ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

「kupu‐kupuの楽園―熱帯の里山とチョウの多様性」地道なフィールドワークこそが、全ての始まり。  

kupu‐kupuの楽園―熱帯の里山とチョウの多様性
大串 竜一



著者は亜社会性の狩り蜂であるハラボソバチの研究者。
だが、1995年から1997年にかけて、国際協力事業団(JICA)の長期派遣専門員として、インドネシアの西スマトラ州バダンに赴任した。
目的は、「野外生物学における研究協力と研究者養成」。
その一環として、ごく身近な昆虫相を記録することとして、センター近辺のウル・ガド地区、
そこからやや山間部に入ったガド山地区において、約2年間、定期的にチョウを採集し、記録していった。

調査が軌道にのった22ヶ月の間に、ウル・ガド地区では、8科83種3377個体を捕獲。比較対象としたガド山地区では8科80種362個体した。
捕獲したのは、熱帯のチョウとして有名なトリバネアゲハではなく、ごく普通のキチョウ類などだ。
だが、現地のごく普通種を、もれなく丁寧に記録することに、大きな意味がある。

著者は、自身の研究スタンスを次のように語る。

自然そのものをできるだけ詳しく記録すること
同じ場所を長期間にわたって繰り返して観察すること


ともすれば希少種を追いがちだが、それは実は、多くの人が目指す道である。
そのため、希少種ほど、標本・データは揃いやすい(また、減少もしやすいのだが)。

一方で、著者の目指す「地に足のついた」研究は、実は相当の力が無いと難しい。
そのため、インドネシアはおろか、日本各地においてもなかなか類似のデータは無い。
だが、地域の生物相を問題とするときには、こうした全種調査こそが役に立つ。

著者自身も、その調査を通じ、温帯に比べると高い多様性を誇る熱帯アジアの蝶群集を実感するとともに、
森林種の減少と草原種の進出・繁栄、
そして識別が困難で、一見同所的に生息しているキチョウ類が、
種によって生息場所や季節(熱帯なので四季はないが、それでも季節的と言える時期的な)により増減していることを明らかにする。

巻頭には、98枚のカラー写真。6枚の風景写真も含むものの、他は本書で紹介される、インドネシアの「身近な蝶」だ。

淡々とした記録が続き、突出した理論や発見があるわけではない。
また、大きな冒険が繰り広げられるものでもない。
本書に含まれるのは、インドネシアのローカルな記録に過ぎない。

だが、それは二度と得られないデータである。

データを得て、残すという事の重要さ、
そして本当に基礎的なデータを得るために必要となるフィールドワークを、本書は伝えてくれる。

極めて地味な本ながら、動植物調査を志す人には、読んでおいていただきたい一冊である。

【目次】
1 西スマトラ、自然と人々
2 研究の始まり
3 熱帯アジアの蝶と向かいあって
4 多雨熱帯の山と村
5 スマトラのチョウ-その生活と行動
6 熱帯のチョウの四季
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category: 昆虫

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「薬で読み解く江戸の事件史」日本史には、漢方薬が欠かせない‼  

薬で読み解く江戸の事件史
山崎 光夫



なぜか、蘭学に興味がある。
前野良澤、杉田玄白、中川淳庵。
大槻玄澤、シーボルト、渡辺崋山と、
江戸時代の蘭学史を辿ると、日本人の探求心の凄みを実感する。

蘭学=蘭方医と対極にあるのが、漢方だ。
漢方医は当時の医学の主流であり、将軍の御典医も漢方医だった。

「漢」方というくらいで、つまるところ、日本古来からの中国文化尊重の一端としか思っていなかったが、本書によってそれが誤解であったことが分かった。

本書冒頭は、徳川家康の「医学」である。
家康は当時としては極めて長生きしたが、その理由として、
家康自身が医学、すなわち当時としては漢方医学に極めて造詣が深かった。

それどころか本書によれば、家康は漢方医学の典籍を読み、
当時の最高の医者に学び、
自身で漢方薬を調合・調整する能力まであったという。

胃腸が弱い自身のために、「萬病圓」。
滋養強壮のために「烏犀圓」。
(ちなみに富山の薬売りによる情報流出を警戒した佐賀藩では、寛政8年(1796)、需要の多かった烏犀圓を藩内で独自に製造・販売させることにし、その販売を請け負った「野中烏犀圓」は現在も烏犀圓のみを販売しているという。)

そして、家康が特に執着した解毒解熱効果が極めて高い秘薬、「紫雪」。

家康はこれらの漢方薬を自ら調整することで、自身の健康状態を管理。
徳川家の万一の備えとするだけでなく、
家臣などに分け与えることで人心掌握にも役立てた。

本書では様々な漢方薬の成分(生薬)が紹介されているが、
確かに薬効は高そうだ。
長い人々の経験をふまえて、確かに江戸時代、漢方薬は最高の医学であったに違いない。

まして、家康自身が漢方を重視していたとしたら、なおさらだろう。

江戸時代の薬、特に漢方薬という特殊に視点ながら、
なるほど生活に密着した「漢方薬」という視点がなければ、江戸時代の理解は片手落ちになるになと実感させられた。゜

本書では、他に島津斉彰や考明天皇の死に至る病と、当時処方された薬、
新撰組の土方歳三が売り歩いた「石田散薬」などが紹介される。

他、小林一茶や杉田玄白の健康術、貝原益軒の未公開資料の紹介などもある。
実のところ、「薬」に直結した章は凡そ半分、
残る半分は江戸時代の著名人の健康術と貝原益軒に割かれており、「薬で読み解く」だけを望むとやや不満足となる。

ただ、それでも「漢方」という特殊な知識をベースに江戸時代を紹介する珍しい一冊。一読しておいて損はないだろう。

【目次】
第1部 薬にまつわる江戸の裏話 ~家康から新選組まで
 ・長寿将軍・徳川家康の座右薬を復元する
 ・島津斉彬怪死事件の謎を解く
 ・新選組の常備薬「石田散薬」は美味だった
 ・幕末期・孝明天皇怪死の謎を解く
第2部 知られざる江戸医学の智恵 ~将軍から庶民までの健康話
 ・スペイン風邪を退治した江戸医学
 ・人気作家・山東京伝京山兄弟が説いた「銭湯道」
 ・西洋医学の父・杉田玄白の長寿七法則
 ・情報通・井原西鶴の強壮薬研究
 ・漂泊の農民俳人・小林一茶の健康術
第3部 スーパー老人・貝原益軒の旅・財産・死に方 ~その未公開資料を読み解く
 ・八十五歳まで生きた益軒が常日頃携帯していた薬とは?
 ・江戸の昔も老後幸せに暮らすためにはお金が大事
 ・異例の長寿を誇った益軒の人生訓とは
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category: 歴史

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「やさしい古文書の読み方」くずし字を読めないことは、歴史の断絶だ。  

やさしい古文書の読み方
高尾 善希



江戸時代、想像以上に出版文化は華開き、膨大な量の書物が刊行された。
(そのあたりの状況については、「和本の海へ 豊饒の江戸文化 (角川選書)」(レビューはこちら) 、「和本への招待 日本人と書物の歴史 (角川選書)」(レビューはこちら)が詳しい。)
それはすなわち、識字率が極めて高く、庶民にまで文字文化が浸透していたことを意味する。

その原因はいくつかある。
例えば幕府が、「高札」や「廻状」、年貢の受領や関所を通過するための手形など、文字による統制を極めて重視していたこと。
また、農村にあっても貨幣経済が浸透し、それに伴い売買・借金を証文化する必要があったこと。
文字が読めなければ、どうしようもなかったのである。

その結果、版本などの刊行物、幕府や寺社に残された公式文書、そして各村々で幕府との中継にあたった有力な家(庄屋等)にも、文書が残された。
だが、現在の教育では、これらの古文書を読む力は身に付かない。

楷書の活字に慣れた現代人にとって、くずし字は異次元の文字になってしった。
実際のところ、明治になってもくずし字の版本が刊行されていにも関わらず、だ。

くずし字を読めるようになって、膨大な歴史資料に直接アクセスしたい。
そういう層に対して、基礎の基礎から解説してくれるのが、本書だ。

古文書とは何かかに始まり、書かれ方の作法(敬意を表するため1字あける「闕字」や、敬意を表するために改行する「平出」、さらに飛び出す「台頭」など)など、文書そのものの仕組みも解説してくれる。

その上で、「くずし字」の解説に進む。
実際の読み方というよりも、読み方・学び方のコツ、くずし字で覚えるべき流派、複数の字をまとめた合字、用いるべき字書など、実用重視の解説がなされている。

本書1冊で古文書が読めるようになるわけでは当然ないが、「古文書とはどのように見るべきで、どう学べば読めるようになるか」という、ごく当たり前の、だが現在の学校教育では絶対に教えてくれない知識に関する、最適の入門書である。

先人たちが残した膨大な記録。
それを読めば、学校教育だけでは知ることができない、人々の生活史が見えてくる。
庶民の生活こそが、本来、多くの現代人の礎になったものだ。

また個人的にも、実家に古文書(先祖が書いたくずし字による記録)がある場合、
それを読めるか否かは、自らのルーツを辿り、また伝えるうえで、大きな差になるだろう。

一人でも多くの方が、少なくとも古文書は「読めるもの」だ、と認識するためにも、本書をお勧めしたい。

【目次】
序 章 古文書を読むまえに
一 古文書は読めるのか?
二 本物を読むことの大切さ

第一章 古文書からのメッセージ
──歴史を物語る、本物の古文書
一 信長の珍しい「肉声」──織田信長の自筆感状
二 仮名文字だからこそ意味がある──豊臣秀吉の自筆書状
三 気軽に書かれた褒美の証文──徳川家康の自筆証文
四 自由闊達さにあふれた書状──坂本龍馬の自筆書状
五 勝海舟、榎本武揚のために筆をとる──勝海舟の自筆証明書
六 少女の父への心遣い──天才少女の遺言状
七 幕末の混乱を風刺した摺物──瓦版
八 手垢が付くまで愛した本──版本
九 江戸時代の投票用紙──入札
一〇 悪戯書きからわかる、子どもの勉強風景──手習本
一一 金額改竄の痕跡──村入用帳

第二章 古文書の基礎知識
一 古文書とは何か
二 古文書と史実
三 古文書の残り方
四 古文書のかたちを観察する
五 江戸時代と文字
六 江戸時代に残された古文書の量
七 江戸時代の読み書きの広まり
八 口語体と文語体の違い
九 返り読みのある古文書
一〇 字のあれこれ──旧字・異体字・合字・宛字

第三章 くずし字を読み解く
一 古文書のハードル、くずし字
二 御家流について
三 いろいろなかたちのあるくずし字
四 楷書とくずし字、どちらが覚えやすいか
五 手習本を覗いてみると……
六 くずし字の読解に対する考え方
七 くずし字を読むコツは文意にあり
八 固有名詞を読むときはどうするか
九 くずし字に向きあうには

第四章 古文書の読み方
一 字典の選び方
二 字形を観察する
三 推測読みのすすめ
四 漢字と平仮名はどう見分けるのか
五 くずし字と楷書の間にあるもの
六 翻刻の仕方
七 字典を使いつぶそう
八 古文書を勉強できるところ
九 古文書を読むときの作法
●古文書との出会い

第五章 リアルな古文書を読んでみよう
〔用例編〕身近な古文書、地方文書
一 年貢割付状を読む
二 検地帳を読む
三 宗門人別帳を読む
四 宗門送り手形を読む
五 通行手形を読む
六 御用留を読む
七 離縁状を読む
八 借金証文を読む
九 奉公人請状を読む

第六章 古文書の楽しみ方
一 研究をする
二 自分の先祖は「どのようなひと」か?
三 自分の人生と家の歴史
四 古文書が存在することの意味

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category: 技術

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エナガのおしり、ダース・ベーダ―  

■2015年12月20日 野鳥観察会 in 丸亀市土器川生物公園

先日20日は、久しぶりの野鳥観察会。風もなく、良い鳥日和でした。
最初は冬鳥のシメ、香川県内ではやや高めの林内で見上げて観察することが多いのですが、
芝生で嘴を汚しながら夢中で採餌。めったにないシーンに満足です。
20151220シメ

また、冬ならではのカラ類の混群-といっても、エナガがほとんどですが-にも遭遇。
僕たちの頭上、ジャンプすれば届きそうなところを通過しました。
20151220エナガ2

サービスショットは、エナガのおしりです。いやん。
20151220エナガしり

アトリは20羽前後の群が3~4群。
20151220アトリ2
20年以上前は、香川県の平地でアトリを見るのは珍しかった記憶がありますが、
最近は毎冬観察可能です。

水浴び直後のヤマガラ。種数もさることながら、こうした生活の一端を見られると楽しいですね。
20151220ヤマガラ2

お馴染みコゲラ。良く同じ場所で観察でき、人気者です。
今回は2羽同時に見られましたが、コゲラは一夫一妻で年中行動を共にするようですので、
おそらくペアでしょう。
20151220コゲラ

その他の写真も併せて、こちらでも報告しています。
香川の谷内陽を守る会HP

■チョコエッグ
スターウォーズが人気ですが、チョコエッグでもスターウォーズのフィギュア入りがあります。
つい買ってしまうのですが、
最初の3個、連続でダース・ベーダ―でした。
6個買った時点で、
ダース・モール  ×1
ハン・ソロ    ×1
オビ=ワン・ケノービ×1 を追加。
明らかにダークサイドに落ちています。
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category: 雑記:日々のこと

thread: 趣味と日記 - janre: 趣味・実用

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「昆虫はもっとすごい」踏み込んで見ることの面白さ。  

昆虫はもっとすごい (光文社新書)
丸山 宗利,養老 孟司,中瀬 悠太



昆虫はすごい 」(レビューはこちら)の著者である丸山氏、虫でお馴染み養老氏、そしてネジレバネという不可思議な生態をもつ虫の専門家である中瀬氏による鼎談。
昆虫はすごい」のように客観的な昆虫の生態紹介ではなく、「虫好き」による昆虫放談という趣であり、話題は昆虫そのものから虫屋の生態にまで展開する。そこが、面白い。

例えば寄生性昆虫。
共生は長らく注目されていたテーマだが、寄生はあまり盛り上がっていないという点について、
「寄生性の昆虫は食物連鎖のピラミッドのなかでの位置を定めにくい」という指摘がなされる。

また、アリやハチの幼虫には脚がないが(本書で指摘されるまで、僕は意識していなかった!)、
ハチは進化史において、まず寄生性のハチが進化。
その時に幼虫が昆虫の体内を食い荒らすようになり、幼虫は不要な足を失った(退化した)。
その後、寄生しないハチが進化したが、幼虫が足を取り戻すことはなかった。
そのため、現生のハチ、そこから進化したアリも、幼虫は足がないという話は、初めて知った。

バイオミメティクスに関連して。
ハネカクシは、何十回も細かく折り畳む必要があるが、ほかの昆虫より早く羽根を畳む。また、広げるのも早い。
普通の昆虫は左右の翅をそれぞれ畳むが、ハネカクシは両方を重ねて2枚同時に畳む。
ただ、昆虫は何十年も生きる前提の仕組みでないため、耐久性が課題である。

分布に関連して。
ヒゲボソゾウムシは、元々いた木から動かない。
鳥取の大山にはキュウシュウヒゲボソゾウムシがいるが、ある旅館の前のソメイヨシノにしかおらず、
これは九州の造園業者が持ち込んだものと思われる。
こうした樹木に移動に伴う昆虫の分布変化も多く、東京の野鳥公園には沖縄に生息するリュウキュウツヤハナムグリが大量にいるらしい。

虫屋に関連して。
虫好きだが標本作りをしたことがないという人が爆発的に増えている。
蝶屋はまんべんなく、どの年代にもいるイメージ。インターネットの影響をあまり受けず、増えもせず、減りもせず、いつの時代も常に同じ文化が流れている。
ヨーロッパでは、チェコとスロバキアが圧倒的に虫屋が多い。

など、他書で見ることがない話題が満載であった。
最近、40歳過ぎになった昆虫採集を真面目に始めたのだが、
昆虫標本用の針や台紙がチェコ製(Ento Sphinxという会社)で、なぜこの国なんだろうと不思議だったのが、氷解した。

最後に、養老氏の指摘として、

明治維新のとき、日本は「科学を日本語でやる」という前提をどんと置いたんだよね。この考え方は世界的に見てもちょっと変わっていて、アジア全体でも日本くらいなんじゃないかな。

という点は、初めて気づかされた点だった。

なるほど、解体新書に見られるように、西洋科学を日本語で行うという方法は、生まれながらの思考回路で科学技術を論じることができるという点で、日本の科学技術の発展に大きく寄与したと思う。

ただ、それが逆に、世界から孤立するという結果も招いている。
いかに日本的なサイエンスを維持しつつ、世界とのバランスをとっていくかは今後も大きな課題であり続けるだろう。

本書は、昆虫という範疇に収まらず、多岐にわたって思考を展開させてくれる、
刺激に満ちた一冊である。
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category: 昆虫

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「昆虫はすごい」情熱大陸でも、やってた。  

昆虫はすごい (光文社新書)
丸山 宗利



僕自身にプチ昆虫ブームが訪れているので、最近評判になっている本書を購入。
本書では、昆虫の多様性、生態、そして著者が好蟻性昆虫(アリと共存する昆虫)の専門家のためアリを中心とした昆虫の社会生活等、様々な昆虫トピックを紹介する。

本書の良さは、「へんないきもの」と違い、専門家自身によって紹介される点。
安易に奇を衒った種・トピックを羅列するのではなく、
人間独自と思われがちな様々な生態(生活様式等)が、実は昆虫にも存在するという視点、
著者自身の言葉によれば、
「人間がしていることは、すべて昆虫がやっている」というテーマを軸として、
様々な昆虫の話が展開される点。
巻末にも参考文献が掲載されており、当然ながら内容に対する信頼性は極めて 高い。

ただ、確かに最新・具体的な知見に基づき、より正確な種名、更に突っ込んだ話題に展開することもあるが、
基本的なトピックは、生きもの好きなら、どこかで読み聞きしたことがあるものも多い。

「昆虫なんて興味なかった」という層には、昆虫の生活を知るための良き入門編としてお勧めだが、
ある程度の生きもの好きだと、更に突っ込んだ話題が展開される「昆虫はもっとすごい (光文社新書) 」(レビューは次回)をお勧めする。

ちなみに、著者の丸山氏のブログはこちら。
断蟲亭日乗

【目次】
第1章 どうしてこんなに多様なのか
第2章 たくみな暮らし
第3章 社会生活
第4章 ヒトとの関わり
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category: 昆虫

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「古代道路の謎―-奈良時代の巨大国家プロジェクト」あなたの街にも、きっとある。  

古代道路の謎―-奈良時代の巨大国家プロジェクト(祥伝社新書316)
近江 俊秀



モノにしろ、システムにしろ、
自分が生きている時代こそ、最適化されたものだと思いがちである。

もう少し言葉を足すと、
人はつい、昔は不便・煩雑(はず)で、
それを最適化してきたのが人類の歴史であり、その結果が現代だという感覚である。

だが、実際はそんなに簡単ではない。
技術一つとっても、手作業でしかなしえない精緻な技法があり、
それが失われることは多々ある。それが最適化とは言えない。

むしろ、時代は、その時点に存在するシステム・技術・思想にあわせて最適化されているのに過ぎない。
その結果、一見、
最適化されたはずの現代では理解できない事象を残すことがある。
例えば、ピラミッド、マチュ・ピチュの石組みなどだ。
それに出会ったとき、僕たちは「あり得ない」と否定するか、
「古代の奇跡」として祭り上げる。

本書は、そうした日本における「古代の奇跡」、
しかもほとんど知られていない、奈良時代の古代道路を紹介する。

その規模は、おそらく総延長6300km、道幅9m。
自然の起伏や地面の状況を無視し、できるかぎり直線的に築かれたという。

もちろん当初、これほど巨大な道路網は有りえないと考えられていた。
江戸時代の五街道ですら幅3.6m、道は自然にあわせて屈曲する。
人間の技術とシステムは右肩上がりに向上しているという先入観とあわせて、
遥か古代の律令国家の時代に、江戸時代を超える規模の道路は必要なく、
またそのような道路を作ることも不可能だと考えれてきた。

だが、道の遺構は、確かにある。
この道の特徴は、「都と地方を結ぶ全国的な道路網であり、その路線計画にあたっては、直線性が強く志向されている」ことにある。

この道を、「駅路」という。律令国家が成立するにあたり、
都と地方を直結するシステムを確立するための道だった。

「延喜式」では、全国に402の駅家(中間地点において、使者の「駅使」が休憩・宿泊し、乗る馬「駅馬」を飼っていた)があった。
駅家は30里(約16km)ごとにおかれ、大路では馬20匹、中路では馬10匹、小路では馬5匹を飼っていた。

正式な駅使は「駅鈴」という鈴を持ち、この駅路を往来していたという。
(ちなみに「駅鈴」は、隠岐国造の末裔の隠岐家に2口現存している。)

これほどの施設を建造・維持するのには相当な「力」(権力及び労力)が必要だったはずだ。
それこそが、日本で初めて成立した律令国家の威信・力の凄さを示している。

だが、この道を作り、維持するのは地元住民の仕事だった。
また都への税を納める際にも、この果てしない道を歩み続けたという。
しかも、1日に最低約20kmは進むよう規定されていたのだ。

こうした過度の中央集権化は、都の求心力が強い時期には有効である。
だが、都の威信が低下し、各地方の有力者が力をつけるにつれて、徐々に駅路は縮小されていく。

この失われた道路は、日本における律令国家の興亡の証拠なのである。
本書18-19ページには、日本各地に張り巡られされた駅路が記されている。
九州から東北地方まで、どの県にも存在している。
ぜひ、自身の地での駅路を調べていただきたい。
(例えば広島県府中市には、その名も「駅家」という地名がある。)

【目次】
第一章 古代道路とは何か
第二章 なぜ、造られたのか
第三章 奈良時代の交通制度
第四章 古代道路の工法
第五章 地図から読む古代道路
第六章 現代によみがえった景観
第七章 古代道路の見つけかた
第八章 廃絶の謎

▼同著者による、律令国家による道路以外も含めた入門書(レビューはこちら)


▼葛城氏については、「謎の古代豪族 葛城氏(祥伝社新書326)」(レビューはこちら)に詳しく、これを踏まえて本章を読むと更に楽しめる。

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category: 歴史

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「殺人鬼ゾディアック――犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実」 正体に迫ることの、恐ろしさ。  

殺人鬼ゾディアック――犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実
ゲーリー・L・スチュワート,スーザン・ムスタファ



「ゾディアック」を知らない人は、日本では多いのではないか。
1960年代後半から1970年代前半までに、サンフランシスコを中心として発生した連続殺人事件の犯人が、自称ゾディアック。
事件は未解決である。
連続殺人は(残念ながら)珍しくなく、ゾディアックが活動した時代も、相当ひどい事件がアメリカでも立て続けに起こっている。
ただ、逮捕されていない連続殺人犯として、犯罪関係の書物でよくジャック・ザ・リパーと並ぶのが、ゾディアックである。
ゾディアックを他と隔てているもの、それは暗号による多数の警察等への挑発行為など、
単なる暴力への執着ではなく、「常軌を逸した高い知性」を感じるからだろう。

ゾディアックによる確実な犯行は5または6件(日本語版Wikipediaでは5件、本書ではその前の1件も含む)。
死亡者は5人または6人だ。
事実かどうかは分からないが、 ゾディアックの主張によれば、37人の被害者がいるという。

その人数もさておき、前述したとおりゾディアックを他の未解決事件と異質なものとにしているのは、
その自己主張である。
殺人を犯すたびに犯行声明を出し、自身の名を隠した暗号文を同封し、警察に挑戦してくる。

多くの郵便物、目撃者や生き延びた被害者による似顔絵。
だが、現在に至るまで犯人は確定していない。
ゾディアックは、アメリカにおける連続殺人鬼の象徴にすらなっている。

さて、本書の著者ゲーリ・L・スチュワートは、実父母が秘せられる匿名の養子として育てられてた。
養父母は信心深くて優しく、ゲーリーはごく真っ当な人物に成長している。

だが2002年、ゲーリーが39歳の時、養父母から告げられる。

「サンフランシスコに住んでいる、お前の母親という人から、電話がかかってきたんだ。」


ゲーリーは実母に会う決心をし、母との和解に至る。

母は、サンフランシスコでの最も初期の、かつ成功した黒人刑事と再婚していた。
そこでゲーリーは、母と同様に父とも和解できるだろうと思い、続いて父も探し出そうとするが、
なぜかサンフランシスコ警察は協力を拒む。

不思議に思っていた中、TVでたまたま放映されていた未解決事件の特集番組で、連続殺人鬼ゾディアックの似顔絵が映し出される。
ゲーリーは、思わず息子のザックを呼んだ。

「わあ、パパ、あれパパじゃん!」彼は叫んだ。
私は椅子から立ち上がり、書斎に行ってプリントアウトした父の写真を取り上げ、リビングに戻った。
「パパじゃないよ、ザック」写真からテレビ画面へ、また写真へと視線を行き来させながら言った。
「あれはパパのお父さんだ」



ゲーリーの探索は、思いがけない過去を掘り出していく。

実父、アール・ヴァン・ベスト・ジュニア(EARL VAN BEST JR.)は、
当時14歳だった実母ジュディを見染め、駆け落ち(傍目には誘拐)したこと。
その誘拐事件は「アイスクリーム・ロマンス」という名称で、大々的に報じられていたこと。
自分(ゲーリー)は、その逃亡の中、生後4週間で実父アールに捨てられたこと。
実母ジュディはアールから逃げ、それを裏切りと感じたアールが警察に通報した結果、実母ジュディが保護されたこと。

実父アールと、連続殺人鬼ゾディアックに、共通点が多々あること。

オペラ「ミカド」への愛着。
被害者の女性が、実母ジュディに似ていること。
様々な犯行声明等の月日が、アールとジュディのアイスクリーム・ロマンスの諸々の出来事の月日と一致すること。
アールが刑務所に入っている期間だけ、ゾディアックの犯行が止まっていること。
行動圏が一致すること。
父が若いころ暗号に凝っていたこと。
悪魔崇拝的な教義に惹かれていたこと。

そして、ついにゾディアックの暗号の中に、父の名前が記載されていること、指紋の傷が一致することに辿り付く。

一方、実母ジュディの再婚相手は、まさにゾディアックを追っていた黒人刑事だった。
ゲーリーは、母の再婚相手である黒人刑事の死後、その評判を汚さないために、父アールの記録は伏せられ、ゾディアックの追及はストップしているのではないか、と疑う。

本書に記載された、アール・ヴァン・ベスト・ジュニア =ゾディアックが事実か否か、
それは客観的な結論は出ていない。またネットで見る限り、他にも「実父が…」「知人が…」など、
ゾディアックは実は誰々でした、という話はかなり多いようだ。

ただ、僕としては本書に記載された多々の証拠(らしきもの)もさておき、
何よりも、本書著者ゲーリーの個性に、ゾディアックとの共通点を感じた。
もちろん、実母・実父を探索したいという欲求は強いだろうが、それでもここまでするだろうかという行動力・執着心。
これが父譲りのものであり、そしてその行動力・執着心が誤った方向に向けられていれば、
ゾディアックという結論もあるかもしれない。
今のところ、ゾディアックが誰かは、それぞれが結論を出すしかない。

ところで、これほどショッキングなテーマだが、本書はおそらく別の点に価値がある。

「アイスクリーム・ロマンス」と言われ、全米を騒がせた利己的な行動の果てに、捨てられた一人の子ども。
そのまま死んだり、荒んで成長してもおかしくはない。
しかし養父母の愛が、彼を正しく成長させた。
「ゾディアックが誰か」という謎解きを抜きとしても、
実母とゲーリー、養父母と他の養子、養父母とゲーリー、ゲーリーと息子ザックといった、
様々なかたちの親子が、互いに赦し、守りあう物語である。
人は、生まれで人格の全てが決定するのではない。

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category: 事件・事故

thread: 読んだ本の紹介 - janre: 本・雑誌

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これほど美しい姿を知らなかったとは…。「トビウオの驚くべき世界」  

トビウオの驚くべき世界
スティーブ・N・G・ハウエル



トビウオと言うと、寿司ネタの「とびこ」とか、「あご」という別名が用いられる「あごだし」、「あごちくわ」など、
食材としての印象が強い(僕だけか?)。

このため、「透明で大きなヒレ(以降はあえて「羽」と呼びたい)をもった青魚」というイメージしかなかったのだが、
いや、これほど美しい生きものだったとは知らなかった。

本書は、バードウォッチング・ツアー会社の幹部が、海洋でのツアー中に出会ったトビウオを識別・記録したものかに始まった一冊である。
そのため、収録されている写真はほぼ全て生きた個体。大きな翼を広げ、海面を飛ぶ姿は魅力に溢れている。
生命に満ちた姿というか、本当のトビウオを全く知らなかったのだなと痛感した。

その美しさが、なぜ一般に知られていないのか。

トビウオは世界に60~70種程度、現在は7属に分類されている。
種によっては「スマーフ」と呼ばれる稚魚段階、未成魚、成魚の変化が大きく、同じ種とは思えない場合もある。
さらに、実はその羽には美しい模様やストライプがある。
つまり、種や齢によって、様々なバリエーションがあるのだ。
ところが死んでしまうとその色は失われ、さらに標本化の過程でも色素が失われる。
僕らは色褪せた個体しか見ていないし、また一般的図鑑も、こうした標本がベースとなっているため、
どうしてもその魅力は伝わらず、しかも種の識別は難しくなってしまう。

本書はその点は達観していて、実際に船上から見た特徴で呼称を決め(例えば羽がラズベリー色のは「ビッグ・ラズベリー」など)、この呼称で統一している。
そのため、帯にあるような「図鑑」という使い方は、一切できない。

だがその一方で、トビウオを「楽しむ」には、今のところこの方法がベストだろうと思う。
何しろ正式な図鑑の場合、色も形も(死ぬと羽の開き方も異なる)生きている時とは全く違うのだから、役に立たない。

さて、生きたトビウオについて初めて知ったのが、まず2枚羽と4枚羽があること(写真をいくつか見ていたはずなのに、意識していなかった)。

2枚羽は前羽(胸びれ)が発達、4枚羽は後羽(腹びれ)も大きい。
7種前後で、Exocoetus属(イダテントビウオ属)またはFodiator属に属している。
時速32~64kmで、15m以上の滑空が可能。滞空時間は2~3秒という。

一方、より飛行に適応したのが4枚羽だ。
4枚羽はHirundichtys属(ニノジトビウオ属)、Prognichthys属(ダルマトビウオ属)、Cheilopogon属(ツクシトビウオ属)、Cypselurus属(ハマトビウオ属)。
1回の飛行中、尾びれで水面を叩いて再滑翔するため、長く飛び続ける。
記録された最長飛距離(途中で再滑翔する)は600m。時速も70kmに達するという。
滞空時間の最長記録は、鹿児島沖合のフェリーで撮影されたもので、45秒とのこと。
まさに、「飛ぶ」という世界だ。

トビウオは陸地に近い沿岸部に多いというが、実際のところ、普通の生活をしていて飛翔に出会うのは有り得なさそうだ。
そうすると、僕らはいつまでも「あごだし」「とびこ」としてしか、この魅力あふれる生きものを知ることができない。

「何ともったいないことだ」と、そう思わせる魅力が、本書に詰まっている。

図鑑としては使えないけれども、実際のところ、図鑑が必要になるシチュエーションは、たぶんない。
だから、存分に本書で美しい姿を楽しんでほしい。

なお、本書でも紹介されているが、本書の元になったツアー時のトビウオ写真と照会が、ネット上で公開されている。
Offshore Wildlife
このうち、トビウオについては、このページA Working Guide to Flyingfish of the Western Pacific Odyssey.」に掲載されている。
(トップページ→articles→A Working Guide to Flyingfish of the Western Pacific Odyssey.のリンクは切れているため、辿れない。)

最下行のPDFが、写真資料。最初の1枚目の写真だけで、もうトビウオの美しさ全開である。
PacificOdysseySNGHetal..pdf

【目次】
01 トビウオはどんな生き物なのだろう?
02 トビウオに会える場所
03 トビウオの種類
04 トビウオの大きさ
05 トビウオはどうやって飛ぶのだろう?
06 トビウオはなぜ飛ぶのだろう?
07 トビウオの色
08 トビウオの見分け方
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category: 魚類

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一瞬の妖精を追い求めて。「NHKスペシャル 宇宙の渚―上空400kmの世界」  

NHKスペシャル 宇宙の渚―上空400kmの世界
NHK取材班



地球大気の質量の約80%が存在すると言われる対流圏。その上端は高度約10km程度。その上空には成層圏が広がる。
その境界線付近を長距離旅客機が飛行していることから、通常、僕たちが関わる限界高度は約12km程度といったところだろうか。
高度15kmを超えると空の色は宇宙の色に変わり始めるという。

空気も極めて薄く、通常到達しえない高度10数km以上の世界。
そこを本書の元となったNHKスペシャルの担当者は、「宇宙の渚」と呼んだ。

本書は、その宇宙の渚を舞台とする自然現象、
スプライト、オーロラ、流星を主題とするもの。

オーロラと流星は言葉としては馴染み深いが、そもそも、「スプライト」とは何だろうか。

第二次世界大戦中、パイロットは雷雲の上で、垂直に立ち上がる発光現象を目にする。
誰も信じてもらえず、目の錯覚や「奇跡」として捉えられていた。

一方、1927年、ノーベル物理学賞受賞者のC.T.ウィルソンは、
雷が発生した際、その電気エネルギーは雷雲から宇宙に向かっても放出され、
その時、幾筋もの「電子をいざなう道筋」(電気力線)が形成されるというメカニズムを提唱していた。
この電気力線に沿って移動する電子は、大気中の窒素分子と衝突し、赤い光を発光するという。

このように、肉眼での観察と、理論があったものの、これらが結合して認知されることはなかった。

そしてようやく1989年に初めてビデオ撮影され、論文として発表された1990年以後に「スプライト」(妖精)という発光現象として認知されるに至った。
極めて最近に認知された自然現象なのである。

このスプライトを、宇宙から撮影しようという試みが、かつて存在した。
2003年、スペースシャトルに乗っていたイラン・ラモーンである。
このプロジェクトが成功すれば、おそらくスプライトに対する一般的な認知は、
もっと進んでいたかもしれない。
2003年2月1日、ラモーンが乗っていたスペースシャトル・コロンビア号は、爆発事故によって失われてしまった。

事故後回収されたカメラには、ラモーンが撮影していたスプライトの映像が残っていたという。

今回のNHKスペシャルでは、2011年にISSに滞在した古川聡飛行士に、宇宙からスプライトを撮影することを依頼した。
ラモーンの志を継ぐこととなった撮影に、古川飛行士は成功する。
本書では、その映像がカラー口絵で紹介されているが、こうした物語を踏まえて見ると感無量である。

Googleでも、「スプライト 雷」で画像検索すると見ることができるので、ぜひ確かめてほしい。

さて、そのスプライト。自然現象としても、極めて意義深い。
スプライトが消えたあとも、その電気力線は維持され、
電子を宇宙の渚に放電し続け、おそらくその電子は電離圏に蓄えられている。

最近の研究では、この電子の動きが雲を形成する要因となり、
地上の天候にまで影響しているのではないかとも見られている。

すなち、スプライトは、地上の大気現象である積乱雲・落雷現象が、太陽風やオーロラなどと関係する高度100km以上の電気現象と直結するケースがあることを示しており、1930年代に示されたが停滞している全地球電流系の再考を促すものと言える。

この地球における電流系、そして電気があるところに磁場ありだが、
その磁場と際めて密接に関わっているのがオーロラである。

詳しいメカニズムは本書をお読みいただきたいが、太陽から放出された太陽風を地球の磁場がブロックしている状況、
そしてそれでも侵入する大量の電子が、大気中の酸素や窒素で無力化される際に発光するのが、オーロラだ。

オーロラの美しい光を見るとき、そこに神秘さや荘厳さは感じるが、
宇宙レベルでの攻防までも感じることは、なかなかできない。

だが本書で紹介されているとおり、かつては大規模な太陽フレアによって電子が大量に降り注ぎ、
極めて大規模なオーロラが発生(オーロラ爆発)、それによって発生した誘導電流によって大規模な停電が発生したことがある(1989年3月13日、カナダ)。

こうした事態が今後も起こらない、という保証は全く無い。

オーロラにしてもスプライトにしても、電子や磁場といった目に見えない自然現象を、「光」というかたちで感知できるものだ。
そして「光」といえば、流星もそうである。

本書を貫くイメージは、夜の中の光。
地球の自然現象のメカニズムを理解するためには、今後はこうした電子・磁場の観点は欠かせないだろう。

【目次】
第1章 謎の閃光 スプライト
第2章 天空の女神 オーロラ
第3章 46億年の旅人 流星

▼オーロラについては、こちらも詳しい。(レビューはこちら)

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category: 地学

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