
自身の力を信じ、麻薬を憎み、自制心で獲物を追い詰めていく姿は、一つの小説のようですらある。

ただ著者自身がそれに酔っているという感はなく、素のまま、在りのままの生き様だろう。
日本人には少ないタイプのため、もしかすると「カッコつけてる」と誤解されるかもしれないが、
こうした人も、現実に存在する。
(外国人部隊に入っている日本人もいるし。)

読みやすく、またアメリカの日常を知るうえで、非常に興味深い一冊。
もし興味があれば、読んで損は無いだろう。


【目次】
1 ガバメント・キラー
2 スキップトレーサー
3 アルカイダ
4 ブラジャーをつけた賞金稼ぎ
5 ドラッグディーラー
6 パイナップル
7 被弾
8 失踪人
9 クルマ窃盗団
10 レイプ犯
11 ロシアン・マフィア
12 ハンター狩り
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category: ノンフィクション

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ヒトの営みは、昆虫にいかなる影響を与えるのか。「昆虫にとってコンビニとは何か? (朝日選書)」  

昆虫にとってコンビニとは何か? (朝日選書)
高橋 敬一



昆虫、鳥、魚類等々。ヒトを含め、全ての生きものは、
遥かな過去から連綿と続く自然環境の変化に適応し続けてきた、進化の産物である。

また、自然環境の変化というダイナミックな変化、時間的な変化が縦軸にあるとすれば、
一方で、同時代に生きる他の生物との関係が横軸にある。

ただし、それぞれの生物による環境改変は、それなりに限定的であった。
だからこそ、絡み合う糸のように各生物は関係し、共進化を遂げてきたのだろう。

だが、ヒトは異質である。
ヒトによる環境改変は極めて広範囲に及び、かつ短期間になされる。

さらに、自然環境の変化―
例えば池が干上がって窪地となり、草原から林、そして森になり、氾濫によってまた池になりというサイクル性もなく、その変化の多くは、森林を開拓して宅地化し、やがてビルが立ちと、不可逆的なものだ。

そうすると、自然界の変化サイクルに適応・進化してきた多くの生物は、
この劇的な変化に対して、相当攪乱されているだろうことは、容易に想像できる。

そこでターゲットを昆虫に絞り、
様々な人工物や人為的事象を中心に、その影響について思索したのが、本書である。
(なお、「沖縄」や「小笠原」といった地域もテーマとされているが、
扱われているのはやはり、それぞれの土地における人為的事象の影響である。)
著者がカメムシ屋ということもあり、視点・視野はどうしてもカメムシが中心となっている。
その点、昆虫にほぼ興味が無い層にはとっつきにくいかもしれないが、
全く知らない視点からの考えを知ることが出来る楽しみもあるだろう。

なお本書後半では、特に著者による自然保護-根拠がない自然保護や、
感情論が先に立った自然保護に対する主張(反論)が盛り込まれている。

例えばノスタルジックな自然保護。
自身が生まれ育った環境が「ベスト」と考え、それ以前の状態には関心がない、
自身が見た事がある種(または好きな種)に拘る、
それを若い世代に強要する、という自然保護論だ。
僕としては、ノスタルジックな自然保護は入り口としては妥当だと思う。
ただし、そこから視野を広げて、どこが到達点か、どこに不足があるかを常に問いながら進んでいきたい。

また特に強く主張されているのが、昆虫採集反対論者に対するものだ。
昆虫採集反対論者とは、昆虫採集を禁止することで、昆虫類の減少・絶滅が防止できるという考えに立ち、新種発見や生態解明に関する昆虫マニアの貢献には関心が無い者と、本書では定義づけられている。

一般的な昆虫採集によって、ある種が絶滅することは、おそらく無い。
もちろん個体数が少ない場合には、それなりのインパクトは有るだろう。
だが絶滅・激減の最大の原因は、やはり営巣環境の破壊であり、それは昆虫採集ではなく、
一般的な開発によってなされる。

そこで結局、昆虫採集を禁止しようがしまいが、
当該地域の昆虫の個体数に影響はない―というのが、著者の見解だ。

これに対して様々な意見もあるだろうが、
問題は、そうした議論が客観的なデータにより為されていないことにある。
もちろん、乱獲・環境破壊と言うべき粗暴な昆虫採集者もいる。

ただ個々の地域や昆虫を保護すべきと考えたとき、
何を防止するのが効果的で必要なのかという対策について、
どこまでデータを踏まえて議論されているのだろうか。

昆虫を保護しなければならない。
ならば、「まずは採集を禁止しよう」という短絡的な発想は、
ともすれば「採集を禁止したから大丈夫」という誤解に陥りやすい。

だがそこで失われるのは、保護すべき昆虫のデータ、保護のために必要な生態情報であり、
他の減少要因については放置されたままとなる。
その結果、昆虫は減少していく。

野鳥や魚類、菌類や植物など、他の動植物群にまで議論を展開する必要はない。
それぞれの動植物群こどに、それぞれの有効な対策がある。

ただ特に昆虫に対しては、「採集禁止」という策が、
唯一にして最も効果的な対策とは、どうしても思えない。

自然保護において重要なのは、様々な主張の「声の大きさ」ではなく、
裏付けのデータである筈だ。

本書著者のメッセージも、そこに在るだろう

【目次】
昆虫にとって車とは何か?
昆虫にとってカビとは何か?
昆虫にとって船とは何か?
昆虫にとってコンビニとは何か?
昆虫にとってビールとは何か?
昆虫にとってペットの糞とは何か?
昆虫にとって材木とは何か?
昆虫にとってイナゴの佃煮とは何か?
昆虫にとって人家とは何か?
昆虫にとってスギ林とは何か? 等
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category: 昆虫

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植物から、夢を育てる。 「プラントハンター西畠清順 人の心に植物を植える: 地球を活け花する」  

プラントハンター西畠清順 人の心に植物を植える: 地球を活け花する (小学館クリエイティブ単行本)
NHK取材班


見ているだけで元気を貰える人というのがいる。
もちろん人である以上、様々な長所・欠点はつきものだ。
だがそれでも、ある分野にひたむきであり、
そして常に夢を持っている人、前を向いている歩いている人を見ると、
自分も頑張らなきゃなと思う。

そのような人の一人が、おそらく本書で取り上げられているプラントハンター、西畠清順氏だろう。

一頃、NHKその他様々な媒体でも取り上げられたが、西畠氏は植物の卸問屋、(株)花宇の五代目。
産地も時期も限られる様々な植物を、その時々の人々の求めに応じて卸すという作業は、
ちょっと考えても難しい。
日本各地の植物を知り、それぞれの生活サイクルを調整しなければ、
「望む時期に欲しい植物を」なんて困難である。

だがそれを、西畠氏は世界スケールで行っている。

本書はNHKスペシャル「地球を活け花する~プラントハンター 世界を行く~」のノベライズ。
多数のカラー写真と、番組の舞台裏も併せてとても楽しい一冊となっている。
西畠氏の活動・生き様を通して紹介するとともに、
大きなブロジェクトとして、アルゼンチンに生えるビール腹の樹木・パラボラッチョや、
スペインのオリーブの巨木の輸入プロジェクトが収録されている。

「プラントハンター」と言うと、「珍しい植物を採り、高値で売る」というイメージがあるが、
そうしたワイルドなやり方が通用する時代ではない。

各国で採集が許可されたエリアで、最も相応しい樹を見つける。
そして輸出入国それぞれの法的手続や防疫処理をクリアし、やっと日本に持ち込める。
それだけでも相当額の費用を要するが、それでも「売れる」かどうかは分からない。

だが西畠氏は、それぞれの樹に潜む、
人々の心を動かすだろう可能性を信じ、日本へ連れてくるのだ。
そうして紹介される様々な植物は、なるほどダイナミックであり、圧倒的な迫力を持つ。

その活動は、現在「そら植物園」というプロジェクトとなっている。
外来種問題もあるものの、
「園芸大国」である日本においては、街路樹や庭園の彩りはやはりワクワクするもの。

その植物に人生を捧げている西畠氏の魅力を凝縮した一冊。
夢を与える本だ。

【目次】
プロローグ
1 1年間に地球10周 魅惑の植物を求めて
2 150年続く植物卸問屋「花宇」
3 いざ!アルゼンチンへ
4 日本の伝統文化 活け花に原点あり
5 オリーブの古木を日本の街づくりに
6 パラボラッチョがやってきた
エピローグ

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category: 植物

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知らないことの、恐ろしさ。「私を通りすぎたスパイたち」  

私を通りすぎたスパイたち
佐々 淳行



佐々氏といえば、あさま山荘事件を思い出す。
日本の警備警察の先駆けであり、またスペシャリストである。
既に起こった犯罪を捜査し、犯人を摘発するという一般的な警察とは異なり、
警備警察は犯罪を「未然に防ぐ」という違いがある。
その延長上には、国家を諸外国からの敵対行為―戦争ではなく、平時におけるもの―を防止する外事警察が在る。

「外事」という言葉には余り馴染みが無い。
おそらく、外国の諜報機関による諜報活動や、テロを防止するための活動目的からすれば、
やはり最も端的に言えば「スパイ防止」である。

本書は佐々氏の様々な職歴の中から、特にスパイ防止活動に携わった部分を抽出したもの。

第一章「父弘雄とスパイゾルゲはいかに関係したか」において、
父はスパイではなかったとしても、ごく身近な位置にスパイがいた、という特殊な少年時代の回想から、
本書は始まる。

そして、一流のスパイ・キャッチャーになるために、秘密裏にアメリカへ留学。

また大阪府警察外事課長としては、北朝鮮から密入国してきた工作員の暗号無線を傍受し、
その所在を解明していく。

さらに初代内閣安全保障室長としての活動。
その限界、共産圏からのスパイ工作の手口など、通常知り得ない「舞台裏」が満載である。

特に大阪府警察外事課時代の話では、
いかに多数の北朝鮮工作員が日本に侵入していたかいう事実が明らかにされるが、
その状態には驚かされるばかりだ。
当時、スパイ活動に対する明確に刑罰は無く、方針としては「泳がせる」というものだった。
だが、もしこの時点で北朝鮮工作員の現状が世間に認知されていれば、
世論もシビアな対策を是としていたのではないか。

そうすれば、現在の、砂上の楼閣のような日本の「安全神話」もなく、
諸外国並みの対策が取られていたのではいか。

本書で佐々氏も主張しているが、以降の拉致問題も違った展開を見せていたかもしれない。

この他、ラストボロフ事件など、なかなか通常では知らないままに終わる、
しかし日本の外国史においては重要な事件について、
本書では佐々氏という第一線にいた人物の証言が読めるのも、本書の良い点だ。

そして何より、最終章の「私を通りすぎた「スパイ本」たち」である。

ここでは佐々氏が薦めるに足ると考えた「スパイ本」が多数紹介されているが、
日本・世界におけるスパイ史や現状、
また様々な事件の実際を知るうえで、どのような本が在り、
どれを読むべきかが詳しく紹介されている。
こうした切り口によるブックガイドは非常に珍しく、興味がある人にとっては宝の山だろう。

【目次】
はじめに 私とスパイたちとの関わりを書く
第1章 父弘雄とスパイゾルゲはいかに関係したか
第2章 スパイ・キャッチャーだった私
第3章 日本の外事警察を創る
第4章 彼は二重スパイだったのか?
第5章 ハニー・トラップの実際
第6章 私を通りすぎた「スパイ本」たち
おわりに 一九六三年の危惧
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category: ノンフィクション

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人と街と植物の歴史。「プランツ・ウォーク 東京道草ガイド」  

プランツ・ウォーク 東京道草ガイド
いとう せいこう,柳生 真吾



「植物屋」(虫屋、鳥屋という専門愛好家という意味で用いている)と「園芸」はイコールではない。
自然界には自然種として、多種多様な植物が存在し、
それらにはそれらの生態と生物界での役割がある。
植物屋は、現地でその植物を見て、それを知ることが喜びだろう。

一方、園芸はそれらの植物の一部を、人々の生活の中に導入する技術だ。
そこにはいかに育てるかというベースの上に、
いかに改良していくか、どのように愛でるかという視点の問題がある。

双方を兼ねることはなかなか難しいが、
少なくとも至る所に植物が在る日本では、植物屋よりも園芸の方が人々に好まれてきた。

本書はいとうせいこう氏と柳生真吾氏が、
東京の各所を歩きながら、その土地土地の園芸を見て回るもの。

園芸が人々の生活に密着している故に、
それを辿る旅は、その土地に生活する人々を辿る旅でもある。
歴史、嗜好、習慣。
普通なら見過ごすような園芸から、二人は様々な風景を見つけ出す。

各章ごとに、地図(二人が歩いたコースも図示されている)と有名スポットの概要が付されており、
東京住まいの方であれば、本書片手に追体験することも楽しいだろう。

また東京以外に住む人々は、本書をヒントとして、
自身の町を歩いてみることも楽しいかもしれない。

それにしても、園芸界の語り部であった柳生真吾氏が早世したのは、
何とも残念である。まだまだ「園芸の喜び」を教えてほしかった。

なお、いとうせいこうし氏には別にベランダ―(ベランダ園芸家)としての日々を綴った「ボタニカル・ライフ―植物生活 (新潮文庫) 」がある。
レビューはいずれ。

【目次】
押上―新名所の足下に広がるゲリラ園芸
駒込―日本の心、ソメイヨシノのルーツを追って
六本木―最先端スポットの古層をたどる
外濠公園―江戸城の史蹟は深い森
上野―元祖テーマパークはハスの楽園
根津―下町の空き地は少年時代の原風景
表参道―最長老のケヤキはどこにいる?
明治神宮―鎮守の森は永遠を目指した人工林
下井草―住宅街の人情手ゼリ花市場
石神井―水辺の天然記念物とメタセコイアの森へ 等



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category: 植物

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昆虫を追って南米・アフリカ…それは興奮歓喜の旅!「[カラー版]昆虫こわい (幻冬舎新書)」  

昆虫を追って南米・アフリカ…それは興奮歓喜の旅!「[カラー版]昆虫こわい (幻冬舎新書)」
丸山 宗利



昆虫はすごい (光文社新書) 」(レビューはこちら ) 、「バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)」(レビューはこちら)など話題作が続くが、昆虫ものが大賑わいである。良い時代だ。

特に素晴らしいのは、昆虫を「研究する」ことが楽しいぞ、という本が多発していること。
バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)」もそうだし、本書もそうである。

昆虫研究なんて何の役に立つのという意見もあるが、
生物を調べるというのは人間の知的活動の基礎も基礎。理屈はいらない。

本書は「昆虫はすごい (光文社新書) 」の著者である丸山氏が、専門の好蟻性昆虫やツノゼミを求め、
世界各国―とはいえ、南米やアフリカなどだが―を旅する昆虫採集記である。
フルカラー。
珍奇なツノゼミを初めとした珍しい昆虫はもとより、
採集地の風景、食事などの写真も多く、まるで採集旅行の土産話を聴いているようだ。

同行する人も楽しく、「〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書) 」(レビューこちら)の山口氏(「ジャポニカ学習帳」の表紙写真の人)、「裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)」(読みたい!)の小松氏(本書での呼び名は「奇人」)など。
現地の案内人も個性豊かで、いやはや面白い。
目印にした紙切れがアリに持ち去られて道に迷ったり、
物の盗られたり腹を壊したりツエツェバエに刺されたり。珍道中ともいうべき旅行記は、自然と笑いがこみあげてくる。

と思えば本書では、さらっと「新種だ!」とか、「◯十年ぶりの再発見だ!」などの丸山氏の発言が連発される。
そこにあるのは、しっかりした観察力と、過去の文献を読み込み、その情報を全て頭に叩き込んでいる研究者の凄さだ。

これらが同居しながら、研究やフィールドワークって面白いということを伝える本書。
夏休みの課題図書にぴったりである。

前述の「バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書) 」とあわせて、この夏心底楽しめる本。
お薦めである。

【目次】
第1章 最強トリオ、南米へ―ペルーその1 2012年1月
第2章 アリの逆襲―ペルーその2 2013年9月
第3章 虫刺されは本当にこわい―カメルーンその1 2010年1月
第4章 ハネカクシを探せ―カメルーンその2 2015年5月
第5章 新種新属発見!―カンボジア 2012年6月ほか
第6章 熱帯の涼しくて熱い夜―マレーシア 2000年5月ほか
第7章 研究者もいろいろ―ミャンマー 2016年9月
第8章 いざサバンナへ―ケニア 2016年5月
第9章 でっかい虫もいいもんだ―フランス領ギアナその1 2016年1月
第10章 昆虫好きの楽園―フランス領ギアナその2 2017年1月
番外編 ちゃんと研究もしてますよ







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category: 昆虫

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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夏休みの宿題は嫌だ。  

〈2017/8/11-12〉夏休みの宿題は嫌だ。

最近、自由研究やら工作系の宿題が多い。
良く言えば夏しかできないクリエイティブな課題だが、
悪く言えば課題設定から全て家庭へ丸投げしたものである。

そうすると、昨今の状況だと、
共働きで親の協力も得られない子どもが一所懸命にやった課題と、
ネットや販売されているキットを駆使できる子どもの課題は、格段に差が出る。
それを客観的に評価することはできないだろう。

また、理科も社会も技術何もかも自由研究系の課題だと、
全てに時間と労力を要する。
せっかく親が休みを取れても、子どもと楽しむのではなく、
まずは自由研究の山を解決することに費やされる。
夏休みの宿題を準備する先生の苦労もわかるが、
安易に自由研究系の課題に走るのはいかがなものか。

小難しく述べているが、
ただただ単純に先週末から息子の自由研究や工作で苦労して、
僕自身が遊べないためである。
ああ、宿題嫌だ。

さて、最近購入した本。
▼鳥類系の本は面白いという評価の契機となった、「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る (生物ミステリー)」の著者の最新刊。
今回は一テーマではなく、複数のテーマの集合体らしく、細切れでも楽しめそう。


▼同じく鳥屋の本。「カラスの教科書 (講談社文庫) 」で有名。
自分、一般向けの野鳥の本はむしろ後回しにしていて、「カラスの教科書」も続編の「カラスの補習授業」も読んでいなかったことに気づく。早速読みたい本リストに追加。
本書はむしろ、カラス研究者の日常エッセイ的なものか。長年の勘でいうと、きっと面白い。


▼ロシア語通訳者・作家で活躍した米原万里氏の本。米原氏は2006年死去だが、
その闘病記も兼ねる「私の読書日記」や、1995年から2005年までの全書評を収録。
長らく読みたかった本だ。


▼ある分野の面白さを世間が知るには、優れたアジテーターが必要である。
魚界のさかなクンさん、坂道・地質界のタモリ、農業のTOKIO、恐竜界の小林快次氏や土屋健氏、最近では鳥類界の川上和人氏である。
勢いのある分野ほど良いアジテーターが多くて、虫屋はその一つ。
最近では丸山宗利氏が先陣を切っている感があるが、以前は養老孟司、奥本大三郎、池田清彦の3氏が主流だった。
そのうち、奥本大三郎氏の虫を中心に据えた紀行文。
旅と虫、両方の愉しみを味わえそうである。


▼体内の各細胞(赤血球や白血球など)の擬人化コミック。
細胞の働きや役割・連携などを見事にコミカライズ。絵も丁寧でクセがなく、楽しめる一冊。
4巻まで購入。

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category: 雑記:日々のこと

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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確かめることが、面白い。「〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書)」  

〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書)
山口 進



最近出版界が昆虫ブームためだろう、今まで地道に活動されていた諸氏や、マイナーな分野のスペシャリストによる本が相次いで出版されている。
昆虫という恐ろしく多様な生物を知るためには、情報は多い程良く、有り難い限り。

本書も、長年「ジャポニカ学習帳」の表紙写真に携わっていた方による一冊。
残念ながら僕自身は記憶に残っている写真はないが、
それくらい身近で日常的に目にしていたのだろう。

さて、表紙である。
ランに擬態しているとして有名なハナカマキリ。

だが本書第一章の最初の見出しでは、
「ハナカマキリはランにいない」。ええっ、そうなの、と驚いた。

著者は30年以上前、取材中にふと見た低い草のてっぺんに、
ハナカマキリの幼虫を見いだす。
その違和感を抱えつつ各地で取材を重ねるうちに確認されたのが、
「ハナカマキリはランにいない」という事実である。

現実にはランに来る昆虫は少なく、花期も限られるなど、
カマキリがランに擬態するメリットはない。

実はハナカマキリは、ミツバチに一般的な「花」と認識させている。
紫外線下では、ハナカマキリは蜜のある花と同様に見えるという。
そしてここが昆虫の楽しいところなのだが、
ハナカマキリの大あご腺から、ミツバチの集合フェロモンと同等の成分を含む物質が分泌されているという。

すなわち、まずは視覚によって「花」と認識させ、
近づくとフェロモンにより、ハナカマキリの正面から接近せざるを得なくなる。

ランに「擬態」するという消極的というか隠蔽的な方法ではなく、
極めて積極的にミツバチを狩っているのである。

こうした事実は、まさに昆虫を地道に追い続ける方でなければ見出せないだろう。

本書では長い取材遍歴の中から、
こうした様々な「珍奇な昆虫」が紹介されている。
特に、「形態」だけではなく、その形態を生むに至った「生態」が詳しく語られており、
この点でブームに乗っかっただけの類書とは一線を画す。

新書ながらオールカラー、旅行記としても楽しめる一冊である。

【目次】
第1章 東南アジア~最も多様性に富む地域
第2章 オセアニア~固有種の王国
第3章 中南米~巨大昆虫を育む森林地帯
第4章 アフリカ~砂漠に生きる小さき者たち
第5章 日本~意外な昆虫大国

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category: 昆虫

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水月湖に刻まれた、素晴らしき記憶。「人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)」  

人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)
中川 毅



温暖化の進行や氷河期の到来等、近年の気象変化に対しては、
様々な理論と主義主張が在る。

ここで、気象問題に対して「主義主張」が在るということは、
日常的に「気候が変化している」と感じていることが一因だろう。
身近に感じるからこそ、多くの人々が「自分が知り得た範囲」で状況を推測し、
個々人の主義主張に発展している。

だが、当然ながら「気候」は科学的なものだ。
現代科学の限界があるとしても、だからといって科学的な方法論を捨ててよいことにはならない。

問題は、「気象」とは実験による再現性の確保が困難ということである。
そのため、過去のデータをきめ細かく収集・分析し、気象決定のメカニズムを明らかにしていくことが、
何よりも重要となる。

福井県・若狭湾にある「水月湖」(三方五胡の一つ)は、世界的にも稀な、
過去の気象のタイムカプセルだ。

様々な幸運な条件が重なり、水月湖には毎年、周囲の環境からの堆積物が湖底に溜まっている。
それは美しい縞模様を描く。
「年縞」(ねんこう)と呼ばれるそれは、実に厚さ45m。
7万年以上をカバーする古記録である。
(明瞭な年縞がない層も含めれば、15万年の堆積物がある。)

本書は、この水月湖の年縞を研究している方が、
水月湖の研究を縦軸に、そこから得られた研究成果を横軸として、
過去の地球の気象記録の復元と、今後に対する考え方を整理したもの。

例えば現代。
僕も含めて、当然今(正確には、自分が最も多く経験した)の気象こそが「普通」であり、
これがそのまま続くだろう、と予測している。
これに反して、「温暖化」が進むというから問題だ、と感じがちだ。

だが水月湖の記録は、最近の80万年に限っても、現代は例外的に温暖な時代であることを示す。
現代と同等かそれ以上温暖なのは1割程度しかなく、
近年における正常な時代とは、氷期であると示している。

実際のところ、地球の公転軌道の離心率と自転軸の傾きの周期的な変化、自転軸の歳差運動という周期的な変動に伴って日射量も周期的に変動し、地球の気候に大きな影響を与えているというミランコビッチ理論でから推測すれば、
氷期は既に到来していてもおかしくはないという。

(ただしミランコビッチ理論に反し、 現代は温暖な時代である。
これについては、アジアでの水田農耕によりメタンが5000年前、ヨーロッパの森林破壊により二酸化炭素が8000年前頃から増加しており、これらによる温暖化が氷河期の到来を遅らせているといバージニア大学のウィリアム・ラジマン教授の説がある。)

温暖化という人為的な影響については推測は困難であるとしても、
氷期と間氷期の転換というサイクルは、地球で過去何度も繰り返されている。

これについて、水月湖や、氷床から同様のデータが得られるグリーンランドのデータを比較した結果、
12000年の不安定で寒い時代から、11500年前頃から現代までの安定で暖かな時代への変化は、
長くても3年程度で、しかも全地球規模でほぼ同時期に切り替わったらしいと考えられるという。

たった3年間以内で、全地球規模で気象か激変する。

このような体験はもちろん記録に残る人類史にはなく、
もしこの激変が起これば、我々の生活も大混乱となるだろう。

著者による水月湖の研究、
特に植生景観の最も直接的な証拠である花粉化石の研究は、
こうした「来たるべき未来」の道しるべとなりうる。

水月湖という奇跡的な湖が日本に在り、
その研究の第一人者が日本語で解説してくれる本書は、
気象問題に関心がある人々にとって、多くを学ばせてくれる一冊だ。

水月湖の年縞について、
ネット上では、福井県里山里海湖研究所
http://satoyama.pref.fukui.lg.jp/feature/varve
がコンパクトに説明している。

なお、更に古い時代の気候を知る手がかりとして、珪藻化石がある。
これについては、「0.1ミリのタイムマシン―地球の過去と未来が化石から見えてくる (くもんジュニアサイエンス)」(レビューはこちら)に詳しい。


【目次】
第1章 気候の歴史をさかのぼる
第2章 気候変動に法則性はあるのか
第3章 気候学のタイムマシン―縞模様の地層「年縞」
第4章 日本から生まれた世界標準
第5章 15万年前から現代へ―解明された太古の景色
第6章 過去の気候変動を再現する
第7章 激動の気候史を生き抜いた人類


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約50年前、夢はサハラへ。「サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)」  

サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)
上温湯隆



僕もそれなりの年齢になったが、
まだ「自分はまだ、人生で為すべきこと、出来ることをしていない」という想いは、常にある。
こうした問いは、若者だけの特権ではない。

ただ若い頃は、こうした想いは、焦燥感に繋がっていたと思う。

自分は何が出来るのか。どんな人間に成り得るのか。

その焦燥感に真摯に向き合った若者の中には、世界へ向かう人も少なくない。
それを第三者が、したり顔で「自分探しの旅」と評するのは、やはりフェアではないと思う。
彼ら自身にとって、その旅はまさしく人生を決める旅なのだ。

サハラ。熱砂、ラクダ、キャラバン。

一歩間違えば命を落とす過酷な世界。
1970年代、一人の若者が自身の人生に真摯に向き合い、サハラに旅立った。
目標は、前人未到のサハラ横断。7000kmの旅だ。
サハラ砂漠を縦断するルートは過去からあるが、横断するルートはなく、
点在する村々を辿るしかない。
彼の前にはイギリス人が複数のラクダを用いてチャレンジしたが、途中で断念している。

夢は、国連で働き、サハラを舞台に活動すること。
そのために、誰よりも深く、「生のサハラ」を理解することが必要だった。

若者の名は、上温湯 隆。20歳。
これまでにも50ヵ国をヒッチハイクして旅してきた。
今回のサハラへもロンドンからヒッチハイクで入った。

1頭のヒトコブラクダを用いた、サハラ・単独横断。

サーハビー(アラビア語で「わが友よ」という意味らしい)と名付けたラクダと、
上温湯氏は旅立つ。

現在の第三者的視点から無謀な旅と思ってしまうが、
おそらく1970年代という時代、上温湯氏のような若者にとっては、
「無謀」とは「極めて困難」ということだったのではないか。
そして、それを成し遂げることによってのみ、自身の価値が決まるという焦り。

本書は上温湯氏が残した日記や、知人に宛てた手紙で構成される。
そこに刻まれているのは、人生に悩み、日本を憂い、
真っ直ぐに自身の人生を価値あるものにしようとする、
恐ろしく真っ直ぐな人物の葛藤の記録だ。

旅の始まりは、1974年1月25日。
渇きに苦しみ、泥水でも喜ぶ。
村についた時の安堵。だが、村で過ごす自身を許せない厳しさ。
人を疑い、優しさに感動する。

様々な思いを巡らせながら旅は進むが、6月1日、3000km程度を踏破した地点で、遂にサーハビーが衰弱死してしまう。
上温湯氏も一時は旅を断念するが、ナイジェリアのラゴスで過ごすうち、
やはり旅を完遂してこそ自分の人生が拓けるという想いに至り、
1975年4月21日、ラゴスを出発。
5月15日に、サーハビーが死んだ地から再出発する。

だがその旅は完遂されることなく、上温湯氏は道半ばで遺体となって発見される。
死因は、渇死。
状況から、水などを積んだラクダが逃げたのではないかと考えられた(初代サーハビーよりも気性が荒かったようだ)。

数年後、埋葬されていた彼の遺体は回収され、日本へ戻った。
その代わり、彼が没したマリのメナカ村には、彼を記憶するモニュメントが据えられた。
(残念ながら、2008年時点では損傷してしまったようだ。現在の状況は確認できなかった。)

上温湯氏は、志半ばで散った。
もちろん、遺された両親、そして為すべきだった仕事を考えれば、
命を失った旅について、諸手を上げて賞賛することはできない。

だが、上温湯氏の旅は、「死んでもいい」という旅ではなく、
彼自身の将来に向けて、欠かせないものだった。

彼の残した手記は、多くの人々を動かし、励ましている。
それは彼が死んだからではなく、彼が最後まで、彼らしく生きたからだろう。

多くの人が、日常の繰り替えしに埋没する人生を選択している。
でもその中で、少しでも自分らしく生きようと、もがいている人々がいる。
その想いに、年齢は関係ない。
そうし人々にとって、この本は、「とにかく自分に向き合え」と語りかけてくる。

時代の流れに消えていくのは惜しい一冊だ。


なお、マリのメナカ村にあるモニュメントについては、し~がる氏の
飛べ!世界へ!SEAGULL (ブログ2)
http://seagulljapan.blogspot.jp/2008/04/blog-post_15.html
で紹介されている。ぜひご覧いただきたい。


【目次】
サハラが俺を呼んでいる
 サハラ砂漠が呼ぶ
 アフリカ第一歩
 ヌアクショットへ急げ
 わが友、サーハビー
サハラ横断への挑戦
 サーハビー、さあ、出発だ!
 水はあと一滴しかない
 なぜ、旅を?
 “幻の都”トンブクツーへ着いた!
 孤立無援、もう一銭もない
 灼熱地獄、死の前進
 サーハビーが死んだ!
挫折そして再起へ
 旅は終わりだ、傷心と絶望の涙が…
 俺は本当にサハラに敗れたのか
 ラゴスの苦悩、再起の日々
 お母さん、長生きしてください
死への旅立ち
 俺は命あるかぎり、お前に挑む!
 サハラ砂漠に燃えつきた愛と死
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