ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

明日から、できる。「毎日が楽しくなる「虫目」のススメ―虫と、虫をめぐる人の話」  

毎日が楽しくなる「虫目」のススメ―虫と、虫をめぐる人の話
鈴木 海花



今年の目標を色々立てているが、その中に「楽しみを掴め」というのがある。
日々の生活では心身ともに消耗すること多々である。
また、休日は雑事に追われたり、怠惰に過ごすことも多い。

「楽しいことないかなあ」なんてボヤくことも多いのだが、
楽しみは自身で見つけるもの、
そして見つけるだけでなく、積極的に「掴む」もの、と考えた次第である。

さて、僕は長らく野鳥のみを専門にやってきたが、趣味を持たねばいかんと考え(この発想がおかしいが)、
近年、昆虫採集、化石採集、イタリア語の勉強を楽しみにしている。

これらをやって初めて分かったのは、やはり「知らないことだらけだなあ」と言うことだ。
それぞれを「楽しむ」ためには、野鳥観察や調査で培った知識やテクニックとは、(一部援用できるとはいえ) 全く異なるものが要求される。
それを見出し、身につける過程がまた楽しいのだが、それにしても知らないことだらけだ。

本書は、「昆虫を観る」という楽しみを、存分に味わっている女性、鈴木海花氏によるエッセイ。
「昆虫をテーマとした旅行記」と言っても良い。
ただ昆虫を追うだけでなく、地元の人と触れ合う楽しみ、地元の料理を味わう喜びなど、
単なる昆虫本とは異なる視点も含まれている。

本書に昆虫情報のみを求める方だと、そうした記述こそ不要と思うかもしれない。
だが、やはりそこまでストイックにならず、昆虫も含め「楽しい」ことが一番だと僕は思うのである。

さて、本書で取り上げられ旅行のうち、特に興味を惹かれたもの。
まずは、日本屈指というか、世界に誇るべきカメムシ図鑑である「日本原色カメムシ図鑑」、「日本原色カメムシ図鑑〈第2巻〉陸生カメムシ類」、「日本原色カメムシ図鑑―陸生カメムシ類〈第3巻〉」。
これを記した人々を尋ねる旅だ。
全ての始まり、第1巻を刊行した高知県の研究者の、情熱と楽しみを訪ねる旅。
第2巻・第3巻に収録されるカメムシを、とにかく集めた採集人、高橋敬一氏。
そして、高橋氏から送られたカメムシを分類していく分類学者、石川忠氏。
「昆虫だから」と敬遠するのはもったいのない、熱い情熱の物語だ。
野鳥でもこうした大部な図鑑は種々刊行されているが、その舞台裏や、著者の想いが第三者によって語られることは、滅多にない。
そうした意味でも、この旅は貴重な記録だ。

そしてもう一編は、石垣島探訪記。
(ネット情報だと、どうも最近は採集禁止等を巡って様々な思惑・意見があるようだが、
そうした話は横に置いておく。著者は採集ではなく観察・撮影が主である。)
僕も野鳥のために訪れたが、いやはや石垣島は楽しいところであった。
独特の林道や植物を思い出しながら、旅行記を楽しんだのだが、僕が訪れたあの頃に昆虫も趣味もしていたら、と思うことしきりである。

ただ、石垣島のような濃厚な地で、野鳥と昆虫の両方を追うと、たぶん破綻するだろうと思うのだが、
それでも、いつか石垣島を再訪した時、僕はやはり、両方気になるだろう。
それでも、「楽しみの掴み方」を知らないよりは、良い。

本書が、多くの方にとって、新しい「楽しみの掴み方」のヒントになることが、著者の願いではないだろうか。


【目次】
いつでも、どこでも「日々虫目」編
図鑑はどうやってできるのだろう 或る図鑑をめぐる人々を訪ねて
旅も虫目で「虫目観光」編
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category: 昆虫

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一人一人が身につけるべき、知識に対する公平なスタンス。「科学的とはどういう意味か」  

科学的とはどういう意味か
森博嗣



若い頃は「学校の勉強なんて役に立つのか」と思いがちだが、
何だかんだ言って、学校で学ぶようなベーシックな内容を、
社会人になってから「きちんと」学べる機会というのは、なかなか無い。

また、各人それぞれに学問的嗜好や得意分野も異なる。
さらに、自身に適した勉強方法というのも、異なる。

今から振り返れば、学校―特に高校半ばまでは、
人類が積み重ねてきた数々の知識のうち、ベーシックかつエッセンスとなる知識の獲得を通して、
それぞれの一生を通じて活用すべき「学ぶスキル」を身につける時期ではないか、と思う。

そして重要なのは、
「人類が積み重ねてきた数々の知識のうち、ベーシックかつエッセンスとなる知識」
が、極めて限られた範囲で、かつ随時更新されていくということだ。

そのため、一人の人間の短い人生においても、
学校で学んでいない知識、
学校で学んだ知識の最新状況など、常に確認し、更新していく必要がある。

ただ、「忙しいから、そんなことしてられない」という人も多い。

しかしそういう人ほど、日常で必須なごく基礎的な知識すら確認・更新せず、
自身や周囲の人を困らせがちだと、僕は感じている。
正直、僕はそういう人を「ワシが正しい星人」と認識しており、できればお近づきになりたくないと考えている。

しかし、残念なことに(程度の差はあれ)「ワシが正しい星人」が多いと、
世の中はその方向に動いてしまう。

また同時に、高度な知識が複雑に絡み合う現代社会においては、僕自身も、常に正しい知識・判断が可能なわけではない。
誤解や思い込みも当然ある。
社会は、それを集合知によって正しい方向に修正するメカニズムであると、期待したい。

では、その「学ぶスキル」、「集合知」とは、具体的には何か。

それが「科学」という「方法」であると、著者は示す。

そして重要なのは、著者は「科学知識」ではなく、科学という「方法」が鍵であるとしていることだ。


何が分かっていて、何が分からないのかを明確にすること。
誰もが共通に理解できる「数値」を用いること。
客観性や再現性を確認すること。
公平であり、知識に対して慎重であること。

上手くエッセンスを伝えられないが、
これらは人類が長い試行錯誤の歴史を経て、ようやく入手した科学的な知識の蓄積方法そのものだ。

これを個々人が身につけ、生活の手段とする。
それによって、初めて人はホモ・サピエンスという名前に相応しい存在になれるのではないだろうか。

著者は語る。

大勢の人が非科学的な思考をすれば、それが明らかに間違っていても、社会はその方向へ向かってしまう。ファッションや流行のように、個人的に避けられるものは良いけれど、エネルギィや防災の問題など、すべての人の生活に直結するようなものだってある。


自分や大切な人を守るために、必須の「方法」がある。
それを示すのが、本書である。

【目次】
どんなことでも少し科学的に考えてみませんか?
・算数、数学、物理、化学は他の科目と何が違うか
・子供の算数離れが加速する理由
・「幽霊はいると思いますか?」という質問の怪
・言葉を頭にインプットしすぎると考えたくなくなる
・「東京ドームの◯倍」という表現で本当に体積や面積を把握できるか
・難しいのは「問題の解決」ではなく「問題の発見」
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category: エッセイ

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東京大学史料編纂所教授による、史料採訪の旅とは? 「日本史の一級史料 (光文社新書)」  

日本史の一級史料 (光文社新書)
山本 博文



僕らが知っている「歴史」とは、唯一無二ではない。

歴史は過去に確かにあったことですが、現在、われわれが知りうる「歴史」というのは、史料から復元されたものであり、かつ史料からしか復元されえないもの


史料が残っていたとしても、それを読む歴史家によって、そこから描き出される歴史の姿は変わります。


つまり、歴史を語るとき、史料とそれを読む歴史家の存在を無視することはできないのです。




だが、多くの人々は、知らず知らずのうちに、学校で学んだ歴史知識、歴史観に拘束されている。

また、社会人になって以降、ある立場から「解釈した歴史」に接し、
「これこそが正しい歴史」と思い込んでしまうこともある。

本当は学校において、
「今学んでいる歴史は、現在確認されている史料と、
多くの歴史家またはその分野の専門的な歴史家が認識している歴史である。
だから、卒業後も常に自身で学ぶ必要がある」と、繰り返し教えておく必要があるだろう。

さて、その史料については、
その歴史的事実が発生した時そのものに記録された一次史料と、後日に記録された二次史料がある。

そうした時点性はあるものの、二次史料のうちにも、歴史を知るうえで重要な史料は存在する。

一般化された言葉ではないが、そうした重要な史料、貴重な史料を指して、「一級史料」という場合がある(多くは、マスコミなどにおいて)。

本書は、東京大学史料編纂所の教授として、全国各地の様々な史料に接してきた著者によるもの。

タイトルから、様々な「一級史料」が羅列・紹介されるものかと思われるが、
実はいくつかの一級史料を基にはするものの、実際は

・東京大学史料編纂所による全国の「史料採訪」(史料発掘・記録)活動の実際、
・新たな史料の発見例
・一級史料「島津家文書」の研究例

などを紹介するもの。

歴史の基礎である史料をいかに見つけ、記録するか。
そして実際に、史料からどのような歴史が復元できたかを、
東京大学史料編纂所の教授が自身の経験から示す、なかなか類を見ない本である。

そもそも、東京大学史料編纂所(公式HPはこちら)の前身は、1793年(寛政5年)、塙保己一の建議によって幕府が開設した和学講談所。

明治維新後、史料編輯国史校正局となり、日本の歴史を記録する事業を担う。
そして、帝国大学(現・東京大学)に修史事業が移管(1888年(明治21年)) された後、
外国人教師ルードウィヒ・リースの意見により、歴史を書くのではなく、
収集した史料を編纂・刊行することを任務とするようになった。

日本における史料収集・編纂の要となる組織である。

実は、本書で僕も初めて知ったのだが、
デジタル化された様々な古文書を横断検索できるデータベースや、
くずし字の電子字書などもある。
様々なデータベースの一覧はこちら
興味がある人にとっては、極めて有用なシステムだろう。

史料編纂という活動は地味だが、これなくして日本の歴史を辿ることは不可能である。
本書を通じ、もっと多くの方に存在と重要性を認識していただきたい。

【目次】
第1章 有名時代劇のもと史料
第2章 歴史家は何をどう読む?
第3章 新しい史料を発掘する
第4章 一級史料の宝庫「島津家文書」を読む
第5章 「歴史学」への招待
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category: 歴史

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「パンダ」ゾウムシ、イノシシ、コガネムシの幼虫  

〈2017/04/17月-4/22土〉

息を止めて潜水するかのように一週間経過。
読書もあまり捗らず。
佐々淳行氏の「私を通りすぎたスパイたち」、
大関 真之氏の「先生、それって「量子」の仕業ですか?」をかろうじて読了。
私を通りすぎたスパイたち」、スパイ天国と呼ばれる日本において、
それでもスパイと闘おうとした組織の物語。
平和なのは良いことだが、こうした立場の人々の苦労が明らかにされないことで、
そもそも「無かったこと」になるのは、やはりどうか。
現実の危機を知らなければ、やはり正しい判断はできない。
「平和な日本では、諸外国のスパイ活動なんて存在しない」と思っている層は、ぜひ読んでいただきたい。

先生、それって「量子」の仕業ですか?」は、量子論を例え話で優しく噛み砕いて説明するもの。
極めて小さな世界である量子論が宇宙論と連結するあたり、ワクワクさせられる。
ただ、ちょっと細かい話にまで例えが過ぎたかな、とも思う。
一般的な感覚では理解しがたい量子の世界を、一般的な言葉で説明する方のは、やはり難しい。

週末。わずかな休みを有効活用すべく、午前中に会誌作成、そして書評2本書く。
完了後、思い立って自宅近くの山で鳥類標識調査を実施。
新しい調査地は期待ができそうだったかせ、時刻は昼、野鳥の動きもとまり、1羽も放鳥できず。
まあそんな日もある。
状況は分かったし、おそらく早朝や冬季は結果が出そうな気がする。ポジティブ・シンキング。

待機時間中に周辺を探索(何かあるといけないので、調査地入口から30m付近のみ)。
「パンダ」と名高いオジロアシナガゾウムシを確認。
昆虫採集を始めないと、たぶん一生認識しなかった可愛いゾウムシ。春が来たなと実感。
2017IMG_1311.jpg

また、近くの池際ではイノシシの足跡。
今日は調査地のすぐ上で有害鳥獣駆除(イノシシ)も実施していたし、やはり多い感じ。
別の調査地でもイノシシがフゴフゴ言っていたし、たぶんいつか遭遇するだろう。
2017IMG_1313.jpg

帰宅後、庭の草抜き。あわせて、抜いた草を積んでおいた堆肥箱から、
土に還った部分を畑に戻す作業。
上層の草混じりの部分を除き、下層の土を取り出す。
箱型の堆肥箱の前面を外すので楽な筈だが、やはり重労働。
息子が手伝ってくれて、なんとか完了。

堆肥箱からは数えきれないコガネムシの幼虫が出てきたが、
全て新しく抜いた草と共に、堆肥箱へ戻す。土が少ないから羽化は難しいだろうなあ。。

以上、体力を削って休みを満喫する。
明日は野鳥観察会。果たして朝起きられるのか。




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category: 雑記:日々のこと

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囮捜査官は、見た!! 「ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日」  

ムンクを追え! 『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日
エドワード・ドルニック



個人的に、日本と西洋の大きな差の一つに、社会における美術作品に対する認識があると感じている。
何となくだが、
日本だと、美術作品は生活とは離れたところに存在しているのではないか。
一般人が美術作品のレプリカを気軽に購入したり、飾ったりすることはない。
また同時に、相当な金満家であっても、趣味としても投資としても、あまり美術作品を売買する文化はないのではないか。
特に、西洋絵画にしても日本画にしても、「絵画」というモノは、どうも生活に定着していないと感じる。
(ただ、これが「骨董品」となると、話は別で、一般人でも興味津々というのが、面白いところだ。)

一方西洋では、美術作品、とくに「絵画」は、良くも悪くも生活に密着している感がある。
この、「良くも」というのは、芸術としての評価。
そして「悪くも」というのは、金銭的価値としての評価である。

「美術絵画は金になる」という認識は、おそらく日本では余り発想されないが、
それは、「美術絵画」を「買う」という行為が、日本では極めて限られた層でしか成立しないためだろう。

西洋―特にヨーロッパでは、「美術絵画」は完全に金との交換が可能な資産として定着している。

以前紹介したが、「「失われた名画」の展覧会」(レビューはこちら)や、「ナチスの財宝 (講談社現代新書)」(レビューはこちら)でも、美術を盗むという行為が、いかに一般化されているかが伺える。

そして、盗む者がいれば、取り返す者もいる。

本書は、1994年2月14日にオスロ国立美術館所蔵から盗まれた油彩画のムンクの「叫び」を、ロンドン警視庁美術特捜班の囮捜査官が取り返すまでを克明に記録した一冊。

なぜロンドン警視庁美術特捜班が出動したのかから始め、
囮捜査官のカモフラージュ、
犯人との取引における駆け引き等、通常知ることができない奪還劇の一部始終を楽しむことができる。

またこの本筋だけでなく、様々な美術品の盗難と奪還エピソードも散りばめられている。
そこに在るのは、「犯人逮捕」ではなく、「奪還」こそが至上命題であるというスタイル。

いかに犯人から取り返すか。そこに囮捜査官の知略が尽くされる。

ただ本書、「ロンドン警視庁美術特捜班の」と銘打ってはいるものの、
実際にはその中のエース囮捜査官にして、
ムンク奪還計画の中心となったチャーリー・ヒルの物語である。

そのため、ロンドン警視庁美術特捜班の多面的な活躍を知るには、物足りない内容となっている。
そこを期待すると裏切られることになるが、
チャーリー・ヒル自身、既に囮捜査官を辞め、民間における盗難美術の回収人になっており、
それ故に、本来はヴェールに包まれているはずの囮捜査が、これほど明らかにできたのだろう。

囮捜査において、どのように身分を偽り、ストーリーを構築するか。
実際の取引現場での、臨機応変な対応ぶり。

そして、盗難した犯人の思惑。

様々な駆け引きの交錯を、リアルに楽しめる一冊。
やや饒舌な語り口なので、血沸き肉躍る読書とはいかないが、じっくり読み、楽しむには良い一冊である。

【目次】
第1部 二人の男と一本のハシゴ
第2部 フェルメールとギャング
第3部 ゲティから来た男
第4部 囮捜査の技術
第5部 地下室にて
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category: ノンフィクション

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現代社会に必須となった、新たなビジネス。「民間軍事会社の内幕」  

民間軍事会社の内幕 (ちくま文庫 す 19-1)
菅原 出



本書は、2007年に刊行された「外注される戦争」の加筆修正版として、2010年に刊行された。
それからも、既に6年以上が経過している。
恐らく既に状況は大きく変化しているだろうが、日本では全く馴染みのな無い民間軍事会社(PMC、private military company)がなぜ生まれ、いかに拡大しているかを知っておくことは、極めて重要だ。

誤解されがちだか、そもそもPMCは傭兵斡旋会社ではない。

戦闘という作戦は、もちろん正規軍が行う。
問題は、軍が戦闘行為を行うまでには、単純に舞台の移動、既知の設営が必要だ。
そして人がいるところ、これも単純に食料や廃棄物の処理、装備や資材の運搬も必要である。

食事一つとっても、食材、料理人が必要だ。食材もどこかから仕入れ、運搬する必要がある。
だがその運搬ルートは、最前線までの道である。どこに敵が潜んでいるかは、分からない。

また、最前線は正規の軍が対応するとして、
確保した後方の街では、誰が文官や事務担当者を守るのか。
場所は、戦時下の国。ガードマンでは役不足だ。

様々な圧力によって、軍の予算・人員は縮減されている。
かつては全て軍が対応できていたが、こうした後方支援に該当する部分にまで兵は避けない。
では、アウトソーシングではないか、という発想がある。

一方で、年齢や体力的な理由により軍を退職した者たちには、平和な社会では全く役立たないが、戦地では有用な知識と経験がある。

その能力を活かし、通常の会社とは異なる危機管理能力を備えて、戦時下の後方支援等を請け負う会社。それがPMCである。

本書は、そのPMCの成り立ち、イラク戦争における活動、
また優れたPMCだけでなく、杜撰なPMCによる弊害など、日本では殆ど報道されない事情を詳しく紹介してくれる。

例えば、民間会社であるということは、ニーズに敏感であり、かつ政治的な制約がないということだ。

そのため、人質解放交渉、紛争地で活動する企業の警備(保険とセットだ)、
様々な国の軍隊のスキルアップ訓練、紛争地で取材するメディア向けの危機対応訓練など、軍事会社という言葉から抱くイメージとは全く異なる活動をしている。

本書でもそれらの活動が紹介され、実際に著者がメディア向けの訓練を受けているが、その内容は非常にリアルな現実を見据えたもの。著者も語っているが、日本のメディアがこうした訓練を受けていれば、紛争地での取材はもっと価値あるものになるだろう。

「民間で軍事に関係するノウハウを提供する会社」というだけで、日本では毛嫌いされる可能性が高いが、
既に敵の攻撃を抑止・対処することだけが安全保障ではない。

テロリストの資金追跡、国境付近の人の通行管理、警察や裁判官の再育成、民主的な選挙の支援、
活動する企業等の警備、基地や難民キャンプへの物資輸送。

テロ・内戦・軍事干渉など、世界各地で問題が日々発生しているが、そうした荒れた地域を立て直すという「人道的な行為」は、もはや軍だけでは成立しない。国連からNGOまで様々な立場が関わる必要があるが、PMCもその一人なのである。

そう考えると、世界的にも稀な程に安全である日本において、PMCが正しく認識されていないことは、大きな問題だろう。

何も、軍の活動を想定せよと言っているのではない。
ODAによる紛争地への企業派遣。
紛争地でのNGOの活動。
災害によりライフラインが経たれた地での救援。
世界の報道すべき問題のある地域での取材活動。

実際のところ、そうした活動にこそ、PMCを上手く利用する必要があるし、PMCのノウハウを学び、日本的にPMCが生まれないかを検討する余地もある筈だ。

特に、各国で軍に対する人や予算は削減され続けている。そうすると、紛争地で真っ当に活動したいのなら、良いPMCを確保することが重要となる。

だが、日本、また日本のNGOにそのような対応が可能だろうか。
基地や活動拠点の設営・運営、資材の運搬などを一から十まで自衛隊やNGOが実施し、期待される役割も、本来発揮すべき能力も果たせないまま終わるのではないだろうか。

戦争反対というのは、素直に正しいと思う。
だが、そうした求めるべき未来と、今そこにある問題への対処は別だ。
PMCのような会社が成立し得る現実を直視しなければ、今後の安全保障は成立しないだろう。

【目次】
第1章 襲撃された日本人
第2章 戦場の仕事人たち
第3章 イラク戦争を支えたシステム
第4章 働く側の本音
第5章 暗躍する企業戦士たち
第6章 テロと戦う影の同盟者
第7章 対テロ・セキュリティ訓練
第8章 ブラックウォーター・スキャンダル
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category: 戦争

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動植物の代弁者、野鳥のさえずり  

〈2017/04/10月-4/15土〉

慌ただしく一週間終了。咳が抜けず。
なんだか頭がまとまらず、読み終えたのは「プランツ・ウォーク 東京道草ガイド」のみ。
本書は、柳生真吾氏といとうせいこう氏が、東京の植物を巡る旅。
有名な巨樹や歴史的な植生を見て回るのではなく、街角の植物を見て歩きながら、
その土地の風土や佇まいを理解するもの。視線が独特で楽しい。
それにしても、
魚類は枡 太一アナやさかなクンさん、昆虫は養老氏など、
様々な動植物ジャンルにそれぞれ良き代弁者がいることが、一般層への普及に繋がっていると思うが、
そう考えるとつくづく、植物の柳生真吾氏の早世は悔やまれる。

ところで本日土曜日AMは、久しぶりにフィールド(山)へ。
風が強いのが残念だったが、
イカル、アオゲラ、ウグイス、ソウシチョウ、ヤブサメ、センダイムシクイ、全部囀っていて楽しい。
(ソウシチョウが囀っているのはいただけないが。)

ところで、今後NHKで楽しそうな番組があるので、ご紹介。
これがニッポンの恐竜王国だ (仮)
2017年5月7日(日)、午後9時00分~9時49分。

“水の宇宙”を潜る~絶景 オルダ水中洞窟~ (仮)
2017年5月13日(土)、午後9時00分~9時49分

さて、ツグミは香川では五月の連休明けにはいなくなるが、
自宅近くでは、もう姿を見なくなった。
皆さんのお近くでは、まだいるでしょうか。


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category: 雑記:日々のこと

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難問に挑み続ける、数多の数学者の人生。「100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影」  

100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影

春日 真人



数学においては、様々な未解決問題がある。
有名なものとしては「ミレニアム懸賞問題」があり、クレイ数学研究所が提示し、それぞれ懸賞金が懸けられている。
・P≠NP予想
・ホッジ予想
・ポアンカレ予想
・リーマン予想
・ヤン-ミルズ方程式と質量ギャップ問題
・ナビエ-ストークス方程式の解の存在と滑らかさ
・バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想

また、以前紹介した「フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで」(レビューはこちら)も、フェルマーにより提示され、証明まで300年以上を要した難問だ。

正直なところ、それぞれの問題の意味を理解することすら僕には難しい(もっと正直に言えば、分からない)が、様々な数学的分野で発展を遂げている人類において、ぽっかりと未解決の穴があるというのは、やはり気になるものだ。
もちろん他の分野でも未解決の問題はあるが(ダークマターもそうだし、常温超電導もそうだろう)、そうした技術的な未解決と全く異なる不可思議さが、数学にはある。
それはおそらく、数学が純粋に人の思考に支えられた学問であるからだろう。
昨今は、もちろんテクニックとしてコンピューターが用いられるが、
それでも上記のような難問の「解法」をコンピュータにより見出せるというものではない。

人類はどこまで知識を拡大し得るのか。
その挑戦を、数百年前と変わらない道具で成し続けられるのが、数学の魅力と思っている。

さて、本書は上記に掲げたミレニアム懸賞問題のうち、唯一解かれた「ポアンカレ予想」に関するもの。

タイトルは「なぜ解けたのか」だが、数学的な解説書ではない。

このポアンカレ予想を解いた数学者、グレゴリー・ペレルマンは、しかし懸賞金を断り、
数学界におけるノーベル賞以上の価値があるフィールズ賞も辞退し、以降、学会・世間との繋がりを絶ってしまった。

そもそも、ポアンカレ予想とはどんな問題なのか。
歴代の数学者は、いかなる思考によりこの問題に挑み、倒れてきたのか。
グレゴリー・ペレルマンは、どのような思考と人生においてこの問題を解いたのか。
そして、なぜ世間との繋がりを絶ってしまったのか。

ポアンカレ予想という難問の解説というより、
本書は、こうした難問に挑む多くの数学者の人生を辿っていく。

実際のところ、「なぜ解けたのか」という問題もあるが、著者の眼は、「どのように挑み継がれたのか」という点にある。

それというのも、本書はNHKスペシャル「100年の難問はなぜ解けたのか」の取材を元にしており、著者はそのディレクターである。
それゆえに、「数学」よりも「数学者」に着目した作品と言えるだろう。

全く数学が苦手な者でも、本書を読み進めることは可能だし、
むしろ数学を避けている者にこそ、本書は読まれるべきだと考える。

そこには、普通では考えられない世界があり、生き様がある。

【目次】
プロローグ 世紀の難問と謎の数学者
第1章 ペレリマン博士を追って
第2章 「ポアンカレ予想」の誕生
第3章 古典数学vs.トポロジー
第4章 1950年代「白鯨」に食われた数学者たち
第5章 1960年代クラシックを捨てよ、ロックを聴こう
第6章 1980年代天才サーストンの光と影
第7章 1990年代開かれた解決への扉
エピローグ 終わりなき挑戦

レビューはこちら

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category: 数学

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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脳の損傷が、脳の秘められた謎を示す。「奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき」  

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき
ジル・ボルト テイラー



様々な病があり、様々な人がいる。
時に、その病(またはその器官)の専門家がその病に罹ることがある。
そして、専門家であるが故に、語り得る「病状」がある。

例えば、本ブログでも紹介しており、おそらく多くの方にも読まれている本として、「医者が末期がん患者になってわかったこと」(レビューはこちら)がある。
残念ながら回復することはかなわなかったが、遺された本書は、多くの方の参考になっているだろう。

本書は、若く優秀な脳学者として活躍していた著者が、
ある日突然(認識していなかったが、時限爆弾のような先天的な血管異常があった)脳卒中を起こし、
左脳を損傷してしまう。

様々な偶然や幸運があり、何とか助かったものの、
血管が破裂した瞬間から、思考能力や言語能力はどんどん失われていった。
本書では、その強烈な体験―恐らく多くの人が体験したことがなく、体験した時は生死がかかっている―を追体験することが可能だ。
それだけでも、脳卒中の症状の一つを知り、自分自身や、周りの人が「万が一」の際に、
少しでも理解し、行動する助けとなるだろう。

また、治療から回復に至るまでの過程において、
脳卒中患者が何を必要とし(著者は脳を休めるために、とにかく睡眠が必要だったという)、
どのように尋ね、どのように接するべきかのヒントも得られる。

一般の患者のように、部屋を明るくすることが必要なのか。
外界に膨大に溢れている様々な情報―音、文字、匂い―が負担ではないか。
その患者の脳機能の損傷を知るうえで、 質問の方法や回答までの時間は妥当なのか。

脳の損傷個所により、おそらく態様は様々なのだろうが、
だからこそ、本書のようなケースブックを読み、その患者が最も必要な状況を生み出すことが重要なのだろう。

さて本書は、ほぼ前半はそうした闘病記のスタイルであるものの、
その脳損傷の部位によるためか、著者自身の様々な「右脳体験」も語られている。
というか、本書後半は、そうした右脳生活への賞賛ともいうべきスタイルとなっている。

脳卒中より左脳を損傷した著者は、その直後から右脳のみがフル活動し、
自身や世界を認識するうえで、左脳によるフィルター・制限が解除された状態となった。
そこで体験したのは、
自分と自分以外の境界が消滅した結果の宇宙との一体感、
「現在」だけにフォーカスをあてる幸福感だ。
おそらく多くの方が似たような言葉で表現すると思うが、いわゆる「悟り」「解脱」「涅槃」といった境地である。
こうした体験を引き起こす能力が右脳に秘められているという事実を明らかにした点で、
おそらく本書は他の闘病記と一線を画すものだろう。

だが一方、こうした境地を体験した著者は、左脳による現実認識(過去と未来の認識や、
自分と他者との乖離感)を回復した現在も、「パワフルな右脳生活」の伝道者となっている。

(例えばTEDでも、著者による講演がある。)
ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作

こうした境地が、人々の脳の中に潜在的にある、という事実を示した点において、著者の体験は極めて価値があるだろう。

ただし、その右脳礼賛ゆえに、本書は、左脳の能力が無用であるとか、宗教的な境地こそが唯一のゴールであるかのように、極端な誤読や誤用がなされる懸念がある。

まずは脳卒中という自分や周囲の人がいつ発症するか分からない病について、
その当事者ならではの体験をしっかり知る機会として、本書を読みたい。


【目次】
脳卒中になる前の人生
脳卒中の朝
助けを求めて
静寂への回帰
骨まで晒して
神経科の集中治療室
二日目あの朝の後で
GGが街にやってくる
治療と手術の準備
いよいよ手術へ
最も必要だったこと
回復への道しるべ
脳卒中になって、ひらめいたこと
わたしの右脳と左脳
自分で手綱を握る
細胞とさまざまな拡がりをもった回路
深い心の安らぎを見つける
心の庭をたがやす

▼未読。この方は、また別の影響が出たようだ。

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category: 医学

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マイケル、Fire TV Stick、洋画  

〈2017/04/08土〉

ようやく一週間終了。疲れが出たのか風邪気味。

週の後半には「マイケル・ジャクソンの思い出 」を読んだ。
アーティストに対する好みはもちろん千差万別。
だが、全世界を席巻し、時代を象徴するアーティストとなると、やはり数は限られる。
その中でも「KING OF TOPS」とまで呼ばれた稀有なトップスターの素顔、優しさと孤独が伝わる一冊。
本当に「THIS IS IT」ツアーの直前で亡くなったのが残念。

午後、借りていた「スター・トレック BEYOND」を家族で見る。
エンターテイメントとして素直に楽しめたが、
僕としてはもっとエンタープライズ号の活躍が見たかった。

また本日、心が弱いときにポチッた「Fire TV Stick (New モデル)」が届く。
PCでなく、TVの大画面でAmazonビデオやYOUTUBEが見られるのは有り難い。
Chromecastもあるが、「TVだけで完結する」というのが手軽で良く、プライム会員でAmazonビデオを見ていれば買いだろう。
特にデジタル化の恩恵か、古い映画の画質がとても良い。
U・ボート ディレクターズ・カット」を見たが、その鮮明さに感動した。

なお、この映画を見た事が無かった妻と息子、
(3時間オーバーの長さのため、僕がジブラルタル海峡突入の辺りから見だしたのに便乗したのだが、)
ラストの救いのなさに驚いた模様。
「ひどい」と言われることもあるようだが、
鬱映画として名高い「ミスト」のような「作品のための絶望」ではなく、
「戦争の虚しさ」という社会のための絶望を描いた、納得できるラストである。

それにしても「日曜洋画劇場」を始めとするTVでの映画放送、
ジブリ・ハリポタ・ディズニー・1年前の邦画のローテーションではなく、
昔みたいに「名作」や歴史的な「有名作」を放送してほしい。
僕は息子に「ダーティハリー」「大脱走」「エイリアン」「未知との遭遇」「エイリアン」等々、
80~90年代の映画を楽しんでほしいのである。












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category: 雑記:日々のこと

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日本の恐竜発掘の黎明期を辿る。「フタバスズキリュウ発掘物語―八〇〇〇万年の時を経て甦ったクビナガリュウ」  

フタバスズキリュウ発掘物語―八〇〇〇万年の時を経て甦ったクビナガリュウ
長谷川 善和



国立科学博物館へ行けば、やはり目につくのがフタバスズキリュウ。
恐竜ではないものの、日本の古代動物に興味があれば、
なにはともあれ真っ先に思い浮かぶシンボリックな化石である。
DSC_0698.jpg

ニッポンの恐竜 (集英社新書 483G) 」(レビューはこちら)でも紹介されているとおり、日本でも恐竜・首長竜等の化石は近年多数発掘されている。

特に、「ザ・パーフェクト―日本初の恐竜全身骨格発掘記: ハドロサウルス発見から進化の謎まで 」(レビューはこちら)のように、恐竜の全身骨格化石まで発掘された。
ハドロサウルス化石の発掘でも並大抵ではない苦労があったが、
それなら今から約50年前、1968年(昭和43年)に発見された日本最初の首長竜では、どのような発掘状況だったのか。

それを明らかにするのが、本書である。

一読、やはり驚くのは隔絶たる時代。
高校生の鈴木直氏が化石の一部を発見し、伝手を辿って国立科学博物館の著者へ連絡。
著者も急ぎ駆けつけ、首長竜の化石であること、しかもほぼ全身が残っていそうだと判明。

ところが、その発掘費はおろか、出張費すら自腹であった。
(博物館からは出なかった。)
そこで現地の石屋さんに発掘を依頼した。

今では考えられないような状況である。
だが、日本本土から中生代の大型爬虫類の化石が発見されるはずがないという考えが定説だった時代、
こうした「出るかどうかも分からない」化石研究に研究費を費やす必要はないという風潮だったのだろう。

だがその結果、頭骨の特徴的な部位やその他の部位が失われるなど、多くの損失が生じてしまう。

一方では、発掘現場は日々見物人が押し寄せる状況。
また発掘現場の目前でかって子供が溺れたからと、急遽「お祓い」をする。
化石のクリーニングにあたるのは「考古学専門の学生」だ。

今となっては考えられない話ばかりだが、
当時としては出来る限りのことをしてくれた、というべきだろう。

その結果得られたのが、冒頭に掲げた新属新種の首長竜化石である。

科博に展示されているのはレプリカだが、その復元も簡単にはいかない。
何しろ日本初の首長竜、参考になる見本も無い。

何とか海外の首長竜のレプリカを入手したりと、前人未到ならではの苦労を重ねながら、
今、僕らは科博でフタバスズキリュウを見られるのである。

本書刊行は2008年。

資料不足等もあり、正式な記載がなされていなかったフタバスズキリュウがFutabasaurus suzukiiという学名が確定したのが2006年5月であるから、この記載を踏まえての総括、という位置づけでもあるのだろう。

こうした第一歩を踏み出した当時の状況は、当事者でなければ語ることができないことを考えれば、
発見から40年、よくぞ刊行してくれた、と感慨深い。

レビューはこちら

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category: 恐竜

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古気候学、水月湖  

〈2017/04/05水〉

相変わらず日中は走り回っている。昼休みもスルーして仕事。
昨日から今日にかけて、通勤時に「人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)」を読了。
水月湖の湖底から得られる古気候学の資料、「年縞」の話は様々な本・メディアで接しているが、本書はまさにその研究者による本。
なぜ水月湖の年縞が凄いのか、現在まで何が分かっているのか、そこからどう未来を考えるのかという話で、とても読みやすく、楽しい。
古気候学を踏まえた今後の気候変動についての見解を知るうえで、必読というか、ぜひ読んでおきたい一冊。
本書もいずれ、詳しくレビューしたい。



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category: 雑記:日々のこと

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倉敷とクラッシックカー  

〈2017/04/02日〉

日常から逃避すべく、家族で倉敷へ。
9時着、大原美術館前で思いがけずクラッシックカーのパレードに遭遇。
何事かと思ったが、どうやら「Vecchio Bambino (ベッキオ・バンビーノ)」という、日本最大規模の2Dayクラシックカーラリーのチェックポイントに設定され、それに上手く合致したらしい。
日頃目にすることの少ないクラシックカーを沢山見るだけで楽しかったのだが、
さらにクレイジーケンバンドの横山剣氏や稲垣潤一氏が運転している車が目前を通過(アナウンスで知る)。
稲垣潤一氏については、僕は良く見えなかったけど(妻は見えた)、
オープンカーを運転していた横山剣氏はばっちり見えた(写真も撮影。ミーハーだ)。渋い横顔だった。

大原美術館では、堀辰雄が愛したエル・グレコの「受胎告知」を、
数十年ぶりに堪能。昔自室に飾っていた複製ポスターはもう販売していなかったので、
絵葉書を購入した。
大原美術館後は、あちこちを喰い歩く。「桃太郎のからくり博物館」はチープ(失礼)なのに、とても楽しかった。
訪れる機会がれば、ぜひ。

午後、様々な店を覗きつつ、かねてより行きたかった蟲文庫さんを訪問。
2017-04-02_13-31-02
店主の田中美穂氏は「亀のひみつ 」(レビューはこちら )、「苔とあるく 」(レビューはこちら )などの著者。
落ち着いた佇まいで、モルフォチョウの古い標本があったり、多肉植物があったり、
キノコの生えているブックスタンドがさりげなくあったりと、とても細やかに楽しめる空間。
世が世ならバンバン買いたいところだが、まさに旅行中で散財中。
ここで買うと決めていた、同じく田中氏の著書「わたしの小さな古本屋 (ちくま文庫)」を購入してご挨拶。
少しお話をさせていただき、著書にサインもいただいて、今日の良き日の記念となった(カメの可愛いイラストも添えていただいた)。
この本は、いずれ来る(筈)の静かな季節に、落ち着いて読むと決定。
帰宅後、さすがに疲れて沈。


〈2017/04/03月〉
新年度開始。てんてこまい。
通勤時間に、とにかく「〈オールカラー版〉 珍奇な昆虫 (光文社新書) 」を読了。でも疲れもあってか、後半は字を目で追っただけのようなもの。
良い本なので、あとで再読決定。
しばらくはこんな感じかなあ。









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category: 雑記:日々のこと

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この悲劇から、学ぶべき教訓はまだ残っている。「宇高連絡船紫雲丸はなぜ沈んだか」  

宇高連絡船紫雲丸はなぜ沈んだか
萩原 幹生



僕は坂出市で生まれ、育った。
瀬戸大橋は小学校の頃に着工し、高校の頃に竣工した。
まさに瀬戸大橋によって、故郷が大きく変わろうとする時代だった。
その瀬戸大橋の竣工等を祝う場で、何度も聞いたのが「紫雲丸事故」だ。

悲惨な紫雲丸事故を二度と繰り返さないために、瀬戸大橋が望まれた。

そう何度も聞かされたものの、では紫雲丸事故とはどんな事故だったのかを、
改めて確認したことがなかった。
それで良いのかとは長く思っていたが、自身の日常と関係がないと、正直後回しにしていた。

しかし、先日出会ったのが本書である。

数十年ぶりに宿題を遂げるような感覚で、本書を読んだ。

さて、1955年(昭和30年)5月11日に発生した紫雲丸事故について述べる前に、
まずは瀬戸大橋以前の瀬戸内海の交通事情を知る必要がある。

紫雲丸は、当時の日本国有鉄道(国鉄)が有する車載貨船である。
本州(岡山)の宇野、そして高松の海上輸送手段として、国鉄の車両そのものを積載し、日々往復する。
紫雲丸は14両を輸送する規模で、1日12便。
他にもより大きな車載貨船が往来しており、宇野―高松間の海上交通は際めて盛んだった。
紫雲丸等の海上輸送のダイヤがどの程度過密であり、また厳格であったのかは僕は知らないが、
海上輸送と陸上輸送を分単位で連絡させるというのは、大変な仕事だったろうと思う。
また当時、最新技術のレーダー民間で利用され始めており、紫雲丸にも建造当時から着装されていた。


さて5月11日、岡山側では、紫雲丸に先立つ6時10分、同様の大型貨車運航船「第三宇高丸」が出航していた。
こちらは穏やかな天候だったという。
一方高松側では、早朝から濃霧警報が発せられている。
今でも年に霧によって海上が全く見通せない日が数日あるが、おそらくこのような状況だったのだろう。
それでも6時40分、霧がやや薄まっていたため、紫雲丸は出航した。
だが海上に進むにつれか、時間が経つにつれかは分からないが、次第に霧は濃くなっていく。

視界が100mを切るような状況―紫雲丸自体が約80mあるので、実際は舳先から先は殆ど見えないような状況の中、
ーダーで第三宇高丸が紫雲丸を確認。針路を衝突予防のため(相互に左舷側で行き違いのため)変更し、汽笛を鳴らす。
紫雲丸では汽笛を確認。だがここでなぜか針路を左に転回し、左舷側を通り抜けようとしていた第三宇高丸の正面に進む。
そして、第三宇高丸が紫雲丸の右舷側に衝突。
船体は損傷し浸水。電源も喪失。
損傷個所からの浸水を防ぐため、第三宇高丸は接触したまま前進。
だが紫雲丸は横転し、沈没した。

衝突から沈没まで、わずか5分。

当時この船には修学旅行の小学生が多数乗船していた。
衝突直後から、どう動けば良いのかも分からない(沈没の危険があるかなんて、衝突直後には分からない)。
泳げない子供も多い(小学校にプールが設置され、水泳教育が徹底されるのは、この後だ)。
昭和30年、厳しい家計の中送り出してくれた家族へのお土産を、簡単に捨てて逃げることなんてできない。

衝突から5分以内に、沈没すると判断して離船するなんて、大人でも無理だろう。

男子の多くは甲板にいたが、女子は船内にいた。それだけでも、大きな差だ。

紫雲丸には、乗客が781名いた。うち犠牲者は、168名。
そのうち修学旅行中だった子どもは、108人。男子19人、女子81人だ。
WIKIでは大人も含む内訳が整理されているので、引用しておく。

・ 紫雲丸関係者 2人(船長他1人)
・ 一般乗客 58人
・ 修学旅行関係者 108人 〔児童生徒100人(男子19、女子81) 引率教員5人 関係者(父母)3人〕
- 愛媛県三芳町立庄内小学校:30人(児童77人中29人、PTA会長1人)
- 高知県高知市立南海中学校:28人(3年生117人中28人)
- 広島県木江町立南小学校:25人(6年生97人中22人、引率教員3人)
- 島根県松江市立川津小学校:25人(6年生58人中21人、引率教員5人中2人、父母3人中2人)


本書は紫雲丸事故の後に国鉄に入り、昭和51年から宇高連絡船の船長を務めた著者が、
紫雲丸事故で犠牲となった小学校を行脚する中で、遺族との話に触発され、
当時の資料等を収集し、事故の背景・原因、事故後の慰霊祭や国鉄との折衝、
以降の安全対策などを整理し、丁寧に辿っていくもの。
当時の新聞記事やそれに掲載された写真、海難審判の裁決理由等、原資料も数多く掲載しており、
まさに紫雲丸事故の悲惨さと理不尽さを痛感する一冊だ。

特に、横転・沈没する中で逃げ惑う人々や、
引き上げられて筵の上に安置された遺体等(もちろん布は被せられている)の写真には、
本当にこの事故が、瀬戸内海の海運史の中でも特筆すべき事故だったことを突きつけられる。

事故の直接の原因は、船長が針路を左に転回したことだ。
証言によれば、レーダーを確認していた船長は、「あら! おかしい」と言ったという。

裁判でも種々推測されているが、著者は同じ航路の船乗りであった経験から、
船長自身が当時普及し始めていたレーダーの使用に不慣れなのに、
自身でレーダーを確認することに固執していたことにより、
レンジ(範囲)やレーダーに映る光跡の解釈などを誤り、第三宇高丸の位置を誤解していたのではないかと指摘する。

船長自身も犠牲となり、真相は不明だ。

また本事故以降、様々な改善がなされ、客車輸送はなくなり、船体の構造は変更され、
海上保安庁による停船勧告基準も厳しくなった。

そして今や、瀬戸内海における岡山―香川間の輸送は、瀬戸大橋が主である。
紫雲丸の犠牲は無駄にはならず、また二度と繰り返されることはないだろうと思われるが、
そうであっても、命が失われたことを正当化できるものではない。

また、安全がほぼ保証されたからといって、事故を忘れて良いということにはならない。
むしろ、こうした事故が忘れられた時代に、
本来はこの事故の教訓を生かして防止すべき事故が、発生するのだろう。

それは、失われた命に対して申し訳が立たない。

また、日本各地に起こる様々な事故・災害についても、
僕らはきちんと知り、伝えていく義務があるのだろう。

坂出に生まれ育った僕でさえも、紫雲丸事故をきちんと知るのに、数十年をかけてしまった。
できるだけ多くの人に、本書が読まれることを望む。
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category: 事件・事故

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サハラ、河北新報、記憶喪失の共通点  

〈2017/03/27月-04/01土〉

仕事・雑事に追われる3月最終週。
ただ来週末になって、やっと本当に3月の仕事が終わる見込み。
さすがに気もそぞろとなり、知識の本には集中できず、物語を欲す。

バッグに詰め込んだのは、
1970年代にサハラに旅立ち、戻らなかった上温湯隆氏の「サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)」。
東日本大震災下での新聞発行、「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」。
18歳の時にバイク事故により、過去の記憶(文字もモノの名前も全て)を喪った坪倉氏の「記憶喪失になったぼくが見た世界 (朝日文庫)」。

まずは「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」。
震災下で、被災者に必要な情報を、必要なかたちで情報を伝えることに徹した新聞社の人々の記録。
南三陸町の人々の記録、「モアイの絆」(レビューはこちら)と併せて購入したが、震災という未曽有の災害に対して、人間の素晴らしさを伝えるこれらの良本があること、もっと定期的にメディアでも紹介してほしい。きっとまだまだ在る筈。

次に「記憶喪失になったぼくが見た世界 (朝日文庫)」。
記憶喪失ってコミックやドラマでよく見るが、そのイメージが余りにも甘いかったことを痛感。
文字も全てのモノの名前も意味も、過去も全て忘れてしまって、
それが「分からない」ということだけを認識できる自分。
果たして僕なら、耐えられるだろうか。

サハラに死す――上温湯隆の一生 (ヤマケイ文庫)」。
1970年代、自分の人生に真っ直ぐ向き合った方の記録。
死という結果に終わったことに賛否両論あるだろうけれど、
彼の人生に対する真摯さについて、少なくとも僕は批判できるような人生を歩めていない。

焦りばかりの日々の中で、
「ひたむきに進む」ことの大切さを実感させてくれる、良い3冊に巡り合えた。感謝。







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category: 雑記:日々のこと

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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