ちょっとヨクナレ ~読書と日記~

自然科学、歴史、ノンフィクション等の読書記録

世界の深海を巡る、現代のビーグル号航海記-「深海、もうひとつの宇宙――しんかい6500が見た生命誕生の現場」  

深海、もうひとつの宇宙――しんかい6500が見た生命誕生の現場
北里 洋



JAMSTECによる深海調査モノが後を絶たない。
だが、日本が世界最先端を誇る分野であり、本書のタイトルでもあるように、宇宙と並ぶ「未知の世界」だ。
その活動・成果が日本語でタイムリーに読めるのは、やはり有り難い。

本書は、2013年、有人潜水船「しんかい6500」で実施された世界一周航海による深海調査、
「QUELLE2013」の旅の過程を辿るもの。

その発端は、2000年から10年間実施された、地球上の海にいる生物の戸籍簿をつくるプロジェクト、
 Census of Marine Life (CoMLプロジェクト)た。
本プロジェクトにはのべ2800名の海洋学者が参加したが、
その結果、データが特に希薄だったのが南半球の深海部。
ここを調査するぞ、という著者の提案と、
同じJAMSTECの高井研氏の提案していたインド洋とカリブ海の熱水生態系調査を組み合わせたものが、
この世界一周調査、「QUELLE2013」である。

ただ本書は、その調査結果をまとめたものではない。
だから、美麗な写真がいっぱいとか(少しは巻頭にあるが)、
新しい仮説や発見が満載、というものではない。

また、紹介に書かれているような「血湧き肉躍る冒険」とも、ちょっと違う。

むしろ淡々と、長期間にわたる深海調査の日々、そしてその現場での悲喜こもごもを、
臨場感豊かに伝えてくれるもの。
そう、昔ながらの「航海記」と言える。
それが好きな人には、とても楽しめる一冊。
一方、科学的知見や活劇を望む方には、物足りない一冊となるだろう。

ただ、JAMSTECによる本調査、「QUELLE2013」の成果は、
おそらく今後また新たなかたち(本や各種媒体)で紹介されていくだろう。
その際に、どのような旅の中でそれらが発見されたのかに思いを馳せるためにも、
読んでおいて損はないと思う。

なお、YOUTUBEに、このプロジェクトのダイジェストがアップされている(公式)。
便利な世の中である。




レビューはこちら


レビューはこちら


レビューはこちら。上の本と写真が同じなので注意。

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category: ノンフィクション

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恐竜は滅んでいない   

恐竜は滅んでいない
小林 快次



近年の恐竜研究の歩みは早い。
外見的には羽の存在。進化史としては鳥類との関係と、
恐竜に興味がある人にとっては、かなりワクワクする時代である。

そして特筆すべき点は、アジアでの恐竜研究が大きな役割を果たしている点だ。
かつてはアメリカでの研究が主流でありほぼ唯一との印象があった。
しかし現在、中国・モンゴルで産出される極めて保存状態のよい化石は、
次々と古代史を書き換えている。

本書は、そうしたアジアでの化石研究の最先端に関わる、
日本を代表する恐竜研究者の一人、小林快次氏による、
現時点の恐竜概論といった趣き。
一編一編はさほど深く掘り下げられるものではないが、
自身の研究を踏まえた新しい恐竜像を示してくれる。

小林快次氏が関わる恐竜関係の本については、これまでもいつくか取り上げてきた。
それらと併せて読めば、近年の恐竜研究史のダイナミックな動きも分かるだろう。




▼本書でも触れられているが、恐竜が繁栄する前は、
現在のワニ類の祖先であるクルロタルシ類(Crurotarsi)がまさに恐竜のように多様化・進化していた。
多くの図版が用いられ、本書でしか見られないものも多い。
レビューはこちら


▼短編により、最新知見を気軽に得られる本。
レビューはこちら



▼ジュニア向けとして刊行されながら、中味は岩波新書並の濃さを誇る。
レビューはこちら



▼刊行時点、非常に評判になった本。読み忘れてた。


【目次】
第1章 恐竜はすごい
第2章 長い時間軸で進化を見つめる
第3章 恐竜と鳥の間
第4章 食べて大きくなって
第5章 進化と絶滅の間
第6章 だから恐竜研究は面白い
第7章 日本とアジアの恐竜たち
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category: 恐竜

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日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話  

日本史の森をゆく - 史料が語るとっておきの42話
東京大学史料編纂所



歴史にしても科学・生物にしても、つい学校で学んだことが事実であったり、
全てであったとつい思いがちだ(少なくとも僕は、どうしてもそうした刷り込みがある)。

だが歴史にしても、限られた史料をどう位置づけ、読み取るかによって解釈が変わるし、
新しい史料によって、それまでの歴史が文字通り書き換えられることもある。

そうした歴史の変遷は、地道な史料の検証・研究の積み重ねがなされ、
それが歴史学者(近年は気候学や生物学との学際的な関わりもある)による検証を経て、
新たな歴史認識に繋がっていく。

ところが残念ながら、
学生時代は、その時点で「正しいだろう」と共通認識が持たれた歴史しか学ばない。
そして卒業後は、新たな史料に基づく、最新の歴史(これも正しいだろう歴史にすぎないが)を知る機会は、なかなか無い。

本書は、そうした史料研究の最先端において把握された新しい「歴史」の断片について、
東京大学史料編纂所の42名の研究者が、それぞれ紹介するもの。

古代から幕末まで、百姓・商人から内裏までと、時代・階層ともに様々だ。

例えば、史料そのものの検証について。

ある毛利元就書状では、同じ内容であるのに、宛先が異なる写しが2通伝わっている。
詳細は省略するが、その来歴等を検証した結果、
原本を所持していたはずの家に伝わる写しの方が、宛先が改竄されていることが判明した。
通常、原本の存在に近い方がより正しい内容を伝えるとされているが、
この場合は当てはまらないわけだ。
史料検証の難しさ、というものを具体的に教えてくれる一編である。

また一方、日本にはかって、
手紙を「返す」という行為も少なからず存在したことを紹介する。
例えば江戸時代、ある家臣は、主君から送られた書状を全て返していたところ、主君から「今後は返さなくてもよく、破棄するよう」との指示を受けている。
また、ある公家は、頼まれた巻物を渡すにあたって、先日送った手紙を返してほしいとの指示をしている。

旧家に伝わる手紙群の中には、その家が発出したはずの手紙が残っていることがあり、
それは写しや控えとみなされている。
しかし、このように返された原本が存在するかもしれないという可能性は、史料の内容評価において重要な問題となるだろう。

この他、織田信長が本能寺の変で死亡する直前、その年の閏月の扱いについて、
朝廷が用いていた暦に対し、尾張で独自に作成した暦に従うよう指示した話では、
当時の暦の作成者・扱い等について、なかなか他書では見られない内容が紹介される。

本書の難といえば、いくつかテーマ分けされているとはいえ、さすがに42編もあると、
やや散漫となっている印象、また読書それぞれの指向に合わない話もある。
(例えば僕は、もっと「紙史料」の検証話が読みたかった。)

それでも、読んで楽しい一冊である。手軽に読める割に濃いテーマが多いので、
日本史好き(特に具体的な生活史に興味がある方)にはお勧めである。

【目次】
1 文書を読む、ということ
2 海を越えて
3 雲の上にも諸事ありき
4 武芸ばかりが道にはあらず
5 村の声、町の声を聞く
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category: 歴史

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ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡 (祥伝社新書)  

ダ・ヴィンチの謎 ニュートンの奇跡 (祥伝社新書)
三田 誠広



タイトルから、オカルティックな謎とか、隠されたエピソードを期待しがちだが、
本書は常識的世界を逸脱しない、落ち着いた科学史の本。
テーマは、「Gnosis(グノーシス)」。
ギリシャ語で「認識」を意味するが、本書では、西洋科学における科学的真理の「認識」の歴史を扱う。

とはいえ、正直なところ、「認識」というテーマによって、
フィボナッチ数列からダ・ヴィンチ、ニュートンまでを貫く「何か」が見えてくるわけではない。

人が、「神の原理」であった科学的真理を、いかに「認識」してきたか。
その過程、各時代の主要な科学的真理の発見(及び発見者)を、簡潔に追ったものである。

よくあるダイジェスト版よりも詳しいが、それを超えるものではない。
フィボナッチ数列にしてもダ・ヴィンチにしても、それぞれ魅力的な本は多い。
正直、そちらをお勧めする。


【目次】
第1章 フィボナッチ数列
第2章 三角形の不思議
第3章 ダ・ヴィンチとイエス・キリスト
第4章 ダ・ヴィンチの「岩窟の聖母」に秘められた謎
第5章 謎に満ちたダ・ヴィンチの生涯
第6章 ガリレオ・ガリレイの発見
第7章 近代科学を確立したアイザック・ニュートン
第8章 「唯一の神の領域」を目指してきた科学者たち
第9章 「神の領域」の終焉
第10章 紙の秘密の切り札
エピローグ 考える葦としての人間

▼生物におけるフィボナッチ数列の不思議な係わりについてはこちらが面白い。
 (レビューはこちら)


▼ダ・ヴィンチの生涯と、ローマ時代からの思想の系譜・展開については、こちらが面白い。
(レビューはこちら)

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category: 歴史

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虫の虫  

虫の虫
養老 孟司



養老氏の昆虫もの本としては、「養老孟司のデジタル昆虫図鑑」(レビューはこちら)に続き、二冊目の読了。

前半は虫についての思索、後半は日経ビジネスオンラインのブログを加筆修正した、ラオスでの昆虫採集紀である。
この昆虫採集旅行にはカメラマン等が同行していたため、動画も撮影されていて、それを収録したDVD付バージョンもある(「虫の虫 DVD付き特装版」)。
すなわち、まずこのブログの書籍化があり、前半を追加したものである。

前半の思索部分は養老氏の考えが展開されるものの、綿密に理論化されているものでもないし、
正直なところ、昆虫観なんて人それぞれである(養老氏もそんなニュアンスで書いているように感じる)。

とりあえず1つ、興味深かった点について。
昆虫の大きさについて、田村克穂氏が「原色日本甲虫図鑑Ⅱ~Ⅳ」掲載の本州産約5000種を、
大きさでグラフ化した作業が紹介されている。
そのグラフは、0.5mm程度~40mm程度の正規分布で、そのまま山なりにすると約5mmくらいがピークとなる。
ところが、その理論的な正規分布の山に対して、現実に記録されている種数のグラフは、やや山の山頂部分が欠ける結果となる。
この欠けた部分が、実は約1000種程度の未知種で補完されるのではないか、という指摘。
様々なニッチに隙間なく入り込んでいる昆虫だからこそ類推できることと思うが、
「大きさ」から「個体数」を推測するという手法は面白い。

さて、本書のメインはやはり後半のラオス道中記。
様々な写真、また新種発見等、話題がたくさんあり、昆虫採集そのものに興味が無い人でも楽しめるだろう。
なお、こちらにも養老氏の見解が随時挟まれているが、実体験を契機に展開される部分もあり、
前半よりもはるかに現実的である。

例えば、昆虫採集の魅力について。
p104

 たかが虫一つでも、どういうところにいるのか、それを自分の眼で確認するには時間がかかる。その作業が大変かというなら、まったく逆である。楽しくて仕方がない。ああではないか、こうではないか、あれこれ考えながら、あちこち巡って採集をする。これが私の場合には、昆虫採集の醍醐味である。
(略)
 あれこれ続けているうちに、わずかずつとはいえ、ものがわかってくる。五里霧中、西も東もわからない状態から、少しずつだが方向感覚がついてくる。
 その面白さ、つまり自分の理解が多少でも進んでいく楽しさを知ると、もうやめられない。



こうした感覚は、野鳥観察でも同じもの。
おそらく生物相手の趣味を持っている人の多くは、同感できるのではないだろうか。

養老氏のファンという層がどれだけいるか不明だが、
長年生きもの相手の趣味を貫いてきた方のエッセイとして、やはり説得力がある。

さて、本書では、蝶類研究者の先達として、
世界のアゲハチョウやアジア産チョウ類の生活史解明に生涯を捧げた五十嵐邁氏が紹介されている。
例えばテングアゲハについて、五十嵐氏は1986.5~8にかけてインド北東部ダージリンのタイガー・ヒルに滞在し、
このチョウの幼虫を飼育して羽化させた。だが、それに至るまで、生息地の発見等のために24年の歳月を要している。

五十嵐氏は日本鱗翅学会の和文誌編集委員長などを務めた後、
日本蝶類学会の発起人・初代会長も務めるなど、日本、そしてアジアの蝶類研究の礎を気づいた方だ。
また同時に、「美保関事件」として知られる、大日本帝国海軍の夜間演習中に起こった多重衝突事故で沈没した駆逐艦「蕨」の館長の遺族でもある。

五十嵐氏自身の蝶類研究の記録としては、「アゲハ蝶の白地図」(レビューはこちら)があり、
一方、美保関事件についても「美保関のかなたへ 日本海軍特秘遭難事件 (角川ソフィア文庫)」(レビューはこちら)を記している。

特に前掲の「アゲハ蝶の白地図」の旅は、本書の旅と重複する部分もある。あわせて読むと興味深い。




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category: 昆虫

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小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション (ブルーバックス)   

小惑星探査機「はやぶさ2」の大挑戦 太陽系と生命の起源を探る壮大なミッション (ブルーバックス)
山根 一眞



2010年6月、「はやぶさ」の地球帰還は、それまで宇宙探査に興味が無かった人々にも非常に分かりやすいドラマだった。
YOUTUBEには、JAXAオフィシャルの映像ほか、様々な動画が掲載されている。


「はやぶさ」が持って帰ったサンプル(微粒子)は1000個を超える。
その大きさは10マイクロメートル、中には300マイクロメートルを超えるものまであったというが、
その程度の大きさで研究できるのか、と感じた。

だが、地球上でサンプル採取し、研究されている宇宙塵の大きさは10~15マイクロメートル程度。
「はやぶさ」のサンプルを扱い、研究する技術は十分あったということだ。

本書前半では、これら「はやぶさ」の技術、成果、運用での課題や達成点について、
プロジェクトに携わった多くの関係者のインタビューで明らかにしていく。
他書ではおそらく一度も露出していない方もあり、興味深い内容が多い。

ちなみに著者(インタビュアーは、「メタルカラーの時代」で有名な、技術系のノンフィクションに強い山根一眞氏。

小惑星探査機 はやぶさの大冒険 (講談社+α文庫)」に見られるとおり、プロジェクトをずっと追いかけていた強みもあり、
準オフィシャルとして読んでも良いだろう。

ちりばめられた技術的な内容は多岐にわたる。
例えば静止軌道上に衛星を投入するには、衛星分離時に7.9km/secあれば良いが、
惑星探査機の場合、より重力を振り切るために11.2km/secが必要であること、
そうするとHⅡAロケットほとんど余力がなく(1.4tがせいぜい限界)、
様々な制約から、「はやぶさ2」は600kg程度しかない(「はやぶさ」も約510 kg)ことが記されている。

ただ、単に豆知識では終わらない。
引き続き、アメリカNASAの惑星探査機「オシリス・レックス」の打ち上げ能力は約1.5t、
宇宙探査に携わる者にとって、サンプル・リターン機は1t以上は常識であることが綴られる。

しかし、なぜ「はやぶさ」や「はやぶさ2」は異常なまでに小さいのか。
その差は、大きさだけにとどまらない。
「はやぶさ」は、ロケットの打ち上げ費用や地上設備の開発費を含め200億円。
「はやぶさ2」は約289億円の費用を要するという。
だが、アメリカでは同じミッションに3倍かける。
青天井で費用を出してよいとは思わないが、全ての物事には「適正な費用」というのがあるはずだ。

特に、「はやぶさ」のように特定の目的を持った探査機の場合、
目指すゴールが明確(汎用機とは違う)であるため、「システム設計」と「ミッションのゴール」の関係がわかりやすい。
それが、関わった若いエンジニアの経験になり、ひいては汎用機の標準設計に役立っているという。

技術の発展、宇宙探査における日本のイニシアチブ、宇宙開発技術への先行投資。
色々な面で、日本にとって必要なミッションだ。

まして、前回の「はやぶさ」のドラマが日本に与えた精神的な好影響は、金額でどうこうできるものではないだろう。

どこまで費用支出を認めるかというのは、様々な検討が必要だ。
だが、前回の「はやぶさ」のように、コストの問題から2系統の配管を1つのヒーターで温め、
その結果化学推進エンジンが故障した、というのは、前人未到のチャレンジとしては、明らかにおかしな話だ。
(ちなみに「はやぶさ2」では独立した熱制御となっている。人工衛星ではこちらが一般的な方法という。)

コストカットとは、まず確立された技術なり方法があり、
そこから達成目標を落とさないよう工夫するものではないだろうか。
特に、一度打ち上げたら手を出せない宇宙では、小さなミスでも、全てを失うことになる。

だが、前回の「はやぶさ」は、多くの工夫と努力で上手く行き過ぎたのかもしれない。
200億円であれだけできたのなら、約300億円あればもっとできるだろうという期待。
だがそれは、たった1回成し得た幸運な結果に基づく、軽薄な精神論にすぎない。

本書末尾には、「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーである川口淳一郎氏の言葉が引用されている。
それを紹介しておく。

日本は小さい探査機で何とか奮闘を続けてきましたが、それはエベレストの無酸素登頂を達成したようなもので、素晴らしいことには違いないが失敗すればただの暴挙です。十分リソースがあれば、日本は月にも火星にも宇宙船を送ることができる。しかし、「はやぶさ」も「はやぶさ2」も予算は200~300億どまり。その小さな枠の中で必死に行っているプロジェクトに対して、評価だけは厳しい。NASAはちゃんとできるのに、なぜうまくいかないのか、と。



アメリカと比べれば、日本は竹槍で挑もうとしているのにすぎないが、竹槍でも勝てるプロジェクトとして小惑星のサンプルリターンを選んだんです。



もちろん「はやぶさ2」も「はやぶさ」同様、万全の準備をしてきましたが、小さな枠組みの中での努力だということを理解してほしい。あまりにも過大な期待をしてほしくない、ということです。



【目次】
第1章 脱走した「カプセル」
第2章 手にした「他山の石」
第3章 寅次郎の鞄
第4章 「はやぶさ2」遙かなる旅路
第5章 爆弾搭載計画
第6章 壊れたエンジンの雪辱
第7章 小惑星行きの宅配便
第8章 2020年のウーメラ



〈蛇足〉
ところで山根一眞氏といえば、雑誌「シンラ」で「山根一眞の動物事件簿 狼」を連載していた(1996年1月号〜1997年7月号)。
「絶滅した」と言われるニホンオオカミについて、そもそものニホンオオカミの定義の問題、実物標本の比較などを行うと共に、同時期に秩父で確認された「謎のイヌ科動物」の話題など、非常に興味深い連載だった。
単行本化されておらず、僕も数号分しかスクラップしていない。
今からでも山根氏の何かの本に収録して、単行本化してほしいものである。

ちなみにニホンオオカミについては、
「既にきちんとした研究があり、それに基づき専門家が間違うはずは無い」と思われがちだが、
正直なところ、詳細に研究する前に絶滅した(とされている)ため、詳しく研究されていないのが実情と思われる。
現在も多くの「謎のイヌ科動物」の目撃例があるが、それらは公式には「ニホンオオカミは絶滅したから確認する必要はない」と放置されている。確認せず結論を出し、結論が出たから確認しない。おかしな話である。

実際、国立科学博物館に展示されているニホンオオカミの標本。
ニホンオオカミ

これが生きている状況で山で出会っても、一目でニホンオオカミとは識別できないだろう。
ところが一方では、実際に出会った「謎のイヌ科動物」は「ニホンオオカミではない」と断言できる。
その自信はどこから来るのだろうか。

なお、山根氏の連載は単行本化されていないが、「ニホンオオカミは生きている」(レビューはこちら)は、現時点で、最も客観的かつフェアにニホンオオカミの生存可能性を整理している。

また本書には、動物学者である今泉吉典氏による詳細なニホンオオカミの特徴(なお、今泉氏は本書掲載の祖母・傾山系で撮影されたイヌ科動物をニホンオオカミとしている)が記載されている。
この特徴を頭に入れて、国立科学博物館の剥製を見ると、とても良く特徴が分かる。
ニホンオオカミに出会う可能性がある秩父山系、大分の祖母山系をフィールドにしている方には、ぜひ読んでおいていただきたい。


また、このニホンオオカミを今も探索している人もいる。
心から、この方が何かを見つけることを期待している。
(何かを見つけても、根拠なく否定されるかもしれないが。)
ニホンオオカミを探す会の井戸端会議

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category: 技術

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北極にマンモスを追う 先端科学でよみがえる古代の巨獣  

北極にマンモスを追う 先端科学でよみがえる古代の巨獣 (角川ソフィア文庫)
鈴木 直樹



マンモスは、まだシベリアのどこかにいるのではないか。
そんな夢を、実は抱いている。

実のところ、多くのマンモス(様々な種がある)が絶滅したのは1万1000年前頃だが、
孤島タイプの小型マンモスであるウランゲリ島のコビトマンモスMammuthus exilisが絶滅したのは紀元前1700~1800年頃。
生物種としては、生き残れるポテンシャルはあったようだ。
(しかし主な絶滅原因が伝染病という説もあり、難しいところだが。)

ただし、その目立たないとは言えないサイズ、
地球全体の環境変化、
そして何より、地球の隅々まで進出した人間の活動から考えれば、
生きているならとっくに見つかっているだろう。
だから、夢なのである。

さて、筆者はそのマンモスを、生物として研究している。
すなわち一般的な化石による骨情報だけでなく、永久凍土から稀に発掘される凍結したマンモスを用いた研究だ。

凍結したマンモスと言えば、近年では、
愛知万博において展示されていたことが記憶に新しい。

実は、あのプロジェクトは、著者によるものであり、
本書は、マンモス研究者として単身ソ連(当時)に乗り込んでから、
愛知万博でユカギルマンモスを展示するまでの、
研究人生の総括である。

さらに文庫では、「あとがき」「あとがきのそれから」で、以降の状況についても言及されている。

凍結したマンモスを発掘することが大変だろうことは、漠然と分かる。
だが、そのための物資輸送、発掘したマンモスの輸送、
CTスキャンのためのカプセルづくり。
そして、万博という体制に組み込まれた事による弊害(発掘事業の一方的な縮減、コンテナサイズの勝手な変更等)など、
多くの難問が舞い起こる。

それらを時系列で辿り、研究(及び研究体制づくり)を確立していく姿は、まるで冒険小説のようだ。
愛知万博のユカギルマンモスは見に行かなかったのだが、それを猛烈に後悔させる一冊である。

なかなか興味深い分野だけに、著者による別の本も期待したい。

【目次】
第1章 いにしえの巨獣、マンモスの謎
第2章 北の大地での出会い
第3章 冷凍マンモス発掘プロジェクト
第4章 「ユカギルマンモス」に会いに行く
第5章 マンモスを日本に輸送する
第6章 マンモスの体内へ
終章 タイムトラベルの夢は続く
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category: 哺乳類

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日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争  

日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争
速水 融


2009年に世界的に流行した新型インフルエンザ。
新型であるがゆえに、その流行の拡大には眼を見張るものがあったが、
幸いにも感染死亡率がさほど高くなかった。
そのせいか、今はインフルエンザのパンデミックに対して、社会的な関心は低下しているように感じられる。
もちろん、「喉元過ぎれば」という話だ。
インフルエンザの変異は常にあるし、いつか、かつてのスペイン・インフルエンザのような爆発的・劇的流行もあるだろう。

ただ、前回の2009年新型インフルエンザの時に感じたが、
リアルタイムでネット上に情報が溢れ、記録された。

もちろん、重要な部分や個別的に問題まで掲載しているのが少なく、
そこに「インフルエンザ21世紀 (文春新書)」(レビューはこちら)などのような文献が生まれる意味がある。

ただ、それにしても、こと「記録」という面では、人類は既に新しい時代に突入していると言っていい。

一方、甚大な被害を起こしたスペイン・インフルエンザ。
実はこれについて、記録媒体が少ない。
社会的混乱もさることながら、こうした病気の大流行が、
誰もが遭遇している故に、後世に伝えるべき特筆すべき事象であるという意識が希薄だったのかもしれない。

その点について、日本各地に残されている当時の新聞記事を収集し、
スペイン・インフルエンザの日本における流行状況を明らかにしたのが本書である。

内容は地道な収集・整理の成果。
日本各地まで目を届かせた大部な本であり、
「労作」という言葉はこの本のためにあるようなものだ。
当時の新聞記事や社史、軍隊の記録等、様々な史料を駆使した流行解析は、他書では有り得ない唯一の強み。

例えば一口に「スペイン・インフルエンザ」と言っても、
実は日本では3回に分けて流行している。

 第一波は大正7(1918)年5月~7月。死者は出ず、「春の先触れ」と呼ぶ。
 第二波は大正7(1918)年10月~翌年5月。約26万人の死亡者を出した「前流行」。
 特に、大正7年11月は流行のピークとなり、社会的影響が甚大だった。死者が集中した翌年1月には、各地で火葬場が大混雑になった。
 第三波は大正8(1919)年12月~翌年5月頃。死者は約18万人である。

様々な様相を呈するインフルエンザ流行の各段階。
その時々に、社会はどう反応し、マスコミはどう報じたのか。
本書の存在は日本にとって非常に有益なものである。
多くのインフルエンザ対策従事者が知っておくべきだろう。

目次を末尾に掲げているが、それを見ただけでも、
本書の守備範囲の広さがお分かりいただけると思う。
日本各地、自分の住んでいる地域で何が起こったのか。
真に危険なパンデミックが発生した時、社会はどこまでマヒするのか。
歴史に学ぶ、というのはこういうことだ。

【目次】
序 章 “忘れられた”史上最悪のインフルエンザ
第1章 スペイン・インフルエンザとウイルス
第2章 インフルエンザ発生 一九一八(大正七)年春―夏
 三月 アメリカ
 四月―七月 日本
 五月―六月 スペイン
 七月―八月 西部戦線
 「先触れ」は何だったのか?
第3章 変異した新型ウイルスの襲来 一九一八(大正七)年八月末以後
 アメリカ
 イギリス
 フランス
 補 遺
第4章 前流行 大正七(一九一八)年秋―大正八(一九一九)年春
 本格的流行始まる
 九州地方
 中国・四国地方
 近畿地方
 中部地方
 関東地方
 北海道・奥羽地方
 小 括
第5章 後流行  大正八(一九一九)年暮―大正九(一九二〇)年春
 後流行は別種のインフルエンザか?
 九州地方
 中国・四国地方
 近畿地方
 中部地方
 関東地方
 北海道・奥羽地方
 小 括
第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗
 国内の罹患者数と死亡者数
 全国の状況
 地方ごとの状況
第7章 インフルエンザと軍隊
 「矢矧」事件
 海外におけるインフルエンザと軍隊
 国内におけるインフルエンザと軍隊
 小 括
第8章 国内における流行の諸相
 神奈川県
 三井物産
 三菱各社
 東京市電気局
 大角力協会
 慶應義塾大学
 帝国学士院
 文芸界
 日記にみる流行
第9章 外地における流行
 樺 太
 朝 鮮
 台 湾
 小 括
終 章 総括・対策・教訓
 総 括
 教 訓
 あとがき
資料1 五味淵伊次郎の見聞記
資料2 軍艦「矢矧」の日誌

新聞一覧
図表一覧

▼WHOの新藤氏によるもの。レビューはこちら

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category: 感染症

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記憶をコントロールする――分子脳科学の挑戦 (岩波科学ライブラリー)   

記憶をコントロールする――分子脳科学の挑戦 (岩波科学ライブラリー)
井ノ口 馨



生命科学には、大きく分けてふたつの潮流があります。「氏の生命科学」と「育ちの生命科学」です。



「氏の生命科学」とは、遺伝的な現象の研究のことだ。僕が興味がある進化はもちろん、生物地理学についても、分類学においても、現在はDNAを元にした研究が主流である。
DNA、それこそが「氏の生命科学」の根本原理であり、今後DNA研究から分かる新発見はあっても、DNAを超える大発見は「氏の生命科学」では有り得ないだろう。

一方、「育ちの生命科学」は、経験や環境による個体の変化を探るものだ。
例えば脳科学であり、本書がテーマとしている「記憶」のメカニズムもまさにそれ。
ある個体が、どのように記憶を獲得して成長していくか。それか個体の生態にどう影響するか。
それが「育ちの生命科学」である。
こちらの分野では、まだDNAのようなコペルニクス的転換は無い。

ただ、記憶を獲得する、思い出す、長いこと保持する、記憶同士を連合させる、記憶を作る、といったメカニズムについては、かなり分子レベルで解き明かされつつある。
それを平易に説明してくれるのが本書である。

基本的事項から行けば、まず記憶には2種類ある。
「陳述記憶」と「非陳述記憶」だ。
「陳述記憶」とは、言葉によって他人で伝達できる記憶である。
 これも大きく2つに分けられる。
 「エピソード記憶」…個人的な体験に由来した記憶
 「意味記憶」…知識や一般常識に関する記憶
一方、「非陳述記憶」とは、手続き記憶や条件反射だ。
よく記憶喪失の人が自身の名前や過去の経験を忘れているが、車の運転等を覚えているのは、
この「陳述記憶」のみの喪失であって、「非陳述記憶」は残っているということだろう。

さらに、記憶のタイムスパンでも2つに分けられる。
「短期記憶(最近の記憶)」と「遠隔記憶(過去の記憶)」だ。
日常的にも(学校とかで)時折り耳にするフレーズだが、脳科学的には明確に区分される。

最近の記憶とは、人間だと半年前か、せいぜい2年前まで。
遠隔記憶とは、それ以前の記憶を指す。
なぜかと言うと、最近の記憶を思い出すのには、脳の「海馬」という部分を必要とする海馬依存的記憶だが、
遠隔記憶は海馬を必要としない、という明確な違いがあるためだ。


ところで、「脳細胞は増えない」という俗説がある。
本書では「カハールのドグマ」と言っているが、そもそも
シナプス結合を発見したサンティアゴ・ラモン・イ・カハール(19世紀~20世紀のスペインの解剖学者)が、
「ニューロンは大人の脳では分裂しない」と主張したことに端を発する。

ここから、「脳細胞は増えない」という認識(ドグマ)が定着した。

だが1962年、アメリカのジョゼフ・アルトマンが成獣のラットの脳でニューロンが増えているのを確認。
さらに1998年には、人間の脳でもニューロンが増えていることが確認されている。

実際には、ニューロンは大人でも増加する(神経新生という)のだ。

そしてここからが本書の面白さなのだが、
海馬におけるニューロンの増加=神経新生により、海馬のニューロン・ネットワークが再構築。
これによって、古い記憶を海馬から消去し、大脳皮質に移しているとのこと。
実際、海馬での神経新生を抑えると、ずっと記憶は海馬に残るのだ。

このメカニズムが見えたことで、最近話題となっているPTSDの予防策が見えている。

海馬にある記憶は関係の無い記憶と連合しやすいため、
恐怖体験と、その時の事象(人混みや乗り物等)が連結すると、PTSDとなると考えられる。

そこで恐怖体験後、速やかに海馬での神経新生を促進(DHAやEPAの摂取)すれば、
他の記憶と連結せずに大脳皮質に移り、古い記憶となることから、PTSDの予防となる可能性があるという。

脳のメカニズムは、極めて面白い。

そして、本書冒頭に記載されたとおり、「氏の生命科学」には、まだDNAのような大発見はなされていない。
もしそれが解明されれば、「育ちの生命科学」がDNAにより大発展したのと同様、
「氏の生命科学」も大きく展開するだろう。

ただ、この点で、応用面ばかりを重視する近年の社会情勢を、著者は危惧する。

「応用研究は大事だけれども、行き過ぎた応用重視の風潮は、長い目で見ると基礎研究が衰退するだけでなく、実は、本当にインパクトのある応用研究の衰退につながってしまうのではないか。」

その良い例が、本書でも研究手段として利用されているGFP(蛍光蛋白質)だ。

GFPは、下村氏がオワンクラゲから発見した。
この蛍光蛋白津を特定の蛋白質のマーカーとすれば、容易にその蛋白質を含む細胞を識別できるようになる。
特定の蛋白質の分布を可視化できることの手法は、2000年以降、生命科学の研究の一大手法となり、
下村氏は2008年(平成20年)にノーベル化学賞を受賞した。
(この経緯等は、「光る生物の話 (朝日選書)」(レビューはこちら)に詳しい。)
このGFPですら、下村氏の生物発光メカニズム研究の過程で「ついで」に見つかったものだ。

基礎研究をおろそかにする日本の昨今の風潮は、10年、50年、100年後の日本の応用研究の衰退をもたらしかねない。
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