ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

自らを尊重し、受け入れること。「ファインマンさん 最後の授業」  

ファインマンさん 最後の授業
レナード ムロディナウ



人生において大切なのは何か?
どのようにすれば、それを見いだすことができるのだろう?

普遍的な問であり、古今東西、様々な教えが在る。
人類の経験智を元にすれば、今更そんなことで悩む必要もなさそうだが、
実際には一人一人が、多かれ少なかれこの問題に直面する。

人間が生きる、ということは普遍的でありながら、
極めて個人的な営みだ。

そのうえ、「人生において大切なのは何か?」という問いに対して、
明確に答えが得られる保証はない。
ある人は悩み続け、ある人はその問いを保留したまま人生を終えることもある。

本書著者は、前途有望の物理学者のタマゴとして、
破格の待遇で1981年、カルフォルニア大学に招かれた。

だがそれ故に、成果を出さなければならないプレッシャーは、並大抵のものではない。

当時、同大学には、
1965年にノーベル賞を受賞したリチャード・P・ファインマン、
1969年にノーベル賞を受賞したマレー・ゲルマンが在籍し、二人はクォークを巡って反目しあっていた。

著者のレナード・ムロディナウは、この二大巨頭と接しながら、自身の次の研究テーマを模索する。
だがその中で、次第にファインマンの人柄に惹かれ、
いつしか問いかけは
「物理学者として大切なのは、何か?」となり、
最後には「人生において大切なのは何か?」という究極の命題に到達する。

プレッシャーに押しつぶされそうな若い物理学者の葛藤、
ノーベル賞を受賞した物理学者の日常。
ファインマンに惹かれるだけに、かなりマレーの言動に対しては辛辣な筆致であるものの、
当時のカルフォルニア工科大学の雰囲気をよく伝えてくれる。

さて、ファインマンは著者に対し、明確に指導したわけでなない。
著者の様々な問いかけに対し、正直に(そして無配慮に)思うがままを答えただけだ。
だがその誠実な言葉は、著者の心に刻み込まれていく。

本書帯でも要約されているが、ファインマンは著者に次のように問いかける。

デカルトが虹を数学的に分析しようと思ったのは、虹にどんな特徴があるからだと思う?

これに対して、著者は虹の物理的な特徴等を挙げていくが、ファインマンは一言告げる。

デカルトがその気になったのは、虹を美しいと思ったからだよ。



目の前の自然への感動。それは、それに心を動かされたという自身を受け入れる。
だからこそ、解き明かしたいという欲求が生まれる。

それがファインマンが思う正しいプロセスであり、
理論研究が先にあるのではない、ということだ。

本書は、ファインマン自身の著作ではなく、また物理学の本でもない。
ここに描かれているのは、一人の老教授と若者の物語だ。

「人生において大切なのは何か?」
著者は、次のように書いている。

本当の答えを見つけるためには、自分自身をよく知らなければならない。
そして、自分に正直にならなくてはいけない。また、自分を尊重し、自分を受け入れる必要もある。


生きることに真摯に悩んでいる人には、ヒントになるかもしれない。

【目次】
おとなりは、ファインマンさん―ガンと闘うノーベル賞受賞者
ファインマンとの出会い―イスラエルの小さな図書館にて
カルテクへの招待―僕はフリーエージェント
電子的なふるまい―バビロニア人タイプVSギリシャ人タイプ
知恵くらべ―「サルにできるなら、君にもできる」
科学の探偵―誰がシャーロック・ホームズになれるのか?
物理とストリップ―「強い力」から逃れろ!
想像の翼―ファインマンは、いつだってインコースを走る
世界を変えるひも―目には見えない六つの次元
空腹の方程式を解く―結婚披露宴には平服で
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category: ノンフィクション

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