ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

王を敬愛し、死刑を最も廃止したかった人物の苦悩。「死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男」  

死刑執行人サンソン ―国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)
安達 正勝



人が「人らしく在る」と見做される理由の一つに、法による統治が有る。
もちろん、その法自体が悪法であることや、秩序だっていないこともある。
だが共同体において、人々が「法」をその基盤とすることが、
単なる集団が「社会」に変質する第一歩と言えるだろう。

ただそこには、人が人を難しさが在り、また個人の情に左右されず、法を執行する厳しさが必要だ。
死刑の是非も常に問われるところだが、
法が究極の形としてそれを求める以上、それを執行する者が必要となる。

王政時代のフランスにおいて、その死刑執行人は世襲制だった。
その家に生まれた者は死刑執行人になる以外に将来の道は無い。
もし他の職業を選んだとしても、死刑執行人の一族であることが知られれば、その場に留まることができない。
そこには「死をもたらす者」に対する苛烈な差別がある。

ただ、多くの差別と異なる点は、それが王から委ねられた仕事であるということだ。

その社会を統制するために必要な、究極の刑を担う者として、
死刑執行人には当初は徴税権や多額の国家からの報酬があった。
それにより、大邸宅に住まい、多数の助手も養っていた。

さらに、人に確実な死をもたらすという仕事ゆえに人体に関する知識も深く、
経験に基づくものとはいえ、当時としては高度な医学知識も有り、
貧乏な者からは報酬を受け取らないという善意の医者でもあった。

本書の主人公は、シャルル・アンリ・サンソン。
こうしたフランスの死刑執行人の一族の中でも最も格が高い、
「ムッシュ・ド・パリ」と呼ばれるパリの死刑執行人である。

その人格は高潔にして信心深く、また縁あって助けた神父から高度な教育も受けていた。
そして死刑執行という、高度な技術と強靭な精神力を必要とする仕事を全うすることに、
一族の誇りを懸けていた男。
「軍隊は国外において平和を維持し、私は国内において平和を維持する。
 決闘で人を殺せば賞賛され、死刑で人を殺せば忌み嫌われる。
 社会のために有用な職務を果たしている死刑執行人を差別させるのは間違っている。」と、
裁判所で堂々と主張する強さももっていた。

ただ一方、人に死をもたらす仕事に嫌悪し 死刑執行人という立場でありながら、
当時の社会において、最も誠実に死刑を廃止したいと願っていた人間の一人でもあった。

さて、サンソンが仕事に携わっていた頃の死刑とは、絞首刑や斬首刑だった。
特に斬首刑は、日本の打ち首とは異なり、死刑囚の動きを押さえる者がおらず、
自由に動ける人間の首を一刀で落とすという、極めて高度な技術を要するものだった。
そのためサンソンでさえも、失敗することもあったほどだ。

その中で、自由と平等を模索するフランス革命前期の雰囲気が、
「死刑は、最も苦痛が少なく、迅速かつ確実に人を死に至らす処刑装置で行うべきだ」
という考えが生まれる。
そして考案されたのが、ギロチンである。
本書の元となった記録によれば、シャルル・アンリ・サンソンが考案した医者らと設計図の検討を行っていたところ、
工作好きのルイ16世もお忍びで立会ったという。
王に忠誠を誓い、王から委ねられた仕事に誇りをもっていたサンソンは、
その日を忘れることがなかった。

ところが、フランス革命が勃発。
ルイ16世自身が革命政府により、死刑になることが決まった。
道具はギロチン。
そして死刑執行人は、もちろんシャルル・アンリ・サンソンである。

「王からの委任された仕事」 である死刑という一族の使命に対する誇り。
死刑という制度を、誰よりも早く廃止したかった想い(ルイ16世に、その旨の進言も送っていたほどだ)。
そして、ギロチンの構造を王とともに検討した記憶。

だが、それでも自らの手で王を死刑にしなければならなかった。


本書は、王政から共和制へと、人類史でも激動と言って良い時代の最中に、
死刑執行人というフランスの闇の末端に位置するサンソンと、
光の頂点にいたルイ16世の邂逅と処刑を中心に、
フランスで代々続いた死刑執行人の一族を描いたもの。

サンソン家は、本書主人公の4代目シャルル・アンリ・サンソンを経て、
6代に渡りフランスの死刑執行を担う。
そして本書の底本は、最後の当主、アンリ-クレマン・サンソンの回想録である。

その重さに圧倒されてしまうが、埋もれたままとなるには勿体ない一冊である。

なお、本書読了後に知ったのだが、
シャルル・アンリ・サンソンを主人公としたコミック「イノサン (ヤングジャンプコミックス)」がある(恐るべし日本)。
本書が底本であるものの、コミックはあくまでフィクションとして読むべきだが
それはそれとして興味がある方はぜひ。でも、なかなかにクセがある気配。

あと、日記にも書いたが、荒木飛呂彦によるジョジョの第7部「スティール・ボール・ラン」の実質的主人公の一人であるジャイロ・ツェペリが死刑執行人の一族という設定は、本書がモデルである。本書を読めば、ジャイロの苦悩がより理解できるかもしれない。

【目次】
序章 呪われた一族
第1章 国王陛下ルイ十六世に拝謁
第2章 ギロチン誕生の物語
第3章 神々は渇く
第4章 前国王ルイ・カペーの処刑
終章 その日は来たらず



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category: 歴史

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最小の世界と最大の世界。「先生、それって「量子」の仕業ですか?」  

先生、それって「量子」の仕業ですか?
大関 真之



「量子」という言葉を聞くようになって、久しい。
しかしながら、その言葉が馴染みにくいのは、
素粒子のように「最小の物質」ではなく、
「粒子性と波動性を併せ持つ特殊な存在」という概念により区分されるモノであるためだろう。
(という僕の理解も怪しいが。)

いずれにしても、
「夢の」量子コンピューターが、
「開発中の」量子コンピューターになったように、今後理解できるか否かに関わらず、
「量子」という概念は、汎用的な技術になっていくだろう。

本書は、その「量子」という概念について、
方程式等を用いることなく、様々な例え話により解説しようとするもの。

量子の持つ波動性を示す有名な二重スリット実験についても、
独自の「忍者」という例えにより説明を行っている。
全く量子論に触れたことがない人も、その不思議な振る舞いを実感するこができるだろう。

また同時に、
レーザーやGPS、光合成といった身近な量子から、
ドラえもんの秘密道具を例にとった量子の可能性なども語っていく。

読んでいてワクワクするのは、量子という極めて小さな世界から、
宇宙の生成というダイナミックな世界が垣間見えることだ。

20世紀に得た人類の知の武器が相対性理論とDNAだったとすれば、
間違いなく量子は、21世紀前半における知の武器の一つだろう。

ただし、例え話だけで本書は貫かれているため、
やや回りくどい解説、舌足らずな解説になっている部分もあるように感じた。


【目次】
第1章 量子の素顔
第2章 量子で考える、宇宙と生命の謎
第3章 藤子・F・不二雄と量子の世界
第4章 未来への挑戦
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category: 物理学

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「苦しい 疲れた もうやめた」では、人の命は救えない。 「海難救助のプロフェッショナル 海上保安庁 特殊救難隊」  

海難救助のプロフェッショナル 海上保安庁 特殊救難隊
第三管区海上保安本部



海猿」で有名となった海上保安庁 特殊救難隊、略所はSRT(Special Rescue Team)。
実際に「海猿」と呼ばれることはないらしいが、その存在は事実である。

潜水による救助や、危険物・毒物等を積んだ船舶事故への対応といった、
通常のスキルでは対応しがたい「特殊海難」に対応するために昭和50年に隊員5名でスタート。

以降、様々な事故に直面しながら、その守備範囲を広げて行き、
現在は全国1万3千余の海上保安官のうち、 150名程度しかいない海上保安官の潜水士から、
さらに選抜された精鋭36人。

その実情を知る機会など滅多にないが、
本書は実際の隊員や隊員OBが、その活動・訓練の様子や隊の歴史、
各事故における対応状況などを、自身の手で綴っている。

一人の取材者の手によるものではなく、
普通の「書き手」である隊員の手記を構成したものであるため、
どうしても視野・視点・深さに差がある。
その点で通常のノンフィクションの読みやすさや分かりやすさは無いが、
一方で現実の厳しさはひしひしと伝わってくる。
特殊救難隊という非日常の世界で命を懸けている方々の話なのだから、
むしろこちらの方が良かったかもしれない。

さて、手がけた主な事故として紹介されているのは、次の通り。
あの事故も、この事故もと、記憶に刻まれた大きな事故が並んでいる。
・海王丸座礁海難
・鹿島灘沖、鉱石運搬船座礁・連続海難
・タンカーー「サニー・ブリーズ」号火災海難
・ケミカルタンカー「マース・グサール」号爆発・沈没海難
・自動車運搬船「ファル・ヨーロッパ」号座礁海難
・羽田空港沖、日本航空機墜落事案
・潜水艦「なだしお」・遊漁船「第一富士丸」衝突海難
・タンカー「ナホトカ」号重油流出海難
・LPGタンカー「第三十八いづみ丸」衝突・座礁海難
・瀬渡船「栄福丸」転覆海難
その他にも、東日本大震災や海外での救助活動など、その活動範囲は幅広い。

これらの海難事故に際して、隊員はどう対処したのか。
もちろんベテラン隊員もいれば、初めての任務だった方もいる。
訓練通りにできた方もいれば、
訓練通りにできず、あわや二次被害という状態に陥った方もいる。

だがどの手記でも、そこに通底するのは、
「これを教訓として次に生かす」という信念だ。

一歩間違えれば命を落とす現場において、
最後の砦は自分たちしかいないという自負。
それを支えるのが、日々の努力と、こうした事故に対する謙虚さなのだろう。

特殊救難隊のスローガンは、

苦しい
疲れた
もうやめた では
人の命は救えない


であるという。
この言葉を、その通りに日々貫き通しているのが、特殊救難隊だ。
こうした人々が日々安全を守ってくれているという事実を、
やはりもっと多くの方が知るべきだろう。

ところで本書、読む場合はまず第3章の事例を読むことをお勧めする。
その上で各隊員の手記を読むほうが、より実感が湧くというもの。

ところで、本書を読みつつ、以前野鳥の重油汚染防止対策の講演会で
一般財団法人海上災害防止センターの方のお話を聴いたことを思い出した。
こちらの団体は、海難事故時の防災処置(油等の防除や消火などを実施)を行う、
いわば海の消防隊としての立場かと感じているが(違っていたらごめんなさい)、
そのお話もまた、非常に衝撃的であり、大変なお仕事であると驚いた記憶がある。

海に囲まれている日本。様々な組織の人々が、日々尽力されていることを知っておきたい。





【目次】
第1章〈退職OB編〉
SRTの隊員たちが振り返る
特殊分野への進出と、人的資源の充実
第2章〈現職OB編〉
SRTの隊員たちが振り返る
あの日の苦難、そして達成感
第3章 〈出動事例編〉
SRTの隊員たちが振り返る
困難を極めた救助活動、瞬時の現場判断
第4章〈羽田特殊救難基地編〉
SRTの隊員たちが語る
日々続く、訓練の工夫と発展
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category: 事件・事故

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猟師というスキルの素晴らしさと、日本の限界。「ぼくは猟師になった」  

ぼくは猟師になった (新潮文庫)



野鳥観察や野鳥保護に関わっていると、狩猟には断固反対と思われることがある。
人それぞれだろうが、僕は狩猟には狩猟の価値があるし、
その技術や伝統も尊重されるべきと思っている。
ただ、それは当然ながら現行法の範囲であり、伝統があるからといって法を逸脱して良い筈はなく、
また現行法の制限範囲を拡大するのであれば、それなりの根拠が必要だろう。

なお平等を期するために書いておくが、
昨今では野鳥観察愛好者・撮影者もマナーを守らない―というか、
道交法を守らなかったり、不法侵入や器物損壊を平気で行う輩も出だしている。
ハンターも観察・撮影も、当然ながら法を守って活動すべきだ。

では、法を守って狩猟を行うとき、その実態はどのようなものなのか。
アジア圏では率先して野鳥保護が進んだ(実効性は別だが)日本では、
マタギなどの伝統猟はともかくとして、
日常的な趣味としての狩猟は、長らく日蔭にあった感があり、情報もなかった。

そこに現れたのが、おそらく本書と、「山賊ダイアリー (イブニングKC) 」である。

本書では特に、ワナ猟をする際の技術や、捕獲した獲物の処理方法(トドメから精肉まで)がつぶさに記載されている。
また、解体に必要な場所や保存方法など、
著者自身がそうした情報が得にくかったという経験からだろうか、
次に目指す人にとっては、かなり有用な技術手引きとなるだろう。

また、スズメやカモ類といった、野鳥観察愛好家からすると眼を剥くような獲物もあるが、
それも現行法で認められた範疇の話である。
これについても、単純に毛嫌いして否定する(単純に言えば「かわいそう」とか「残酷だ」という感情論)のではなく、
各種について、狩猟を制限して保護する必要があると認められた場合にのみ、
堂々と反論するべきだろう(と、ぼくは考えている)。

ということで、本書は真っ当・真面目なハンターの物語であり、
動物保護を志す人でも、読んで損は無い。
むしろ、その動物の生態を見る眼の確かさや真摯さは、
珍鳥ばかりを追い求める鳥屋が範とすべきほどである。

だが一方、本書でも様々な課題が提示されている。
例えばシカの増加だ。
現在も沈静化する様子はないほど増加しているシカだが、その対策としてハンターの育成が行政により推進されている。
しかしながら、本書では食材としての価値はイノシシの方が上であり、また販売する場合もイノシシの方が高いことが指摘されている。
ハンターが増えても、シカを積極的に狙うことはないという事実がある。

似たような話で、僕も「ハンターが減ったからカラスが増えた、ヒヨドリが増えた」と言われることがたまに有るが、
ハンターも野鳥で獲るならまずカモ類だろう。

すなわち著者も指摘しているが、「ハンターを増やすこと」と、「有害鳥獣の駆除が進むこと」は直結しない。

「有害鳥獣駆除の実働部隊になる」という目論見があるのかもしれないが、
果たして趣味のハンターに対して、そこまで期待したり、背負わせて良いものか。

そしてもう一点気になるのは、ハンターの質である。
本書において、カモ猟の手伝いを始めた頃の著者自身が、
夕暮れの中、「双眼鏡を覗くと、薄ぼんやりとなんとかカモのシルエットが確認できますが、僕にはカル(マガモ)とアオクビ(マガモ)の区別などまだまったくつきません。」と記している。

シルエットというハンデがあること、
マガモもカルガモも狩猟鳥獣だから結果オーライかもしれないが、
やはり鳥屋からすると、「種類の識別もできないのに、なぜ狩猟免許がおりるのか」という疑問に至る。
これはハンターの問題というより、法制度の運用の問題である。

例えば香川県の狩猟鳥獣のうち、カモ類は11種。
ヨシガモ、ヒドリガモ、マガモ、カルガモ、ハシビロガモ、オナガガモ、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、クロガモ
一方、香川県で一度でも記録があるカモ類は、29種。
個体数が少ないとはいえ、例えばトモエガモやオカヨシガモは上記の群に混じっていても不思議ではない。
特に雌だと、条件によっては識別が難しい。
また、アメリカコガモ・アメリカヒドリなんて、もうサイズも雰囲気もコガモ・ヒドリガモだ。

イノシシやシカといった哺乳類とは違い、野鳥はかなり識別が難しい筈なのだが、
この識別能力が未熟なまま狩猟免許が出れば、錯誤捕獲は避けられない。
もちろん経験によって識別できるようになるだろうが、
そもそも「識別できるから」狩猟免許が出るのではないのかというのが、
一人の鳥屋から見た素朴な疑問である。

現在の「ハンター育成推進」という旗振りは、実のところ、
有害鳥獣の駆除には協力せず、
無法にワナ猟を実施し、錯誤捕獲しまくるような質の悪いハンターを濫造するだけではないかと、
危惧するものである。

ただし改めて書いておくが、本書著者が質の悪いハンターだと言っているのではない。
本書も「山賊ダイアリー (イブニングKC) 」の著者も、
初心者がまず目指す手本となる、善きハンターである。

【目次】
第1章 ぼくはこうして猟師になった
第2章 猟期の日々
第3章 休猟期の日々



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category: 技術

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電子書籍の悩ましさ  

〈2017/06/17土〉

ムラサキ(拾った子犬)の朝の散歩は、5:40頃からで日常化。よって朝は5:30起き。

土曜日もそれは変わらないので、朝のうちに本のレビューを4冊分書く。
そして久しぶりに、ブログの「掲載本の一覧」を更新した。冊数が増えたので見難くなっているのが難点。どうにかしたい。

昼は香川県民らしく、うどん。そして午睡で睡眠不足を解消。

毎週ブックオフに行くのも何なので、今週は我慢。
その代わり昨日、文房具をついでに本屋を一周した。
その時に気になっていた「カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史 (ブルーバックス) 」を発見。
三葉虫とかの楽しい生きものがカラーで掲載、最新知見も盛り込まれて面白そう、で購入した。

あと、先日ジュンク堂書店高松店を利用した際にhontoカードを作ったので、
ついでにhontoのサイトに登録。
500円分の電子書籍クーポンが得られたので、
hontoの電子書籍で「ドキュメント生還-山岳遭難からの救出 (ヤマケイ文庫)」を購入。
個人的には紙の本が大好物だけど、
携帯さえあればいつでも・どこでも読める電子書籍って、やはり便利だな。

それにしても僕はkindle paperwhite持ちなので、
電子書籍のデータが分散するのはちょっと痛い。
まあiphoneで読めばいいんだけど、画面がちょっと狭い。
おそらく複数の電子書籍リーダーを使うのなら、ipad miniがベストなのだろうなあ。

と思いつつ、kindle paperwhiteを使うのは、
kindle系のE-ink表示が、やっぱり長時間の読書には向いていることと、
他のサイトよりは、Amazonの電子書籍サービスが途絶える恐れが少ないこと。
「読み続けせれるか」という不安に対しての安心感は、一番有る。

あちらを立てればこちらが立たず。
結局のところ、まだまだ黎明期と思って使うしかないんだろうなあ。




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category: 雑記:日々のこと

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自らを尊重し、受け入れること。「ファインマンさん 最後の授業」  

ファインマンさん 最後の授業
レナード ムロディナウ



人生において大切なのは何か?
どのようにすれば、それを見いだすことができるのだろう?

普遍的な問であり、古今東西、様々な教えが在る。
人類の経験智を元にすれば、今更そんなことで悩む必要もなさそうだが、
実際には一人一人が、多かれ少なかれこの問題に直面する。

人間が生きる、ということは普遍的でありながら、
極めて個人的な営みだ。

そのうえ、「人生において大切なのは何か?」という問いに対して、
明確に答えが得られる保証はない。
ある人は悩み続け、ある人はその問いを保留したまま人生を終えることもある。

本書著者は、前途有望の物理学者のタマゴとして、
破格の待遇で1981年、カルフォルニア大学に招かれた。

だがそれ故に、成果を出さなければならないプレッシャーは、並大抵のものではない。

当時、同大学には、
1965年にノーベル賞を受賞したリチャード・P・ファインマン、
1969年にノーベル賞を受賞したマレー・ゲルマンが在籍し、二人はクォークを巡って反目しあっていた。

著者のレナード・ムロディナウは、この二大巨頭と接しながら、自身の次の研究テーマを模索する。
だがその中で、次第にファインマンの人柄に惹かれ、
いつしか問いかけは
「物理学者として大切なのは、何か?」となり、
最後には「人生において大切なのは何か?」という究極の命題に到達する。

プレッシャーに押しつぶされそうな若い物理学者の葛藤、
ノーベル賞を受賞した物理学者の日常。
ファインマンに惹かれるだけに、かなりマレーの言動に対しては辛辣な筆致であるものの、
当時のカルフォルニア工科大学の雰囲気をよく伝えてくれる。

さて、ファインマンは著者に対し、明確に指導したわけでなない。
著者の様々な問いかけに対し、正直に(そして無配慮に)思うがままを答えただけだ。
だがその誠実な言葉は、著者の心に刻み込まれていく。

本書帯でも要約されているが、ファインマンは著者に次のように問いかける。

デカルトが虹を数学的に分析しようと思ったのは、虹にどんな特徴があるからだと思う?

これに対して、著者は虹の物理的な特徴等を挙げていくが、ファインマンは一言告げる。

デカルトがその気になったのは、虹を美しいと思ったからだよ。



目の前の自然への感動。それは、それに心を動かされたという自身を受け入れる。
だからこそ、解き明かしたいという欲求が生まれる。

それがファインマンが思う正しいプロセスであり、
理論研究が先にあるのではない、ということだ。

本書は、ファインマン自身の著作ではなく、また物理学の本でもない。
ここに描かれているのは、一人の老教授と若者の物語だ。

「人生において大切なのは何か?」
著者は、次のように書いている。

本当の答えを見つけるためには、自分自身をよく知らなければならない。
そして、自分に正直にならなくてはいけない。また、自分を尊重し、自分を受け入れる必要もある。


生きることに真摯に悩んでいる人には、ヒントになるかもしれない。

【目次】
おとなりは、ファインマンさん―ガンと闘うノーベル賞受賞者
ファインマンとの出会い―イスラエルの小さな図書館にて
カルテクへの招待―僕はフリーエージェント
電子的なふるまい―バビロニア人タイプVSギリシャ人タイプ
知恵くらべ―「サルにできるなら、君にもできる」
科学の探偵―誰がシャーロック・ホームズになれるのか?
物理とストリップ―「強い力」から逃れろ!
想像の翼―ファインマンは、いつだってインコースを走る
世界を変えるひも―目には見えない六つの次元
空腹の方程式を解く―結婚披露宴には平服で
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category: ノンフィクション

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平穏な日曜日、いつも通り本を仕入れる。  

〈2017/06/11日〉

珍しく何もない日。図書館で借りた本は読了。
レビューはいずれだが、まず「全国の犬像をめぐる: 忠犬物語45話」は、
像という形に昇華された、日本人と犬の様々な関係に関するもの。
アカデミックな立場ではなく、犬と共に著者が巡り、得られた物語を記す。
そのため一編ずつは短く、またエッセイ的な側面も多々あるけれど、
(人間からの一方的な部分もあるにせよ) 日本人と犬の良き関係について想いを馳せられる楽しい本。

一方「世界の奇虫図鑑: キモカワイイ虫たちに出会える」。コンパクトな本ながら、1頁を使って奇怪な虫が大写し。
グロテスクというより、不可思議。文字にするのも憚られるGの仲間も、カラフルなのから巨大なのまでいろいろ。
つくづく地球における虫の多様性に驚かされる(ちなみに虫だけでなく、ナメクジ・ミミズ・カギムシなども収録)。
なお、よくある「奇怪なものを適当に集めた写真集」ではなく、
どのような点で奇怪か、また実際の生態はどうか等、実際にその虫を知っている著者がきちんと書いた本。
それどころか、著者が爬虫類・両生類専門店の社員であり、かつ爬虫類・両生類・奇虫の飼育愛好家であるために、
多くの虫に国内流通状況や飼育ポイントが細かく書かれているのが特色。
巻末に収録されたタランチュラ、ムカデ、ヤスデの飼育方法なんて、とても丁寧な仕事。
良い意味でマニアックな本。

さて、家にいるのも何なので、とりあえず午後にブックオフ。
柳生真吾氏と組んだ「プランツ・ウォーク 東京道草ガイド 」(レビューはいずれ)を読み、
いとうせいこう氏の園芸マニアっぷりに興味が湧き、
読みたかった「ボタニカル・ライフ―植物生活 (新潮文庫) 」を入手。

次に、松本清張の「新装版 昭和史発掘 (1) (文春文庫)」。
時々清張氏のノンフィクション推理物が読みたくなる。
これ続巻もあるらしい。いずれ買うんだろうな。

あと、東日本大震災の際の河北新報社の仕事については「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 」(レビューはこちら)に詳しいが、
それより前、阪神・淡路大震災において、被災下のマスコミとして神戸新聞社が危機に立ち向かった。
神戸新聞の100日 (角川ソフィア文庫)」は、その記録。
どうしても東日本大震災に目が行きがちだが、阪神・淡路大震災も、やはり記憶に刻んでおきたい。

最後に、今回の見っけモノは「レーニンをミイラにした男 (文春文庫)」。
防腐処理されたレーニンの遺体については色々ドラマがあるようだけど、
本書はその防腐処理に関わった科学者(しかも親子二代)によるもの。
当時のソ連の状況等も記されているようで、なかなか異色の一冊。

来週もしっかり読んでいこう。
ところで、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」は映画館で見損ねてしまった。残念。
次は、トム・クルーズの「ザ・マミー」かな。面白そうだな。
















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category: 雑記:日々のこと

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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今日も腰が痛い。「腰痛探検家」  

腰痛探検家 (集英社文庫)
高野 秀行



完全なぎっくり腰とまではいかないが、
「腰をやらかした」と冷や汗を垂らしたことは数度ある。
父は「歩けんがー」と腰を庇う事幾年月、手術によって何とかそこそこ歩けるまで回復したが、
性格のみならずの体格も遺伝することを考えれば、
おそらく僕の行く手にも腰痛が待ち受けている可能性は高い。

父が腰痛になった際も、「何をしてもいかんがー」と言っていた。
その「何」が何を指すのまでは聞かなかったが(薄情な息子である)、
各種病院やマッサージや貼薬等々にチャレンジしたのだろう。

結局のところ、腰痛は「腰が痛い」という症状でしかなく、
その原因と対策は千差万別である。
原因を確定することも難しく、同原因で人によって有効な治療法が異なるようであることを考えれば、
腰痛を治そうという旅は、まさに万里を行くが如しである。

著者、高野 秀行氏は、辺境・探検・ノンフィクション作家(著者ホームページによる)。
僕も、「幻獣ムベンベを追え (集英社文庫) 」(レビューはこちら )だけを読んでいるが、
正攻法の探検家というより、「とにかく行っちゃえ」タイプか。
誰も知らず、試行錯誤するからこそ面白いというスタイルだ。

その高野氏が、腰痛という沼に陥っていまったのが、本書に繋がる。
いかに腰痛を直すか。自身の原因は何か。
それを求め、まさに腰痛という迷境を彷徨い続ける。

カリスマ治療師、西洋医学、姿勢、運動、心療内科…。
深みに嵌るとはまさにこの事と言うほど、次から次へと門をたたく。
それもあっさり諦めるのではない。
長々と続けたあげく、「気が付いたら全く良くなっていなかった」のだから、本当に治す気があるのかと思うほどである。

結論から言えば、高野氏は腰痛ジャングルを突破するのだが、
結局のところ、何がよかったのかは分からない。
よって、本書が腰痛治療の役に立つとは全く思えない。

ただし、身近に腰痛界を彷徨っている人がいる場合などには、
「こんな風に大変なんだなあ」と、ちょっと思いを馳せる材料となる。

一方、僕のように、これから腰痛界を彷徨う可能性があるやもと思っている人間にとっては、
来るべき将来に備えて、「こうはなりたくない」(ならない、とは言えない)と思わせる一冊。

多くの場合、腰痛は生死にかかわる程ではないが、
人生のクオリティにはかなり響くもの。

こうした本もある、と頭の片隅に留めておくと、数年後・数十年後に読みたくなるかもしれない。


【目次】
プロローグ
第1章 目黒の治療院で“ダメ女子”になる
第2章 カリスマ洞窟の冒険
第3章 民間療法の密林から西洋医学の絶壁へ
第4章 会社再建療法
第5章 密林の古代文明
第6章 腰痛メビウス
第7章 腰痛最終決戦
エピローグ 腰痛LOVE


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category: ノンフィクション

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AM3:00の早起き、戻ってきた日常  

〈2017/06/10土〉

拾った子犬の名前は娘によりムラサキに決定。
オスならきっとヨシヒコだっただろう。

夜は室内でと思っていたが、犬用ケージ内ではどうしても排泄をしない。
そのため早朝、排泄のため鳴いて起こされる。
それでも最初はAM5:30に連れ出していたのだが、今週はAM4:00、
金曜日にはAM3:00になった。ムラサキ、それ朝やない、夜や。
しかも起きたら寝ないし。

結局昨晩は夜も外で過ごさせたが、早朝の排泄も無事完了し、
本日はきちんとAM5:30の散歩。この調子で生活リズムが整うか。
ただ、今日はおかげで日中は爆睡であった。

こうした日々も踏まえ、最近の自分のご褒美として、
話題の「バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)」を久しぶりにリアル書店で購入した。楽しみである。

ただ本屋で探したところ、昆虫ジャンルの棚になく、光文社新書の棚を探してもなく、
新書の新刊・話題書にもなく、新書棚の平台にもなく、
結局最もレジに近い話題書(判型も出版社もバラバラ)の平台に在った。

確かに一番の話題書としての扱いなのだが、この本がどのレベルの「新刊」「話題書」であるかなんて、
こちらでは想定できない。
まあ話題書の棚に置くのは良いとしても、関連ジャンルやシリーズの棚に無いってのはどうかと思う。
探している時点では、この店に有るか無いかも分からず、久しぶりにリアル書店の難しさを感じた。
(ちなみに僕には、店員さんに尋ねるという選択肢は無い。)

その他、今週読んだのは爆弾処理班の仕事と、爆発の衝撃波による外傷性脳損傷(TBI)により脳が壊れてしまった著者の「ロングウォーク: 爆発物処理班のイラク戦争とその後 」と、
システィーナ礼拝堂の天井画において、ミケランジェロがいかにローマ教皇に対する自己主張を潜ませたかという「ミケランジェロの暗号―システィーナ礼拝堂に隠された禁断のメッセージ 」。
両方とも、読んで良かったと感じた本。レビューはいずれまた。

また、久しぶりに図書館にも行き、数冊借りる。

子犬を飼う、というスペシャルイベントを経て、ようやく日常が戻りつつある感じ。






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category: 雑記:日々のこと

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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この夏、金魚に出会いたくなる。「金魚はすごい (講談社+α新書)」  

金魚はすごい (講談社+α新書)
吉田 信行



夏と言えば金魚すくいである。
子供の頃採った金魚は、4~5年生きていた。
でも、最近採った金魚は、1年程度で死んでしまった。
採った時点の金魚の体調もあるし、僕の管理の問題、また夏季の気温上昇など、
様々な要因があるだろう。

でも、何にしても、「金魚すくい」という行為は、夏の思い出として一生残っている。

日本人とって、朝顔と金魚は「当たり前」の存在だが、それらについて知っている事実は、
かなり少ない。
まして、作出された様々な品種なんて、申し訳ないがマニアの世界とも感じる。
(まあ、そういうモノほど嵌まると楽しいのだが。)

本書は、江戸時代から創業している金魚屋、「金魚の吉田」の主人による金魚本。
「◯◯はすごい」の柳下のドジョウタイトル本ながら、
とても楽しい一冊である。
巻頭には各品種のカラー写真、また尾びれの違い、
主な品種の紹介・来歴など、まさに金魚入門書として最適といえる。

また、なんとなく最近金魚の品種が多いなと思っていたのだが、
日本では形質が固定されて(同形質の累代飼育が可能となって)初めて品種とするが、
中国ではF1のみでも品種とするとのこと(同じF1の雄雌を掛け合わせても、同形質のF2は得られない。)。
だから品種が乱立していたのかと、納得した次第である。

なお、以前「江戸創業金魚卸問屋の金魚のはなし」(レビューはこちら)を取り上げたが、こちらの店との関係が気になった。

調べたところ、著者の吉田信行氏が三男、先代の現「金魚の吉田」の社長・吉田舜亮氏は次男、
そして長男の吉田晴亮氏が「金魚坂」(吉田晴亮商店)を立ち上げたとのこと。
なるほど。

【目次】
第1章 金魚のルーツと歴史を探る
第2章 本当に金魚はすごい!
第3章 多種多様な金魚を愛でる
第4章 老舗が教える「金魚のススメ」



金魚はすごい (講談社+α新書)



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category: 魚類

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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夢を叶えることは、可能だ! 「ニッポン超越マニア大全」  

ニッポン超越マニア大全 (文庫ぎんが堂)
北尾トロ



趣味は何ですか? (角川文庫)」(レビューはこちら)でも書いたが、他人の趣味は変な趣味に見えがちである。これは、個人の視点だ。

一方、社会全体からすれば、多くが好む趣味が「正しい趣味」であり、愛好者が少数しかいない趣味は「変な趣味」という位置づけがなされる。

だが本来、「何が楽しいか」など人それぞれ。

現在「良い趣味」と認識されている趣味とは、結局のところ大人数でやる(だから多くの人が嗜む)ことが前提であったり、
商売性が高くマスメディアへの露出が多かったり、影響力の強い地位・立場の人が好む又は実施しているといった、
その趣味自体の性質とは関係の無い事実によって、評価を得ているに過ぎないと考えている。

例えば、かつて「趣味の王道」の一つでもあった切手・コイン収集。
そのスタイルに変化はないが、収集人口が激減している今、
小学生が切手収集に熱を上げていると、「変な趣味」と周囲からは言われるのではないか。
そして、「そんなことより、スポーツしたら?」と言い出す始末。

そもそも、趣味に優劣はない。というか、そんなものを考える必要すらない。

重要なのは、どこまで本人が楽しめるかだ。
そしてその趣味の目標は、どんなに周囲から異質に見えようとも、
「夢」であることには間違いない。

そして本書は、その夢を達成した、または達成しつつある、
羨ましく幸せな人々の物語だ。

もちろんタイトル通りというか、あまり一般的ではない趣味が並ぶ。

ボンネット型消防車や、電話、真空管ラジオのコレクター。
国道標識の撮影。
飛行機、巨大カブトムシロボット、ゴム銃、1/23姫路城の製作。

だが、おそらく本ブログを読んでくれている方々はご存知だろう。

ゴム銃製作は、「ゴム銃大図鑑」(レビューはこちら )に結晶している。

国道標識撮影は、実のところ国道を楽しむ様々な趣味の一形態だ。(「ふしぎな国道 (講談社現代新書)」(レビューはこちら)にも掲載。)

自作飛行機どころか、メーヴェ「ナウシカの飛行具、作ってみた 発想・制作・離陸---- メーヴェが飛ぶまでの10年間」(レビューはこちら)を造っている人もいる。

また、作家森博嗣氏は、自宅を走る5インチゲージの鉄道を創っている(森氏のHPはこちら欠伸軽便鉄道のブログはこちら)。での庭園鉄道

また、巨大カブトムシロボット「KABUTOM」(公式HPはこちら)は、マスコミにも何度も取り上げられている。
変な趣味どころか、とても多くの人に夢と感動を与えている。

本書で取り上げられた多くの人も、博物館などを通じ、
多くの方に楽しみを共有してもらうことを目標とし、達成している。

消防自動車博物館http://keiranbokujo.com/company.html
ティッシュでの昆虫政策 工房心の郷 http://kobo-kokoronosato.com/
バス好きが昂じてバス会社設立 銀河鉄道 http://gintetsu.co.jp/
「特急あずさで旅する夢」がきっかけ 夢ハウス・あずさ http://www.yumehouse.co.jp/

何とも羨ましい姿ばかりだ。

掲載された人々の高みまで到達することは、困難かもしれない。
だが誰でも、好きな趣味を通じて、素晴らしい人生を歩むことが可能だという希望を、
本書はしっかりと伝えてくれる。

本書は「月刊ラジオライフ」誌上で連載していた記事の単行本化で、
タイトルや売りも「変な人」を紹介という気配が濃厚だ。

だが本当は、夢を追い求め、夢を実現しつつある人々のドキュメンタリーだ。
雑事に追われる日々の中で、心の糧として、本書は手元に置いておきたい。


【目次】
【1章】四半世紀は当たり前 かけた年月の厚みに驚く
すべてを鉄道に捧げ、鉄道に愛された永遠の鉄道少年
取りも取ったり、200種類オーバーの資格取得マニア
「ラジオがいた時代」そのものを愛する真空管ラジオコレクター
家族の思い出も運命の恋も、国道標識とともに
"自力"で大空を舞った30年 素晴らしき飛行機野郎

【2章】いったいどこまで集めるの? すさまじきマニアの欲求
実戦派ならぬ「実食派」! 戦闘糧食コレクター
「鉄道無線解析」ってどんな世界なんだ?
動態保存がこだわり! ボンネット型消防車マニア
50歳過ぎて覚醒 電話コレクターの深すぎ人生哲学
BBMカード収集家 休日は全部、サイン収集に捧げてきた

【3章】 誰に何を言われようと決してくじけぬタフなメンタル
4時起きで生活と両立 うまい棒コレクターを支える「責任感」
命を吹き込む魔法の手 ティッシュ昆虫アーティスト
バス降車ボタン蒐集家 これは趣味ではない、「任務」である
永遠の工作少年とともに巨大カブトムシロボは「成長」していく

【4章】マニア魂、人を動かす! その情熱を誰かが見ていた】
イチから戦車を再現した男に、現役軍人も感服!
バス愛爆発! たったひとりでバス会社を作ったバスマニア
夢のお告げで特急あずさを買った男 幸福な正夢は終わらない
ゴム銃作って、協会作ったら、仲間ができた
美しきアキバ案内人 私の居場所は秋葉原"電気街"!

【5章】言葉にできないマニアの極北、すごすぎる到達点】
マニアの道はかくも濃い! 親子2代のマニア道
苦節19年、たったひとりで姫路城を作り上げた男
24時間無線音声を追い続ける「無線受信界の鉄人」
プロ野球ぬりえ画家 自称・ヤクルト選手の奇妙な夢

【文庫版書き下ろし】
なぜ撮り続けるのか、そこに「外蛇口」があるからだ
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category: 趣味

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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アルピニストが、いつまでも山を愛せるために。「穂高に死す」  

穂高に死す (ヤマケイ文庫)
安川 茂雄



「山と渓谷」2016年11月号に、「穂高岳は21世紀の「魔の山」なのか」というコラム(森山憲一、YAMA-KEI JOURNAL HEAD NEWS)が掲載された。

本記事によると、穂高岳山荘の宮田八郎氏の話として、穂高岳では2015年まで2年連続で20人以上の遭難死者が出ており、2016年もそのペースに変化は無いという。
なぜこの事実が注目されないか。実は遭難統計は各県ごとに計上されるため、長野と岐阜の県境にある穂高岳については、総体が見えにくくなっているのではないかとも指摘している。
谷川岳は死亡者の累計が800人を超え、「世界一遭難数の多い山」等と言われるが、その死者数は近年では年に数件程度。

それと比較すれば、現在進行形で遭難死者数が累積している穂高岳こそ、事実上の「魔の山」(として注意を払うべき)ではないか、というものだ。

僕自身、中学生の修学旅行で上高地を訪れ、そこから望む穂高岳には心を動かされた。
「いつかは登りたい」と思わせる何かが、そこには在る。
実際には、後に自分が高所恐怖症であると分かったため、登山は諦めた。稜線歩きなど無理だからだ。
だからこそと言うべきか、今も「穂高」という名前には、特別な憧れがある。

そう考えられると、一定量の山に登る意思と経験がある方の多くが、
穂高を訪れることに何ら違和感はない。

だがその憧れが、遭難に繋がるとすれば、これほど悲しい事はない。

本書は、1965年(昭和40年)7月刊行の、「穂高に死す」の文庫版だ。
本ブログでも多く紹介している近年の遭難事例集とは異なり、
かなり昔、すなわち日本で「アルピニズム」という言葉が生きていた時代の話だ。

第1章、明治38年(1905年)の乗鞍岳、最初の「登山事故」と目される事例から始まり、
井上靖が「氷壁」でも描いたナイロンザイル事件を経て、
昭和34年(1959年)の穂高滝谷での遭難までの11章から構成されている。

現在とは比較にならない装備であり、テクニックだろう。
また登山黎明期だからこその挑戦や、
黎明期の優れた登山家だからこその過信等による遭難などもあり、
直接的に今後の遭難事故対策に資するというものではない。

だが、こうした先人たちによる開拓や経験が積みあがった結果、
多くの知見が蓄積され、また装備や技術も進展し、
現在の「誰でも楽しめる」登山の大衆化に至った。
そして、多くの人々が、憧れの穂高を目指すことができている。

だが、 その幸福を、遭難死という結果で終わらせては、いけない。
「誰でも楽しめる」という意味は、何ら準備しなくても大丈夫ということではない。

かつてのように山に人生を捧げるような生き方をせずとも、
「適切な知識、経験、判断力と装備等が備わっていれば」誰でも楽しめる、ということだ。

本書を初めとした山岳遭難事故関連の本は、いわば山に向かう自らを客観視するためのツール。
これらの本を記した著者や、出版者の想いが、届くべき人に届くことを願う。

【目次】
乗鞍山上の氷雨
北尾根に死す
アルプスの暗い夏
雪山に逝ける人びと
大いなる墓標
微笑むデスマスク
“松高"山岳部の栄光と悲劇
ある山岳画家の生涯
一登山家の遺書
「ナイロン・ザイル事件」前後
滝谷への挽歌
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category: 事件・事故

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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