ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

いつもの道が、違って見える。「ふしぎな国道 」  

ふしぎな国道 (講談社現代新書)
佐藤 健太郎



江戸時代の街道についての本は楽しく(例えば「地図と写真から見える! 日本の街道 歴史を巡る!レビューはこちら)、古代の律令国家時代に行われた全国的な道路整備事業には謎が満ちている(「古代道路の謎―-奈良時代の巨大国家プロジェクト(祥伝社新書316)レビューはこちら )。

こうした歴史的な街道の上に、現在進行中の街道整備事業。
それが国道、都道府県道、市道だろう。
このうち、各都道府県を連結する国道こそが、その規模・用途からも、僕らが通常抱く「街道」の現在形といえる。

そして、人々の営みにが続く限り、地域性・交通事情は時代と共に移り変わり、
その結果としての国道も変遷し続けていく。

例えば僕は香川県坂出市の生まれだが、子どもの頃は 「国道11号線」というと、
市の北側(海側)を走る二車線道路だった。
ところが市の南部に「11号バイパス」が出来、
いつの間にかそっちが「国道11号線」、旧来の国道11号線は「県道33号線」になった。
その頃は、「国道」は基本幹線として絶対的な存在であると思っていたから、
番号が変わるという事実に驚いたものだ(今でも違和感がある)。

おそらく、人それぞれ、生まれ育った土地の国道感覚というようなものがあり、
「故郷の思い出」の重要な基礎になっているのではないだろうか。

こうした、いわば、生きものとしての街道を見続け、その進化や多様性を楽しむのが、
おそらく筆者のような国道好きである。

本書は、国道マニアの立場から、日本各地に残る国道の多様性(階段であったり、山道であったり!)、
そして国道を楽しむ様々な視点を紹介するもの。

特定の国道を完走するというベーシックな楽しみ方から、
車では走破できない「酷道」を楽しむ者、
国道番号の付け替えによって都道府県道に格下げされた旧国道に、かつての国道の面影を探る者等々。

本書は、極めて日常的な存在である国道の中に、
自分なりの楽しみ方を見いだせるガイドブックと言えるだろう。

僕個人としては、本書末尾あたりに掲載された道路の起終点を示す「道路元標」、
道路にペイントされた文字、
看板(最近の青地に白の「青看」ではなく、白地に青の「白看」)など、
痕跡を探るあたりが、興味あるところ。

一見、たんなるマニアの愉しみ紹介のような本ながら、
日常的なモノに人の歴史と意味があり、それを見つける楽しさを伝える、なかなか楽しい一冊である。


【目次】
第1章 国道の名所を行く
第2章 酷道趣味
第3章 国道の歴史
第4章 国道完走
第5章 レコードホルダーの国道たち
第6章 国道標識に魅せられて
第7章 都道府県道の謎
第8章 旧道を歩く
第9章 深遠なるマニアの世界

▼律令国家において、全国を貫く大規模な道路整備が行われていた。
(レビューはこちら)



▼同著者による、律令国家による道路以外も含めた入門書(レビューはこちら)


▼日本各地の古街道の歴史を辿る。(レビューはこちら)


▼ビジュアルに古街道を見ていく楽しさ。(レビューはこちら)


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category: 趣味

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「遭難者を救助せよ!」山頂は目標ではない。山岳警備隊員は、命のために登る。  

遭難者を救助せよ!
細井 勝



これまで、遭難事故に関する書籍をいくつか紹介してきた。
(例えば、
ヤマケイ新書 山岳遭難の教訓 --実例に学ぶ生還の条件--」(レビューはこちら)、「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか (ヤマケイ文庫)」(レビューはこちら)
など。
だが多くの場合、その著者は当事者か第三者(山岳関係のライター等)だった。
ちょっと珍しい著者の立場としては、「いまだ下山せず! (宝島SUGOI文庫) (レビューはこちら)」がある。これは遭難者と同じ山岳会であり、捜索に関わった方だった。
そうした「捜索者」という立場があることを踏まえると、数多の遭難現場において、ほぼ必ず同じ現場に立つ捜索者がいることに気づく。
山岳警備隊である。

本書は、剣岳を要する日本有数の山岳地帯において、日々遭難者の救助に当たる富山県警山岳警備隊員の物語である。
ちょっと変わった書き方として、本書ではいくつかの突出した遭難事故を取り上げるのではなく-すなわち「遭難事故」が主役なのではなく- あくまで一人一人の山岳警備隊員を主役として描いている点があげられる。

本書では、富山県警察山岳警備隊の始まり、黎明期における、地元・立山町芦峅寺の山岳プロガイドとの関わりと巣立ち、救助ヘリの導入、警備隊員自身の殉職事故、そして執筆時点の中堅・新人である人々の警備隊員に成るための葛藤と決意などが取り上げられる。
これらが、警備隊一人一人の物語として語られ、それを幾重にも重ねることで、「富山県警察山岳警備隊」を語るという、見事な構成となっている。

特に、一般的なアルピニストと異なり、「職務」として山岳警備隊を全うするという山岳警備隊員の立場。
警察という公的組織であるがゆえ、外部からは「仕事で山に登れていい」とか「仕事だから救助するのが当たり前」等の見方もそれがちだが、彼ら一人一人も生まれながらに山岳救助隊員であったわけではない。
一人一人が、自身の命だけでなく、家族の人生までも巻き込んだ決断である。
彼らの決断の重さを、本書でしっかりと見届けておきたい。

ところで、以前なら、まず山に関する情報や道具を手に入れるためには、専門誌や専門店に行く必要があった。
そうした場では、目的の情報だけでなく、関連する情報も否応なく入ってくる。
そして、先人による指導や評価があり、その上で目指す山に向かった。
つまり、それだけの熱意と努力が無い、山への漠然とした憧れ如かない僕のような人間が、一人で山に向かうことが不可能だった。

ところが最近は、情報・道具の入手が極めて容易になった。
また、目指す山のみに限ったピンポイントの情報だけが入手でき、現地へのアクセスも容易となった。
すなわち、山屋である先人と一度も接触せず、独力で山へ向かう人も有り得るだろう。
また、過去に多くの山屋が歩んできたステップを踏むことなく、いきなり「憧れの山」へ向かう人もいるだろう。

そうすると、もちろん全ての層がそうとは言えないものの、
以前なら様々なハードルによって弾かれていた層までも、目的の山へ進めることになる。
そこに潜む遭難の危険性と言うのは、むしろ以前より高まっているのではないか。

一方、本書で気づかされたのだが、近年は大規模な遭難、複数の遭難、異常気象など特筆される要件が無い限り、あまり遭難事故について報じられること少ない。

だがそれは、おそらく、登山者の力量等が向上し、遭難事故が減少したためではない。
山岳地帯での情報伝達の効率化、ヘリ等による救急搬送、そして本書のような山岳警備隊の効率化が進んだため、悲惨な事故に至る前に救出されるケースが多いためだろう。

山のエキスパートである山岳警備隊ですら、救出ヘリの向上や装備の高度化により、かつてのような力・技を維持することが難しくなりつつあるという(だからこそ、時代錯誤ともとられかねない過酷なトレーニングを行っている)。

一般人が、そうした救助体制や道具の進化に甘えて、安易な知識・装備や明らかな体力不足等で山に向かえば、
遭難事故に陥るか否かは、本当に運・不運に過ぎなくなる。
そして一度事故に陥った場合、山岳警備隊員の限られた救出力の一部を削ぐとともに、最悪の場合、彼らの命までも危険にさらすことになる。

もちろん山では、不可抗力の事態も多い。
全ての判断・行動に責任を問うことも、現実的ではないだろう。
だから、遭難事故に遭う方全てに責任があるとは、もちろん思わない。
ただ少なくとも、本書を踏まえ、山岳警備隊に甘えた行動・判断だけは行わないよう、山へ向かう人々にお願いしたい。

【目次】
第1章 鉄人たちの涙
 道はヒマラヤに通じていない
 僕は神の奇跡を信じている
 助けたい、この子もいずれ母親になる
 暗転の登山がもたらした葛藤の日々
第2章 全員無事帰還せよ
 登山の大衆化から生まれた山岳警備隊
 指揮官たちが語る壮絶な生還ドラマ
第3章 こちら山の派出所、ただいま異常なし
 「僕はここで一人前になります」
 誰かが鬼の教官にならなければ…
 パトロール場所は標高三〇〇〇メートル
第4章 命預けあう山の隣人たち
 北アルプスに「神の翼」が舞い降りる
 育ての親は山岳ガイドの男たち
 山と人を愛した半世紀の診療奉仕
第5章 僕らも隊員になっていいですか?
 北アルプスで味わう基本給二〇万円の幸せ
 僕も人命救助の仕事に就きたい
 除隊して望んだのは刑事の世界
第6章 登頂なきアルピニスト
 転職で得た山の天職
 「自分たちは登山家じゃない」

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category: 事件・事故

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「アメリカン・スナイパー」一人の兵士とその家族の、愛と葛藤の物語  

アメリカン・スナイパー
クリス・カイル,スコット・マキューエン,ジム・デフェリス



2003年に始まったイラク戦争。
イラク戦争の大義は開戦当時から問われていたし、 その後の社会システムの復旧状況を見ても、
数多くの戦争のうちでも、特に影を落とす戦争だろう。
この中で、一人の狙撃手が伝説を残している。
クリス・カイル。
アメリカ海軍特殊部隊SEAL所属。イラク戦争に4回従軍し、160人の敵を射殺している。
これは米軍史上、狙撃成功の最高記録である。

そして2014年。彼を主人公とした映画「アメリカン・スナイパー」が、クリント・イーストウッド監督により製作された。
だが、クリス・カイル自身は、映画がまだ製作段階の2013年2月2日、海軍を除隊していたエディー・レイ・ルースにより射殺されてしまう。

本書は、この映画「アメリカン・スナイパー」の原作にあたる、クリス・カイル自身による自伝である。
SEALsの訓練、卓越した狙撃力、イラク戦争時点の現地の混乱等、興味深い話も尽きない。
ただ、狙撃手の物語であること、そして特に、クリスが「アメリカの正義」全てを信じて疑わない点について、
読み進めることが耐えられない人もいるかもしれない。

だが、本書で語られるのは、もちろん伝説的な狙撃手としての話もあるものの、
一人の職業軍人によるが体験した、
SEALsでの訓練、戦地での生活、戦友の死という「戦争」と、妻との出会い、結婚、出産という「日常」の物語である。

この、イラクという戦地での「日常」とアメリカでの「非日常」という相反するものの間で、多くの兵士と家族は、喜び、傷つき、壊れ、再生しようとしてきた。
その、最も端的な物語として、本書を読みたい。

アメリカ軍は定期的に「戦地」と「内地」を往復するという、極めてシステム化された軍隊だが、
軍人として卓越した知識・意識・体力を持つクリスですら、こうした全く異なる世界を往復することに、傷ついていく。
戦争という行為の凄まじさを思い知らされる。

クリス・カイルは、自身の命をかけて守ろうとした仲間(兵士)に、
安全なはずのアメリカ国内において、射殺された。
戦争の是非はともかくとして、
クリス・カイルという一人の人間が国のために死力を尽くし、
自身と家族が壊れ、愛によって再生しようとした事実を、そのまましっかりと受け止めておきたい。

なお、蛇足として書き留めておきたい点を3つ。

まず、アメリカの交戦規程の徹底について。
本書でも、狙撃のたび、交戦するたびに、「交戦規程上も問題ない」等の文言が入る。
戦地の最前線においても、交戦規程による判断、記録、そして第三者による確認が徹底されている状況が伝わってくる。
クリス・カイルがアメリカの正義を盲信していることに反発する方もいるかもしれないが、
正直なところ、一兵士としての職務を全うしているだけと言える。

アメリカの交戦規程が、どこまで真に文民のシビリアンコントロールとなってるかは知らない。

ただ少なくとも、最前線の兵士に判断は委ねられておらず、その遵守が徹底されていることは、間違いない。
(実際、クリス・カイルほどの戦績であっても第三者の誤解・悪意によって軍法会議に付されている。
また後述する、アフガンでの「レッド・ウイング作戦」の破綻も、交戦規程を徹底したことが契機の一つである。)
最前線の兵士に、軍の命令や交戦規定よりも個人の良心と政治的判断を優先させた行動を求める。
日本ではよく美談として語られ、また求められがちだが、これは結局のところシビリアンコントロールの放棄でしかない。
むしろ最前線のような極限状態にあっては、より怠惰・安易な判断に流れるのがオチだろう。
もちろん武力以外での解決が最重要だが、それは政治の問題であり、そもそも軍が行動する以前や、軍が行動している最前線とは別のところでの話だろう。

もう1点は、それこそ交戦規程を徹底したために、アフガニスタンで壊滅的な被害を受けたSEALsの「レッド・ウイング作戦」、その唯一の生き残りであるマーカス・ラトレルが、同じSEALsとしてクリス・カイル の友人であったことだ。
本書でも、マーカス・ラトレルの生死が不明な際に、クリスが動揺し、悲嘆し、怒りを募らせるシーンがある。
このマーカス・ラトレルと「レッド・ウイング作戦」の話については「アフガン、たった一人の生還 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)」と言う本があり、「ローン・サバイバー 」として映画化もされている。

最後に、伝説的な狙撃手としては、フィンランドとソビエト連邦間の冬戦争において、「白い死神」と呼ばれて恐れられたフィンランド人、シモ・ヘイヘ。約500人の狙撃記録がある。
彼については、「白い死神 (アルファポリス文庫) 」という本がある。読んでいるけどレビューはし損ねている。


【目次】
荒馬乗りと気晴らし
震え
拿捕
生きられるのはあと五分
スナイパー
死の分配
窮地
家族との衝突
パニッシャーズ
ラマディの悪魔
負傷者
試練
いつかは死ぬ
帰宅と退役



▼本書を映画化。最後のクリス・カイルが殺されて以降の葬儀等の映像は、実際のものを使用。
主役のブラッドリー・クーパーが、本当にクリスそっくり。


▼アフガンの「レッド・ウイング作戦 」で唯一生き残ったマーカスの物語。未読なのでいつか読みたいと思っている。
 映画「ローン・サバイバー」の原作。


▼レッド・ウイング作戦が破綻し、どんどん破滅的になる状況はつらいものがある。ブロックホーク・ダウンみたい。


▼極寒の地での狙撃。知られざる狙撃手について、一番入手しやすい本と思う。


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category: 戦争

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冬の隣人・カモ類を極めるために、必須にして現在最高の図鑑。「決定版 日本のカモ識別図鑑: 日本産カモの全羽衣をイラストと写真で詳述」  

決定版 日本のカモ識別図鑑: 日本産カモの全羽衣をイラストと写真で詳述
氏原 巨雄,氏原 道昭



野鳥観察を始めた方には、シギ・チドリ類はどれも同じに見えるだろう。
また、冬の海辺のカモメ類はただでさえ観察しづらいのに、
齢による羽衣変化があるうえ、セグロカモメの仲間の分類がよく変わり、学名・和名共にやや混乱している。
ワシタカ類も性・齢による羽衣変化が大きいうえに、そもそも出会う頻度自体が少ない。

だが、こうした識別が困難なグループほど、出会った1個体をじっくり見る喜びは大きい。
種名だけでなく、性や齢を追及する面白さ。
亜種を知れば、ダイナミックな渡りに思いを馳せ、
じっくり観察し続けることで、時には思いがけない珍しい個体を見いだすことすらあるだろう。

そんな喜びに嵌まった多くの方が、こうした「識別が難しいグループ」に挑み、様々な知見が文献となり刊行されてきた。
ワシタカ類だと「図鑑日本のワシタカ類」。シギ・チドリ類だと「シギチドリ類ハンドブック」、カモメ類だと「カモメ識別ハンドブック」あたりが、まずは定番だろう。

このうち、カモメとシギチの両ハンドブックの著者は、同じ氏原巨雄・道昭の両氏。
お二人の図鑑には、国内外の記録や文献の精査、実地での詳細な識別経験、そして自身がイラストを描かれることにより説明と図の食い違いがないという大きな特徴があり、それが高い評価に繋がっている。

90年代前半、両氏による「カモメ識別ガイド (BIRDERスペシャル)」がカモメに関する最も重要な識別資料の一つとして有名だったが、そのクォリティをさらに高めた「カモメ識別ハンドブック」(現在は改訂版。初版は2000年刊行)は、日本のカモメ識別レベルを引き上げた重要な一冊と言える。
また、「シギチドリ類ハンドブック 」が刊行された際にも大きな話題となっており、僕のように、この2冊のハンドブックを常備している方も多いと思う。

そして今回、三たび両氏が著者となり刊行されたのが、本書「決定版 日本のカモ識別図鑑」だ。
カモ類については♂が識別しやすい一方、
エクリプスや幼鳥の識別はなかなか厄介で、これまでの図鑑では、あまり詳細に踏み込んでいなかった。
そのため、各種の雌・エクリプス・幼鳥まで網羅的に確認しようとすると、
それこそ90年代に氏原氏が雑誌BIRDERに書いた記事くらいしかなかった。

しかし満を持して、今回「決定版」と銘打ってカモ類図鑑が刊行されたわけだ。

本書では、水面採餌ガモを巨雄氏が、潜水ガモを道昭氏が担当。
お馴染みイラストはかなり大きめで、明瞭に識別点をチェックできる。
しかも、これまでの図鑑には無く細かな性・齢のステージごとに描き分けられている。

例えばヒドリガモでは飛翔図(♂生殖羽、♂幼羽→第1回生殖羽、♀成鳥、♀幼羽)、横からの図として♂生殖羽、♂エクリプス、♂エクリプス→生殖羽、♂幼羽→第1回生殖羽、♀生殖羽、♀非生殖羽、♂第1回生殖羽、♀幼羽、♂幼羽の計13図を掲載。こんな感じで全種が通されているという、驚愕の内容である。

また、これまでの両氏のハンドブックとの大きな違いとして、写真が多用されている点がある。
きちんと撮影地と年月日が付された多数の写真によって、様々な中途半端な時期の個体をイラストと比較しながら識別することができ、誌上で識別力を高めることができるだろう。

さらに、アメリカヒドリとヒドリガモ、コガモとアメリカコガモなど、
じっくりチェックしたい話題については数ページと多数の写真を用いて解説。
「雌は識別しにくい」と逃げるどころか、♂♀成幼、全ての組み合わせで解説するという充実ぶりだ。

48種のカモ類のみに限定しながら、300ページという昔の野鳥図鑑なみのボリュームであり、
掲載された情報量はちょっと類を見ないもの。
これだけの知見を様々な文献から自力で探すのは困難である。

シギ・チドリ類などに比較すると、カモ類は安易に識別できる(少なくとも♂では種レベルは分かりやすい)と考え、
僕ももとより、おそらく 多くの方が安易に見てきたと思う。

しかし、本書は「きちんと見ればこれだけ識別できるのだ」と教えるとともに、
暗に、これまでの一般的な見方がいかに浅かったかを突きつける。野鳥の世界の底深さを改めて思い知らされる一冊だ。

本書は「決定版」の名のとおり、「シギチドリ類ハンドブック 」、「カモメ識別ハンドブック 」に続き、
おそらく今後のカモ識別のバイブルとして、長く使われることだろう。

ただ残念ながら、あまりに完成度が高く評判も良いので、ネット上ではもう在庫がなく、しかも版元も品切れだ。(2016年2月16日HP閲覧)
ネット上の一部ではプレミア価格までつけられているので、興味がある方は、お近くの書店で発見した際には迷わず購入されたい。
数年後に改訂版が出るかもしれないが、このような基礎文献は絶対に早期に入手し、
少しでも早く実地に使っていきたい。

【目次】
この図鑑の使い方
用語解説
各部位の名称
換羽と各羽衣の特徴
水面採餌ガモ♀の生殖羽と非生殖羽
カモ類の色彩異常
カモ観察の手引
水面採餌ガモ
潜水採餌ガモ

▼カモメ類を齢ごとに図示。冬の海辺での観察時は必携。


▼シギ・チドリ類を詳述。持ち運びも軽く、春秋の水辺では常備しておきたい。


▼現在は第2版が刊行されている、日本産ワシタカ類の刊行当時の知見を全て盛り込んだ大形図鑑。
 初版も18,000円(税抜)しており、僕には第2版まで買う気力は無かった。
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category: 野鳥

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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サンレモ音楽祭2016、開催!!  

サンレモ音楽祭2016

相変わらず、気長にイタリア語の勉強を続けています。
と言ってもラジオの「まいにちイタリア語」と「テレビでイタリア語」を続けているだけですが、
それなりにイタリア・ポップスでも聞き取れるフレーズが出てきました。
知らない世界が広がる感じ、そして新しい音楽との出会い。何歳になっても楽しいですね。

例えば、大好きなアーテイストの一人、Lorenzo Jovanotti。
最近、2015年のライブのアップロードが続いていて、嬉しいところ。
中でもオープニング曲のPenso Positivo (ポジティブ・シンキング)、
以前は終盤に使われていましたが、
この曲で始まるのも、いい感じ!! ライブ楽しそう!!



さて、イタリア・ポップスの楽しみの一つに、サンレモ音楽祭があります。
1951年から始まった伝統ある音楽祭。
奇しくも、日本紅白歌合戦と同じ歴史ですが、もっと大規模なもの。
詳しいルールは色々変わるようですが(そこらがイタリアらしい)、
歌は全て新曲で、5日間にわたる勝ち抜き制というスゴイもの。
さすが、平均視聴率は約50%だそうです。

今年も、2月9日から13日にかけて開催され、様々な曲が発表されました。
サンレモ音楽祭のホームページも、盛り上がっています。

またカンツォーネの国らしく、トップページ →CANTANI →CAMPIONIで、入賞曲の録画も視聴できます。
これからじっくりチェックするのが、楽しみです。

さて、驚いたのが、好きなグループのひとつ、DEAR JACKですが、
ボーカルが黒人になってる!!
急いで確認すると、2015年9月にボーカル、Alessio Bernabeiは独立したとのこと。
この曲なんか、ロマンティックで良かったんですが。
Domani è un altro film (明日はまた別の映画)


こちらの曲は、昨年のサンレモで入賞した曲。
Il Mondo Esplode Tranne Noi (僕らを残して世界は爆発する)


でも、今年のサンレモでも、独立したボーカルAlessio Bernabeiも
新DEAR JACKも入賞していて、嬉しいところ。

いやあ、イタリア行きたいなあ。
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category: 音楽

thread: 日々のつれづれ - janre: 日記

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「人類を変えた素晴らしき10の材料: その内なる宇宙を探険する」人類の工夫と発見に驚愕し、明日の材料に期待!  

人類を変えた素晴らしき10の材料: その内なる宇宙を探険する
マーク・ミーオドヴニク



元素という単位に着目した類書は、ある。
(例えば「炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす (新潮選書)」(レビューはこちら)では、炭素の他種々の元素や高分子化合物が取り上げられている。)

しかし本書はやや趣というか視点のレベルが異なり、「材料」というレベルの物質に着目したもの。
著者は材料工学の専門家というより材料マニアのようで、マニアック性が垣間見える。

ところで最初に断っておくが、書名は最近流行の「〈スゴイ〉の〈数〉の〈モノ・コト〉」だが、
書名につられて、これらの材料がいかに人類史に関与してきたのかという視点を重視していると、やや期待にそぐわない。

原著名は「STUFF MATTERS Exploring the Marvelous Materials That Shape Our Man-Made World」とあるように、
本書は、取り上げる各材料が人類に見いだされて改良されていく過程と、それが主要な材料として活用される(あるいは、活用できる)理由を紹介するもの。

そうすると、まだ宇宙工学でしか真に活用されていないエアロゲル(「フォーム(泡)」の章)、様々な材料が入り交じる「インプラント」(体内に埋め込まれる器具)の章などがあることも納得できる。

さて、末尾に記載した目次をご覧いただければ分かるが、こうした未来素材も含めて、取り上げられるのは鋼鉄やチョコレートと様々だ。この10に絞る必然性はちょっと思い浮かばないが(たぶん著者の好みだろう)、これらを欠くと人類の文明が成立し得ないのも確かである(チョコレートも人生に不可欠である)。
また、磁器やコンクリートのように、「元素」レベルの本では取り上げられないモノが紹介されているのも嬉しいところ。

例えばコンクリートだが、長らくなぜ古代ローマ人がこうした極めて高度な(と思う)材料を活用できたのか不思議だった。
だが本書によると、粉末岩石を色々組み合わせて白熱する温度まで加熱する実験を繰り返す必要なく、出来合いの天然セメント(珪酸塩の岩石が超高温で熱せられて形成された火山土、石灰と混ぜ合わせると固化する)がナポリ近郊に産出されていたという。

また、鉄筋コンクリートの強固さには驚くばかりだが、それはたまたま鉄とコンクリートの熱に対する膨張率が同じという偶然に支えられている。この偶然なしには現代建築は成立しえず、世界の不可思議さと、それを見いだした人々に驚かされる。
さらに、近年は好アルカリ菌(デンプンを食い、炭酸カルシウムの一種である方解石を排出する)を用いた、自己治癒コンクリートまで開発されつあるという。人類、すごい。

一方、グラファイト(炭素)の章では、まずダイアモンドと鉛筆を比較し、炭素がもつ強固さがその分子構造(結晶構造)にあることを紹介した上で、球体に結合するバッキーボール、円柱状に結合するカーボンナノチューブ、そとして炭素一層だけの薄い結合ながら、極めて頑丈なグラファイトを取り上げ、これが持つ材料としての可能性を探る。
セロテープでグラファイトができちゃった、というニュースが少し前にあったと思うが、この驚異の素材がどう発展していくのか。それをリアルタイムで見ていけるのは、嬉しいところだ。

こうした人類の長い試行錯誤と工夫が、身近な全てのモノ(比喩ではなく、文字通りの意味で)に結実され、
そして今後も次々と新しい材料が用いられていくだろう。
人類の知の積み重ねには圧倒されるばかりである。

ところで、本書で最も印象に残ったのは、申し訳ないが鋼鉄の章で紹介されているエピソード。

ボスニア北部に住むラディヴォケ・ラジック氏。
何と彼の家には、2007年から2008年にかけて、少なくとも5個隕石が落ちてきたという。
隕石を掲げるラジック氏の写真が掲載されているが、ニコリともしていない。
それも、一度にではない。
2008年にラジックが「これはエイリアンが自分を狙っているのだ」と主張したあと、
隕石がまた落ちてきたのである。これが真に隕石であることは、科学的に確認されているという。

とはいえ、結局は家に石をぶつけているだけだから、小学生みたいなエイリアンである。
単なる頑固おやじと小学生のケンカかもしれない。

【目次】
はじめに:すぐそこにある材料の内なる宇宙へ
第1章:頑強……文明を変えた強くしなやかな「鋼鉄」
第2章:信用……記憶や愛を刻印する「紙」
第3章:基礎……社会の土台として進化する「コンクリート」
第4章:美味……「チョコレート」の秘密
第5章:驚嘆……空のかけらを生む「フォーム(泡)」
第6章:想像……映画も音楽も「プラスチック」のおかげ
第7章:不可視……なぜ「ガラス」は透明なのか
第8章:不可壊……「グラファイト」から世界一薄く強固な物質へ
第9章:洗練……技術と芸術が融合した「磁器」
第10章:不死……九八歳でサッカーを楽しむ「インプラント」の私
第11章:人工……材料科学の未来

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category: 技術

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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感染症に関する知識は、21世紀の常識として必要だ。「Disease―人類を襲った30の病魔」  

Disease―人類を襲った30の病魔
Mary Dobson



病気はあまりにも多い。
そして病気と人類の戦いは、人類史において大きなウエイトを占めている。
ペスト、結核、天然痘、ハンセン病、マラリア、ポリオといった病気は、誰もが聞いたことがある病気だ。
今となっては何となく「古い」病気のように感じるが、決してこれらとの闘いが終わったわけではない。
(唯一天然痘だけが、人類が勝利を獲得した病気だ。)

それどころか「21世紀は感染症の時代」とも言われるように、
SARS、エボラといった新興感染症、
新型インフルエンザという古くて新しい感染症、
そして多剤耐性菌のように、抗生物質そのものを無効化してしまう菌の存在。
さらに、プリオンといった新しいタイプの病気までも見いだされている。

これらの病気について、それぞれの歴史を知ることは、なかなか難しい。
本書は、人類に影響を与えた30の病気について、
その病気が認識された出来事、原因となるウイルスや菌の発見、その対策と現状について、
1つの病気あたり10p程度でまとめたもの。
病変や死者などのセンセーショナルな写真は少なく、むしろ当時の社会、報道などの資料を数多く掲載する。
また、それぞれの病気ごとに年表を設けているので、発見から現在までの足跡を辿ることも容易だ。

これまでも、本ブログで各病気の良い本を紹介してきた。

例えばSARSについては「世界を救った医師―SARSと闘い死んだカルロ・ウルバニの27日 (NHKスペシャルセレクション) 」(レビューはこちら )で、その孤独な闘いが紹介されている。

エボラについては、「ウイルス感染爆発 」(レビューはこちら )でアウトブレイクを抑える難しさを知ることができる。

インフルエンザについては、「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争 」(レビューはこちら )において、スペイン風邪が日本を襲った時代の混乱を辿ることができ、また「私たちにできること。 新型インフルエンザとの戦い (NHKプロフェッショナル仕事の流儀)」(レビューはこちら)では、新型インフルエンザが発生した際のWHOの対応を知ることができる。

プリオンだと、「眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎 」(レビューはこちら)あたりが、発見史を辿るうえで重要だろう。

こうした本はもちろん素晴らしいのだが、残念ながらこれらの本は、
ぞれぞれの病気の一つの時点を切り取ったものである。
本書を手元に置いて各病気を概観することによって、
ますます、それぞれの本が語る出来事の重要性を深く認識することができるだろう。

なお、30の病気のうち、細菌感染症、寄生虫病、ウイルス疾患だけで26。
残る4つが生活習慣病だが、うち1つはクールー病とクロイツフェルト・ヤコブ病-すなわちプリオンなので、
実際は27が広義の感染症である。


▼WHOの新藤氏によるもの。レビューはこちら


レビューはこちら

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category: 医学

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「カバに会う―日本全国河馬めぐり」明日は、カバになりたい。  

カバに会う―日本全国河馬めぐり
坪内 稔典



何も考えず、動物園の動物を5種あげてみよう。
僕は、「ライオン、キリン、ゾウ、トラ、カバ」だった。
人によっては、ゴリラが入ったり、サイが入ったりするかもしれない。
「ライオン、キリン、ゾウ」あたりは不動の3種と思うが(トラ派の人ごめんなさい)、
カバは-、正直、サイと一緒に5~7位を争うあたりかもしれない。
動物園の記憶を思い出しても、カバの姿は思い浮かばないのである。

野生だと非常に危険な動物だと聞いているものの、
動物園だと、コンクリートの広場と汚れたプールのどちらかで、たゆたうカバ。そんな感じだ。
正直、「カバを見よう」と思ったことはない。

だが、著者は思ってしまったのである。
カバに会おう。それも、日本中のカバに会おうと。
そしてカバの前で、1時間はいようと。

雑事に追われる日々からすれば、とても贅沢で、素敵な時間の使い方である。羨ましい。
じっと見ていれば、野生動物は様々な姿を見せてくれるものだ。

普通は。

カバは、じっとしている。これほどカバを愛する著者が訪れたところで、
特筆すべき行動(といっても、「変わった」行動ではない)をしてくれたのは少ない。
多くは、「プールに沈んだまま」「寝転がっていた」「いっこうに動かない」。
さすがはカバである。泰然自若というか、悠悠自適と言うか、自暴自棄というか。

そんなカバとの出会いの繰り返しの本が面白いのかと思われるだろうが、
実は何とも味わい深い本なのだ。

著者は、俳人。「マシュマロジージ」とお孫さんに呼ばれる程度の御年齢だ。
カバを愛するあまり、自身が代表を務める俳句雑誌「船団」の特集で、
全国の会員に日本各地のカバに会ってもらい、「日本河馬図鑑」という特集を組んだほどである(「船団」1994.3)。素晴らしい。

そして本書は、それらのカバに会う旅だ。
「日本河馬図鑑」の時には◯◯さんが出会ったカバ。
△△動物園のカバの子ども。
まるで、文通(例えが古いですね)でしか知らない旧く長き友に会いに行くようなときめきが、ある。

また、先々で引かれる様々なカバの句。

「桜散るあなたも河馬になりなさい」(坪内稔典「落下落日」)
「春を寝る破れかぶれのようにカバ」(同)
「水中の河馬が燃えます牡丹雪」  (同)

著者によるこれらの句を始め、多くの人が、カバを通して季節を、人生を、その刹那を詠んでいく。

生物好きが動植物に会った時は、識別であったり、形態であったり、
どうしても「その種が何か」を見ようとすることが多い。
それは確かに楽しみ方の一つではあるものの、
著者のように、ただ出会いを楽しみ、その刹那の情景を心に刻むことも、また素敵ではないか。

人生は色々あるし、日々の生活も大変である。
人それぞれ、悲しみも苦しみもあるだろう。
だが、一度きりの人生。カバになる時も必要だ。

「桜散るあなたも河馬になりなさい」

「誰もがカバになれるのだよ」と、ネンテンさんが囁いているようだ。

【目次】
1 わか目もふらずカバのもとへ―九州篇
2 カバに触った!―中国・四国篇
3 糞がちりますカバの園―近畿篇
4 ゴッドファーザーの末裔―中部篇
5 河馬の馬鹿―関東篇
6 カバに近づく―東北・北海道篇
7 あなたも河馬になりなさい―番外篇
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category: 哺乳類

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森閑とした雪の村を、巨大なヒグマが襲う。「慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件」  

慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件 (文春文庫)
木村 盛武



1915年(大正4年)12月。
北海道苫前郡苫前村、三毛別御料農地の更に奥地、六線沢という地において、
一頭の巨大なヒグマが、開拓時代の寒村を襲った。
子を殺し、女性を喰い荒らす。
通夜の中を襲い、逃げ惑う人々に爪や牙をたてる。
ひっそりと、だが慎ましく支え合って暮らしていた山奥の村で、7人が死亡し、3名が重傷を負った。
この事件を、「三毛別羆事件」(さんけべつひぐまじけん)と呼ぶ。

吉村昭氏の「羆嵐 」は、この事件を取り上げたものだ。初めて読んだのは、20年以上前になる。
惨状を冷徹な目で伝える吉村氏の描写。まるでその場に居合わせていたかのように細部を捉える視線。
森と雪の深さ。巨大なヒグマに翻弄される人々の心細さ。
北海道の開拓時、このような事件があったという事実に驚き、
その恐ろしいまでの臨場感に、文字通り手に汗を握って一気に読んだ記憶がある。

ただ、「羆嵐 」は良い意味で、極めて優れた小説である。
小説として完結させるためには、事実を確認できない部分については、吉村氏が補完せざるをえない(その補完が事実そのものように感じられるほどリアルなところが、吉村氏の真骨頂と言える)。
それに対して、本書はノンフィクション、報告書である。
実際のところ、吉村氏の作品に先行して本書は刊行されたものですらある。

著者は林務官として勤務する傍ら、事件の当事者らに話を聞き、また当時の新聞等を確認して、この未曽有の獣害事件の詳細を掘り起こして行った。
掲載された生々しい描写、人々の苦しみや悲しみは、事実そのものである。

また、第2部以降に収録された内容が、著者のスタンスを明確にしている。
自身が若い頃に経験した事件。勤務中に生じた数々のヒグマとのニアミスなど、
数多の事件から、ヒグマによる被害を避けるための教訓を見つけ出そうとするものだ。

これほど多数の人が襲われる事件はもう起きないかもしれないが、
少人数のパーティなどがヒグマと遭遇し、被害に遭うことは未だ続ているという。

著者の願いであるヒグマ被害の軽減のためにも、
また、北海道開拓時の惨劇を忘れないためにも、本書や「羆嵐 」は、長く読み繋がれていくべきだろう。

ただ唯一残念なことがある。
おそらく、北海道開拓時以前に、アイヌの人々も同様な被害に遭っていたことと思う。
その悲しみは、歴史の彼方に埋もれ、二度と知ることはできない。
また、世界中でも、クマによる獣害は跡を絶たない。
これらの、これまでヒグマに襲われた名も残らぬ人々の鎮魂を願うとともに、
著者と同様、それが一件でも減少することを期待したい。

【目次】
第1部 慟哭の苫前三毛別事件
 惨劇の幕明け
 通夜の亡霊
 大討伐隊
 魔獣の最期
 史上最悪の惨劇を検証する
第2部 ヒグマとの遭遇
 北千島の人食いヒグマ事件と私
 ヒグマとの対峙
 ヒグマが人を襲うとき


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category: 事件・事故

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「虫屋さんの百人一種」 一人一人の、未知の世界を知る喜びの物語。  

虫屋さんの百人一種
NPO日本アンリファーブル会



本書は、図鑑ではない。
また、100種の昆虫について、その生態・形態に関する専門的なトピックが記載されているものでもない。
取り上げられている種も、特段珍しい種ではなく、いわば「馴染み」の種である。

様々な人が、身近な-とはいえ、中にはかなり珍しいものもあるが-それぞれの種について、その魅力や思い出を語るもの。
ごく個人的な物語といっていい。

だが、その個人的な物語こそが、
昆虫それぞれに魅力があること、
そして昆虫との出会いが、それぞれの人生において極上の体験に成り得ると言うことを、しっかりと示している。

子供の頃の出会い、大人になってからの再会、一度きりの出会い。

多くの生き物屋は、それぞれが対象としている生物について、同じように個人的経験を持っているだろう。
初めて見た時の感動や、探し求めていた種に出会ったときの喜び。
いわば、「未知の世界が開いていく」感動と言っていい。

そして、昆虫に手を出せば、またその感動が味わえるのだという誘いが、本書に潜んでいる。
昆虫に興味が無い人にこそ、ぜひ読んでいただきたい一冊である。

ただ1点残念なのは、各種ごとに書き手が異なるのだが、その様々な書き手の情報がないことだ。
内容から中高生の方や、わりとご年配の方もいるように見受けられる。
もちろん氏名まで求めるつもりはないが、 同じ「小学生の頃の思い出」を語られていても、書き手によって数年前の場合と、数十年前の場合があるわけだ。それを、一々補正しながら読んでいくのが少々苦労する。

また、失われた自然についての話や、将来の願いが語られれているからこそ、書き手の年代が知りたくなる。
「今の中高生にもこんなに昆虫好きな人がいるのか」とか、「数十年前はこうだったのか」と感じることも、こうした個人的経験をまとめた本の魅力だろう。

日本の昆虫は、もちろん100種で終わるものではない。
また、それぞれの種に対して、いわゆる虫屋さん一人一人の経験や思い出は、当然異なる。
なかなか出版には難渋されたようだが、ぜひ、第2弾を刊行してほしい。
日本は、虫を愛でるという世界的にも割と少ない文化に恵まれた国である。
だからこそ、本書のような本は出版される価値がある。

なお、本書を読むと昆虫採集がしたくなる。
そんな方には、「ぼくらの昆虫採集」(レビューはこちら) をお勧めする。

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category: 昆虫

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