ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

驚愕のジオラマの秘密が、余さず明かされた。「作る! 超リアルなジオラマ: 材料探しから作品発信まで完全マスター」  

作る! 超リアルなジオラマ: 材料探しから作品発信まで完全マスター
情景師アラーキー



ジオラマと言えばガンダムか第二次世界大戦、ちょっと違うが綺麗なドールハウスやNゲージのレイアウトが思い浮かぶ。
そんな中に、錆と汚れがある日常空間を再現したジオラマを引っ提げて突如現れたのが、情景師アラーキー氏だ。
本ブログでも、「凄い!ジオラマ」(レビューはこちら)を紹介したし、著者のブログ 情景師アラーキーのジオラマでショーもある。
ただ、前著でも作り方とかテクニックには言及されていたが、それはあくまで作品紹介の一部だった。

本書は同じジオラマを用いても、より細かい「作り方」に特化したもの。
自筆の製作説明図、製作途中の数々の写真、使っている素材、用いている道具(全てではないにしても、146種類‼も紹介されている。人によっては物凄く参考になるんじゃないだろうか。)など、著者の技術・発想の全てが惜しみなく紹介されている。
もちろん本書を用いてそのまま創り上げることが出来る人は少ないにしても、おそらく様々な分野のモデラーの創作意欲を刺激し、テクニックを向上させるだろう。

おそらく著者も、「凄いだろう」という自信ではなく、
「こんな方法があるよ、使ってみる?」というスタンスなのではないだろうか。

それが伝わる一端が、本書では作品の撮影方法、ネット等での紹介方法、展示ケースの入手方法や保管ケースの構造など、
「作る」以外のバックヤードも公開されている点だ。
目次だけからでも分かるが、本書は
「考える」から始まり、「集める」、「作る」、「魅せる」、「撮る」、「保存する」、「広める」という章に分割されている。
おそらく多くの人が試行錯誤しているのが、「集める」や「保管する」といった点ではないだろうか。

それにしても、著者が作るジオラマは「見た目」だけでも驚いたのだが、
本書を読むと「この部分は全て紙で造りました」なんてのもあって、改めて驚愕した。
もちろん著者程のテクニックは、ほとんどの人には無理だろう。
しかしそれでも、できるかどうかは別として、
本書は誰にでも「自分は何を造ろうかな」と考えさせる、魅惑の手引きである。

【目次】
情景1 カブトムシ
考える
情景2 港の片隅で…
集める
情景3 アテンション
作る
情景4 わが街の不動産
魅せる
情景5 西瓜の夏
撮る
情景6 やきいも
保存する
情景7 トタン壁の造船所
広める
情景8 オール・イン・ザ・ボックス

▼衝撃の1冊目。(レビューはこちら)


▼ドールハウスについては、こちらが美しい。(レビューはこちら )

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「日本の恐竜学」は、新たな時代へ。「ザ・パーフェクト―日本初の恐竜全身骨格発掘記: ハドロサウルス発見から進化の謎まで」  

ザ・パーフェクト―日本初の恐竜全身骨格発掘記: ハドロサウルス発見から進化の謎まで
土屋 健,小林 快次,櫻井 和彦



「ザ・パーフェクト」。一言で全てを表す俊逸なタイトル。
科学系のドキュメンタリー、特にテーマが恐竜となると、日本でなぜか「親しみやすさ」が優先される。
だが、本書の佇まいは違う。
子ども向けではない装丁に、本書執筆陣・関係者の、この発掘に対する自負が感じられると言うのは、僕の考えすぎだろうか。

近年、特に日進月歩の歩みを示している恐竜学。
だがそれは、中国など新たな海外の発掘地における化石などが契機となっている。

その中で、本書で取り上げられた発掘は、確実に「日本の恐竜学」におけるエポックメイキングな出来事だ。

この発掘を成し遂げたことで、日本の恐竜学は確実に一段階進んだ。
その全貌が、この一冊に凝縮されている。

2003年に愛好家が採集し、当初はクビナガリュウの化石を含んでいると考えられ、
博物館に寄贈されていたノジュール。

だが2011年、一部をクリーニングしてクビナガリュウ研究者が確認したところ、
それは恐竜の化石であることが判明。
運よく、世界的にも評価が高い恐竜化石の専門家である小林快次氏が北海道で勤務していたことから、
急ぎ同定を依頼したところ、ハドロサウルス科の化石と判明。
クリーニングを進めると、各骨が連結したままの尾椎骨の塊が現れた。

「この状態の良さ、発見状況から考えて、全身骨格があるはずだ。」

そう考えた関係者は、行政・大学・博物館等々を動かしながら、大規模な発掘に着手する。
その結果現れたのは、頭部も含む「パーフェクト」な恐竜化石だった。

恐竜化石など日本で見つからないという印象があるが、部分的なものは、かなり各地で見つかっている。
今夏、「トクシマ恐竜展2016」があったが、その会期中にも徳島県で「竜脚類ティタノサウルス形類」の歯の化石が見つかっている
だが、全身化石となると難しい。

また今回の化石は、山奥の沢筋の極めて硬い岩盤中に、ほぼ垂直な形で埋もれていた。
恐竜化石の発掘例自体が少ない日本で、海外では有りえない状況での発掘。
その関係機関との調整、現場での発掘テクニックなど、全てが手探りだった。

化石も稀なら、発掘作業も稀。
それを成し遂げたということは、素晴らしい偉業なのだ。

その経緯を、各関係者に直接取材し、
自身も地学専門の学徒として、若い頃に北海道でアンモナイト発掘を行っていた著者が記す。
陣頭指揮を執るのは、世界を舞台に活躍し、日本における恐竜学を牽引する小林快次氏だ。
この体制もまた、パーフェクトと言えるだろう。

本書の構成は、単純な発見→発掘と時系列を追うものではなく、
インタビュー等を踏まえ、各時点における最も重要な関係者ごとに、一章をあてている。
発見者の章。
寄贈された博物館の学芸員の章。
クビナガリュウの化石ではないと確認した研究者、佐藤たま氏の章。
ハドロサウルス科の化石と確認した、小林快次氏の章。
また、発掘に当たった学生の章、
クリーニングを行っている方の章などだ。

早く顛末を知りたい気持ちでムズムズするが、
本書一冊で、現在の日本の恐竜学を取り巻く状況が網羅されるという構成になっている。

恐竜学関係の本は多々あるが、
今後、「日本における」と冠をつけた時には、本書は真っ先に推薦される一冊となるだろう。

特に、「恐竜をやりたい」と考えている中高生には、ぜひ読んでいただきたい。
本書には、夢が詰まっている。

本書で取り上げられた発掘の概要は、 穂別博物館のホームページで見ることができる。

また、本書の執筆陣のである土屋氏、小林氏が関係する著作については、本書でも多く取り上げている。
いくつかは本書でも触れられているので、関連して読むことをお勧めする。
(特に「日本恐竜探検隊 (岩波ジュニア新書)」(レビューはこちら) は、
今回の発掘を予言する本として楽しい。)

それにしても、「恐竜好き」にとって、現代は何と魅力的な時代なんだろう。

【目次】
第1部 むかわ町穂別
第2部 恐竜化石
第3部 発掘
第4部 ハドロサウルス類
第5部 これから

本ブログで取り上げた関連本は下記の通り。

▼恐竜が繁栄する前に、恐竜のように多様化・進化していた現在のワニ類の祖先であるクルロタルシ類(Crurotarsi)。
多くの図版が用いられ、本書でしか見られないものも多い。
(レビューはこちら)


▼鳥類と恐竜の関係というホットトピックに関する本。
(レビューはこちら)


▼短編により、最新知見を気軽に得られる本。
(レビューはこちら)



▼ジュニア向けとして刊行されながら、中味は極めて濃い。子供向けじゃないぞこれ。
(レビューはこちら)


▼最新の恐竜概論。気軽に読める一冊。
(レビューはこちら)


▼本書の著者である土屋健氏と小林快次氏による、恐竜に関する最新知見を1テーマ2~3ページで解説するもの。
巻末には参考文献リスト(和書、雑誌記事、洋書、学術論文等)が掲載されており、入り口として良い。
(レビューはこちら)

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category: 恐竜

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ホモ・ファーベルの限界は、どこだ。「スーパーヒューマン誕生! 人間はSFを超える」  

スーパーヒューマン誕生! 人間はSFを超える
稲見 昌彦



想像力の限界が、技術の限界ではないかと思う時がある。
もちろん技術が発達すれば、自ずと想像できる世界は拡大する。そういう意味では、限界は無いのかもしれない。

しかし今この時においては、想像できる限界は確かにある。
その最先端は、現在の技術を踏まえていない想像だ。すなわちSFである。

量子力学が云々される前から、タイムマシンの発想は有った。
(念のため確認した。いろいろな発想はあるが、「タイムマシン」という発想を一般人のスタンダードとしたのは1895年のH・G・ウェルズの「タイム・マシン」だろう。一方、現代的な量子力学のスタートは1925年頃だ。)

そうすると、SFを射程距離として、現在との溝を埋めていくという進み方は、あながち間違いではない。

本書はSFのうち、特に人間の能力を拡大する人間拡張工学に関するもの。
人間拡張学とは、「機器や情報システムを用いて、人間がもともと持っている運動機能や感覚を拡張することで工学的にスーパーマンをつくりだすこと」だ。最も単純なイメージは、パワードスーツと呼ばれる類だろう。
といっても、単なる現時点の成果発表でない点が有り難い。

人間拡張工学という「考え方」について、いくつかのポイントがある。

まず、これまでの義手、義足といった、欠損部分の「補綴」との違い。
これは第1章で取り上げられており、特に義手・義足といったこれまでの「補綴」例から、
脳が道具を扱う時の働きや、人間が自身の体(その境界線)をどのように認識しているか、という点がポイントとなっている。
僕も今夏、左足親指を骨折し、しばらく杖を支えに使っていたが、その時体の先端は「杖の先」にあった。
こうしたイメージがいかに生じるか、人間拡張工学がこうした制御可能な身体を拡大させることであることが示される。
そして、「補綴」が補うことを主としているのに対し、より積極的に機能を拡張するモノが「人間拡張工学」だ。
(「メガネ」も当然視力低下という障害に対する補綴なのに、現実には障害とみなされず、単なる身体的特徴とみなされているという指摘は、補綴や人間拡張工学が一般化した例とも言えるし、ヒトの差別意識の境界とも言えそうだ。)


続く第2章では、そうした身体の拡張に先立ち、ヒトがどのように外部環境を認識しているかを問う。
五感を拡張する場合、人間に生来備わっている「感覚」にマッチしなければ違和感が生じ、スムーズな拡張にはなりえない。
昨今あるバーチャル・リアリティ、その一分野として、遠隔地のモノをあたかも目前のモノのように感じるテレイグジスタンス。
僕が僕の体を動かしているかのように、遠隔地のロボット(という言葉しか今は思いつかないが)を操作するには、
そのロボットが受ける様々なインプットを、僕が認識しなければならない。

興味深い例として、ヒトは自身の喋る声を聴きながら喋っているが、
自身の声が0.2秒遅れて聴こえると、聴く-喋るというメカニズムに何らかの齟齬をきたし、喋りにくくなるという(聴覚 遅延 フィードバック( Delayed Auditory Feedback)」 仮説)。

また、ピンク色(正確にはマゼンタ)の波長の光は物理世界には存在しない。
現実には、赤と紫の光の波長の両端を同時に見ることにより、頭の中でその色を重ねてピンクに見ている。
つまりピンク色は、私たちの頭の中にしか存在しない色なのである。

また、視覚においては、明るいほうが速く処理されて、暗いとより時間がかかる(プルフリッヒ効果)。
さらに音の方が光よりも遅く伝わるが、花火を見る場合、脳内で「同時」に感じるように補正されている。
(ただし発信源から40mを超えると補正はされない)。

こうした事実を踏まえると、「身体は脳と世界をシンク(同期)するためのインターフェイスである」という著者の見解、
すなわち「「客観的な物理世界 = 現実世界」 と、「 私たち自身が主観的に感じとる世界 = 現実感」は全く異なるもの」という認識は、恐らく正しい。
そしてその立場に立てば、人間拡張工学が、機能を闇雲に強化・拡大させるのではなく、
現実のヒトという生物の認知方法をベースにする必要があるということは明らかだ。

そして第三章では、これらの知見を踏まえて、
実際に人間が分身としてのロボットを操るようになった時を考察していく。
それによって生じる自己同一性への疑問など、今はまだ現実感はないが、
おそらく技術が加速すれば重要な問題となっていくだろう。

コンピューターの発達により、映像・音声等の処理速度・容量は恐ろしく増大している。
(そもそも昔は、CGで3D映像を造るなんて大事だった。レイトレーシング(もう、こんな言葉すら使わない…)1枚描くのにパソコンで何日もかかった(そして、途中でエラーで止まっていた)。)

一方、ドローンを始めとして無人機も発達している。

これが融合したのがテレイグジスタンスであるのだから、
おそらく僕らが日常で接するようになる日も、そう遠くはない。
その日に向かって、現在の到達点を知ることは極めて重要だ。


【目次】
序 章 SFから人間拡張工学を考える

第1章 人間の身体は拡張する
1 拡張身体とは何か?――「補綴」から「拡張」へ
2 どこまでが拡張身体なのか?――脳と道具の間にあるもの
3 どこまでが身体なのか?――曖昧な身体の境界線を探る

第2章 インターフェイスとしての身体
1 現実世界はひとつなのか?――五感がつくる現実感
2 新たな現実はつくれるのか?――感覚と情報がつくるバーチャル・リアリティ
3 人間は離れた場所に実在できるのか?――脱身体としてのテレイグジスタンス

第3章 ポスト身体社会を考える
1 ロボットはなぜヒト型なのか?――分身ロボットとヒューマノイド
2 他人の身体を生きられるのか?――分身から変身へ
3 身体は融け合うことができるのか?――融身体・合体からポスト身体社会へ
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category: 技術

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今年も、刺された?「なぜ蚊は人を襲うのか (岩波科学ライブラリー)」  

なぜ蚊は人を襲うのか (岩波科学ライブラリー)

嘉糠 洋陸



青い空、白い雲、花火やプール。
「夏」と言うと思い出すモノは多いが、「蚊」が最初に浮かぶ人は少ないと思う。
しかし、いつの間にか刺されていたり、寝苦しい夜、耳元でプ~ンと飛んだりと、煩わしいったら無い。

それほど身近な「蚊」だが、いったい僕らは何を知っているのだろうか。

あまり身近な問題として意識していない日本脳炎。
アメリカでは蔓延したが、幸いにも日本にはまだ(単発例はあるが)侵入していない西ナイル熱。
犬のフィラリアはあるにしても、
少なくとも日本では、長らく蚊と伝染病をセットで考える必要は無かった。

だが、2014先8月に代々木公園で発生したデング熱は、別であった。

温暖化が進むことによる、冬季の最低気温の上昇。
グローバルかつ迅速な人・物の世界的な移動。

蚊が媒介する伝染病は、これから増加はすれども、減少することは決してないだろう。

本書は、そうした「伝染病を媒介する蚊」を研究する方によるもの。
「昆虫としての蚊」でないことがポイントで、
 蚊が標的を発見するメカニズム(臭い、熱、二酸化炭素が行動にどのように作用するか)、
 蚊による吸血行動を誘引する諸因子、
 病原菌(例えば糸状虫)が蚊の中でどう増殖し、いかに吸血行動での移動に備えるか、
など、目のつけどろが凝縮されているのがポイントである。

また一方、西アフリカでの蚊採集など、著者による蚊研究の現場記録が合間に挿入されており、
「「伝染病を媒介する蚊」を研究する人」という、たぶん想像もつかない職業の姿を見ることもできる。

この両者が相互に左右することで、
蚊による伝染病のうち、人類にとって長く、おそらく最大のものであるマラリアが、
なぜこれほど蔓延し、一方で徹底した予防や根絶が困難なのかが見えてくる。

デング病ですら、その「代々木公園株」は、東京へ行ったこともない兵庫県西宮市の人(1例)まで伝播した。

また、ヒトスジシマカは欧米・アフリカへの侵入が問題となっているが、
その由来は日本のものだ。
(越冬卵を作れるヒトスジシマカは日本の系統だけで、古タイヤの輸出に伴って侵入したようだ。)

蚊による被害は、今後も拡大し続ける。
とすれば、敵を知ることは、何よりも重要だろう。

なお、本書で気になった部分のメモ。

・吸血性の蚊の起源は、約2億 千年前のペルム紀頃。現在もカエルを吸血する蚊がいることから、
 当時もカエルを吸血していたのかもしれない。
→蚊の起源なんて考えもしなかったぞ。

・蚊に何度も吸血されると、蚊の唾液腺成分に特異的なIgG抗体が作られる。
 この抗体は、IgE抗体よりも先に唾液腺タンパク質などに結合するため、アレルギー反応が起きなくなる。
 この現象を減感作、または脱感作という。
 一晩で200回刺されるようなマラリア流行域の住民は、ほぼ一年中唾液腺成分を注入されているため、
 常にIgG抗体が体内に存在するようになり、いくら蚊に刺されても痒みが起きない。
→だからマラリア流行域の人は、蚊に刺されることを気にしない(気づかない)のか。

・脊椎動物は、生まれつき備わっている自然免疫系と、多様な抗体産生による獲得免疫系を持つ。
 しかし蚊などの節足動物は、自然免疫系しか持たない。
→全ての動物で同じと思っていた。

・同じ人が色違いのシャツを着ると、黒、青、赤、緑、黄、白の順に良く蚊を引き寄せた。
→黒は避けていたが、緑は着ていたぞ。

【目次】
1 その蚊、危険につき
2 蚊なりのイキカタ
3 標的を発見!
4 蚊が血を吸うわけ
5 病気の運び屋として
6 蚊との戦いか、共存か
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category: 昆虫

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アリスイそして積読リスト  

アリスイそして積読リスト 2016.10.16

久しぶりに野鳥観察会(運営側)。目玉としてはアリを主食とするキツツキ類、アリスイを観察できた。
IMG_0968arisui.jpg
(観察会の細かい報告はこちら。写真は申し訳ないが同じものを使用。)
本種との出会いは、20年くらい前には運任せだったが、
2010年頃からは今回の観察地・土器川生物公園で毎冬確認されている。
同地以外では、県内でコンスタントに出会える場所は(たぶん)見つかっておらず、
相変わらず香川県では珍しい種である。

ところで、僕が見始めた頃は、土器川生物公園自体もなかったのだが、
本日も知らない鳥屋さんで満員御礼だった。
観察会以外では、メジャーな観察地から遠ざかっている僕は浦島太郎状態である。
おそらく、観察会の案内人をしている僕を見て「若い素人が偉そうに」と感じている人もいるだろう。
まあいいけど、それで本会が軽く見られると残念である。
(一応キャリア20年オーバー、若かりし頃に県内外を走り回り、密猟対策を続け、
県初の鳥類標識調査員になり、いつくかの記録も学会誌等へ投稿し、
運営する会で毎月の会誌と研究誌を数年ごとに刊行したりと、
県内ではそれなりに頑張っているつもりである、が。まだまだか。)


帰宅後は、一週間の疲れも出たのか、沈み込むように午睡。

夕方、子どもの習い事の送迎ついでにブックオフ。
ほぼ毎週行っているのだが、今回はかねてから気になっていた本を幾つか購入した。
早く読みたいところだが、最近読む時間がなかなか厳しく、結構な高さの積読のタワー形成中。
一番の原因は、3月までは昼休みに読書できていたのだが(昼食は食べない)、
最近は週1~2日しか昼休みに読書できない。残りは仕事。むーん。

読了本も溜まっているので、これらの本を読み、紹介できるのは年明けかな。
フライングではあるが、こうした面白い(だろう)本を、
誰かが知る切っ掛けをつくるのが本ブログの目的でもあるので、
今回は「これから読む本」として記録しておこう。
なぜその本を選んだのか、を付記。それにしても分野がバラバラである。

◯生物の特殊能力をテクノロジーに活かす、バイオミメティクス(もしくはバイオミミクリー)について知りたい。
日本人による類書も多いが、どうもこの本がタネ本の一つのような気がする(確認はしていない)。


◯「ジキルとハイド」のモデルにもなったという、イギリスの奇怪な解剖医、ジョン・ハンターの伝記本。
とっても奇妙な人らしい。通好みの科学漫画「決してマネしないでください。」でも取り上げられていた。

(このシリーズは読了済み。
 奇抜な科学と科学者が大量に紹介されながら、上品な漫画。既に完結済みなので、大人買い推奨。)

◯脳卒中になるとはどういう状態か。脳科学者自身の体験談。
 がん(悪性腫瘍)もそうだが、その病気に専門の方が残念ながらその病気に罹った体験は、非常に多くのことを教えてくれる。

◯数学は全く苦手なのだが、その分野には興味がある。下手の横好きというやつか。
 それにしても、別次元というか別世界の話である。人間の可能性って、凄い。

◯美術品の盗難者と、それを奪還しようとする特捜班の闘い。
 日本では知られざる分野であり、どんな知略があるのだろうか。

◯「視覚の進化」という、僕が知りたいライフテーマに沿った一冊。本当は真っ先に読みたい。

◯恐竜って、やっぱり面白い。今後も何冊か紹介予定だが、
 日本の恐竜で最も有名なフタバスズキリュウの発掘記録。発掘って、ロマンだ。

◯刊行当時、とても話題になった。DNA研究の新分野である。

◯小さな生き物が住む小さな世界、ミクロハビタット。その存在について詳しく知りたい。

◯見過ごしている「科学テーマ」を知りたいと考えて入手。お手軽に読めそう。

◯「ご先祖様はどちら様」(レビューはこちら)の著者は、無趣味だという。
 その人が、東西の色んな趣味人に会っていく旅。日本人、働きスギヨ。趣味にもっと時間をかけよう。

◯入手したのはNHKブックス版で、かなり古い。下記のが最新刊なので、もしかしたら内容が加筆されているかも。
 万葉集を読み解き、古代人の恋愛観や恋愛習慣を探る。1200年以上前の生活って、どんなのだろう。

◯山と渓谷社から刊行されている羽根田氏の遭難ルポは、ぜひ多くの方に読んでほしい。
 特に、「山なんて関係ない」と思っている人。人生、どんな切っ掛けで山に行くかわからない。

◯養老孟司氏と宮崎駿氏の間で、どんな話題で会話が成立するのか。下世話な興味だな。

◯「よど号事件」は有名乍ら、僕は実は何も知らない。
 おそらく日本人ならきちんと知っておくべき事件かなと考えて入手。

◯乙一氏の作品を読んだことがないので、楽しめるかどうか分からない。
 でもこの本、かなり高評価です。唯一ノンフィクション系でない本。

◯宇宙にも目を向けなくちゃ。最近は研究の進みも早く、追いかけるのが楽しい。

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category: 雑記:日々のこと

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惑星学は、これからの夢だ。「銀河系惑星学の挑戦―地球外生命の可能性をさぐる」  

銀河系惑星学の挑戦―地球外生命の可能性をさぐる (NHK出版新書 477)
松井 孝典



冥王星が惑星ではなくなった、というニュースは記憶に新しい。
「惑星の定義が明確に定められ、その定義に冥王星は該当しなかった」というのが理由であり、
なんとなく納得していた。

だが、その裏にある必然性-なぜ「今になって」惑星の定義が明確にされたのか、という点については、
さほど意識が及んでいなかった。

冥王星に類似した天体・エリスが発見されたからだ、というのもあるが、
ではなぜ「今になって」エリスが発見されたのか。

また、ネックになった定義-「その軌道上に他の天体が無いこと」が、なぜ「今になって」明確になったのか。

これらの疑問に答えるためには、
現代の惑星学-太陽系内の惑星研究はもとより、太陽系外の惑星も含めて-の日進月歩の発展と、
そこから得られた「惑星」の成立に対する知見の蓄積が非常に大きい。

言い換えれば、「今になって」決めたのではなく、「今だからこそ」定義が決められたのだ。

本書は惑星研究の歴史を縦軸に、
またその時々の研究成果から得られた惑星・恒星の形成から消滅に至るまでのメカニズムを横軸として、
現時点の「銀河系惑星学」の研究状況をコンパクトに纏め上げたもの。
前半はやや天文学史的側面が強いが、後半になるにつれ、惑星・恒星形成の最新理論に踏み込んでいくため、
流れとして把握しやすい。

また、そうした銀河系惑星学の研究の結果、
「太陽系は宇宙で特別な存在ではない」という前提で探索がなされた結果、
実際に多くの系外惑星が発見されながらも、
一方では太陽系が特異な系であること-
 例えば巨大なガス惑星(木星)が10年以上の周期で公転したり、
 ほとんどの惑星が中心星(太陽)の赤道面と同じ軌道面にあること -が
明らかにされている。

これが、ここ数十年の研究成果であるのだから、
これからの数十年間で、いったいどれ程の発見があるかと思うと、ワクワクする限りである。
それを楽しむためにも、本書は手元に置いておきたい。

なお、最終章あたり、地球生命が宇宙から来たと言うパンスペルミア説についても触れられている。
本書著者は、「スリランカの赤い雨 生命は宇宙から飛来するか」という著書において、
稀に振る「赤い雨」には細胞状の物質であること、隕石は確認していないが、爆発音があったことから細胞状の物質を含んだ彗星が大気圏内で爆発したことが原因であり、地球生命が宇宙から来たと言うパンスペルミア説を補強する材料である、
というスタンスの主張があるという。
(僕は未読であるため、誤った認識かもしれない。興味がある方は原書を確認されたい。)
これについては批判的な見解が多い。
著者も本書では、「細胞状物質はシアノバクテリアに近い細胞であり、地上のシアノバクテリアが一度宇宙空間まで運ばれ、紫外線を浴びた結果赤くなったものが再び戻ってきた」というストーリーを示している。「完全宇宙由来」というものからは後退した認識のようだ。
何が事実かはもちろん分からないが、地上の生命体がかなり上空まで巻き上げられていることは事実であることから、
パンスペルミア説にしろコンタミネーション(試料汚染)にしろ、
まずは地球由来の生物がどこまで巻き上げられるのか、どのように変化するのか(しないのか)を調査する必要があるのではないか。
成層圏あたりで生命が見つかるたび、地球外生命だとか違うとか議論されるが、それ以前の問題だろう。

【目次】
はじめに──惑星の謎を解けば宇宙がわかる
第1章 SFに追いついた天文学──惑星探査の現状
第2章 人と惑星──コペルニクス的転換が起こるまで
第3章 太陽系の誕生
第4章 惑星系はこうして生まれる
第5章 惑星の新しい定義とは
第6章 銀河系惑星学を拓いた二大発見
第7章 生命を宿す星はあるのか
おわりに


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category: 地学

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夢を追うとは、こういうことだ。「プラネタリウム男」  

プラネタリウム男
大平 貴之



夜空を見上げる。星を見たいと思うが、年々見える星は減っていく。
自分の視力の衰えか、周囲の光害か。
いずれにしても、子供の頃に見た夜空を、もう一度見ることは無いだろう。

しかし、プラネタリウムは別だ。
子どもの頃の夜空どころか、未だ人類が夜を照らす以前の星空が、眼前に広がる。
そのダイナミックさ、ロマン。
一方で、車や冷蔵庫のような、一般的な工業製品が提供するような利便性は、全く無い。

子どもながら、贅沢な機械だなと思っていたし、あまり世の中に普及していないのも、その贅沢さ故と思っていた。

だが、違った。
プラネタリウムは、極めてシャープに光を投影することで成り立っている。
それを可能にするのは、投影する微細なピンホールを穿った恒星原版、
強い光源、そして光をシャープに投影するレンズである。
これらで成立しているのがレンズ投影式プラネタリウムであり、
技術的な制限やコストの面から、劇的な発展はなかった。

ところが著者大平氏は、高校・大学とプラネタリウムを手作りし続け、
アマチュアだからこそ、技術的な制限やコストを度外視した、
100万個以上の星を投影するプラネタリウムを製作する。メガスターだ。

商業的には成立しえない。
だが、大平氏が作ったメガスターは、「プラネタリウム好き」というか「夜空好き」の人々の心を捉える。

停滞する商業プラネット業界。
採算を無視したメガスターを造ったアマチュア。

本来なら相反する世界だが、やはり互いに無視することはできない。
メガスターに対しては、商業的なニーズへの対応を。
停滞する商業プラネット業界は、メガスターに対抗する商品を。
僕が知らないここ数十年の間に、プラネタリウム業界はとんでもない時代にあったようだ。

大平氏も、決して順風満帆なわけではない。
本書でも赤裸々に綴られているが、やはり本来はプラネタリウム「職人」なのか、
人間関係の破綻、ソニーからの退社など、様々な苦難もある。
また、エポックメイキングな製品だからこそ、納品直前のトラブルも多い。

それでも、その着実な歩みは、
セガトイズと共同開発した世界初の家庭用プラネタリウム「HOMESTAR」の成功や、
デジタルプラネタリウムとレンズ投影式プラネタリウムを融合させた「メガスター・フュージョン」の開発など、
次々と新しいプラネタリウムの世界を開き続けている。

こういうものは、百聞は一見に如かずだろう。
メガスター・フュージョンの凄さを、ぜひ見ていただきたい。

いや凄いよ、これ。

今なお、プラネタリウム業界を牽引する大平氏の半生記。
「プラネタリウム男」という泥臭いタイトルがピッタリな、とても熱い一冊だ。

メガスターの公式ホームページは、http://www.megastar.jp/index.phpだ。
近くに設置されているのなら、ぜひ体験していただきたい。

また、家庭用のホームスターは、現在も絶賛発売中。欲しいなあ。
公式ホームページは、家庭用プラネタリウムHOMESTAR
我慢できなくなった方のために、おおまかなラインナップを紹介しておく。
◯スタンダードなHOMESTAR Classic。10000円前後。


◯HOMESTAR Liteは3000~5000円。


◯星空学習セットは6000円くらい。同梱はLiteだね。


【目次】
プロローグ
第1章 メガスター誕生まで
第2章 ソニーでメガスターを商品化?
第3章 独立-そしてブーム
第4章 新機軸を求めて-デジタルへの挑戦
第5章 業界への挑戦
第6章 世界へ
第7章 ゆかりの地に最新最高の投影機を
第8章 未来への挑戦
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category: 技術

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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加茂の大楠  

加茂の大楠

20代半ばの頃、香川県の保存木や天然記念物の社叢等を見て回った。
県内の土地勘を養うのと、やはり巨樹・巨木が見たかったからだ。
(ついでに式内社も見て回った。)
様々な樹種、大きさ、歴史、風情や佇まい。古木には、それれぞれ異なる風格があり、
やはり楽しい。

県外に行く機会があれば、その地の樹木もできるだけチェックしていたが、
中でも特に印象に残ったのが、徳島県の「加茂の大楠」だ。
(詳しくは、東みよし町の公式紹介を見ていただきたい。)

樹齢約1000年。巨大な幹回りもさることながら、
山奥ではなく、人里に在るその姿は、優しさに溢れている。

この樹には、独身の頃に初めて訪れ、その後、結婚前に嫁さんと来た。
一度は子どもたちも連れて来たいと思っていたが、本日来ることができた。

クスノキIMG_0789.jpg
左下に人が写っているが、それでも大きさは伝わりにくいかもしれない。

近寄ると、こんな感じである。
クスノキIMG_0852.jpg
枝の一本一本が大木である。

気候変化による影響も気になるものの、
地元の方らのおかげもあり、1988年から2006年にかけて、まだ幹回りが約3m増すという樹勢を誇る。
本日も枝先まで気力に満ちた姿であった。
おそらくは子どもたちが大きくなっても、変わらずここに居ることだろう。

長い歴史の一端に触れられる大楠。
もし四国をゆっくり旅する機会があれば、ぜひ訪れてみてほしい。
(地図はこちら(Mapionへのリンク))



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category: 雑記:日々のこと

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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日本人の手で、「死の病」は解明された。「死の虫 - ツツガムシ病との闘い」  

死の虫 - ツツガムシ病との闘い
小林 照幸



「うさぎおいしかの山」で始まる、同様「故郷」。
その中に、「恙無しや 友垣」(つづかなしや ともがき)という一節がある。

この「つつがなし」が「ツツガムシ」がいないという意味だ、とは漠然と知っていたが、
では「ツツガムシ病」とはいかなる病であり、いかに克服されたのか、ということは、全く知らなかった。

本書によれば、ツツガムシ病が認識された当初、
それは山形県、秋田県、新潟県の風土病として認識されていたという。

「それならば、僕が知らないのも無理はない。」
そう思っていたが、それが誤りであったことを思い知らされた。

現在の無知は、過去の犠牲と闘いの上に成り立っていることが多いのだが、
ツツガムシ病もまさに、その典型だろう。

ツツガムシ病とは、Orientia tsutsugamushi という菌によるリケッチア症だ。
ツツガムシとはダニの一種であり、このツツガムシの幼虫に噛まれることにより感染する。

ツツガムシに噛まれた場所には赤い発疹ができる。
この程度なら自然治癒するが、ここが「刺し口」と呼ばれる膿疱になり、やがて黒いかさぶたになると、
倦怠感、頭痛などに襲われる。
その後全身に発疹を生じ、39 ℃以上の高熱を発症。このような症状になると、数日以内に多くは死亡する。

長らく原因不明であり、もちろん治療法もない。
ある日見つかる「刺し口」は、死亡宣告のようなものだ。

当初は山形県、秋田県、新潟県の局地的な風土病として認識されており、
明治末期の日本医学界においては、その解明と克服が極めて重大な任務だった。

だがそれは、協調的・連携的な歩みではなく、
東大や、北里三郎による伝染病研究所などによる、病原菌の特定の先陣争いだった。

本書では、ツツガムシ病の恐ろしさもさることながら、
明治末期から昭和にかけて、日本医学界が、自身の手で日本の謎の奇病を解明せんとした、
闘いの歴史が克明に記録されている。

最終的に菌が特定されて以降も、その学名の命名において長い確執が続く。
それを功名心と言えばそれまでだが、
各研究室や、中には親子に渡ってツツガムシ病に挑んできた人々だからこそ、
その到達点を我が物にしたいという気持ちは納得できる。

また、ツツガムシ病が解明されるに従い、
ツツガムシ(複数種がある)が、日本各地やアジア各国にも生息しており、
各地で類似の(多くは弱毒性)の風土病も引き起こしていたことも明らかになった。

四国でも、高知県の現・黒潮町伊田において、「土佐のほっぽん」と呼ばれる熱病が、
トサツツガムシという新種のツツガムシによるものということが、1950年代に発見されている。

そして香川県でも、現・東かがわ市馬宿や現・東かがわ市引田において、同じくトサツツガムシによる
熱病が「馬宿病」と呼ばれていたことがわかっている。
「遠い土地の風土病」という僕の認識が、完全に誤りであったのだ。

ただ現在、ツツガムシ病は早期診断も可能となり、抗菌薬の投与によって治癒が可能である。
また、次のような様々な理由から、現時点ではツツガムシ病はそれぼと身近な病気ではなくなっている。
・ツツガムシ(世界約2000種、日本約120種)という生物群で、実際にツツガムシ病を媒介するのは10種ほどに過ぎない。
・このうち、リケッチアの保有率になると、多くても5~10%、少ないと0.1%ほど。
・哺乳類に吸着するのは幼虫期に1度のみ。
・同じ種であっても、有毒系と無毒系の家系がある。
・河川の環境改変により、ツツガムシが生息する環境自体が激減している。

だから、不必要に恐れる必要はない。
だが、「局地的な過去の病気」という誤解は、避けたい。
珍しい病気になっているがために、逆に見過ごしによる死亡例もあるようだ。

昨今エボラ、SARSなどなど様々な人畜共通感染症も増加している。
PCRなどが普及している現代では、もちろん本書に描かれた研究状況とは全く異なるものの、
人畜共通感染症との闘いと、それに感染した人々の恐怖、苦しみは本書と変わることはないだろう。
本書は、その闘いの礎となった人々の記録である。
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category: 感染症

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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なぜ「書聖」なのか。答えは、ここに。「やさしく極める“書聖”王羲之」  

やさしく極める“書聖”王羲之
石川 九楊



いつくかの分野では、時にたった一人が、その分野の歴史を変えるときがある。
その人の存在には、大多数の人々はおそらく一生気づかない。
だが少しでもその分野に関わると、突如として眼前に聳え立つ。

書道では、王羲之である。

「書聖」と称され、同時期・後代に崇められた人物。
その書を愛した唐の太宗(李世民)は、多くの真筆を収集し、崩御した際には書道史上最も有名な「蘭亭序」の真筆を共に埋葬させた。
その他の真筆も全て失われ、現在は精巧な模写・模刻しか残っていない。

だが、それでもその書は燦然と輝き、以降の中国・日本の書道史の礎かつ目標となっている。

こうした伝説的な書家について、多くの写真等を交えて解説したのが本書である。

王羲之については、既に「書聖 王羲之――その謎を解く」(レビューはこちら)でも取り上げたことがある。
これと比較すると、
本書は王羲之の書が、いかに当時の書道界においてエポックメイキングであったのかという点について、
書法、字体、そして石に刻んだ文字との関係から解説していくという点に重点がある。

現在の素人目線からすると、王羲之の凄さは正直、分からない。
それは「楷書」という字体が当然のように存在し、日常的にそれを見ているためだ。

王羲之は「楷書」以前の存在であることが、まず重要である。

そして、未だ文字が「石に刻む」字体と「書く」字体とに分離していた時代に、
自身の「書法」- 字体、三折法というリズムなど-を確立。
この三折法があったからこそ、「石に刻む」字体と「書く」字体が統合、むしろ「書く」字体が優勢となる。

その結果が、「楷書」という字体である。

本書で初めて、王羲之の凄さが納得できた次第である。
もちろん、僕の読解は浅く、また王羲之の書もそんなに簡単なものではない。

だが、「なぜ王羲之は書聖なのか」という点について、
ビジュアルに理解するうえで、本書は良い手引きとなるだろう。

【目次】
1 王羲之―その生涯と書聖伝説
2 書からとらえた王羲之の実像
3 王羲之から見る書の歴史
附 日本は“王羲之立国”


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category: 美術

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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知らなければ、視えない。「虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる (BERET SCIENCE)」  

虫のすみか―生きざまは巣にあらわれる (BERET SCIENCE)
小松 貴



生き物を楽しむ。
もちろん、フィールドを楽しむことが最優先だ。

だが、漫然と出かけていくと、
既知の事実に対して不必要なほど注意を払ったり、
最悪の場合、誤解することによって出発点そのものを誤ることもある。

もちろん、素の状態での驚き、発見は重要だ。
だが、観察した事実の重みや解釈については、やはり先達の知見(ある程度の議論と時の篩にかけられたもの)をふまえるべきであり、
「自分の体験のみ」に立脚し、「自分の見解のみ」を論拠として自然を理解することはできない。
過去の記録も研究も確認せず、目の前の生物の形態や行動を「理解できる」という人は、
結局、そういう「気になっている」に過ぎない。

特に、そうした誤解の上にフィールド体験だけを積んだ人が先輩になると、
ちょっと後進は困ることになる。

まずは自己の体験。
その体験を「先達の知識」に照らし、「既知の事実」と「未知の事実」に分離し、
そのうえで次の体験に臨むというのが、おそらく最も真っ当な生物とのつきあいだろう。

「フィールドに出てナンボ」というのは知人の口癖だが、
既知の事実を「既知だ」と知ったうえで、実際に自分の眼で視ることによってこそ、
新たな発見や疑問を抱くことができる。

いわば、「自己の体験」と「先達の知識」は、車の両輪のようなものだ。
そして本書は、「虫のすみか」という切り口において、
この車の両輪を見事に回し、新たな「先達の知識」として結晶化された一冊である。

収録されている項目は35。種としてはもっと多い。
アリジゴク、ハンミョウの幼虫(「ダーウィンが来た!」でも取り上げていた)、ミノガ(ミノムシ)、オトシブミといった身近な昆虫から、
グンタイアリ、アリ植物(植物体の中にアリが住む空間がある)などのような海外の昆虫、
また海にすむ昆虫など、日頃知ることがない生活が紹介されている。

しかもオールカラー。数多くの写真が用いられており、各項目の楽しさは抜群だ。
その一方、各項目は基本的な紹介に続き、「探す」、「よもやま話」という項が建てられており、
本書に示された「既知の事実」を、僕らが体験するための手引きとなっている。

更に、各項目ごとに参考文献が列記されているのも特徴だ。

これらによって、フィールドにおいても、机上においても、
本書を出発点として、各人がそれぞれの道に進むことが可能となっている。

「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」とはよく言われることだが、
虫のすみかという極めてマイナーな分野(ただし、その生態・形態を理解するためには最も重要な部分の一つ)について、
本書は時の経過を経るごとに、高い評価を得ることと思う。

なお、著者には「裏山の奇人: 野にたゆたう博物学 (フィールドの生物学)」という著書もある。
未読だが、こちらはより著者の個人的体験が前面に出ているようだ。
こちらも楽しみたい。

なお、著者のブログはこちら。「Ⅲ月紀・修羅
世界の生物に対する著者の「体験」が見られる。

【目次】
1 大地にすむ
2 植物にすむ
3 珍奇な環境にすむ
4 昆虫じゃない虫たち



▼識別に特化するなら、こちらも手軽。
(レビューはこちら )

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category: 昆虫

thread: 本に関すること - janre: 本・雑誌

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